17. 置き去り
■ 15.17.1
まずは何よりレジーナの安全を確保する必要がある。
この星を脱出するための脚、或いはディングを含めた俺達全体に対する強力な援護を行うことができる船という意味もあるが、そんな事より何より例え依頼人だろうが帝国侯爵サマだろうが、自分の船とディングとを天秤にかければ、自分の船の方が大事に決まっている。
依頼を完遂するために自分の船を犠牲にして、などというバカなことをするつもりはない。
「本船を包囲中の駆逐艦三隻、砲門開きました。本船に照準しています。以後帰属不明艦隊を敵として認識します。」
レジーナも含め多くの船は、通常武装を外殻内部に格納しており普段は外に露出していない。
必要に応じて専用ハッチを開ける、外殻と一体化した武装本体をせり出させるなどの手順を経て武装が使用可能となる。
ガス濃度の濃い宙域や惑星近傍を航行する時の為だけでは無く、放熱或いは蓄熱の効率や、光や電磁波の反射の問題、整備性などを考慮した結果、多くの船がそのような構造を取っている。
砲塔やランチャーがゴツゴツと外部に多量に露出し複雑な外形の船体より、つるりと平滑で単純な形状の船体の方が、色々な面で管理が簡単になるというのは理解してもらえるだろうか。
唯一、船体内部に溜め込んだ熱を船外に放出する場合には、複雑な形状で表面積が大きい船の方が放熱効率が良いという利点となるが、対探知性など犠牲となるもののデメリットが多過ぎて、特に軍艦などはさらに大量破壊と大量生産を考慮した上で、平滑で単純な外形を採るのだ。
話が逸れたが、レジーナが「砲門を開いた」という表現をしているのは、格納していた砲塔が外にせり出してきて、そしてその砲身をレジーナの方に向けて照準している、という状態だ。
武器を突き付けられて脅されるのが腹に据えかねたのだろう。
レジーナは早々に例の艦隊を敵認定すると宣言した。
「レジーナ、ただ逃げるだけなら全く問題無いと思うが、どうだ?」
逃げるだけなら、突発加速し、次の瞬間ホールドライヴで離脱してしまえば良い。
それをレジーナの、即ち機械知性体の処理速度で行われれば、どれほど性能の良い軍艦であろうと追従あるいは迎撃することはほぼ不可能だ。
駆逐艦との距離が数万km離れていると捕捉される可能性があるが、僅か数十kmしか離れていない今の状態では、ダッシュしたレジーナにレーザー砲の狙いを追従させようとしても、角速度が大きすぎて人間には無理だ。
「全く問題ありません。なんなら行きの駄賃で駆逐艦を行動不能にすることも出来ますが?」
そうなのだ。
いわゆる不意打ちやトリッキーな戦い方に分類されるやり方とはなるものの、もともとホールドライヴデバイスを導入したときからレジーナの戦闘能力は下手な軍艦を超えるほどのものとなっていた。
ホールドライヴがWZDとなったことでその戦闘能力はさらに向上し、闇討ち的な戦い方をする場合に限り、5000m級戦艦さえも一撃で消滅させることが出来るだけの力を手に入れてしまったのだ。
勿論それは、5000m級戦艦と正面切って殴り合えるという意味では無い。
そんな事をすれば、一瞬で消滅するのはレジーナの方だ。
レジーナの戦い方は、不意を突く、意表を突く、相手の探知外の距離から一方的に撃ちかけるといった、まるで暗殺者の様なスタイルだ。
そしてWZDの、「ホールアウト時の速度を任意で変えられる」機能がそれに破壊力を与える。
極論すると、相手の探知外である一万光年先からほぼ光速で着弾する実体弾で相手には全く反撃のチャンスを与えず一方的に攻撃ができる、のが今のレジーナだ。
これだけだとまるでレジーナ一隻で大艦隊を無双できそうに思えるが、勿論そんな事は出来ない。
やられる相手も馬鹿じゃ無いし、死にたくも無い筈だ。
まともに訓練された軍隊であれば、最初の一撃を受けたらすぐに、例え襲撃者の姿は見えずとも回避行動を取り始める。
同じところをぐるぐる回っているならともかく、軍用艦の加速力で逃げ出されれば、目標位置の観測に出しているプローブの加速力では絶対に追いつけない。
すぐに何万kmと離された上に目標はランダム遷移機動を行うので、索敵情報にタイムラグが出来てしまい役に立たなくなる。
その距離を埋めようと次々に索敵用のプローブを送り出したとしても、幾らニュクスが居るとてプローブも無限に撃ち出せるわけでは無い。
だからレジーナに期待出来るのは、こちらに気付いていない相手に食らわせる最初の一撃のみ、かなり運が良くても命中するのは最初の数発、といったところだ。
地球軍ご自慢のWZDホールショットによる遠距離攻撃も、万能では無いのだ。
まあもっとも、大艦隊を相手に無双など出来ずとも、個人所有の中型の民間貨物船がそれだけ破格な攻撃能力を持っている時点で、過剰且つ異常な攻撃能力と言える。
特殊任務の多いST部隊から身内扱いされ妙な勧誘が掛かるわけだ。
随分話が逸れてしまった。
「いや、逃げるだけにしよう。変に警戒されても不利になるだけだし、最悪俺達を人質にする形を取られると面倒だ。ビビって逃げ出した風に見せかける方が後々都合が良いだろう。」
「不本意ですが、諒解です。
「・・・ブラソンから提案があるようです。」
「なんだ?」
「敵の旗艦にQRB(量子通信中継弾)ぶち込んでシステム落とすか? ちょっと時間は掛かるが、上手くやれば敵艦隊まるごと手に入るぞ。ここなら因果律だの時間線だの余計なことを考えずに思い切り暴れられる。」
「いや、やめておこう。にっちもさっちも行かなくなったら頼むかも知れんが。」
それだと、レジーナが「そういうことができる」という記録を残してしまう。
実体弾でまるごと消滅させて証拠隠滅する方がまだマシだ。あとくされがない。
ああ、ブラソンの言うとおりに艦隊全て支配下において、そして艦隊全てにこの星系の主星に向かって突っ込ませるという手もないわけではないか。
まあそんな無茶苦茶よりも、考えていたことがある。
最近実戦経験が積めず、腕が鈍るのを嘆いていた連中がいる。
「レジーナ、逃げ出して良いぞ。撃たれるなよ。今そっちにニュクスは居ない。」
ニュクスが居なければ、ナノマシンを使った修復も出来ない。
「問題ありません。まだニュクスほど巧みに操れるわけではありませんが、ナノボットのコントロール権限の一部を委譲して戴いています。応急処置程度であれば自分で出来ます。」
・・・レジーナがどんどん常軌を逸した船になっていっている件について。
今に始まったことでは無いが。
とうとう、損傷しても自分で直せるまでになってしまったか。
つまり、燃料さえ与えておけば半永久的に航行し続けることが可能なバケモノになったという事だった。
「では、脱出します。」
地上にいる俺に見える筈も無いが、俺達の上空3000kmでレジーナが突然急加速する。
レジーナを囲むように停泊していた三隻の駆逐艦の内、船体前方30kmの位置に泊まっている駆逐艦に向かって、2500Gの加速度で真っ直ぐ突っ込んでいく。
30kmの距離を1.5秒で駆け抜けたレジーナは、駆逐艦から僅か50mしか離れていない空間を相対速度40km/sに近い速度差で駆け抜ける。
その艦に乗っている者は、拿捕したはずの民間船が突然狂ったように加速して真っ直ぐ突っ込んでくるのを見て、相当肝を冷やしたことだろう。
そして余りの突然の行動に、三隻の駆逐艦は全く反応できない。
至近距離から数十門のレーザー砲を向けていたにもかかわらず、そのレーザー砲の照準は急加速するレジーナに追従することが出来ない。
駆逐艦の脇を有り得ない超至近距離で飛び抜けたレジーナは、駆逐艦を追い抜き前に出ようとする瞬間、忽然と姿を消す。
誰もが急加速し、ほぼ激突コースで駆逐艦に向かって突っ込んで行ったレジーナに目を奪われている中、すり抜ける駆逐艦のすぐ脇に最小限の大きさのホールを開き、そこに突入したのだ。
駆逐艦がモニタしていた光学映像を解析すれば、そこにホールが開いていたことは判るだろう。
しかし、イカレた超高速で駆逐艦を掠めて加速するレジーナに完全に目を奪われていた人間の眼には、駆逐艦の脇を通り抜けた瞬間にレジーナが忽然と姿を消したようにしか見えなかったことだろう。
迎撃されるどころか、三隻の駆逐艦いずれも、一切の反応が出来ずその場に取り残されたのだった。
「脱出完了です。現在ベルヤンキス北方10光日の位置で停泊中です。指示あるまでこの位置で待機します。」
「諒解。よくやった。ところで、ドンドバック船長か、シリュエを呼び出してくれるか。」
「シリュエ出ました。中継します。」
と、レジーナ。
何万光年もの彼方に居る船と、彼女達はいとも簡単にまるですぐ側にでも居るかのように簡単に接続し会話をする。
俺のAEXSSの量子通信ユニットでは、出力が足りずシリュエまで到達できない。
だからレジーナの量子通信に中継してもらう必要がある。
「ようシリュエ、久しぶりだな。」
彼女とは、エピフィラムを出港するときに言葉を交わして以来だった。
「マサシ。そうですね。随分面倒な状態になっているようですね。」
「ああ、それで相談なんだが、ビルハヤート達に助けてもらえないだろうか? 連中にはちょうど良い実戦訓練になる。最近警備任務ばかりで実戦が少なくて腕が鈍るとこぼしていただろう?」
KSLCの警備部の連中は、ハフォン正規軍同等かそれ以上の陸戦隊装備を持っている。
そこに加えて、ハフォン正規軍陸戦隊軌道降下兵の中でもトップクラスの腕を持つ部隊だったのだ。
どこの国の降下兵か知らないが、ビルハヤート達が打ち負ける事は無いはずだ。
そして俺達がここに居る限り、レジーナを通じて座標を送信可能であり、シリュオ・デスタラのGRG兼降下ポッド射出管をもってすれば、WZDを利用したホールショットを経由して、この惑星上に一瞬でビルハヤート達の部隊を展開することができる。
と、思っていたのだが。
「申し訳ありません。ビルハヤート隊、アンサリア隊ともに現在バースン星系第三惑星の開拓団警備任務に着いています。契約開始したばかりで、契約更新まであと二月ほど依頼期間が残っています。或いは契約破棄してそちらに部隊を投入しますか?」
と、シリュエが申し訳なさそうな声で言う。
「依頼遂行中か。」
「はい。獰猛な原住生物から開拓団を護衛する依頼で、久しぶりに撃てる、と皆喜んで出かけていきました。」
こっちも原住生物相手の仕事か。
いずれにしても、依頼で着任したばかりの連中を依頼破棄して引き剥がすわけにもいかない。
KSLCの信用問題にも関わる。
警備会社が信用を落とすなど、死活問題だ。
「分かった。じゃあこの話は無しだ。連中にはそのままの仕事を続けてもらってくれ。」
「諒解しました。ドンドバック船長にはマサシから支援要請があったことと、本艦の部隊はこのままバースン星系で任務継続するよう指示があったことを伝えます。」
「ああ。こっちはこっちでなんとかする。」
「諒解しました。ご幸運を祈ります。」
さて困った。
エピフィラムに居る元伊島組の無頼漢ども十一人にもKSLCの警備部としての訓練を行ってはいるが、まだ全然仕上がっていない状態だ。
連中にもビルハヤート達と同じHASを与えて、軌道降下兵とまではいかないものの、正規軍の陸戦隊同等の訓練を行ってはいるのだが、気合いと根性だけはどこの軍隊にも負けないだけの実力を有しているが、いかんせんいまだ技術が全く追い付いていない。
もちろん十一人のうちの誰も従軍経験などなく、HASなど触ったことも無い者がが大半だった。
HASの各部機能を理解させるより以前に、HASを着用した際にAARとHMDにて表示されるインジケータ類の読み方を覚え込むのに四苦八苦しているレベルだ。
表示されるインジケータ情報を正しく読み取り理解し、それを基にした戦術的行動を求められるのが陸戦隊、特に軌道降下兵だが、もちろんもと古風な極道だった野郎どもにそんな事を求めるつもりも無い。
銃撃を行うのに距離の稼げるアサルトライフルを選ぶのか、距離は出ないが弾数を稼げるSMGを選ぶのか、たかがその程度の判断であっても、AAR/HMDに表示される目標の数と距離を正しく読み取らねばならないが、まだその域に達していない。
敵の攻撃を緊急回避して空中に飛び上がったは良いが、水平が保てず、東西南北を見失い、そしてついでに敵も見失い、意味不明の機動を行っているところを狙い撃ちにされて一瞬で殲滅された、なんてのはザラだ。
つまり、鉄砲を持って引き金を引くことは出来るが、正しく命中させることが出来ない。
そして、部隊として集団で行動できない。個人ではもっと行動できない。
ということで、クニ達もと伊島組の連中はまだ戦力化できていないので、もちろんこの場に投入することなど出来ない。
「さて、困ったな。」
ニュクスが生成したパンツァーファウストをまとめて受け取りながらぼやく。
「なんじゃ、陸戦隊どもに断られたんか。」
「別の仕事が入ってた。あと、『警備部』な。」
「社長がマネジメント出来ておらぬではないか。」
「うるせえよ。俺は社長なんざやる気も無い。」
「はぁ・・・しょうが無いのう。四人ほどならすぐ都合が付くが?」
「助かる。今は一人でも多い方が良い。」
「ふむ。ちょいと待っとれ。」
そう言ってニュクスが黙った。
密林の地下に掘ったトンネルからの武器搬出作業は全く手を止めていないが。
ニュクスがすぐに寄越す増援と言えば、まあ、そういうことなんだろうな。
いつも拙作にお付き合い戴き有り難うございます。
元々は別の依頼を受けてしまっているので駆け付けることが出来ないビルハヤート隊に代わって、次の依頼まで少し時間的余裕のあるアンサリア隊が、数万光年彼方からWZDを使用したホールショットで軌道降下兵として投入され、今まで余り活躍の場が無かったアンサリア隊の晴れ舞台となる予定でした。
が、その展開を見事言い当てられてしまったので、散々悩んだ末に急遽変更することとしました。
ネット小説に限ったことでは無く、週刊雑誌に載っているマンガや朝刊に載っている連載小説まで、この手の連載ものの楽しみ方として、最新話の感想を仲間内で言い合ったり、思わせぶりに終わった最新話の後の展開を予想したり、なんてのも、連載ものの一つの楽しみ方あるいは醍醐味かと思ってます。
ので、言い当てられてしまったこと自体に文句を言うつもりはありません。
要は、誰にでも思いつくようなストーリー展開を安易に採用して楽に、或いは無難に話を進めようとしたのが悪いので。
というか、感想に色々なことを書いて戴けるのは、自分がシコシコと書いている文章を読んでくれている人がいる、感想に何か書いてやろうと思って戴けるほどにはそれなりには楽しめて戴けている、という事を知ることが出来て、励みになりますし、また有り難いことです。
ま、偶にはこういうこともあってチョイと苦労もするかもしれませんが。(笑)
それに関しては上述の通り、イッパツ言い当てられるような単純な展開を考えた自分が悪いので。
小説にしても、コミックにしても、まあお決まりの展開というものもありますが、しかし基本的には読んでいる人が「えっ!?」と思うような展開を書いてナンボと思ってます。実践できているかどうかはまた別の話ですが。
・・・実践できるよう精進いたします。
ということで愚痴はここまで。




