13. リプシェンド
■ 15.13.1
当然のことながら、翌日は朝から狩りだ。
到着初日の昼飯同様、その後に控える楽しい狩りに思いを馳せて気もそぞろに朝食を摂ったディングは、食事が終わるや否やすぐに狩りの支度を始めた。
今日は必ず攻撃性の高い肉食生物を見つけて狩るのだと、鼻息も荒く装備を身に付けていく。
昨日あれだけ血塗れになって汚れた装備品は、見違えるほどに綺麗に掃除されておりまるで新品同様に輝いているが、聞けば装備は予備も合わせて数セット持ってきており、昨日血塗れに汚した装備一式は今日一日かけて留守居役のレイシャが洗って整備するのだという。
もともとそのために彼女を連れてきたのだろうが、それにしても気の毒なことだ。
気の毒とは言えども、俺達がそれを手伝うわけにも行かない。
俺達は俺達で、契約に基づいた侯爵サマのお守りという大事な仕事がある。
ディングが嬉々として狩りの支度をしている脇で、俺達も同様に支度を進める。
契約と言えば、ディングが大剣を持って獲物に突撃していく危険行為について、そんな事をされてはまともに護衛も出来ない、護衛対象を怪我ひとつ無く護りきるなど到底無理だと、昨夜晩飯を食いながら抗議した。
契約時に侯爵家がディングが行う狩りのスタイルを説明しなかったのも片手落ちではああるが、確認しなかったこちらにも否はあると、半ば痛み分けの様な落とし所で決着した。
ディング自身は、侯爵家伝統の戦闘スタイルを変える気はさらさら無い様だった。
接近戦を続けるならば、当然ある程度の負傷は発生するのは致し方ないこととして、大きな怪我にならないように最大限援護する、というところで落ち着いた。
そうは言っても相手は貴族家だ。
そこまで譲歩させただけ上出来と思うことにした。
もっとも、交渉相手がこの三人だからこの譲歩が引き出せたのは間違いない。
ディングは狩りのスタイルを変える気は無く、ダンダスは主人がその伝統的なスタイルを堅持するのを止める気が無く、そしてレイシャは殿方の嗜みである狩りの内容に口を出すつもりは無い、というスタンスだった。
それでも三人とも比較的柔軟な頭を持っているから、こちらの苦言にも耳を傾けてくれたのだろう。
相手があの家令のじいさんだったら、譲歩どころか交渉にさえならなかったかも知れなかった。
ディングが少しでも怪我をしたら契約不履行で逆に違約金を請求するとか、最悪俺達を拘束しかねない様な雰囲気のジジイだった。
多分アレが、本来の貴族家の人間なのだろうと思う。
そういう意味では、俺達はかなり運が良かったとも言えるだろう。
さて狩りだが。
昨日の午後半日を使って行った「肩慣らし」で、思いの外狙っている凶悪な肉食生物を見かけなかったという経験を踏まえ、今日は索敵ルートを少々変えて、西に向かってひたすらジグザグに進んでいくというコースをディングは選択した。
それほど凶悪な生物と闘いたいなら、レジーナからあと幾つか追加のドローンを出させて先行させ索敵することを提案してみたのだが、どうやらそのやり方は侯爵サマの好みのスタイルでは無い様だった。
自分の手で獲物を見つけ出し、その獲物と殴り合いをするのが楽しいのであって、誰かに見つけてもらった獲物を与えられてそれを狩るようなやり方はやりたくないと言う。
まあ確かに、俺達は商売のために工業用原料を探しているのでは無く、趣味の狩りで獲物を探しているのだ。
効率一辺倒の面白みもなにも無いやり方はしたくないというのは、理解できる。
という訳で、今日もディングが先頭を飛んでいる。
そのすぐ後ろにダンダスが控え、またぞろ俺達レジーナクルーはさらに後方で空中を接近してくる飛行生物の警戒だ。
昨日同様、レジーナのドローンも一機追従している。
午前中に遭遇した獲物と何度か狩りを行った後、目に付いた大きめの川の河畔に着地して、携帯食ではなくレイシャとルナの手による手作りの弁当を使う。
携帯性を考慮して携帯食になるものと思っていたのだが、二人が気を利かして弁当を作ってくれていた。
中身はサンドイッチやフレンチフライといったよくあるタイプのものだったが、それでもブロック食や流動食をモサモサと食うのに比べれば有難い話だ。
そして当然のように今日も早々に全身血塗れとなったディングとダンダスは、装備品一式を付けたままそのまま川の流れの中に突撃していって、水の中でひとしきり暴れ回ることで全身をぬらす返り血を流し落としていた。
これだけ多様な生物が棲息しているベルヤンキスのこと、水中にも危険な生物が居るのではないかと思うところだが、森の中の支流には小型の肉食魚がいくらか居るくらいで、殆ど危険性はないらしい。
もちろん、川幅が大きくなり水深が深いところに行くと、それなりの大きさの肉食生物が居るようだが。
昼飯を終えたら、午後の探索と狩猟だ。
午前中は緩く南に膨らみながら西に向かってジグザグに飛び、午後はキャンプに向かって戻らねばならないのだが、午前中のルートとは反対に北に大きく膨らんでジグザグに東に向かう。
何度かの狩りを行って、キャンプまでの大体半分程まで戻ったところで、ディングが急停止した。
「どうした? 何か見つけたのか?」
「リプシェンドが居る。今ちょうど木が密生しているところに隠れてる。複数じゃないようなら、やる。」
ディングが指さす方を見るが、何も見つけられない。
確かリプシェンドというと、忍者みたいな十本脚の巨大な蜘蛛でトップクラスの危険生物だったと記憶している。
森の中に上手く隠れてしまって簡単に見つけられないのは当然なのかもしれない。
見つけたという辺りについて、ヘルメット内蔵カメラの画像を異常差分検知モードにする。
風も無いのに葉が揺れたり、風で揺れる周りの葉と違う揺れ方をしたりすると、このモードで引っかかるはずだ。
聞こえるはずも無いのだが、思わず息をひそめてカメラ画像の解析結果を注視する。
異常を示す赤色の表示は、ノイズのように現れたり消えたりする。
ずっと見ていると、所々赤色が特に頻繁に出てくる場所があるのに気付いた。
多分そこにリプシェンドが居て、脚や胴体が接触しているから周りと違う動きをするのだろうが・・・そうすると、凄くデカくないか、これ?
「気付かれてるんじゃ無いのか? それで隠れてるんじゃ?」
「いや、間違いなく気付かれてるだろ。肉食生物は目が良い。他に何も居ない空中から接近すれば目立つ。」
「どうする? 気付かれてるならやめるか? 奇襲で有利が取れないだろ。」
「バカ言え。気付かれてるならちょうど良い。真っ直ぐ突っ込んでいって、正々堂々真正面からやり合うさ。これぞ正しい戦いだ。腕が鳴るな。」
そうだった。脳筋戦闘狂だった、こいつ。
しばらく空中に静止して睨み合っていると、その内に隠れるのに飽きたのか、或いは近付いてこない俺達を脅威認定から外したのか、リプシェンドが隠れていると思しき茂みが揺れ、濃密に生い茂る葉の間から見えるその動きをセンサーが捉える。
頭の中で十本脚の蜘蛛というイメージを持っているからか、無意識のうちにリプシェンドの大きさを小さく見積もってしまっており、背景の森とのギャップで遠近感が狂う。
先入観を捨て、背景の木の大きさと単純に比較すると、そのおかしな大きさに気付く。
木立の間に僅かに見え隠れするその胴体は、小さく見積もっても優に5mを越えており、その胴体を支える脚はさらにその倍かそれ以上の長さがある。
確かに形は蜘蛛に似ている。
しかし大きさが全然違う。
スケールについて頭が追い付いてない俺の視野の中で、巨大な蜘蛛がのっそりと動き始める。
でかい。とにかくデカい。
あの大きさで音も無く森の中を移動し、獲物に素早く襲いかかるなど悪夢にしか思えない。
「よし、行くぞ。戦い甲斐のある大物だ。皆手出し無用だ。」
そう言って背中から大剣を引き抜いたディングは、加速しながら急降下していく。
恐怖しか感じない巨大な肉食の蜘蛛に嬉々として襲いかかっていくとか、アタマおかしいんじゃないか。
俺達が来ているAEXSSやHASなど、防御力が非常に高くリプシェンドの爪や牙で傷付けられることはないと分かっていても、十本脚の巨大な蜘蛛という外見は恐怖心を掻き立てられる。
ましてや、ディングが着ているのはLAS程度の防御力しかない狩猟用スーツだ。
侯爵家特注のもののようだが、それでもLASを大きく越えることは無いだろう。
リプシェンドの攻撃力がどの程度か正確に知らないが、LASの軽装甲を易々と切り裂く様な生物はこの銀河にごまんと居る。
空中から襲いかからんとしたディングに早々に気付いたリプシェンドは、器用に樹上で素早く向きを変えこちらに向き直った。
体勢を低くして、高速で接近するディングを迎撃する体勢になる。
ディングは迷わず真っ直ぐ突っ込んでいく。
もう少しでディングがリプシェンドと接触すると思った瞬間、樹上で低く構えていたリプシェンドが跳んだ。
真っ直ぐディングに向かって跳んだリプシェンドと、加速しながら空中から突っ込むディングの距離は一瞬で詰まる。
剣を構えて払うディングと、黒く巨大な蜘蛛の姿が一瞬で交錯する。
ディングの姿は森の中に突っ込んで消え、リプシェンドの巨体は放物線を描いて空中をゆっくりと落下していく。
と思いきや、空中で身を捻って向きを変えるリプシェンドの身体から、半ばほどで切断された巨大な脚が二本離れて落ちていく。
どうやらすれ違いざまに片側の脚を二本切り落としたようだ。
やるな。
アンバランスに切り落とされた脚は、リプシェンドの機動性を確実に奪うだろう。
落下するリプシェンドが森の上端に到達する前に、すれ違い森の中に突っ込んだ筈のディングが、森の中から飛び出してきて空中をリプシェンドに向かって加速する。
・・・正面切って正々堂々とか言いながら、バックパックの飛行能力を最大限活用するのは構わないのだろうか。
きっと奴の中では問題無いのだろう。
勝てば官軍とも言うしな。
高速で接近してくるディングに気付いたか、リプシェンドは空中で藻掻き、体勢を変えてディングを迎え撃とうとする。
が、もともと空を飛ぶようには作られていないリプシェンドは、すぐには身体の向きを変えられず、片側二本の脚が切り落とされているバランスの悪さがそれに拍車をかけている。
リプシェンドが空中でジタバタしている間に、ディングは再びその脇を飛び抜けて、さらに二本の脚を切り落とす。
片側五本ある筈の脚が、これで一本になった。
容赦ないな。
五本と一本というアンバランスな状態に脚を切り落とされたリプシェンドは、機動力を殆ど奪われただろう。
リプシェンドはそのまま森の中に落下し、空中で急停止して向きを変えたディングがその後を追う。
「獲ったぞ。もっと苦戦すると思ったのだが。ちょっと拍子抜けした。」
しばらくして森の中から飛び上がってきたディングは、リプシェンドのものだろう青色の返り血をあちこちに浴びて、大剣を背中の鞘に戻しながら機嫌良さそうにニヤリと笑った。
「楽勝だな。たいしたもんだ。」
あんな蜘蛛の化け物みたいなのに真っ直ぐ突っ込んで行くなんて、お世辞抜きで素直に凄いと思う。
「いや、向こうが飛び上がってきたところで空中戦になったからな。空中で奴が身動き取れないところで脚を切り落とせたのが大きい。ずっと地上で戦っていたら、こう上手くは行かん。特に森の中だと完全に向こうが有利だ。相当に苦戦する。」
「それが理由で空から突っ込んで行ったのか?」
「それもある。低空で飛んでいる飛行生物を森の中から飛び上がって捕食する事もあるらしい。上手く脚を切り落とせたのは幸運だった。」
ハエトリグモかよ。
まあ確かに、一度空中に飛び上がったら足場のないリプシェンドはまともに身動き取れないだろうから、攻略法としては正解なのだろう。
「今回のは半ば様子見だ。次は地上から行く。」
だから何でわざわざ危険な方法を・・・と言っても無駄なのだろうな。
これまでのこいつの行動で理解した。
たとえ危険でも、正面から戦って楽しむのがこいつの狩りなのだ。
半ば呆れる俺達を置き去りにして、ディングとダンダスは索敵コースに戻っていった。
「テラン以外でも、かような脳筋がおるんじゃのう。」
と、ニュクスが笑いながら言う。
「馬鹿にするな。幾ら俺達地球人でも、あそこまで馬鹿なことをやる奴はそんなに居ない。」
「居るのは居るじゃろ?」
「一部の武闘家とか、頭のネジが一つ二つ飛んでる奴らだけだ。普通は最も安全かつ簡単に勝てる方法を選ぶ。」
「そうじゃの。手段を選ばずに、の。それでこそテランじゃ。」
「うるせえよ。」
ケタケタと笑うニュクスを置き去りにして俺もディング達の後を追う。
結局この日、その後は目立った強敵に会うことも無くキャンプに辿り着き、レイシャが用意した夕食を摂った後に身体を休めた。
ちなみにだが、コテージ周辺には夜間の拠点防衛用のセンサーや武器が幾つも設置されているので、夜間に野生生物に襲撃される心配は無用だ。
例え襲撃されても、HAS並の怪力を持った奴でなければコテージの壁を破って侵入する事は出来ない。
そもそもレジーナが幾つもドローンを飛ばしているので、接近して来る時点で気付く。
キャンプの周りには、この星の生物が一般的に嫌う匂いの忌避剤を撒いているので、近付いてくる奴もそう居ないだろうが。
いつも拙作にお付き合い戴きありがとうございます。
リプシェンドのイメージはコガネグモ、いわゆる女郎蜘蛛という奴ですね。
以下にもヤバそうで、いかにも強そうで素早そう、という感じの。
で、指輪物語で主人公を捕食したあの蜘蛛の動きをイメージして貰えれば。
・・・ちなみに作者自身は蜘蛛苦手です。
ヘビは平気で触れるんですけどね。
いわゆる「蜘蛛派」という奴です。足が一杯ある虫ダメです。




