15. 軌道降下ポッド
■ 15.15.1
地上で惑星最強の肉食生物の群れを相手に狂戦士の真似事を続けるディングと、頭上遙か彼方で少々不穏な動きを見せる帰属不明の軍艦隊の両方を気にしながら、空中で静止し、ディングと対峙するリプシェンドをいつでも撃ち殺せるようにライフルを構え、森の中の戦いを透過できるようにパッシブ赤外線モードとアクティブ電磁波モードを通常光学画像にオーバーレイさせた状態でディングの戦いを見守っている時、突然それが起こった。
一瞬のノイズがヘルメット内に響き、電磁波モード無効の赤い表示が視野の中央で忙しなく明滅する。
「何だ? 何が起こった?」
半ば独り言、半ば周りに居るルナとニュクス、そして通信の向こう側に居るレジーナに訊かせるために口に出したが、どこからも返事が返ってこない。
「ルナ? ニュクス? レジーナ?」
通常ならすぐに反応が返ってくるはずの三人の名前を呼びながら周りを見回すが、ルナとニュクスは特に問題なく俺から数十m離れた空中に滞空している。
その視野の端を横切るものがあった。
そちらに眼を向けると、俺達と同じ様に滞空していたはずのダンダスが地上に向かって落下していくのが見えた。
何が起こっているのか理解できず、しかし反射的に落下するダンダスを助けに行こうとしたのだが、俺よりも近い位置に居たルナが一瞬で降下してダンダスのバックパックの取っ手を掴み、地上に叩き付けられる手前でそれを阻止した。
まるで突然バックパックの動力が切れたかのように落下し始めたダンダスだったが、下は森とは言え、地上300mから落下すればLASほどの防御力も無い狩猟用のスーツでは無事では済まなかっただろう。
「ダンダス、大丈夫か?」
返事がない。
どこからか狙撃されたか、或いはシステムをクラックされたか。
いずれにしても突然コントロールを失って落下するなど、尋常な事態では無い。
そしていまだルナ達の声が聞こえないのもおかしい。
ふと思いついて、通信を電磁波から量子通信に変更した。
量子通信は理論上この宇宙のどこに居てもタイムラグ無しで通信でき、且つジャミングもハッキングもまず受けることの無い通信方法ではあるのだが、これだけ距離が近くて多人数で同時に交信する必要がある場合など、電波通信の方が使い勝手が良かったりするのだ。
秘匿性のある通信をするわけでもなく、場合によっては広範囲に救助信号を発信する必要がある事などを考えて、キャンプを張ってからこっち殆どの通信は電波通信で行っていた。
「・・・シ、マサシ、大丈夫ですか? 応答願います。」
途端に、心配性のレジーナが俺に向かって呼びかけている声が聞こえた。
「ああ、済まない。俺は大丈夫だ。通信が切れたな。どういうことだ?」
「良かった。AEXSSの機能に障害はありませんか? 未確認軍艦隊が電磁ジャミング(Electro-Magnetic Jamming Field: EMJF)を展開した模様です。現在この惑星周辺の電磁場がめちゃくちゃに乱されています。ラジオ通信使用不能、軍用レベル並みのシールドがなされていない電子機器はほぼ全て使用不能です。」
「さっき打ち出したドローンか。」
「間違いなく。現在こちらもドローンを打ち出して惑星外の状況を確認中です。」
電磁ジャミング(EMJF)とは、半径数千から数万kmの範囲内の電磁波をぐちゃぐちゃにかき乱し、電波通信を不能にし、威力の強いものであれば範囲内のシールドされていない電子機器を動作不能にする事が出来るジャミング手段だ。
たかが数万kmのジャミング空間など、宇宙空間での活動を考えると範囲が狭すぎてほぼ使い道は無いのだが、惑星や各種ステーションなどの周辺空間で使われると極めて効果的な目隠しとなる。
例の正体不明の艦隊が、自分達の軍事行動の詳細を他に知られたくなくてはた迷惑なジャミングを展開したと考えることも出来る。
だが俺達にとって最悪のシナリオは、ディングの政敵などが彼を人知れず抹殺しようとしてこの惑星ごとジャミングの目隠しで覆い隠した可能性だ。
幾ら民間企業が管理する惑星だからと云っても、そんな事をすれば当然他国からの強い非難を浴びることとなるだろう。
常識的にそんなバカなことをする奴が居るとは思えないが、貴族とか云うアタマの中の接続がどこかおかしい生き物が、政敵を屠るという過激な行動に出て視野狭窄に陥った場合には何をしでかすやら分かったものではない、というのが俺の持論だ。
「レジーナ、緊急離床しろ。管理局への許可申請など後回しで良い。高度3000kmで上空待機。例の軍艦隊を中心に周辺警戒。」
「諒解しました。現在管理局はEMJFによる電子機器異常で通信不能ですのでいずれにしても事後申請になります。リアクタ出力50%。離床。高度3000kmにて上空待機しつつ周辺監視します。」
「お前自身に不調は無いのか?」
「外部に露出しているセンサが幾つか動作不良を起こしているのみです。航行に支障なし。この船にはブラソンとニュクスが乗っているのですよ? 軍用船並みのシールドを備えています。EMJフィールドなど、春の日差し程度の暖かさです。」
「そうか。ならば良い。よろしく頼む。」
「諒解。」
その時、すぐ脇で発砲音がする。
「マサシ、ディングがかなり危ない状況です。」
と、感情のこもらない平滑なルナの声。
見れば、空中で左手にダンダスをぶら下げたルナが、右手一本で構えるアサルトライフルをまるでSMGの様に扱っている。
どうした侯爵サマ。やっぱり惑星最強種を複数相手にするのは荷が重かったか。
「接近してリプシェンドを排除しろ。」
こんな状況だ。獲物を横取りしても文句は言わないだろう。いや、言わせない。
「諒解。」
「承知。」
ルナのライフルが連続的に途切れなく火を噴き地上を掃射していく脇を、黒いゴスロリが有り得ない速度で森の中に突っ込む。
「良し。依頼主様確保じゃ。」
「制圧完了です。」
「ディング、大丈夫か?」
返答が無い。
「マサシ、彼等の着用している狩猟用スーツはEMJで動作不良を起こしています。」
そういうことか。
俺達が着ているAEXSSは軍用であり、宇宙空間での使用を想定している。
EMJFの影響を殆ど受けないが、奴等が着ている狩猟用のスーツはLASに近い機能を持っているとは言え、軍用では無い。
強固な電磁シールドを持たないので、EMJの影響をモロに受けているのだろう。
民間の娯楽用に作られた狩猟用スーツが、電磁嵐吹き荒れる中での作戦行動を考慮して設計されているとは思えなかった。
「地上に降りる。ディングの側だ。」
そう言って高度を下げて、ディングとニュクスが突っ込んでいった森の中に降りる。
ダンダスをぶら下げたニュクスが俺の後を追ってくる。
「大丈夫か?」
鬱蒼とした密林の中、ディングのすぐ脇に降りたところでヘルメットのバイザーを開け、肉声でディングに呼びかける。
「済まん、助かった。シールドバイザーのHMDがブラックアウトして、視野が遮られた。なんなんだ、一体。」
と、こちらもバイザーを上げて喋る元気そうなディングの声が聞こえた。
「この惑星周辺でEMJを使ったバカがいる。惑星まるごとフィールドの中だ。そのスーツの機能は使えないな。」
となると、キャンプまで歩いて帰るか、或いは飛べる俺達が二人をぶら下げて帰るかくらいしか無いが。
「ここからキャンプまでどれくらいある?」
「364kmです。」
ルナが短く素っ気なく答えた。
歩きは無しだな。
密林の中を400kmも行軍するなど、何日かかるやら判ったもんじゃない。
「二人を連れて飛ぶか。少々動きが鈍くなるが、それしか無いな。俺がディングを連れて飛ぶ。ダンダスは・・・」
「儂がやろう。ルナは周囲の警戒と、空中生物の排除を頼む。」
そうと決まれば、さっさと出発した方が良い。
キャンプに戻ってもそこから先さらに港までまだ数百kmある筈だ。
俺は空中に浮きつつ、ディングのバックパック上部にある取っ手を掴み、そのまま森の上に出る。
同じようにしてニュクスがダンダスをぶら下げて飛び上がってくる。
ルナはいつでも撃てるようにライフルを両手に持ち、ヘルメットカメラの光学情報で周囲の警戒を行う。
キャンプの位置は判っている。
俺達はキャンプがある場所にナビゲーションポイントを置き、バイザーシールドのHMDに表示されるNAVポイントに向かって増速した。
が、少し飛んだところでぶら下げているディングが何かを喚いているのが聞こえた。
風切り音で何を言っているのか上手く聞き取れない。
仕方なく速度を落とす。
「ちょっと待て。勘弁してくれ。速すぎると息が出来ない。ついでに風に煽られて振り回されて、目が回る。吐きそうだ。」
風に振られて吐きそうになるなど、我慢しろと言ってやりたいが、息が出来ないというのは流石に拙い。
喚き散らすディングの要求に従って徐々に速度を落とし、奴が文句を言わない程度にまで速度を落としたら、移動速度は95km/hという事になってしまった。
これではキャンプに戻るまで何時間かかるやら判ったもんじゃない。
かと言って、キャンプに帰り着いた時点でディング達が前後不覚に陥っているのも拙い。
仕方なく100km/hにも満たない速度で飛ぶ。
「マサシ、不明艦隊がベルヤンキスを包囲する形で停泊しました。本船も600m級の駆逐艦三隻に包囲されています。今のところ特に要求は無し。」
通信で要求して来ては居ないとは言え、周りを固めるのは実力行使での明確な停船要求だ。
連中、EMJでベルヤンキス管理局の目と耳を奪っておいて、好き放題やりやがる。
惑星を包囲する形というのはちょっと拙いな。
まさか惑星破壊弾や重力兵器など使ってくることは無いと思いたいが。
「レジーナ、居心地が悪いと思うが、とりあえずは停船したままで連中の指示に従ってくれ。もし臨検させろなどと言ってきたら流石にそれは突っぱねろ。」
レジーナはあくまで民間の貨物船で、それに対して相手は軍艦だ。
まともに闘えば、勝てる可能性など微塵も無い。
まともに闘えば、だが。
「マサシ、軍艦隊が八隻、軌道降下兵を投入。降下用ポッドを多数射出。現在五十個射出済み。継続射出中。降下予想地点はポート04周辺。」
これではっきりした。
証拠があるわけでは無いが、連中が狙っているのはディングだ。
その可能性が極めて高い。
レジーナが三隻の駆逐艦に囲まれているのは、彼女がディングが乗ってきた船だと知っているからだ。
「ディング、アンタ心当たりはあるか? 降下兵がこっちに向かってる。」
「心当たり? 何の話だ?」
時速100kmの強風に息を詰まらせながらディングが答える。
ああ、スーツの機能がダウンしているので、今二人は俺達の会話が聞こえていないのだ。
仕方が無いので、飛びながら大声で状況を説明する。
「心当たりなんざ両手に余る。大至急でうちの領軍を呼んでくれ。」
「到着まで何日かかると思ってんだ。間に合わねえよ。」
緊急通信で侯爵邸を呼び出し、そこから押っ取り刀で領軍が出撃する。
どう考えても到着に十日はかかる。
その頃には全て終わって、未確認艦隊はトンズラした後だ。全く意味が無い。
「大丈夫だ。心配性のイーデンルハイの事だ、俺に黙って一個艦隊くらいは派遣してこの星系の近くに待機させているはずだ。」
ふむ。あの遣り手の爺さんならそれくらいのことやってのけるか。
それにしても、今頭の上で降下ポッドを続々と打ち出しているところに、星系の近くで待機している艦隊が間に合うはずも無い。
艦隊が到着するのはどんなに早くても数日後だ。
まあ、やらないよりはましか。
「レジーナ、聞こえたか? 侯爵家に緊急通信。現状を説明して、大至急で応援を寄越すように言ってくれ。」
「諒解。エシオンフダイージオ家に緊急通信。応援を依頼します。」
ディングに何かあったときのため、或いは逆に侯爵家に何かあったときのために、量子通信のIDは教わっている。
「艦隊が降下ポッドの放出を終了しました。放出したポッドの総数は百二十八。降下予想地点をマッピングしました。」
レジーナが送って寄越したマップを表示した。
降下兵の予想着地地点が黄色で示されているが、見事にポート04の周りを囲むように大体半径200kmで分布している。
キャンプはその分布から僅かに外れている。
作戦目標がもしディングならば、連中はこちらの位置をまだ掴んでいないという事だ。
もちろん、連中の目標がディングだと決まったわけでは無い。
が、俺達が使ったと同じポート04を利用している者の中で、ディングほどのVIPがどれだけいるだろうか。
これだけの兵力を運用するには、当然それなりの金がかかる。
その金に見合った目標でなければ、バランスが取れない。
まあ、壊滅的な軍事音痴が指揮している場合はコストなど考えもしないだろうし、場合によってはコスト度外視で私怨の相手を消しにかかっている、という可能性も無いわけではないが。
いずれにしてもディングがターゲットである可能性はかなり高いものとして行動した方が良いだろう。
降下兵がキャンプに到達するより前に帰り着くのは無理だ。
だが、レイシャを見捨てるわけにはいかない。
「ディング、済まないがのんびり空中散歩で帰るのは諦めてくれ。ちょっと急ぐぞ。連中がこっちに注目するより前に、できるだけキャンプに近付いていたい。」
「なんだって? よく聞こえない、って、おま、ちょっと、ま、待て。おい!」
再び強風に煽られてディングが振り子のように振られるのを無視して、俺は無慈悲に増速した。
いつも切削にお付き合い戴きありがとうございます。
思わず「♪とこしえに栄光満つる歩兵よ その名を輝かしめよ ロジャー・ヤングの名を・・・」とか歌ってしまいそうになりますが。
ハリウッドの実写映画の方はもう何か原作クソ食らえのなんだかよく分からない、まさにハリウッドらしい映画になっちゃってますが、サンライズからアニメ化した方のはあの機動歩兵も出てきて、良い感じですね。
この作品にも軌道降下兵がHAS着て出てきますが、勿論原点はアレです。
あ、でもハリウッドの方のも、地平線を埋め尽くす蜘蛛の映像は「おお!」とかなりましたが。あの敵の物量だけですかね。感心したのは。それと劇中のTVCF。




