14. 宇宙と地上と
■ 15.14.1
翌日からも、狩りの日々は続く。
基本的に、朝起きて飯を食ったら狩りに出て、手弁当の昼飯を食ったら午後もまた狩りを続けて、夕方にキャンプに戻り、晩飯を食って寝る。
多少のバリエーションはあれど、これの繰り返しだ。
三日目には飽きた。
もちろん、このある意味単調で繰り返しの毎日を率先して実行しているディングは、飽きること無く毎日嬉々として狩りに出かけ、返り血で血塗れになって毎日を精力的かつ有意義に充実して過ごしているようだ。
だがそもそも狩りに楽しさを見いだしていない上に、その狩りに参加することも無い俺にとって、その繰り返しの毎日に楽しみを見つけ出すのはどだい不可能というものだった。
もちろん俺達はディングと違って、少なくない金をもらって侯爵サマを護衛する仕事を請け負っているのだ。
楽しかろうが苦痛だろうが、単調な毎日をお楽しみあそばされている侯爵閣下サマと共に出かけていって、自殺願望者としか思えない危険極まりない方法で狩りを続ける侯爵閣下の安全を確保するという、単調で退屈かつ困難で気の抜けない、ある意味では充実した日々を送らせてもらっていた。
事実ディングが大けがを負ったのは一度や二度ではない。
手足に切り傷を負う程度の軽傷なら、感染症などの対策を行った上でそのまま狩りを継続する。
手足の一・二本が動かなくなる、或いはスーツの機能に重大な障害が出る、或いは腹に大穴が開くほどの大きな損傷を受けた場合には、流石に狩りは中断して速やかにキャンプに撤収して、ディングを侯爵家特注の調整漕に放り込む事になる。
最先端の技術とそれに見合ったカネをふんだんに注ぎ込んだ特注調整漕による高速修復で、一晩かけて肉体的な損傷を修復した脳筋系戦闘狂侯爵サマは翌朝にはピンピンして起き出してきて、朝飯を食ったらすぐに狩りに飛び出していくのだが。
もはや戦闘狂とか脳筋とか言う前に、ただただ狂っているとしか言いようが無い。
まあ、僅か一月程度しか許されていないこの狩りの休暇が終われば、また帝国侯爵としての激務に戻り、まともな休日など何ヶ月に一度あるかないかという生活を送らねばならない事を考えると、一秒さえも惜しんで狩りを楽しみたいというのは理解できないでもないのだが。
という、単調にして退屈である割には全く気の抜けない毎日がこの先延々と続くのかと、ウンザリしてこの仕事を請けたことを本気で後悔し始めたある日のことだった。
「マサシ、一応連絡を。例の帰属不明の軍艦隊に動きがあります。直接の影響はないとは思いますが、お知らせしておきます。」
と、地上で殺戮を楽しんでいるディングを空中で見守りながら対空警戒をしている俺達に、レジーナから通信が入った。
ディングを護衛する俺達と共に飛んでいる、レジーナが操っている索敵用ドローンには、当然のことながら量子通信機能が搭載されており、この星の管理局が提供する貧弱なネットワークを経由しなくとも、レジーナとの間で直接に高速の通信が可能だ。
もちろん俺達が着用しているAEXSSにも量子通信機能は備わっているが、寝ている間やシャワーを浴びているときなどAEXSSを脱いでいてもドローンが確実に通信を中継してくれる。
心配性のレジーナが報告を寄越したのは、俺達がこの星系に進入したときに真っ先に気付いた、国籍不明の軍用艦隊の動きだった。
「気になる動きでもしているか?」
「惑星ベルヤンキスに向かって艦隊全艦が加速し始めました。加速度約1500G。特に異常な動きではありません。」
どこの軍隊かは知らないが、こんなところに停泊していたのだ。
当然目的はベルヤンキスでの陸戦部隊の訓練だろうから、ベルヤンキスに向かって加速し始めるのは当たり前と言えた。
同じ惑星とは言っても、陸戦部隊にとって惑星ひとつはそれなりの大きさだ。
俺達のような狩りを楽しんでいる民間の個人客や、資源の調達を行っている民間企業とは重ならないように軍の部隊を展開するよう、ベルヤンキスの管理局がエリアを分けてコントロールしている。
たとえ数百人、数千人の大部隊が降下訓練を行おうが、惑星の反対側で行われる分には俺達に何の影響もないだろう。
「管理局から何か通達は出ているか?」
「はい。同じ南半球ですが、別大陸に進入禁止エリアが設定され、星系内全域にデータ送信されています。詳細な内容は軍機として伏せられたままです。この進入禁止エリアで軍事演習を行うものと思われます。」
「別大陸なら問題無いだろ。接触することも無い。幾らディングでも、獲物を求めて海を渡って数千kmのビッグなピクニックを強行しやしないだろ。」
「はい。なので、一応お知らせだけです。また何か変わった動きがあればお知らせします。」
「他に変わった動きは無いか? 民間船を含めて、だ。」
奴のフランクな対応でついつい忘れがちになってしまうが、俺達が護衛しているのはベルセンテルーク帝国侯爵家の当主なのだ。
当然それなりに政敵もいるだろうし、そうで無くともテロリズムや誘拐暗殺と云った犯罪行為の標的にされ易い立場の人間だ。
目に付く周りの船は全部敵、とまではいかずとも、警戒し過ぎるという事は無い。
「数時間前にジスラット船籍の武装貨物船と思しき民間貨物船が三隻、地上降下申請でトラブって揉めていましたが、問題は解消したようで、今はすでに北半球NBT-03工業原料用有機物質搬出ポートに着床しています。申請上の書類不備か何かだったものと思われます。他にここ十二時間で目立った事態は発生していません。」
「諒解。退屈させて済まないな。だが情報収集と索敵をやってくれるのはとても助かっている。地味ではあるが、依頼成功の為の重要な仕事だ。よろしく頼む。」
「諒解しました。引き続き周辺情報収集行動を続けます。」
あのよく分からない軍の艦隊が動いたか。
基本的には俺達と関わり合いになることは無い筈だ。
俺達個人客にしてみれば、折角狩りを楽しんでいるところに後出しで進入禁止区域や行動の制限を設定されて水を差されたくない。
軍にしてみれば、作戦区域に民間人が紛れ込んで訓練に支障が出るなどもってのほか。
お互い近くで活動すると面倒な事になり、誰一人得をしないつまらないことになる。
だから管理局が上手く采配して、軍と民間人を決して接触することの無い様、活動地域を完全に分けている筈だ。
俺は一応、レジーナが送って寄越した星域周辺のローカルマップを視野に表示して、軍艦隊の動きを確認した。
艦隊はベルヤンキスから約1億4000万kmほど離れたところに停泊していたが、レジーナが警告を発する約五分前から、ベルヤンキスに向けてゆっくりと加速し始めている。
今のままの針路と加速度であれば、惑星の自転の関係でちょうど俺達がいる場所が艦隊の進入方向とほぼ反対を向いているタイミングで艦隊はベルヤンキス上空に到達するが、この情報は余り当てにはならない。
艦隊が途中で加速度を変えれば到着時刻は幾らでもずれるし、そもそもがベルヤンキスの管理局が着陸地点を指示すれば、それに合わせた場所の上空に停泊するだろうからだ。
いずれにしても、今のところは問題は無さそうであり、例え問題があったとしても実際に艦隊がベルヤンキスに到着する直前でなければその先の予想は付かないので、これ以上マップを見ていても仕方が無い。
俺は視野の中に浮いているマップを閉じた。
マップを眺めるために空中に向かっていた視線を地上に戻すと、ジス・パムンラトと呼ばれる群れを成す中型の肉食獣の一群を殲滅したディングが、ちょうど地上を蹴って空中に飛び上がってくるところだった。
「どうも小さいのはやり難くていかんな。しかも群れが大きいと忙しくて疲れるばかりだ。ジスは狙うのをやめよう。ヘイダだけにしよう。」
などとこぼしている。
ちなみにヘイダとは、ヘイダ・バムンラトという名のこれもまた肉食獣で、ジス・バムンラトよりふた回りほど大きな体躯を持つものだ。
ジス・バムンラトの一部が大型化し、群れから抜け出して個体で行動するようになる。それがヘイダ・バムンラトだ。
このベルヤンキスに棲息する原生生物に対する動物学は余り進んでおらず、ジス・バムンラトの一部が大型化してヘイダにになる理由やその利点などはまだ解き明かされていない。
そもそもジスの一部が大型化してヘイダになるという事が判ったのも最近のことで、それまでは同系統別種の生物であるとされていたらしい。
ジス・バムンラトの面倒なところは、体高1mそこそこの中型の体躯は大きな攻撃力は持たずとも小回りが効き、最大で数十頭もの集団でそれなりの連携を取って襲いかかってくることだ。
囲まれて全方位から絶えず襲いかかられるのは非常に大きなストレスであり、実際中型肉食獣と舐めてかかって返り討ちに遭う狩猟者が跡を絶たないらしい。
そこは我らがディング侯爵サマ、抜かりなく集団を殲滅に成功したようだが、やはり囲まれて気が抜けず忙しない戦いには閉口しているようだった。
その後更に密林の奥深くへと進んだディングが幾つかの獲物を立て続けに狩ったところで昼飯の時間となった。
上空から探した少し開けた場所に降り立ち、各自バックパックに詰めてきた弁当を広げる。
今日の弁当は肉や野菜などの様々な具の入ったミックスサンドイッチだった。
もちろん、レイシャとルナの手による手作り弁当だ。
立て続けに狩りを行って、例によって全身血塗れのディングは少し離れた場所に見つけた小川に入って寝そべり転げ回って血を洗い落とし、手を洗う。
俺達は軽く下生えを薙ぎ払って腰を下ろせる場所を確保した。
「午後はちょっと大きく先に進んで脚を伸ばそうと思う。どうもこの辺りは大型の獲物はすでに狩られてしまっているようだ。中型の群れになるやつは飽きた。面倒だ。」
と、スパイスの効いたパストラミビーフを挟んだサンドイッチを頬張りながらディングが云う。
飽きた、面倒だと言われて殲滅させられる中型原生生物にとっては良い迷惑というか、面倒だと思われるならお互い遭遇もしたくない話だろうが、我らが侯爵サマは午後から大物狩りに特化するおつもりらしい。
「手応えのある奴が居ると良いんだがな。」
どうやら少々欲求が不満しておられるようだ。
ちなみに、ディングが殺戮しまくっている獲物の死体は基本的にその場に放置だ。
この星のあちこちに点在する工業用有機原料処理施設に持っていけば引き取ってはくれるが、工業用原料として処理している工場に十や二十の獲物を持ち込んだところで二束三文の値段しか付かない。
狩りは、爆発的繁殖力を持つ原生生物を間引き、そのような施設から遠く離れたところで大繁殖するのを防止しする意味もあるので、死体はそのまま放置していても構わないのだそうだ。
放置された死体は、これまた様々な種類が棲息している森の掃除屋、所謂屍肉食いの他の生物によって綺麗に掃除される。
昼飯を終えた俺達はまた空に上がり、さらに森の奥を目指す。
幾つかの狩りを織り交ぜながら一時間ほども飛んだだろうか。
突然右手を横に突き出したディングが急停止する。
止まれ、前に出るな、のサインだろうと見当を付け、少し距離を詰めてディング達の後方上空で警戒態勢に入る。
「どうした?」
何か良い獲物でも見つけたのだろうか。
多分そうだろうな。
「リプシェンドだ。大きい。複数居る。」
それは確かに、戦い甲斐のありそうな獲物だ。
俺なら見なかった振りして完全スルーで通過するが。
脳筋戦闘狂には見過ごせない美味しそうな獲物だろう。
「群れだな。繁殖中か。デカいのが三つと、小さいのが幾つか居る。」
例え凶暴な肉食生物であろうと、子育ての最中の幸せな家庭を壊すのはどうかと思うぞ。
というか、ただでさえ気色の悪いデカい蜘蛛がさらにデカいとか、悪夢でしか無い。
「とりあえず俺一人で突っ込む。ダンダス、ヤバくなったら援護してくれ。」
主人の命令とは言え、気色悪さマシマシの肉食獣に突っ込まされる従者も良い迷惑だろう。
まあ、いざとなったら俺達が後ろから弾速10km/sのAP弾を大量に叩き込んで一気に解決するのだが。
幾ら金属並みの装甲を持つ惑星最強の生物だろうが、HASの装甲を貫通する事も出来るAP弾をぶち込まれて無事で居られるとは思えないし、そして俺には巨大蜘蛛に接近戦をけしかける様な酔狂な趣味も無い。
戦いは安全なアウトレンジからの一方的な攻撃で決着を付けるに限る。
などと考えていると、無鉄砲な雇い主が、空中から一直線に密林に向かって突っ込んでいく。
ディングが向かう先の森の木々がざわつき、木々が連なる緑色の絨毯の上に谷褐色の巨大な蜘蛛が二匹まるで森の中から滲み出るように滑らかに姿を現した。
大剣を振りかぶったディングが、それを迎え撃つように四本の脚を上げて威嚇する体勢を取るリプシェンドに向かって突っ込み、すれ違いざまに何本かの脚を切り落としつつ翠の中に消えた。
姿を現したリプシェンドがそれを追うようにして再び翠の森の中に一瞬で消える。
有利な空中からの攻撃を捨て、わざわざ苦しい戦いになることが判っている地上に降りて闘おうなど、もう完全にイカレているとしか思えない。
しかも相手はこの星の生態系の頂点に立つ凶暴な肉食生物の群れだ。
ダンダスも剣を抜き放ちいつでも加勢できる体勢を取って空中で待機している。
俺達もいつでも撃てるようにアサルトライフルを構えて、今ディングが消えた森の一点を注視する。
「マサシ、例の艦隊が惑星ベルヤンキス周辺に向けて推進力を持つ高速の飛翔体を射出しました。数六。飛翔体は惑星を囲むような軌道を取っています。飛翔体がベルヤンキスに到達するまで約160秒。」
と、突然レジーナからの通信が入った。
よりにもよってこのタイミングで余計なことをしてくれる、と舌打ちしながら右目の視野に惑星周辺マップを表示させる。
レジーナが提供するその画像の中で、減速しながらベルヤンキスに接近する黄色に表示された艦隊から撃ち出された六個の飛翔体が、艦隊に先行してベルヤンキスに接近しているのが見て取れる。
「飛翔体が何か分かるか?」
「不明です。惑星を取り囲む配置から、何らかのセンサープローブ或いはドローンと考えられます。」
「継続して追跡。障害になるような動きをするなら、撃ち落とすか消すかして構わん。」
俺達、つまりディングを標的とした破壊活動かどうかなど確認するべくもないが、いずれにしても俺達の仕事は奴の護衛だ。
ディング達や俺達に害が及ぶ可能性があるのならば、遠慮無く排除させてもらおう。
ただの偵察用センサープローブなら良いんだがな。
「諒解。GRG-A及びBに460mm実体弾を装弾。高速給弾器にも同実体弾を装填。ジェネレータ出力60%、ホールショット、ギムレット使用に備えます。センサープローブ射出。」
レジーナが本気の警戒態勢を取る。
惑星上に僅かな人数しか居ないとは言え、それでも設置された港や工場で働く者が居る以上、このベルヤンキスも人類居住惑星に区分される。
汎銀河戦争の交戦規程に従うならば、この惑星を巻き込んだ攻撃的行動を取る事は出来ないはずだが。
しかし過信するわけにはいかない。
交戦規程など、破る国家の国力でどうとでも言いくるめられる程度の紳士協定のようなものでしかない。
そもそも端から規程を逸脱するつもりならば、幾らでも言い訳と屁理屈を用意しているだろう。
地上で剣を振り回して狂戦士のように闘っているだろう雇い主を心配し、頭上に展開されつつある未知の脅威を警戒する中で時間が経つ。
そして数分後それが起こった。
いつも拙作お読み戴き有り難うございます。
スミマセン、まるまる一週飛ばしてしまいました。申し訳ない。
容赦ないオシゴト洪水が発生し、濁流に呑み込まれて窒息し寸前まで溺れていました。
「お客様は神様です」という有名な言葉がありますが。
それをはき違えたバカな客がどれだけ多いか。
客だからって何でも言って良いわけじゃないし、こちとらテメエ等の下請けじゃねえんだよ。
・・・と正面切って啖呵切ることが出来ればどれだけ気持ち良いか。 (泣




