6. 侯爵様御一行乗船
■ 15.6.1
侯爵当人から筆頭家令であると紹介されたイーデンルハイの説明は、さすが侯爵家の筆頭家令を務める者と感心するほどに、簡潔で無駄がなく、そして必要十分な情報量を含んでいた。
さらにそこに侯爵本人による熱弁を含んだ説明を加えることで、俺はなぜ今自分がこんなバカでかい宮殿の応接室で貴族サマの向かいに座る羽目になったか、という経緯をも併せて理解した。
イーデンルハイ曰く、ここ数年領地内の様々な内政問題で忙殺されまとまった休暇を取ることさえ出来なかった侯爵だったが、それら内政問題の主立った案件が一山越えて一段落付き、侯爵本人を含めて多少の余裕が出来てきた。
以前から主治医に過労気味であると忠告されていた侯爵はまとまった休みを取ることにし、リフレッシュを兼ねて最近ではついぞ楽しむ機会に恵まれなかった趣味の狩猟に久々に出かけたくなった、と。
出かけるに当たって、本来ならば私兵団に護衛され充分な安全と快適さを確保した予定が組まれるところで在るが、狩猟というワイルドかつアグレッシブな趣味を楽しむというのに、領地邸宅での日常と同じ様に多数の家人に傅かれ周りを兵士で囲まれてあらゆる困難と危険から遠ざけられたのでは、何の面白みも無い、全く休暇になっていない、つまらないことこの上ないと、下の者達からの提案を侯爵が尽く蹴り飛ばしたのだそうだ。
侯爵サマ曰く、狩猟とは一人の人間として野生と大自然に立ち向かう行為で有り、当然のことながら一人で旅をし、大自然の中独りでサバイバルを行い、一人で獲物と対峙して打ち勝たなければならないものなのだ、と。
放っておけばある朝たった独りで侯爵邸から姿を消してふらりとどこかに行ってしまいそうな主人を宥め賺し泣き落とし、食事や洗濯などの最低限の身の回りの世話をする者一人と、戦闘行為を含めた他者との交渉や最低限の護衛を務められる者一人の同行をなんとか認めさせる事には成功したのだそうだ。
その代わりにと侯爵が出した交換条件が、自家の所有する船舶を使用せず一般の旅客輸送サービスを提供している民間船を使用するか、或いはむしろ定期航路を使用して目的地まで移動すること、そして現地においても大げさなサポートチームなどを侍らせることなく、極力少人数で大自然の困難の中に身を置いて存分に楽しめる環境を整えること、だった。
現実問題として、狩猟を楽しめるような辺境への定期航路を使っていたのでは、乗り換えの便が余りに悪くいつになっても目的地に到着できないばかりか、休暇を終えるべき時期が来ても自宅に辿り着くことなどほぼ不可能であると言って良い。
侯爵本人と、家令を含めた全ての家人との間で行われた大幅な歩み寄りと摺り合わせの結果、安全な旅客輸送を提供しており且つ現地でのサポートも可能であるような、そういうサービスを提供している民間の船舶をチャーターすることとなった。
そこで目出度く、スピーディーでラグジュアリーなクルージングを売りにしており、且つ現地でのサポートを行えるだけの物資輸送力を備えており、且つ現地或いは移動中において不測の事態が発生したとしても対応可能であると思われる、新進気鋭の「傭兵団」に所属するチームによって運航されている船であるレジーナと、その船長である俺に白羽の矢がブッ刺さった、という訳だった。
「畏れながら申し上げます。一点、訂正させて戴きたき誤解がございます。」
何でこんなところにまでデマが流れてきているのか。
例え相手が貴族家であろうと、誤解は正しておかなければ後々の仕事に響くと思い、不興を買う可能性を考慮しつつも俺は切り出した。
「何でしょうか、キリタニ船長。幾つかの商船組合を当たり、どの組合においても貴殿の名前がリストの中に名を連ねておりました。当家としては正しい判断をしたものと考えておりますが。」
「いえ、ご判断に口を差し挟むつもりはございません。どうやらどの商船組合も誤った情報をお渡ししているように思えます。ご存じかとは思いますが、弊社の名称はキリタニ警備輸送にて、旅客や中型貨物の輸送を主体とする運送業を生業とする会社でございます。傭兵組合ではなく、商船組合から弊社と弊社に所属する旅客貨物船の情報が提供された事からも御察し戴ければ。それが証拠に、弊社は傭兵組合には登録をしておりません。」
そう言って右手を左胸に当てる。
面白いことに地球でも恭しさを表すことが出来るこの動作は、ここベルセンテルーク帝国でも身分の上の者に話しかける動作のひとつとして、似た様な意味合いを持つ。
腕が二本両肩から生えているヒューマノイド体であれば、異なる種族であっても似た様な動作が似た様な意味合いを持つことは、実は然程珍しくは無い。
「ふむ。言われてみれば傭兵組合からあなた方の名前を聞いたことはありませんな。逆に商船組合ではどこもあなた方のことを傭兵団と認識しているようでしたが。」
とうとう「荒事専門」から「傭兵団」にクラスチェンジしたか。
字面だけ追うと強くなったような気になるが、しかし全然嬉しくない。
いかんな。所属している商船組合に訂正を申し入れておかねば。うちはあくまでも運送業がメインだ。
「どうやら彼等との間に認識の齟齬が存在するようです。弊社はあくまでも運送業、必要に応じて可能な人材をセキュリティ方面に派遣することもある、という程度の小さな会社です。」
「承知しました。ではこちらもその様に認識しておきましょう。
「さて、前置きが長くなりました。この度の当家当主閣下のご予定と、依頼したき件について詳細を詰めさせて戴きましょうか。」
俺と家令の間でうちの会社に関する認識のすりあわせが行われている間、侯爵閣下は脇でそれを聞きながら薄らと楽しそうな表情を浮かべてこちらを眺めていた。
その隣に座る衛士長からは、そんな侯爵閣下を見て呆れ半分諦め半分と云った感情が、僅かに顔に浮かぶ表情から伝わってくる。
テーブルを挟んで俺の正面に座り俺よりも少しだけ年上に見える、侯爵家当主にしては年若い印象を受ける男は、その肩書きから俺が受ける印象に較べてどうやらかなり奔放な性格をしているようだった。
結局その後、長かった前置きの割には簡潔かつ要点を押さえた家令からの説明があり、俺達は侯爵家からの依頼について詳細を摺り合わせることが出来た。
侯爵サマの出発は、地球時間にして十日近く後のことだった。
時間が余りすぎて、暇すぎる。
貴い方々は、下々の者の都合など考慮したりはしないのだ。
中途半端な余裕が有り、その気になれば一旦エピフィラムに戻ることも可能なのだが、レジーナが搭載しているホールドライヴを人目に付くところでは極力使わないようにしなければならないので、それは諦めた。
それはつい忘れがちになってしまうが、ホールドライヴデバイスを地球軍から貸与された最初の条件のひとつでもあり、汎銀河戦争の中で地球の優位性を維持するという意味でも、また血眼になってそれを手に入れたがっている連中や組織からレジーナと俺達の身を守るという意味でも、守らなければならない縛りなのだ。
という訳で俺達は侯爵邸敷地内の離着床に間借りしてレジーナを停泊させ、侯爵サマをお連れする旅支度をゆっくりと行いつつ、暇を持て余しながら十日間を過ごしたのだった。
■ 15.6.2
出発当日の朝、侯爵サマとご一行は夜が明けてすぐにレジーナの元にやってきた。
どうやら、久々の個人旅行が楽しみで仕方なく、待ちきれなかったらしい。
遠足当日の朝早起きする小学生のガキか。
夜明け前から侯爵邸本邸に動きがあることをレジーナが光学的に検知し、俺達皆にその旨注意してくれたお陰で、朝飯のパンを咥えてお貴族サマを出迎えるという醜態を晒さずに済んだのは有難い話だった。
旅に出るのは侯爵サマご本人と、身の回りの世話をする者一人、護衛一人の三人だけである筈だったが、レジーナの元に辿り着いたのは総勢三十人にも及ぶ団体だった。
大小八台ものビークルに分乗してやって来たご一行様は、レジーナから100mほど離れたところにビークルを駐めると、ビークルとレジーナの間に花道を作るかのように武装した護衛の兵士が散り、その花道を侯爵サマを中心に十人ほどの男女がレジーナに近付いてきた。
ビークルが侯爵邸を離れて離着床を横切り始めたところでレジーナは船体中央部の旅客用ハッチを開き、地上5mほどの位置にある旅客用ハッチから簡易タラップを地上へと伸ばした。
ビークルが駐まり兵士達が駆け足で配置に着くのとほぼ同時に、俺は旅客用ハッチから外に出て侯爵を迎えるために地上へと降り立った。
「キリタニ船長。暫くの間、世話になる。」
と、近付いてきた侯爵が笑顔で言った。
実は、家令がそばにいる場合には会話は全て家令が肩代わりするため、侯爵と直接言葉を交わすのはこれが初めてだったりする。
「快適なご滞在になるよう乗組員一同全力をもって務めます。何なりとお申し付けください。」
「うむ。早速乗船しても良いかな。久々の狩に気がはやってね。」
「もちろんです。どうぞ、ご案内いたします。」
俺はそう言って向きを変え、今降りてきたばかりのタラップを登り始める。
俺の後ろに侯爵と衛士長、そして身の回りの世話をするというメイドが一人の三人が続いてタラップを上がる。
タラップを登り切り、エアロックに入ったところで向きを変える。
「ようこそレジーナ・メンシスIIへ。快適なご滞在になるよう、乗組員一同歓迎申し上げます。先日申し上げましたとおり、地球船籍の本船内では地球連邦の法律が適用されます。一般的なところで大きくベルセンテルーク帝国法と異なるものはございませんが、一点のみ大きく異なる点がございますので、皆様に再確認させて戴きます。
「地球連邦法にて、本船内では機械知性体の人権が保障されております。また現在の本船のクルー七名の内、五名が機械知性体です。その中には地球連邦が同盟関係に有り、また逆に多くの銀河種族の人々の間であまり友好的とは言えない過去が語り継がれている機械達の個体も含まれます。
「もちろん、ご心配には及びません。その名が示すとおり彼女達は知性体であり、我々ヒト種と同じ様に意思の疎通が出来、そして同じ価値観を共有できます。例え姿形は違えど、同じ知性体です。私に対して話しかけて戴くと同じ様に話しかけて戴ければ、彼女達も喜んで本船の大切なお客様である皆様のお世話をさせて戴きます。宜しいでしょうか?」
銀河種族の乗客をレジーナ船内に迎え入れる際の儀式のようなものだ。
もちろん、先日行われた打ち合わせの時にすでにその旨伝えてあるし、そもそもイルヴレンレック商船組合からレジーナを紹介された時点でその情報は伝えられている。
それでも良いと、侯爵はレジーナを選んだのだ。
今更容認できないなどと言い出すはずは無かった。
逆に、悪魔の様に語られ嫌われる機械達の個体が居るこの船に主人が乗ることを、良くあの家令が容認したものだと思うが、そこは多分侯爵が押し切ったのだろう。
「先般承知している。問題無い・・・二人とも、良いな?」
侯爵は俺の説明に頷き、さらに振り返って後ろに付き従う二人に訊いた。
二人とも黙って首肯する。
「有り難うございます。では、船内へとご案内いたします。」
そう言って俺が振り返ると同時に、エアロックの内扉が開いた。
当然のことながらレジーナは今のやりとりの全てを見ていただろうし、多分中継されて全員に共有されている。
俺はエアロック内扉を通り、中央の通路へと出た。
ダイニングに向かって数歩歩いたところで再び振り返る。
「先ほどの場所が旅客専用出入り口のエアロックです。ここは本船の旅客区画中央通路です。皆様の後ろに、ご滞在戴くお部屋がございます。後ほどご案内申し上げます。後方突き当たりは乗務員区画との隔壁になっており、申し訳ございませんが旅客の皆様方にはその先は立ち入り禁止となっております。ご理解戴きたくお願い申し上げます。」
俺の説明に三人ともが頷く。
彼等を迎え入れるに当たって、隔壁には英語、パイニエ語、マジッド語で書かれた「乗務員以外立ち入り禁止」の表示に加えて、ベルセンテルーク帝国で標準語とされているベルス語の表示も書き加えてある。
ニュクスに頼めば一瞬の事だ。
多分彼等もマジッド語を問題無く理解するだろうが、まあ歓迎していることを示すサービスのようなものだ。
「マサシ、お疲れ様です。離陸許可願います。」
主通路で船内の案内をしていると、間を縫ってレジーナが離陸許可を求めてきた。
「ああ、よろしく頼む。」
「諒解。離陸した後、最短でオフォードスグスワー星系外縁を目指します。」
「諒解。頼む。」
踵を返して彼等を船尾側に誘導すると、すぐにダイニングルームの入り口に到着する。
「こちらがダイニングルームとなっております。皆様方にお食事を提供する場所ですが、軽食お飲み物はいつでもお好きなときにご用命ください。こちらのテーブルでも、お部屋にてもお召し上がり戴けます。
「通路反対側がキッチンとなっており、通路奥船尾側に下の貨物室へのリフトがございます。貨物室への立ち入りを制限することはございませんが、コンテナを含め様々な大型の機材もございますので、安全および皆様の利便性の理由により、御用の際は本船クルーにお声がけ戴きたくお願い申し上げます。
「通路をさらに船尾側に進みますと動力室であり、その手前に隔壁がございます。こちらも乗組員以外立ち入り禁止となっております。安全上の理由により、決してお立ち入りになりませんようお願い申し上げます。」
そこまで説明して、俺は三人をダイニングルームへと誘導した。
ダイニングルームの入り口脇には、ブラソンとルナとニュクスが控える。
相手が貴族であるので、この度ばかりはニュクスも立って出迎える。
「こちら三名、本船のクルーです。航海士のブラソン、船内管理担当のルナ、整備担当ニュクスと申します。」
俺が紹介する順に、右手を左肩に当ててパイニエ式の敬礼をするブラソン、膝を曲げてカーテシーの姿勢を取るルナと、それに倣うニュクス。
貴族文化の中で発生したものだけあり、貴族に対して行う礼としてはカーテシーはいかにもという感じで悪くない。
ちなみに、流石にルナも今日はラフな恰好をしていないのだが、なぜか黑メイド姿だ。
もう一人のちっこいのはいつもの恰好だが、このゴテゴテフリフリした服装も対貴族用にはちょうど良い。
貴族を客として迎えて、ふと思った。
ブラソンに航海士の役職を付けているのだから、ルナとニュクスにもきちんとした役職を振った方が良いかもしれない。
もちろん、レジーナとノバグとメイエラにも。
一般的な役職で、ルナには甲板長、ニュクスには機関長だが、ノバグとメイエラをどうするか。
そもそもレジーナはどうする?
・・・また後で考えるか。
さて。
「隠匿するつもりはございませんので、先にお知らせいたします。ルナは生義体を持つ機械知性体にて、地球人であり、戸籍上私の家族となります。ニュクスも生義体を持つ機械知性体ですが、彼女は機械達の個体であり、また公式には在地球大使付武官の地位にあるものです。」
余計なことは言わずそれだけ言って三人の反応を見る。
三人とも、一瞬だけ目を見開くなどの軽い反応を見せるが、それ以上に過剰な反応は無い。
先に言い含めてあるとは言え、目の前に彼等が悪魔か蛇蝎の如く嫌悪する機械達の個体が居るというのに、なかなかたいしたものだ。
このまま一気に畳み掛けよう。
「本船には、他にも三名ほど機械知性体が乗り組んでおります。彼女達は義体を持たず、ネットワーク上だけに存在しております。差し支えなければ彼女達からご挨拶申し上げても宜しいでしょうか?」
「うむ。」
侯爵の短い返事を聞いて、俺は空中に向かって目配せする。
次の瞬間、ホロ画像が投映され始めるとき特有の光りのムラの様なものが一瞬空中を渦巻き、そしてニュクスの続きに並んで三人の女が姿を現した。
いつも拙作お読み戴き有り難うございます。
そう言えば、レジーナに高級旅客船としての役割を求めて乗船してきた旅客に対する乗船シーンって書いたこと無いな、と思ってちょっと細かく書いてみました。
レジーナに乗る銀河種族の乗客の殆どが機械知性体に対して拒否感を示さない事を奇異に感じておられるかも知れませんが、そもそもレジーナに乗船することを選ぶ様な乗客というのが、その辺りの禁忌に対して感度が鈍いというか、先進的な考えの持ち主であるので、自らの意思でレジーナに乗ろうとする者は過剰な反応を示さなくて当たり前なのです。




