11. 初日の午後
■ 15.11.1
果てしなく続く原生林とは言っても、そこは狩猟星として名の売れたベルヤンキスの大地である。
隙間無く生い茂った密林に見える森の中には、実は俺達より前に狩猟を楽しんだグループが残したキャンプ跡があちこちに残っており、数十mから百m四方を越える広さで樹木が切り倒された広場の様になったところがあちこちに点在する。
多分その様な木が切り倒された広場そのものは、利用者がそこをキャンプに使用するために、というよりもそこ以外の森の木々をむやみに切り倒されないように、この星の環境破壊に殊の外敏感な管理局が作ったものなのだろう。
ディングがベースキャンプ設営地に選んだ場所も、そのような広場の一つだった。
当たり前のことだが、ベースキャンプの位置取りは狩りの結果を左右する。
宙港に近すぎれば獲物は少なく、また大型で危険とされている猛獣も殆ど居ない。
獲物の密度の濃い場所、そしてそれらを捕食する危険で大型の肉食獣が生息する場所は宙港からそれなりの距離を離れたところとなる。
これもまた利用者向けのサービスの一つで在る、管理局発行の原住生物棲息領域マップとにらめっこをしていたディングは、宙港からたっぷり一時間も飛行した場所に存在するそのような広場の一つを当座のベースキャンプに選んだ。
この侯爵サマ、俺が想像で描いていたお貴族様像とは大きく異なり、色々なことを自らこなす。
俺の想像の中の貴族という名の生き物は、何をするにも全て人任せで、何もかもが綺麗にお膳立てされたところにやって来て美味しいところだけをちょっと味見しては、下の者の段取りの悪さに文句ばかり言って我が侭放題やりたい放題というものだったのだが、ディングはそれを見事に打ち砕いてくれた。
本人曰く、これから出会う未知の体験に思いを馳せつつ旅行の準備をしたり、得られた情報を元に自分の頭を捻って思い通りの獲物が居る筈の場所を自分で選んだりする事自体が旅行や狩猟の楽しみのひとつであるのに、それを人任せにするなど有り得ない、楽しみの何割かを無駄に捨てているようなものだと言う。
その点に関しては全く俺も同意するところなのだが、その余りに当たり前のディングの感覚に、少々拍子抜けする思いがした。
永く続くベルセンテルーク帝国の貴族達が特別で、そうで無ければ封建制度などと言う少々前時代的な社会制度を永きに渡って維持することなど出来なかったということなのか、或いはただ単に俺が持っている貴族というものに対するイメージが偏見に満ち溢れてただけなのか。
それとも、ベルセンテルーク帝国第四階位の貴族家であるエシオンフダイージオ家当主ディフガソップルフィーク閣下こと、今俺の目の前で開放感とこれから始まる狩猟への期待感で御機嫌にはしゃぎ回るディングが特別で変わり者なのか。
・・・多分後者だろうな。
いずれにしてもディングが、俺のあらゆるマイナス方向の期待を裏切って付き合いやすい男であるのは、個人的に話をする上でも、今回の依頼を遂行する上でも、どちらにしても都合の良いことで文句など無い。
何ヶ月も前から期待に胸を膨らませ、やっと迎えた夏休みに家族でやって来た山林のキャンプ場ではしゃぎ回り嬉々としてキャンプの準備をしている小学生の男の子を見ているようだ。
面倒臭い、お貴族サマなどという人種と関わり合いになりたくないなどという当初持っていた印象を忘れ、思わず微笑ましく見守ってしまうほどだ。
そのディングが中心となって地上に降ろしたコンテナを開け、その中に満載された資材を引っ張り出して次々に展開していく。
コンパクトに畳まれたコテージが、ボタンひとつで直方体のブロックから展開して柔らかな下生えの上に設置され、立派な宿泊用の建物となる。
同様にコンパクトに畳まれたテーブルや様々な家具や道具が展開され、HASに似た作業用の強化外骨格を着用したダンダスやレイシャの手によって手際よく設置されていく。
俺達レジーナクルーも、当然のことながらAEXSSを着用しており、一緒になってそれら重量級の様々な資材を受け取り、彼等の指示に従って所定の位置に配置する。
一人、見た目は飾り棚に飾っておきたくなるような見目麗しいゴスロリ幼女のくせに、何の強化外骨格にも頼らず生身のまま身体の数倍もある重量級の資材を軽々と運ぶシュールな絵面を作り出す変な奴も居るが、見た目はともかく役立っていることに変わりは無い。
そうやって六人で協力して作業した結果キャンプ設営作業は思いの外捗り、ディングが予想したとおり午前中には完了した。
ちなみにベルヤンキスの自転周期は地球時間にして二十一時間ほどだ。
約四時間ほど一日の長さが短くなるが、睡眠と起床という生活のリズムは、なんとか合わせられる程度の違いだ。
人間、少々時間が狂っても明るくなると意外と眼が覚めるものだ。
あらかた一通りの設営作業を終え、皆で昼飯を食う。
ベルヤンキスに上陸している間の食事の提供は今回の契約の中に入っていないが、余り堅いことを言うつもりも無い。
ルナが率先して昼食の準備に入り、それを見たレイシャがすぐさま手伝いに入って二人で食事を準備している。
コテージに本格的なキッチンがあるが、準備する時間も余り取れなかった今日の昼飯は流石に携帯食中心になった。
携帯食とは言っても、パッケージに入っている歴とした料理であり、火をおこして沸かした湯の中に入れて温め直しそれなりの皿にそれっぽく盛り付ければ、携帯食とは思えないほどの見栄えの食事となる。
それを、コテージ前に置いたテーブルについて皆で同時に食べる。
食事の後で軽く出かける予定の狩りに思いを馳せているディングは、どことなくそわそわしており、少々気もそぞろになっている。
ホントに遠足に行く日のガキかこいつは。
「良し。様子見を兼ねてちょっと味見だ。軽くひと狩り行くか!」
食事を終えてすぐにディングは嬉々として装備品を身に付け始めた。
LASに似たヘビーデューティ用のスーツを着込み、バックパックを付け、アサルトライフルよりも少々小ぶりの銃とSMG、ハンドガンを身に付け、通信機やナビゲートシステムを装着し、最後にバックパックにクレイモア並みの大剣を取り付ける。
・・・・・剣?
「おい、そりゃ何だ?」
「知らんのか。剣だ。」
そう言ってディングは大剣をさやから一瞬で抜き放ち、片手に持ってこちらに見せる。
不思議と、良く知る地球の剣に形が似ていた。
まあ、同じヒト種が考えつき使うのだから、同じ様な形になるのが必然なのかもしれないが。
「剣ぐらい知ってる。見りゃ分かる。じゃなくて、何でそんなものを持ってるんだ。」
まさか「弾切れを起こさない剣が最強武器」とか言い出す脳筋野郎じゃ無いだろうな。
「折角狩りに来たんだ。離れたところから銃で弾をばら撒いただけで獲物を仕留めてたんじゃ面白くないだろう? 狩りというのは、狩る側と狩られる側が己の命を賭けて闘うから面白いんだ。銃なんぞ使ってもただの的当てと変わらん。つまらん。ただ引き金を引くだけの戦いなんぞ面白くも無い。こいつで闘っているときは、本当に闘っていることを実感できる。」
と、ディングは抜き身の刀身を軽く叩いた。
思った以上に脳筋思考な奴だった。
いや、隠れ戦闘狂と言うべきか。
しかしそうは言っても、侯爵サマの使う剣だ。ただの鉄の塊じゃあるまい。
剣の形をして剣と同じ様に使えるが、高振動刃は当然としても、実は先端からレーザーが出るとか、ジェネレータを内蔵していてインパクトの瞬間に重量が十倍になるとか、そんな仕込みがあってもおかしくない。
「ん? この剣か? 見たとおりの鋼鉄製のただの剣だぞ。力一杯ぶん殴っても壊れにくいように、構造的に多少の小細工はしてあるが。いいだろう? なかなかの業物だぞ。」
と、剣を見ている俺の視線に気付いたのか、ディングが剣を撫でながら自慢げに言った。
・・・脳筋仕様のただの剣だった。
いや、全然羨ましくないが。
俺には、特に理由がない限り銃があるのにわざわざ剣で接近戦をする様な趣味は無い。
一方的だろうが、不公平だろうが、卑怯だろうが、戦いは楽に勝てるのが一番に決まっている。
戦闘につまらん美学など求めるから、足を掬われることになる。
戦いは勝ってナンボだ。
「そうか。まあ、頑張ってくれ。」
つまりこいつは、幾らこっちが援護してやろうともその援護範囲を飛び出て、この大剣を抜いて一人原住生物に向かって突っ込んで行こうとしているのだ。
自分から死にに行こうとしている奴が、原住生物にやられて死んでも責任は持てんぞ。
そう思ってダンダスを見ると、何か確信めいた表情で頷き返された。
どういう意味だ。
まさか、例えそれでもディングの身の安全は絶対確保しろ、とかいう意味じゃないだろうな。
どうやら今日晩にでも一度契約内容について話し合いが必要なようだ。
と、俺が眼の前に居る隠れ脳筋戦闘狂野郎が作り出そうとしている直視したくない現実となんとか折り合いを付けようとしている間に、当の脳筋侯爵サマはレイシャとダンダスに手伝われて全ての装備品を付け終えたようだった。
「よし。出られるぞ。そっちはどうだ?」
と、ディングがこちらを向いて問う。
ちなみに脳筋戦闘狂侯爵サマは膝や肩などの要所にプロテクタの付いた、LASよりももう少し軽装のスーツを着用しており、背中にバックパックを装着している。
バックパックは当然弾薬や応急医療セットなどの携行品を入れておくためのものでもあるが、同時にヒト一人くらい楽に持ち上げられるLAS用の小型のジェネレータも格納している。
ダンダスも似たような装備に見えるが、こちらはディングのものよりももう少し重装備に見え、携行品の量も多い。
主人に付き合っているのか、剣も持っている。
更にその二人を護衛する俺達レジーナクルーは、俺がいつものAEXSS装備、そしてルナもいつもの黒メイド服、ニュクスもこれまたいつもの黒ゴスロリだ。
ルナは黒メイド服に合うように黒く塗ったバックパックを装着しているのだが、ニュクスは黒猫の顔が描いてある小振りのリュックサックを背負っている。
実はこの黒猫リュックは、当然の事ながら小型ジェネレータを格納しており、他にもナノマシン展開用のタブレットやその他武器類も入っているというのだが、いかんせんその見てくれがふざけている。
今朝、最初にニュクスのその格好を見た乗客三人の微妙な表情が忘れられない。
「こっちも準備完了だ。いつでも出られるぞ。」
「良し。行くか。今日はとりあえずの偵察半分で、面白そうな相手を見つけたら軽く一当たりしてみるってとこだな。まずは南に進んでぐるりと回って、南東にある湖辺りまで出てから東側からキャンプに戻るコースでどうだ? 何も無ければ二時間ほどで戻って来られるだろう。」
「問題無い。コースはそっちの好きに設定してくれ。フォローする。先行偵察は必要か?」
「要らん。ひとに露払いして貰うなど面白くもない。後を付いて来い。」
「諒解。」
「では、出発だ。」
そう言ってディングの身体がふわりと浮き上がり、南に進路を取って加速しながらゆっくりと上昇して行く。
そのすぐあとをダンダスが追う。
二人が南に進路を取ったのを確認して、俺達レジーナクルー三人も同様に南に向かって進みながらゆっくりと高度を上げる。
ちなみにレイシャはキャンプで晩飯の準備だ。
ルナもキャンプに残そうかと申し出たのだが、六人分の晩飯を作るくらいは一人で問題無く出来るので、ディングの護衛の方に人を割いて欲しいと言われた。
実を言うと俺達がキャンプに持ち込んだ調理器をルナかニュクスがコントロールすれば、ものの十五分ほどで六人分のフルコースディナーを揃える事も可能なのだが、特に今日はキャンプの細々とした片付けや備品の設置なども残っているため、その辺りの処置も含めてレイシャがキャンプに残ることになった。
先行する二人を目視で見失わないように、200mほど後ろで100mほど高い高度を取って追従する。
特にディングは獲物を探すために地上の索敵に集中しているだろうから、空中の警戒は俺達の担当だ。
原生生物種の中でも数十種類の飛行可能生物が確認されて居り、その内十五種ほどは肉食性、さらに五種ほどは人間よりも大きな身体を持っている為、見つかったら襲いかかられる可能性がある。
もちろん野生生物が音速を超えて飛べる訳でも無く、また俺達のすぐ上には他にやることが無い、暇で且つ心配性のレジーナが操るドローンが飛んで全周索敵しているので、それほどカリカリ気を張って周りを警戒する必要も無いのだが。
「マサシ、聞こえるか。」
不意にディングの声が聞こえた。
「ああ。よく聞こえる。どうした。」
「前方の大きな峡谷の向こう側、少し高くなった台地の上に草原があるが、そこにエルティルプレールの群れを発見した。肩慣らしにちょうど良い。二・三匹仕留める。」
エルティルプレール?
「エルティルプレールは、大型の雑食性生物です。体高4mほどで四本脚。胴体上部から生えた四本の触手を使って周囲の様々なものを捕食します。好んで肉食というわけではありませんが、怒らせるとかなり攻撃的になるので注意が必要です。通常数頭から十頭ほどの群を作り、群単位で移動して食料を探します。」
と、ルナペディアのフォローが入る。
「久々だな。腕が鳴るぜ。」
と言いながら、ディングは背中のクレイモアに似た大剣を抜き放ち、真っ直ぐに目標に向かって高度を下げていく。
俺はその姿を後ろから眺めながら、思わず軽く溜息を吐く。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
コンテナの中から引っ張り出して、ボタン一つでパタパタと展開するコテージとか。
アイアンマンの変身シーンを思い出してしまった。
ちなみにですが。
勿論携帯型の小型リアクタが幾つか持ち込まれていますので、エネルギーはふんだんにあります。
燃料の水は森の中で幾らでも手に入ります。
という事は、ニュクスがナノマシン使い放題です。
マサシ達レジーナのクルーが、護衛任務という結構大変な仕事の割りには小型コンテナ一個という軽装なのは、そう言う理由もあります。




