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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
49/82

4. 惑星「スルードフュジェーフク」


 

 

■ 15.4.1

 

 

「ベルセンテルーク帝国の階級制度について補足説明です。公的に認められている上位支配階級は、皇室を除き、皇室下に十二階級有ります。地球で言うところの爵位、公侯伯子男に騎士爵も加えて倍するとちょうど十二になりますので、ベルセンテルーク十二階級に上から、大公、公爵、上級侯爵、侯爵、上級伯爵、伯爵、という風に割り振るのが外交分野での一般的な命名となっているようです。

「即ち今回の依頼人であるベルセンテルーク帝国第四階位貴族家エシオンフダイージオ家は、この変換に当て嵌めると侯爵位相当という事になります。即ち、エシオンフダイージオ家の現当主であらせられる依頼人のディフガソップルフィーク様は、侯爵ご本人という事になります。」

 

 ダイニングテーブルに向かって座る俺の前には、テーブルの上に冷め切ったコーヒーを入れたマグカップが置かれており、そしてテーブルの上の空中にはホロモニタ画面が浮かんでいる。

 ホロモニタには、ベルセンテルーク帝国の貴族社会とその一般常識について先ほどから講義してくれているレジーナが説明している内容が、時に文章、時に模式図で表示されており、ニュクス曰く筋肉さえ詰まっていない俺のアタマにも理解しやすいようにレジーナが目と耳の両方からパラレルでデータがインプットされるように説明してくれているのだ。

 ・・・あまり効果が上がっていないようで申し訳ないのだが。

 

 イルヴレンレック商船互助組合での打合せの後にレジーナに戻り、ルナとレジーナのバックアップを受けられるようになった俺は、例え俺自身これまで一度もベルセンテルーク帝国なんて名前を聞いたことが無かろうとも、ネット上の様々なデータを利用することで、まるでベルセンテルーク帝国で生まれ育ったかのように、かの帝国に関するあらゆる知識を利用することができる様になっている。

 しかし「知識として情報が引用できる状態にある」のと、「咄嗟の時に出てくるほどに身についている」のでは大きな隔たりがある。

 

 例えば、何か突発的に驚く事態に直面したときに思わず出てしまう声について、知識で別の言語のそれを知っていたとしても、実際にそういう場面に出くわして本気で驚いたときにちゃんと出てくるかと言えば、そんな事はあり得ない。

 日常からその言語を使っていて、それまでに何度も似たような場面に出くわしているので、驚いたとき自然に咄嗟に出てくるようになる。

 

 今回の依頼人は貴族サマだ。しかも、かなり高位の。

 何か気に入らないことをしでかしたり、礼を失してしまったりすると、いわゆる無礼打ちという事にもなりかねない。

 そして何が相手の気に障るか分からない。

 なにせこちとらそういった身分制度が殆ど無い地球の中でも、特に階級格差が存在しない「社会主義国家」である日本自治領で生まれ育ったのだ。

 貴族に対処する方法なんぞ一切知る訳が無い。

 ので、付け焼き刃であることは重々承知の上で、ベルセンテルーク帝国の言語や社会的な常識一般について、ただ単に知識として検索にヒットするレベルの情報ではなく、咄嗟に出てくる身に付いた反応となるよう、レジーナとルナと一緒に特訓している、というわけだ。

 ・・・主に俺が。

 

 当然の事ながら、レジーナやルナにその様な特訓は必要無い。

 彼女達の思考は俺達ヒトのそれよりも遙かに速いので、何かを口に出したり行動に移したりする前に十分に吟味するだけの時間がある。

 言うなれば、俺達ヒトにとっては突発的咄嗟の事態であったとしても、彼女達にとっては1/10や1/100倍速でビデオを再生しているようなものだ。

 俺達ヒトと同じ時間の流れの中で、彼女達に突発的な事態に対する咄嗟の行為、というものは存在しないのだ。

 

 そうやって、その気になればWZDで一瞬で終わる旅程なのだが、WZDを余り見せびらかさない、常識的な長さの旅程となるよう、ハバ・ダマナンからベルセンテルーク帝国のエシオンフダイージオ侯爵家領都である、オフォードスグスワー星系第三惑星スルードフュジェーフク上の都市ミンセンチレブンケッスに到着するまでの約十五日間、俺はみっちりとベルセンテルーク帝国の様々な事柄について反復練習させられたのだった。

 よくよく考えればその様な事をする必要は無さそうだと気付けたはずだ、という事に後々気付くのだが、この時はそこまでの余裕が無かったのだ。

 

「スルードフュジェーフクまであと300万km。管制は軌道ステーションに一旦寄港して入国審査を終える事を要求しています。」

 

 入国審査のために一度どこかにいかなきゃならんというのは面倒な話ではあるが、ハバ・ダマナンのような自由貿易港ならともかく、一般の居住惑星なら常識的な対応の部類に入る。

 船上審査では幾らでも虚偽報告ができる。

 人畜無害を装った、とんでもなく凶悪なテロリストが入国してくるかもしれないのだ。

 居住惑星、特に首長が居たり、地方自治体政府本拠などのあるハブ惑星では警戒が強くなる。

 

「諒解だ。指定のステーション、指定の埠頭に接岸する。管制と入国管理局の指示に従ってくれ。」

 

 惑星スルードフュジェーフクには環状軌道ステーションは無く、その代わりに惑星を中心に六方向の位置、地表35000kmほどの場所に幅数十km規模の軌道ステーションが設置してあるようだった。

 レジーナが指定されたのは「エペールス・リオイラット」という名の、今ちょうど真昼の位置にある赤道上空ステーションだ。

 「エペールス・リオイラット」とは、スルードフュジェーフクに原生する紫色の花の名だ。

 他の五つのステーションも全て花の名前が付いているようだった。

 どうせ命名は領主とか皇帝とかだろう。

 お貴族サマは優雅な事だ。

 

 その後三十分近くかかってやっと軌道ステーションに入港し、俺とブラソンが上陸する。

 ルナやニュクスはベルセンテルーク帝国の国内法により、埠頭の床を踏んだ瞬間に射殺されても文句が言えなくなるので、お留守番だ。

 ミスラはクルーではないので、旅客扱いで申請し、上陸の予定がないため審査の対象外だ。

 

 ちなみに、ベルセンテルーク帝国内を航行するレジーナにAIが乗っている事、機械であるニュクスが乗っている事については、「地球船籍のレジーナ船内には地球の国内法が適用される」とのスタンスで、追及を受けることはない。

 まあ建前でもそうしておかないと、貴族共が他国を訪問したときに同じ理屈で船内の治外法権を主張できなくなるからな。

 内心は、レジーナを砲撃して破壊したくてしようがないのかも知れないが。

 

「では、船内を臨検する。」

 

 ボーディングゲート前にブラソンと二人横に並んだ俺達に、銃を構えた兵士二人に護られた、入国管理局と港湾管理局からそれぞれ送られてきた役人二人が言い放った。

 

「拒否します。本船は地球連邦軍の軍属籍にある船舶です。協定により、軍属籍の船舶に対する臨検は拒否できるとされています。」

 

 こいつら、これが目的か。

 レジーナにホールドライヴがあることを聞きつけて、その技術をどうにかして盗もうとしているのか。

 最悪、今回の依頼そのものがフェイクで有る可能性も有るな。

 ガニメデステーションで見つけた「軍属」標識がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

 ちなみに「協定」とは、汎銀河戦争に参加する殆どの国が支持している、緩い約束事のようなものだ。

 例の汎銀河戦争の交戦規定である、民間人居住惑星/構造物を攻撃してはならないとか、重力を直接使用した兵器を使用してはならない、とかの例のスポーツマンシップ溢れるルールがそれだ。

 「協定」であって「規定」ではないので、絶対守らなければならない訳ではない。

 だが、守らないと他の国からハブられるので、結果的に、単独で汎銀河戦争を戦い抜ける列強種族以外は基本的にこの協定に従う。

 

 ちなみに前述で、交戦「規定」と記述しているが、地球の言葉に「戦争をするに当たってみんなに守ってほしいお約束」という温い協定を示すのに適当な厳めしい単語が無かったので「交戦規定」という、伝統的に地球上の戦争で使われてきた単語を当てているが、その実は上に書いたように罰則が定められた「規定」ではない。

 なら「交戦協定」にしてしまえば良いと思うのだが、それだと敵国とも相談して協力し合っているという語感がつきまとうので宜しくないとの事だった。

 と、以前政府の役人に聞いた事がある。

 ・・・馬鹿馬鹿しい。

 

 で、話を戻そう。

 その協定の中に、軍艦を他国の組織が臨検しようとしたときには拒否することができる、というものが含まれている。

 当たり前だ。

 場合によってはとんでもない機密情報や、超VIPが乗っていたりもする軍艦の臨検を許すバカは居ない。

 というか、そもそも軍艦に対して臨検を要求するバカも居ない。

 

「本船は民間の貨物船だと聞いているが? 民間船に臨検は拒否できない。」

 

 二人居る役人の年食った方―――多分こっちが港湾管理局から派遣されてきた方だと思う―――が顔を上に反らし、人を見下すような目つきで言った。

 ある意味、「帝国の役人」という字面から受けるイメージを忠実に具現化した感心すべき存在とも言える。

 こんなだから、帝国だの貴族だのという連中に近付くのは嫌なのだ。

 

「民間の貨物船ですが、地球連邦軍属籍を持ち、軍の任務を遂行することも多い船です。本船が軍属籍であることを確認願います。」

 

「先ほど提出された入国審査用データには民間企業に所属する貨物船、とだけ書いてある。その主張は認められないな。」

 

「では地球連邦政府、或いは地球連邦軍に確認してください。貴国の首都星にも領事館が有ります。」

 

 言葉を交わす毎に役人共の機嫌が悪くなっていっているのが目に見えて分かる。

 世の中全てが自分の言うことを聞くべきだという、役人にありがちな根拠不明な我儘に俺が従わないのが気に入らないのだ。


 

「では、領事館に確認しよう。その確認が取れるまでは、提出されたデータが唯一の拠り所だ。記載の事項に基づき、民間の貨物船として臨検する。」

 

 そう言って男が一歩前に出た。

 身体を動かし、その進路を塞ぐ。

 申告した書類ベースで審査とか、馬鹿すぎる。虚偽申告し放題じゃないか。

 後ろで銃に手を掛けている兵士達の殺気が少し強くなる。

 

「拒否します。」

 

 アホかこいつ。

 臨検しました、あとからやっぱり軍属だったと分かりました、他国の軍艦を臨検した理由で面倒な外交問題になりました・・・とか、考えないのかね。

 偉そうにしていれば皆が言うことを聞いてくれる、封建国家の地方の役人なんてこの程度なのかも知れないが。

 或いは、金を渡せば帰るのか?

 

「貴様、たかが民間企業の船員の分・・・」

 

 俺の胸ぐらを掴もうとして右手を伸ばして前に進んだ役人の動きが止まる。

 どうやらどこかから通信が入っている様だ。

 見る間にその表情が苦々しげなものに変わる。

 

「テラ船籍貨物船 Regina Mensis II、入国を認める。行って良し。」

 

 俺に向かって歩き出していたのが、吐き捨てるようにそう言って、ぐるりと向きを変えて歩き去っていく。

 もう一人の役人と、護衛の兵士二人が慌ててその後を追う。

 四人を呑み込んだ厳つい形の黒塗りの大型ビークルが走り去るのを、ブラソンと二人で見送る。

 

「レジーナ?」

 

「さて。多分、地方政府か或いは侯爵家からの介入があったのではないでしょうか? 今現在本船は、侯爵家から正式に呼びつけられている公務中の状態にありますからね。」

 

 まあ、そんなところだろうな。

 

「行って良し、だと。行こうぜ。」

 

「ああ。」

 

 と、ブラソンに声を掛けて二人でボーディングブリッジを再び渡り、レジーナ船内に戻る。

 エアロック内扉が閉じ、ボーディングブリッジが切り離されて、エアロックの外扉が閉じた。

 俺達がブリッジに戻る頃には、レジーナは既に埠頭を離れ、軌道ステーションから徐々に遠ざかっているところだった。

 

「やはり先ほどのは侯爵家からの介入だったものと思われます。侯爵家より通信。『当家離着床に着床せよ』です。指向性電磁波と光学によるビーコンを確認しました。惑星マップ上の位置データ受信しました。誘導に従って高度を下げます。」

 

 赤道直径一万五千kmを少し割る程度の大きさの、惑星スルードフュジェーフクのホロ映像がブリッジ中央に投映されている。

 目的地からビーコンも出ていることだし、惑星上に着陸する自動シーケンスに入っているので、操縦は全てレジーナに任せ、俺はCLI(思考伝達I/F)の操縦システムに接続もせず船橋中央に浮くホロを肉眼で眺めている。

 

 惑星スルードフュジェーフクには大きなもので四つの大陸があり、それら大陸の内最大のものの海沿い、四つの大陸に囲まれ巨大な内海のようになった海に面して領都ミンセンチレブンケッスが存在する。

 その領都の北側に面して、宇宙空間からでも肉眼で判別出来るほどに巨大な敷地を使って造られているのが、今回の依頼主である侯爵家、即ちベルセンテルーク帝国第四階位貴族家エシオンフダイージオ家の邸宅というか、宮殿だ。

 

 侯爵家の住居である宮殿の敷地は二十km四方以上はあるだろうか。

 高層ビルが連なる市街地中心部と、それを取り巻くように低層の建造物が大きく広がる中、小さな街ならまるごとひとつ入ってしまうであろう程の大きさで、ぽっかりと穴が開いたように建造物が存在しない領域が存在するのが目立っている。

 上空から見ると、その敷地内には森や湖、手入れされた広大な草原や、緻密な設計の元に造園されたと思われる庭園など、様々なものが見える。

 当然、宮殿と呼べるだけの巨大な邸宅や、中心となる最大の建造物を囲むようにしてその周辺にも他に幾つもの建物も確認できる。

 地球にも城跡や昔の貴族の宮殿などが存在するが、ここまでのものは俺は知らない。

 封建制星間国家の現役のお貴族サマの御邸宅とはかくも凄まじいものか、と思った。

 

 宇宙船用の離着床と思しき、数km四方ある舗装された真っ平らな場所があり、レジーナは真っ直ぐにゆっくりとその離着床と思しき場所に向かって進んでいく。

 AAR表示で着床すべき場所が表示され、その中心にレジーナはピタリと静止した。

 レジーナに着陸脚など無いので、船体は最低高1mほどを保って空中に浮いたまま静止している状態だ。

 

 さて、上陸準備をしようか。

 この巨大な敷地とお屋敷に住む侯爵に、どれだけ尊大な態度で迎えられるかという事を考えると気分はどんどん憂鬱になってくるが、仕事だ。仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 星間国家で、惑星まるごと、或いは複数の惑星を領土に持つ侯爵家というと、これくらいの敷地があってもおかしくないだろうというか、これでもまだ小さいかなあ、と思いつつ設定しました。

 流石に惑星まるごと邸宅、とかは無意味な広さだとは思いますが、なんなら北海道くらいの大きさの島まるごとがおうちの敷地です、でも良かったかも知れない。

 敷地内の移動は全てビークルで、城下町(?)に出るには、ビークルで一度大気圏外に出た方が早い、とか。

 街が遠くてしんどい思いするのは全て使用人で、どうせ貴族家の人間は街になどほとんど出ないでしょうし。

 

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