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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
55/82

10. 黄緑色の絨毯


 

 

■ 15.10.1

 

 

 槍の歩先のように細く尖った白銀の船体が、地球のものよりもかなり黄色味がかった一面の森の中にゆっくりと降りていく。

 ベルヤンキスステーションから上陸の承認を得て、特に障害も無くレジーナは一面の森林に覆われた大陸に向かって降下していく。

 CLI(Consiousness Link Interface)によって眼球を通さず直接脳内に流れ込む視覚情報で、まるで自分が生身でベルヤンキス上空に浮かび、ゆっくりと降下していくような錯覚に陥る映像を眺めながら、俺の想像の中の俯瞰映像で描かれるレジーナは、主星の陽光を受けて白く輝きながら森に覆われた大地に向かってベルヤンキスの大気をかき分けてその濃密なガスの中にゆっくりと船体を沈めていく。

 

 密林の中の小さな染みのようだった離着床は高度を下げるごとにその輪郭をはっきりと表し、大自然の中そこだけは明らかに人為的に森が切り払われて、自然に溶け込み目立たないように作られた幾つかの建造物が、広い離着床の周りに配置されているのがはっきりと分かるようになってきた。

 その頃にはレジーナの高度は50kmを割っており、大気圏上層部の強い気流で僅かではあるが船体が揺さぶられる。

 高度が下がってきた今周りを見回せば、足元はまるで黄緑色の絨毯のように一面森に覆われており、その森は遙か彼方に霞む地平線を越えてさらにその向こうまで続いていって居るのが分かる。

 森の密度は一様では無く、草原と言って良いほどに背の高い樹木が少ない場所があるかと思えば、森を断ち割るかのように緩く蛇行する大河が流れ、すでに高度をかなり下げている夕日を反射して銀色に輝く支流の水面が広大な森の中あちこちに光る。

 

 レジーナは更に高度を下げると、10km四方以上ある離着床の中、指定された場所の地表に向かってゆっくりと近づいていく。

 離着床と言っても、よくある一般的な離着床のように発泡セラミックやコンクリートの様な無粋で無機質な素材で覆われたものではなく、短く切り払われた柔らかそうな下生えがびっしりと地上を覆う、いかにもここは狩猟星であると主張しているかの様な少々ワイルドな地表で形作られている。

 見た目はワイルドだが、ナビゲーションはそれなりのものを使用しているらしく、肉眼で見ると只のだだっ広い草原にしか見えない場所なのだが、CLIを通して眺めている俺の視野には白い線で幾つも区切られた着陸区画と、この場所に着陸せよという管制からの指示に基づいて明滅するポジションマーカが緑の絨毯の上に重なって見えている。

 

 レジーナはさらに減速しながら指示されたスポットに向かって降りていき、地表まで1mほど残した位置でピタリと静止する。

 多くの船が同様の方式を取っているが、着陸脚を持たず常に船体が浮いているスタイルは着陸床表面の質を選ばない。

 ここの着陸床の様に、只の短く刈り込んだ草原のような場所だと特に重宝する。

 着陸脚など出してクソ重い船体の重量が掛かってしまえば、着陸脚は地面に埋まってしまい、船体のバランスをとれなくなる。

 下手をすると船体が歪んでしまうだろう。

 

「着陸シーケンス終了。惑星ベルヤンキス到着です。お疲れ様でした。」

 

 と、目的地への到着を宣言すると共に、着陸に際して一番働いていたレジーナが皆に労いの言葉をかける。

 緊急事態の未然対策という名目でブリッジに詰めては居たが、結局俺はレジーナが着陸するのを眺めていただけだ。

 疲れることのない機械知性体とは言え、いつも頭が下がる思いだ。

 そうやって船長であり、まあそれなりの腕を持っているパイロットでもある俺が傍に居てくれるから安心して作業が出来るのだと、レジーナは言ってくれるのだがね。

 

「お疲れさん。乗客に到着のアナウンスをしてくれ。今日は荷揚げはせずにこのまま船内泊で、明日の朝イチから行動開始の予定だ。その予定のままで良いかついでに侯爵サマに聞いておいてくれるか。」

 

 CLI画像を見ていた視野を自分の肉眼に戻す。

 ほの暗いブリッジ中に戻ったような気がする。

 

「諒解です・・・予定のままで良いそうです。それから今日の夕食はビーフのハンバーグステーキ和風ポン酢おろしソース掛けが良いそうです。」

 

 思わず笑ってしまう。

 リクエストしたのはディングだろう。

 

「ルナ、頼むな。」

 

「諒解です。腕によりをかけます。皆さんもそれで良いですか?」

 

 俺はルナを見て頷き、ブラソンはサムアップした右手を挙げた。

 

「さて、明日の朝イチから積み荷を展開出来るように準備だけはしておくか。カーゴルームに行く。ニュクス、手伝ってくれ。」

 

 侯爵家から預かったコンテナはそのまま船外に出せば良いだろう。

 俺達レジーナクルーの装備品などを入れたコンテナの最終確認が必要だ。

 力仕事が発生するかもしれない。

 船内イチの力持ちを連れて行くとしよう。

 

「合点じゃ。」

 

 そう言ってシートベルトを外したニュクスが、元気にシートから飛び降りる。

 そのニュクスを連れて、俺はブリッジ後部の隔壁を通りカーゴルームへと向かった。

 

 

■ 15.10.2

 

 

 翌朝。

 夜も明ける前から目を覚ましたディングに急かされたレジーナが顧客要求を優先した為、俺達レジーナのクルーは早朝に叩き起こされ優雅とはとても言えないスピードで朝食を掻き込んだ後に、カーゴハッチを開けたレジーナの後部に集合していた。

 カーゴスペースから荷揚げされるコンテナを眺めるディングは、いかにも上機嫌で落ち着きがなく、綱をつけていなければ猛ダッシュで獲物を追いかけていきそうな犬の様だ。

 遠足の朝の小学生かお前は。

 

 侯爵家で積み込んだ中型コンテナ二個は、レジーナ自身のジェネレータの重力操作でゆっくりとカーゴハッチを降りて来て、船体の下で待機していたレンタルのトラクタがそれを受け止める。

 コンテナと接続されたトラクタはレジーナの船体から外れたところまで進んで後続の荷揚げの邪魔にならないように待機している。

 ちなみにこのレンタルトラクタは、ここの宙港で貸し出しているものだ。

 

 狩猟星としても化学工場としても、自然環境が主産業を支える命綱であるこの星では、大規模環境破壊を防止するために基本的に宇宙船は離着床以外に着陸してはならない事になっている。

 宇宙船の大気圏内飛行可能エリアも厳しく制限されている。

 宙港から外に出る、つまり狩り場へと向かうためにはトラクタやビークルで移動しなければならない。

 持ち込んだ資材も同じだ。

 

 狩猟で大量虐殺を行い、化学工業用原料として生物を大量に刈り取っておきながらなにが環境破壊防止だと思わないでもないが、この星の生物の凄まじい繁殖力を考えると個人で行う狩猟で減る原生生物個体は誤差にもならない程度の数でしかなく、原料工場が消費する生物はバランスを取りコントロールされているので一定の期間ですぐに元通りになるという事らしい。

 この星の管理局が嫌っているのは、宇宙船が備えている大火器の使用や、低空を飛行する宇宙船から発生する超音速衝撃波で広範囲に森がなぎ倒され、生物が傷付いたりすることだ。

 要はそういう、コントロールされていない大量殺戮に繋がる行為が禁止されていると理解しておけば良い。

 

 聞く所によると、軍の軌道降下訓練などは事前に訓練計画を提出して申請しておけばその限りではないらしいのだが、今回の俺達はお貴族サマの道楽の狩猟に付き合っているだけだ。

 大規模軌道降下などやる予定も無ければ、人数も居ない。

 この星系に進入したときに発見した例の何処かの国の艦隊などは、多分そういう訓練をやるつもりでここに居るのだろう。

 流石に、軍の訓練領域と個人の趣味の狩猟領域を接近させるほど管理局は馬鹿じゃ無い。

 何処か遠くこの星の反対側辺りで行われる軍事訓練など、俺達には関係の無いことだ。

 

 俺の眼の前では、侯爵家で積み込んだ二個目の中型コンテナの搬出が行われている。

 塗装もされておらず銀色の金属光沢表面にややこしい模様の侯爵家家紋が刻まれた中型コンテナは、レジーナ船体下部のカーゴハッチから出て完全に姿を現し宙に浮いており、レジーナ船尾方向からバックで近付いてくるトラクタが連結器でコンテナの連結用ポイントをガッチリと掴んだ。

 重い金属音と共に、コンテナが衝撃で僅かに動く。

 コンテナはすぐにトラクタに牽引されて、レジーナの下から移動した。

 

 ちなみに、トラクタをコントロールしているのはニュクスだ。

 途中までレジーナの重力制御や重力アンカーを使うので、連携だけを考えるとトラクタのコントロールも含めて全てレジーナにやってもらっても良かったのだが、コンテナを引いて低空を滑走する牽引車という存在に目を輝かせたニュクスが、自分が操縦したいと強硬に主張した。

 ・・・我が儘を言った、とも言う。

 むしろ彼女の外見からすると、そっちの方がしっくりくる。

 

 どうやら子供がミニカーを使って遊んでいる感覚でトラクタを操縦しているらしいニュクスが、自分が動かしているトラクタを眺めながら目をキラキラと輝かせている。

 ちなみにだが、彼女の生義体自身は俺のすぐ隣に立っているが、視野はレジーナが打ち出して上空に静止しているセンサープローブとリンクしている。

 俯瞰映像で地上車を動かして喜んでいるとか、まさに子供のミニカー遊びだ。

 

 続いて俺達レジーナクルーの装備品などを入れた小型コンテナが斜路を下ってくる。

 また別の空荷のトラクタが近づいて来て、小型コンテナを牽引して、レジーナが停泊している離着床スポットの外れまで移動して行った。

 

「これで全部だな。侯爵サマがまるで散歩に連れて行ってもらう直前のワンコみたいにお待ちかねだ。早速行ってくる。何かあったら連絡してくれ。」

 

 俺の視野の中には、待ちきれず既に一台目のトラクタのキャビンに乗り込み、開けた窓から少し身を乗り出して急かすようにこちらを見ているディングの姿がある。

 

「諒解しました。お気を付けて。」

 

「ああ、ありがとう。ブラソン、自宅警備頼んだぞ。」

 

「任せろ。俺に自宅警備をやらせたら天下一品だ。」

 

「ニュクス、二台目のトラクタに乗って全体をコントロールしてくれ。俺はディング達と一台目に乗る。ルナは三台目だ。ウチのコンテナだ。何かあったら頼む。」

 

「承知。」

 

「諒解。」

 

 一台目のトラクタに乗っているのはディングとダンダスで、二台目にはレイシャが乗り込んでいる。

 侯爵家の資材であるため、誰も乗り込まないという訳には行かないらしい。

 まあ、この惑星(ほし)までの移動の間で、ディング達三人ともがルナを始め機械知性体達とも打ち解けているようなので、レイシャとニュクスが二人になっても特に問題は無いだろう。

 実はレイシャもそれなりの戦闘訓練は受けているという事なので、ニュクスも居れば、例え途中で原生生物に襲われようと人的被害が発生することもないだろう。

 

「遅いぞ。手続きは終わっているんだろう? すぐに出発だ。さっさとキャンプを設営して、ひと狩り行くぞ。」

 

 トラクタの操縦席のドアを開けるなり、ディングの声が上から降ってきた。

 ホントにガキかこいつは。

 

「慌てるなよ。焦るとロクな事が無いぞ。」

 

 そう言いながら俺は身体を持ち上げて操縦席に収まった。

 操縦自体は三台まとめてニュクスが行うが、何か起こったときのために一応俺が操縦席に座る。

 大型トラクタのキャビンは広く、十人分くらいのベンチシートが設置されている。

 操縦席も含めて、既にヘビーデューティ仕様の無骨でクッション性など期待できないシートだが、これは今から行うアウトドア生活の気分を盛り上げてくれる、ものらしい。

 ディングを見ていると、そのようだ。

 

 俺は別にインドア派というわけでも無いのだが、便利なものがあるのになぜわざわざ好き好んで不便な生活をしたがるのか理解出来ない派だ。

 エアコンが効いた室内があるのにわざわざ暑さ寒さが直撃するデッキのテーブルで飲み食いするなど意味が分からないし、リフトがあるのにわざわざ時間もかかりしんどい思いをする階段を上がる奴が居るのも理解出来ない。

 

 ディングがこれほど狩猟を楽しみにしているのも、たまに沸き起こる破壊衝動等の本能を鎮めるために狩りという名の殺し合いをすること自体は理解出来なくもないが、それをわざわざキャンプを張って何日にもわたって不便で不衛生な生活を強いられつつ行い、しかもその不便さを楽しむとか意味が分からない。

 まあ、普段命の危険が無いぬるま湯のような生活をしている奴等の中には、時々そういう目に遭ってみたいと思う酔狂な奴も居るのだろう、くらいの理解だ。

 

「では、出発するぞえ。」

 

 ネットワーク越しのニュクスの声が届き、同時にトラクタと牽引されているコンテナがふわりと高度を上げる。

 高度100mくらいまで車体を持ち上げたトラクタ三台は、俺とディングが乗る車両を先頭にして縦列となり、宙港の敷地を出て地平線の彼方まで延々と続く黄緑色の絨毯に見える森の上を滑るように加速していった。

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 例えばスターウォーズのオープニングなどでよく出てくる、ちょっと幻想的な感じの惑星への進入風景とか、ああいうのを考えながら書くのですが、なかなか上手く表現できませんねえ。

 想像の中で構築される見たことも無い様な壮大なで幻想的とも言えるその手の風景は、この手のSF小説の見せ場なのですけどねえ。

 さすが全世界でバカ売れする様な凄い映画には、超一流の映像クリエイタが付いているのだなあ、としみじみ思ってしまいます。

 

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― 新着の感想 ―
何処か遠くこの星の反対側辺りで行われる軍事訓練など、俺達には関係の無いことだ。 あぁ〜あ。フラグ立てちゃった
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