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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
57/82

12. 戦闘狂系草食動物


 

 

■ 15.12.1

 

 

 大剣を振りかぶったディングが、ろくに勢いも殺さずそのまま地面へと突っ込んでいき、五体ほど居るエルティルプレールの群れの内一体の首をその勢いに任せて叩き斬って、地面に着地した。

 突っ込んでいった速度はどう見ても100km/h近く出ていた。

 普通の人間の肉体なら、間違いなくあちこち骨折して内臓にも障害が出て、悪くて即死、運が良くとも病院送り間違いないコースだ。

 

 ところが非常識な速度で獲物の首を落として着地したディングは、平気な顔をして隣で草を食んでいたエルティルプレールに躍りかかった。

 あれは何らかの身体強化を行っているな。

 ニュクスはかなり極端な例だとしても、例えば骨の成分をいじって強度を上げたり、眼球を機械式のものに取り替えて視力を上げると同時にズームなどの様々な機能を追加したり、内臓を機能強化されたものに交換したりと、その手の身体強化を行うものは案外多い。

 

 例えば以前俺が参加したアステロイドレースなど、上位を独占するプロレーサー達は骨格や内臓を交換したり、外骨格を取り付けたりと、生まれたままの人体では耐えられない高Gの掛かるレースで勝ち抜くために、身体の様々な部分を人工のものに取り替えている。

 脳以外のほぼ全身を交換している奴も居るくらいだ。

 ベルセンテルーク帝国の高位貴族であるディングが、様々な理由でその手の身体強化を行っているというのは、至極当然の事だった。

 

 高位貴族であれば命を狙われるような場面もあるかも知れない。

 昔ながらの決闘のようなことをして、己の命運を賭ける様なこともあるかもしれない。

 或いはパーティーか何かで、酒の強さが侯爵家の存亡を左右するような場面もあるかも知れない。

 高い社会的地位にあるものが、降り掛かってくる様々な障害に対処するために、人工的な手段を使って身体能力を上げて備えておくというのは、充分に有り得ることだろう。

 

 ディングに一歩遅れて狩りの現場に辿り着いた俺達は、高度50mほどの空中に浮かび、一人地上で暴れ回るディングとそのディングに殺戮される運の悪いエルティルプレールの群れを遠巻きにするようにして、万が一に備えて待機する。

 エルティルプレールは、地球のキリンをもう少し大型化し、首を短くした先にどこか爬虫類のような印象を受ける頭を取り付け、身体を支える四肢の付け根それぞれに柔毛に包まれ器用に動くキツネザルの尻尾のかなり長い奴を取り付けたような外見をしている。

 大剣を振り回すディングは、その悪夢の中から出てきたようなキリンもどきの間を、次々に襲いかかる触手をかいくぐり、蹴り飛ばそうとする脚を器用に避けて飛び回り、隙を見つけてはエルティルプレールに切りつけて、一頭また一頭と獲物を切り伏せていった。

 

 楽しそうに殺戮狂戦士化しているディングの獲物を奪っては申し訳ないと、俺達は手を出さずに不運な原住生物の殺戮現場を見守り続けたのだが、ディングは結局たった独りで五頭もの巨大な原住生物の群れを僅か十分ほどで全滅させた。

 全ての獲物が切り刻まれて動かなくなったのを確認して、俺達はディングの側に着地した。

 

「見事なものだな。これほどの巨大な獲物をこんな短時間で全滅させるとは。」

 

 周りを見回し、切り刻まれた五体の生物の死骸を眺めながら、変な厭味に聞こえないように注意しながら言った。

 

「なに。エルティルプレールは攻撃手段も限られているし、図体がでかいばかりで動きは遅い。褒めてもらえるほどのもんじゃねえよ。ただの肩慣らしだ。」

 

 そう言って、水筒から流れ出る水で剣を洗うディング。

 ちなみにこの星の原住生物の血は大体赤い。

 俺達と同じ鉄ヘモグロビンに似た物質を主成分とした血液を持っているという事だ。

 そして地球でもエビやカニが青い血を持っているのと同じ様に、この惑星上にも青い血を持つ動物はいるらしい。

 

「さて、続きだ。」

 

 そう言ってディングは飛び立ち、再び南に向かう。

 

「死体はこのままにしておいて良いのか?」

 

 狩猟と言うからには、飾りにするために狩った獲物の首などを持っていくのかと思ったが。

 そうか、エルティルプレールは狩っても自慢になるほどの獲物じゃ無いか。

 

「放置して問題無い。屍肉食いが片付けるだろう。そのての動物は多い。」

 

「諒解。」

 

 そして俺達もディング達の後を追って空に駆け上がる。

 

「おっ、あそこにいるのはズヌルゥの群れじゃ無いか? 二十近く居るな。流石に俺一人じゃ心許ないか。ダンダス、手伝え。」

 

「承知。」

 

 飛び上がって早々、ディングは次の獲物の群れを見つけて突っ込んでいく。

 俺達も先ほどと同じ様に一定の距離を取って、上空の警戒と不測の事態に備えて空中で待機する。

 

 ズヌルゥとは、六本脚の昆虫のような外見をした肉食獣で、体高1m、体長1mほどの胴体の先端から固い甲殻に護られ長く伸びた首の先端に小ぶりな頭があり、そして頭の両脇に少々貧弱な一対の手がある。

 特筆すべきは、長い首の先端の頭から捕食のためにさらに伸びて飛び出す力強い大顎であり、ガッチリと咥えた獲物を顎を縮めて手元に引き寄せ、頭の両脇の手で獲物を器用に抱え込んでは顎を使って引き千切る、あるいは噛み砕いて食べるのだという。

 これだけ聞くとホラー映画にでも出てきそうな強烈な異星生物っぽいが、実は長く伸びた首は小回りがきく反面それほど力強くないため、瞬時には向きを変えることが出来ない。

 そこがこの動物最大の弱点となる。

 大顎を使った一回目の攻撃を上手く躱すとすぐには方向転換できないため、もたついているところを甲殻の継ぎ目を狙って首を落とすと一発で斃すことが出来るらしい。

 以上、ルナペディア情報だ。

 

 そして我らがディングとダンダスはと言うと、ルナが解説してくれた正にそのままの戦い方をしていた。

 混沌とした混戦の中、ズヌルゥが長い首と飛び出す大顎のリーチを生かし切れずにもたついているところを、素早く距離を詰めて長い首に剣を一閃して叩き落としている。

 そうやって次々に獲物を屠っていき、二十匹以上はいた筈の群れも、僅か五分程度で壊滅した。

 一方的な蹂躙と言って良い。

 

「ふう。数が居た分なかなか手強い相手だったな。」

 

 全ての獲物の首を落とし、一息付いたディングが言った。

 いや、全然危なげなく闘っているように見えたが。

 

「ズヌルゥの甲殻は、管理局に持っていくと歓迎されるらしいのだが。運搬手段が無いから諦めるか。」

 

 とディング。

 野生生物を狩って素材を集めるゲームでもあるまいし、莫大な資産を持つ侯爵サマが素材の売値を気にするのはいささか滑稽にも感じられる。

 

「何かに使えるのか? それ。」

 

 と、あまり使い道のなさそうな首の長い甲虫のような不気味な姿を眺めながら訊いた。

 

「うむ。少々特殊なタンパク質から出来ていて、医薬品の原料として重宝されるらしい。調整漕を使った再生治療に無くてはならない薬品の原料になると聞いている。」

 

 なんと素材どころか、貴重な医薬品原料だそうだ。

 見かけにはよらないものだ。

 

「随分詳しいな。前にもここに来たことがあるのか?」

 

 ルナがここの原住生物に詳しいのは、この星に関するデータをロードしているからだ。

 が、ディングもそれに劣らず色々と詳しそうだ。

 ベルヤンキス管理局が維持しているこの星のネットワーク上にあるライブラリにアクセスすれば、当然狩猟対象である原住生物の情報は載っているのだが、それにしては色々と澱みがなさ過ぎる。

 この星で狩りをするのが楽しみ過ぎて、狩りに思いを馳せながらこの星に関するあらゆる事を予習していた可能性もあるが。

 

「ああ。子供の頃に一度、な。祖父に連れられて来たことがある。その時は何十人も居るかなり大規模なパーティだった。祖父が得意げに持ち帰ってくる獲物を片っ端から調べまくったから、この星で一般的に見られる生物に関しては多少の知識はあるぞ。」

 

 なんと、経験者だったか。

 

「貴族ってのはそんなに狩猟をするものなのか?」

 

 地球の貴族の話だが、狩猟は貴族の趣味だというのは聞いた事がある。

 大量の使用人を使ってキャンプを設営し、何人もの貴族が何頭もの猟犬を使って、たった一匹の狐を追い回す、あれだ。

 ベルセンテルーク帝国の貴族も同じなのだろうか。

 

「年がら年中狩りばかりしてるわけじゃないぞ。数年に一度程度、上手く長い休みが取れそうな時だけだ。まあ、確かに他家に比べてうちは代々狩猟好きだというのは否定せんが。」

 

 銀河種族の中で、地球人というのは好戦的かつ活動的な種族として名が通っている。

 確かに俺自身他の星出身の連中と付き合っていく中で、他種族のことをのんびりと牧草を食んでいる家畜化された草食動物のように大人しく消極的だと感じることはある。

 それだけ地球人が好戦的で活動的という事なのだろう。

 そんな草食動物のような印象を受ける銀河種族の中で、代々狩猟好きであるエシオンフダイージオ家は、もしかしたら帝国貴族の中では有数の武闘派家系なのかも知れない。

 ここベルヤンキスに来てからのディングの行動、即ち僅か半日の待機時間が我慢しきれなくて午後から飛び出してみたり、遙か彼方に獲物を見つけてはまっしぐらに突っ込んで襲いかかってみたりなど、まるで地球人の行動を見るようだった。

 つまり、おとなしい銀河種族の中では少々活動的すぎる異質な行動だった、ということだ。

 

 その後もディングは所定のコースを少々大回りに逸脱しつつ、空から獲物を見つけては襲いかかるという行動を何度か繰り返した。

 一日の長さが短いベルヤンキスのこと、直に夕食の時間が近づき、キャンプに帰らねばならなくなる訳だが、その短い午後の時間の間だけでもディングは全部で八回ほど地上に降りて発見した原住生物を蹂躙した。

 たまに相手にする獲物の数が多すぎてダンダスも一緒に突っ込んで行くこともあったが、いずれもディングは剣を振るって危なげない戦い方で次々と獲物を撃ち斃していった。

 当然、護衛の俺達の出番など無かった。

 

 一度だけ、ディングとダンダス二人共が地上で無双というか、バーサーカーの様に闘っている最中にレジーナからの警告が飛んだことがあった。

 かなり遠方ではあったが、肉食の大型飛行生物の接近をレジーナが操るドローンが察知したのだった。

 すぐさまルナが、背負っていたアサルトライフルを構え、空中とは思えない美しいスタンディングポジションから狙い澄ました単発の射撃を放った。

 秒速数km程度の比較的低速に押さえられた弾丸は、狙い違わずこちらに向かって真っ直ぐ接近してくる飛行生物を撃ち抜き、粉砕した。

 飛行生物は元の形が判らないほどにバラバラの血と肉の破片の飛沫となり、ゆっくりと地上に向けて落下していった。

 余りに手際よく一瞬で片付けたため、地上で闘っているディング達は飛行生物が接近してきていたことさえ気付かず、彼等の殺戮を続けていた。

 

「近場をちょっと回る程度だとこんなものか。大人しい性質のものばかりで物足りないな。少々欲求不満気味だ。明日からは本格的に出るぞ。やはり狩りは危険な獲物を狩らんと面白くない。」

 

 獲物に至近距離に近づき剣で叩き斬って倒すという野蛮で原始的な戦い方を選択したお陰で、返り血で全身血まみれになったディングが再び空中に飛び上がってきて言った。

 先ほど、俺の眼から見て銀河種族達はのんびりとした家畜のように大人しいと言ったが、一部訂正しよう。

 目の前で全身血塗れの悪鬼のような姿になって笑うこの男に関しては、地球人よりも好戦的でイカレているかもしれない。

 少なくとも俺の知り合いに、わざわざ危険度の高い戦い方を選んだ上に、全身血塗れになって楽しそうに笑う様な奴は居ない。

 そもそも全身血塗れになると、臭いし汚い。

 戦闘狂の気があるアデールでも、こんな戦い方はしないだろう。

 

「どうした。テランのくせに、ビビったか? ふふ。これが我がエシオンフダイージオ家の狩りだ。」

 

 そう言ってディングがニヤリと笑う。

 本人はタフでワイルドな戦士だったりするつもりなのだろうが。

 

「いや。ビビったと言うよりも、汚えな。誰が洗うんだそのスーツ。近寄るなよ。汚れる。」

 

「てめえ、言うに事欠いて・・・・まあ、少々後始末が大変だというのは、確かに。認める。」

 

 そう言ってディングは左手にこびり付いていた肉片の様なものを摘まんで投げ捨てた。

 

「明日からもずっとこんな感じか?」

 

「当然だ。そのためにここまで来たのだ。」

 

「そうか。まあ、その・・・頑張れよ?」

 

「ふん。もちろんだとも。」

 

 そう言ってディングは俺達に背を向けて反対方向に向かって加速し始めた。

 少しの時間それを見送って、すぐに俺達も後を追って飛び始める。

 

 地球の森よりももう少し柔らかな黄緑色をした森が果てしなく続く地平線に、大きく傾いたオレンジ色の主星が徐々に近付いていく光りの中を俺達はベースキャンプに向かって飛び続けた。

 

 

 

 

 


 

 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 仕事帰りに公園の駐車場に駐めた車の中で執筆することが多いのは、以前第一部の後書きで述べたとおりなのですが。

 暑くなってくると窓を開けていても風が温いので汗をじっとりかいてしまうのと、あと車内に蚊が迷い込んでくるのが堪らんです。

 一時間も書いていれば、全身汗でじっとり、あんど腕やら首やら蚊に食われまくって痒いのなんの。

 全身血塗れとどっちがってくらいに超不快です。

 かと言って近くにネカフェとか無いしなあ。

 あっても毎日の様に使ってたらカネが貯まらんけど。

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