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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
61/82

16. 迎撃準備


 

 

■ 15.16.1

 

 

 EMJで惑星ベルヤンキス周辺宙域の電磁場が無茶苦茶にかき乱され、電波通信や電磁波によるレーダー探知などが一切使えない状態ではある。

 しかし俺達は重力ジェネレータを使った重力推進で空中を飛んでいるので、重力波探知で簡単に見つけられてしまう。

 人類によって産み出された文明の産物が惑星のごく限られた部分にしか存在せず、それ以外の殆どの部分を手つかずの自然が覆っているこの惑星上で、人口的に発生させた重力波が移動していれば、それはよく目立つことだろう。

 

 一瞬で探知される危険を冒してでも、可能な限り速やかにキャンプに帰り着く事を優先させて俺達は重力推進で空中を飛んでいる。

 500km/hを超える速度で飛行し、その強風に煽られてまるで振り子のように振り回され、それが原因で飛行が不安定になってさらに揺れが酷くなる事に対して、ディングが絶え間なくわめき散らしているが、この非常時に飛行の快適さなどに気を配るつもりもないので、強風で聞こえないふりをして全て無視している。

 振り回されて本気で体調不良になるか、或いは喚き疲れて声を嗄らせばその内静かになるだろう。

 

 重力波を撒き散らし空中を移動しているのですぐに探知はされてしまうだろうが、AEXSSは地球軍の制式装備となってまだ日が浅く、重力波の波紋から特定される可能性は高くないと見ている。

 そうは言ってもこの惑星上ではそれなりに多くのパーティーが狩猟を行っていたはずであり、探知された重力波から俺達を特定するにもそれなりの時間がかかるはずだ。

 今この惑星を包囲するように布陣する軍艦隊が俺達のことを特定するまでの間に、少しでもキャンプに近付いておきたい。

 

 そもそもが、例の帰属不明の軍艦隊がこの蛮行を行ってまで追っかけている目標がディングであるとは、まだ確定はしていないのだ。

 もしかすると連中の目標はディングでは無く、別の何か或いは誰かを血眼になって探しており、俺達はただ単にとばっちりを食らっているだけなのかも知れない。

 まあ、その可能性は低いだろうとは思っているが。

 

「マサシ、本船を包囲している駆逐艦から、停船命令と共に臨検の要求がありました。」

 

 哀れなディングの訴えを無視してキャンプに向かって大急ぎで帰還し始めてほどなく、まだ半分も距離を縮めていないタイミングでレジーナからの通信が入った。

 

「向こうは自分達の帰属を明らかにしたか?」

 

「いいえ。ただ『停船せよ、臨検を行うので受け入れよ』という要求だけです。」

 

 アホか。

 臨検を行うにしても、その行為の正当性を主張する必要があるだろうに。

 幾らどこかの国の正規軍の艦隊であったとしても、自分達が何者で、なぜここで臨検を行う必要があるか、臨検を行う権利があるかを明確にしなければ、それは海賊行為と同じだ。従う必要は無い。

 誰もが自分達の要求に従うと思っているのだろうか。

 艦隊の指揮官は余程のバカか?

 

「『貴艦の帰属を明らかにし、本星系で臨検を行うことの正当性を示せ』と返してやれ。」

 

「はい。そのように返信しました。相変わらず、先ほどの要求を繰り返しています。」

 

 あー。

 これは拒否し続けるとそのうち実力行使に出てくるな。

 

「レジーナ。もし相手が正当な手順を踏まずに実力行使に出てくるようなら、逃げろ。あらゆる手段をとって良い。ホールドライヴの使用も許可する。」

 

 正体不明のどこかの国の正規軍艦隊の目の前でホールドライヴを使うなど、本来は絶対に避けなければならないのだが、レジーナの安全には代えられない。

 

「諒解。ホールジャンプは最終手段とします。」

 

「ああ、それで良い。頼んだ。」

 

「マサシ、キャンプに降下兵の小隊六機が侵入しました。レイシャはすでに退避済み。こちらに向かっています。」

 

 と、ルナ。

 連中が軌道降下兵を投入した時点で、キャンプの留守居役のレイシャには状況を伝えてある。

 レイシャ一人で降下兵の部隊と戦闘することなど考えられなかったので、降下兵が接近したらすぐに逃げ出してこちらに合流するように言ってある。

 

 ディングがわざわざこういうところに連れてくるだけあって、レイシャもそれなりには戦闘をこなせるらしい。

 侯爵家から持ち込んだコンテナの中には、人数分のHASが格納されているとのことで、彼女はEMJの影響を受けない軍用のHASを着用してこちらに向かっているはずだ。

 

 降下兵がキャンプに侵入したなら、当然キャンプの中を家捜しするだろうし、そうすればここにディングが居る事はすぐにバレるだろう。

 食器からHASに至るまで、様々なものに侯爵家の家紋が刻印されている。

 ディング達の携行品や、コテージの中に設置してある端末の中身でも覗けばより決定的な証拠を得られる。

 

 向こうが本当にディングを狙っているのなら、その時点で全戦力をこちらに振り向けてくるだろう。

 幾ら人が殆ど住んでいない惑星だとは言え、宇宙空間から艦砲射撃をするほど常識外れな奴等だとは思いたくないが、他国の民間企業管理の惑星にEMJを仕掛けてくるような非常識な奴等だ。

 アタマのおかしい奴等が何をしでかすかなど予測が付かないのが恐ろしい。

 艦砲射撃を食らえば、例えそれが光学砲でも物理弾体でも、いかなHASやAEXSSとは言えども無事では居られない。

 というか、確実に死ぬ。

 

「レイシャと合流する。距離は後どれくらいある?」

 

「レイシャまで約150km。接近中。920秒後に接触。」

 

「諒解。このまま直進する。合流を急ぐ。」

 

 相手がどう出てくるか判らないが、実力行使となった場合には一箇所にまとまっておいた方が良い。

 僅かではあるが戦力も増える。

 たったのHAS一機だが。

 

「のうマサシや。」

 

「なんだ?」

 

 ニュクスが話しかけてくる。

 彼女はゴスロリ服のまま、黒猫の顔の猫さんバックパックを背負ってヘルメットも被らず空を飛ぶという、シュールで非常識極まりない恰好をしているが、生義体に元々備わっている機能と、バックパックの通信機能を組み合わせることで、ヘルメットも被らずに音声で量子通信をするという器用な真似をやってのける。

 

「地上に降りた敵兵が儂らを目標に集まってくるのなら、儂らはさっさと地上に降りて迎え撃つ準備をした方がええと思うんじゃがのう。迎えに行かんでも、先行しておるレイシャは敵兵より先に合流してくるじゃろ。」

 

「迎え撃つ準備ったって、どうする? 塹壕でも掘るか?」

 

「アホか。儂がナノボットブロックを幾つか持っておる。バックパックにも入れておるから、いつもより多めに持っておるし、ボットは倍々で増やせる。材料ならそこら中になんぼでも生えておるし、お主等のバックパックのリアクタがあるから、パワーにも困らぬ。今なら準備に二十分は取れるぞえ。間違いなくその方が生き残れる可能性は高いじゃろう。」

 

 ふむ。

 キャンプのコンテナの中の武装は今更回収は出来ないし、レジーナは上で身動き取れなくなっているので、どれだけ支援をもらえるか判らない。

 ならば僅かでも可能性が高い方に賭けるべきか。

 

 狩猟用スーツが動作不良を起こしているディングとダンダスは生身と考えるべきだ。

 戦力としてカウントできない。

 まあ完動していたとしても、どのみち狩猟用スーツで軍用HASに対抗できるとは思えないが。

 レイシャも入れてたった四人で、正規軍の軌道降下兵のHAS百機を相手にするなど、悪夢でしか無いが他に手はない。

 ニュクスが武装を生み出せるというなら、確かにそのための時間は少しでも多い方が良いに決まっている。

 

「オーケイ。地上に降りる。ニュクスは必要な武装の生成を頼む。ルナ、レイシャに連絡。」

 

「諒解。」

 

「生成する武装のリクエストはあるかの?」

 

 多少経験がある程度で、白兵戦に関してはほぼ素人の俺に武装の選択など出来ようはずもない。

 

「特にない。お勧めセットで頼む。」

 

「諒解じゃ。」

 

 突然空中で停止したので目を白黒させて状況の説明を求めて喚くディングを無視して、俺達は急降下で一気に密林の中に飛び込む。

 着地と同時にダンダスを放り出したニュクスは、いつもの通りにスカートの中からナノボットブロックを取り出して四方に投げる。

 森の中に転がった銀色の直方体はすぐに白い煙を発して分解し始め、白い煙は周囲の地面や木々を侵蝕し始めた。

 

「何なんだ? レイシャはまだ合流していないだろう。こんなところで地上に降りてどうするんだ?」

 

 風に煽られて気持ち悪いなどと行っていた割には元気なディングが俺に詰め寄ってきた。

 

「未確認艦隊が軌道降下兵を降ろした話はしたな? 降下兵の小隊がキャンプに侵入した。こっちの身元はすぐに割れるだろう。連中の目標がアンタだった場合、降りてきた降下兵は全てこっちに向かってくるだろう。ここで迎え撃つ準備をする。」

 

「迎え撃つ? 軌道降下兵の一個大隊をか? この戦力で? 有り得ない。まともな武器も無い。俺とダンダスのスーツは動かないんだぞ。」

 

「判ってる。武器は今作ってる。圧倒的に不利なのは判ってるが、何もしない訳にはいかんだろう。少しでも長く生き延びて、状況が変わりレジーナがこっちを助けられる様になるのを待つ。」

 

「レジーナが? 相手は軍艦の艦隊だろう。貨物船で太刀打ちできるわけが無い。状況など変わるはずも無い。」

 

「じゃあ、黙って何もせずに奴等に捕まるか殺されるのを待つか? それこそ有り得ん話だ。諦めるのが早すぎる。同じ死ぬなら、最後の瞬間まで抵抗しろ。」

 

「捕まえるつもりだったのが、俺達が抵抗したからやむなく殺すことになった、という可能性もあるだろうが。」

 

「否定はせんがな。殺すつもりの無い温い攻撃なら、生き延びる可能性もその分高くなる。好都合だ。」

 

「さっさと降伏した方が酷いことにならなくて済むかも知れないぞ。」

 

 まったく。

 さっきまで原住生物を相手に惨殺無双していた脳筋戦闘狂とは思えない台詞だ。

 弱い相手には強いが、強い相手には一気に従順になるのか。

 いったいどこの負け犬だ。

 

「考えてみろ。もしアンタが目標だったとして、だ。相手は誰だ? 敵性国家か、政敵か、長く対立している他の貴族家か? いずれにしても、アンタを生かしておくメリットなど無いだろう。例え生かして捕らえたとしても、必要な情報を抜いたら後は殺す方が後腐れが無い。生かしておいても何の利も無い。幽閉すればその分コストが掛かる。救出されてしまうリスクもある。それを防止するためにさらにコストが掛かる。だからといって侯爵家に戻せば、その内復活してきてまた邪魔になる。殺すのが一番簡単だ。」

 

 そこまで言うとディングは黙った。

 

 捕虜など、戦時国際法が有効で、戦争に参加している国が全て行儀良くその法を守ろうとしているお利口な国ばかりである場合にしか成立しない。

 その点、汎銀河戦争には戦時国際法など存在しない。その様なものを作ろうという動きも無い。

 参加国は皆自分勝手な法と理屈で動いている。

 地球のように捕虜に人権を与える国は珍しく、敵国の国民が捕虜になったらそのまま奴隷落ちか、奴隷制度を持っていない国ならば強制労働という国が殆どだ。

 捕虜を生かしておくにもコストが掛かり、捕虜を返還すれば敵国の戦力が僅かでも元に戻る。

 殺してしまうのが一番簡単に決まっている。

 人の命の重さが軽い銀河種族の間では、戦争そのものが妙に温い割には、人命の扱いがかなり雑破で軽いのだ。

 

「判った。いずれにしても俺とダンダスは戦力にならん。邪魔にならないように後方に下がっておく。」

 

「心配要らぬぞえ。武器を作るついでに隠れる場所を作っておる。」

 

 ニヤリと笑ったニュクスが指さした先には、森の中に突然ぽっかりと空いた穴が出現していた。

 なるほど。

 

「武器を作るのに材料が要るでの。材料調達のついでに穴を掘ってみたぞえ。もっとも穴の先は行き止まりじゃから、逆に追い詰められるやも知れぬ。状況に応じて使うてくりゃれ。」

 

 使いどころに困る穴だな。

 武器を生成する材料を調達するついでに掘っただけだろうから、無理に遣う必要も無いのだろうが。

 

「マサシ、レイシャが合流します。あと15秒。」

 

 ルナの声を聞いてそのまま待っていると、すぐに森を抜けて濃紺のHASが姿を現した。

 侯爵家領兵歩兵部隊のHASは少し暗めの銀色で、侯爵家直属の私兵は濃紺に塗られているのだそうだ。

 レイシャが着用しているのは、その侯爵家私兵のものになる。

 肩や胸の装甲に所々目立たない暗い銀色で装飾が施されているのがいかにもそれらしい。

 

「遅かったな。何かあったか?」

 

 元々の合流予定時間をかなり過ぎている。

 途中にトラップでも仕掛けていたのだろうか。

 

「重力波探知を捲くためにかなり手前でジェネレータをカットして地上を移動して来ました。途中何カ所かにトラップを設置しておきました。」

 

 本当にそうだった。驚いた。

 

「彼女は昔、領兵の陸戦隊特殊工兵部隊に居たことがある。プロフェッショナルだ。」

 

 驚いた顔でディングを見た俺に、得意げな表情のディングが言った。

 有難い。

 こんなことになって、アデールを地球に置き去りにしてきた事を後悔していたのだが、ここにもう一人陸戦のプロがいた。

 

「やられたスーツの替えは・・・無理か。」

 

 と、ディング。

 彼女はHAS一機でキャンプを脱出してきたのだ。いくら何でもそんなものを持ち出す余裕など無いだろう。

 

「申し訳ありません。HASを携行しての移動は無理と判断しました。その代わり、手元にあったこれを持ってきました。」

 

 と、HASの背中に固定していた旅行用スーツケースをふた回りほど大きくした大きさのコンテナを二つ地面に降ろした。

 

「地上専用特殊武器類と工具です。すぐに設置に入ります。」

 

「おう、頼む。」

 

「マサシ、降下兵全体がキャンプに向かって集合する動きを見せています。」

 

 ディングの返事を聞いて幾つかの武器と工具をもったレイシャのHASが姿を消すとほぼ同時に、ルナから降下兵達の動きが知らされた。

 これはもう、十中八九ディングが標的だな。

 

「マサシ、臨検を受け入れねば砲撃すると脅されています。」

 

 さらに同時にレジーナからの問い合わせ。

 クソッタレ。あっちもこっちも全く。

 

 

 

 




 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


空に地上にと、二元作戦にしてみました。

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