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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
48/82

3. バスジンダン・ベルセンテルーキ・リンデスライネンデンガレーソ


 

 

■ 15.3.1

 

 

 地球時間で十日後、俺達はパダリナン星系第四惑星であるハバ・ダマナンの上空約三万kmをぐるり一周している環状軌道ステーションエレ・ホバで、港から商業区域に向かうビークルに乗っていた。

 

 本来ならアステロイドベルト南方一億kmに占位するエピフィラムを出て太陽系外縁まで航行し、そこからパダリナン星系外縁にジャンプして星系内に進入し、ハバ・ダマナンまで到達する為には地球時間でたっぷり二週間、約半月ほど必要になる。

 なぜこんなに早いかというと、一つには出発地がエピフィラムであったため、かの悪評高いアステロイド加速度規制帯の外側であるので、出港直後から3000Gの最大加速で太陽系外縁を目指せたという理由もある。

 しかしそれより効いたのは、最近緩和された規制によるところが大きい。

 

 もともとソル太陽系では、主星であるソルから150億kmを「重力圏」と設定しており、特に空間の歪みの影響を大きく受けるジャンプ航法では、ジャンプを行う船舶の安全のためソルから150億km以上離れた場所でのジャンプイン/アウトを行う様規制してきた。

 ジャンプユニットを持たない船舶に対してジャンプ航法を提供する公共の常設ジャンプステーションであるヘリオスポイントは、その「重力圏距離」の三倍の安全マージンを取り、主星ソルから400億kmも離れた位置に設置されている。

 

 それに対してホールドライヴを搭載する地球連邦軍の艦船は、ホールドライヴの特性上空間の歪みの影響を受けないので、150億kmの重力圏内であってもジャンプイン/アウト可能なのだが、そもそも星系内である為船舶の航行が多く、特にホールアウト時に低確率ではあっても衝突/ニアミス事故の発生する可能性が重力圏外に比べて一桁二桁高いこと、実はホールドライヴは地球連邦軍の秘匿技術である―――レジーナに乗っているとその辺りの感覚が相当ズレてしまっているが―――ため、平時は皆が見ているところで余り見せびらかしたい技術ではないこと、などから、特に申請/許可を受けた場合以外は従来のジャンプ航法と同じ150億km圏内での使用を禁止されていた。

 

 何が理由でそのような事になったのか知らないが、つい先日、軍用船に対するホールドライヴの使用規制が緩和され、太陽系北方と南方に限り、太陽系黄道面より20億km以遠でのホールドライヴ使用が解禁された。

 即ち、地球でも火星でも、北か南にたった20億km、0.2光速で一日弱ほど進むだけで事前の申請もなくホールドライヴが使用できるようになったのだ。

 これまで150億kmの道程を延々と七日間も掛けてジャンプ可能領域まで移動していたのが一気に短縮されたことになる。

 

 多分、俺の想像する限りではあるが、シードの出現頻度が以前に増して高くなり、危機感を覚えた地球政府と地球軍が、平時であってもより素早く簡便に他星系と行き来できる様にする為に法律を改正したのではないかと想像している。

 地球人類の手が入っているソル太陽系の惑星の公転軌道は、有用な惑星や衛星はほぼ全て黄道面から南北にプラスマイナス1億kmの幅の中に入っている。

 つまり、例えばアステロイドベルトの加速度規制帯を南北に余程大きく迂回したとしても、南北方向に太陽系黄道面から20億kmも離れる船など居ない―――運用コストにシビアな民間船などは特に―――ので、もともとゼロに近い確率のホールアウト時のニアミス事故などが起こる可能性は、限りなくゼロに等しいという事で規制緩和されたものだと思われる。

 

 で、前述したようにその規制緩和の恩恵を受けられるのは当然の事ながら、ホールドライヴを搭載した軍用船に限られている。

 そしてレジーナは民間の貨物船だ。

 だから本来俺達は今でも冥王星軌道の更に遙か彼方まで移動しなければジャンプイン出来ないはずなのだが、今回の出港に当たり領域を管轄するガニメデステーションとの間で予定航路に関するやりとりをしているときに、ルナがある事に気付いた。

 ガニメデステーション側のレジーナの船籍情報に「軍用(ミリタリー)」と記録されていたのだ。

 

 前回の依頼をこなすための便宜上か、或いはそれ以前の別件でか、いずれにしても過去に軍からの依頼を受ける際に付与された「軍用」の識別情報が今も有効で残っている様だった。

 軍からの依頼を何度も受けているので担当者が誤解して軍属のままにしてしまったか、或いは何度も軍用と民間を切り替えるのが面倒になってとうとう放置してしまったのか。

 

 いずれにしても半ばダメ元、半ば悪戯心で、エピフィラムを出港後真南に針路をとり、太陽系黄道面からキッチリ20億km離れたところでジャンプインする航行計画をガニメデステーションに提出したら、これがあっさり通ってしまったのだ。

 俺とブラソンは大笑いしながらブリッジでハイタッチし、提出した航路予定そのままに実際に航行するようレジーナに指示した。

 ガニメデステーションに提出した航行計画は結局一切の邪魔や妨害を受ける事無く計画通りに実行され、そして今に至る。

 

「お主は普段から軍は嫌いじゃ政府は嫌じゃと言うておる割には、都合の良いとこでは軍の嵩を着るのかえ?」

 

 と、ジト目のニュクスに言われてしまったが。

 

「軍用船と登録されているのはムカつく話だが、それでも使えるものは使う。それで俺達が楽になるなら、軍用にでも政府専用船にでもなってやるぜ。」

 

 つまらないところにプライドを見せて意地を張っても意味が無い。

 

「それで軍からの仕事の話が増えるかも知れぬぞ?」

 

「それとこれは別の話だ。お断りだ。」

 

「手前勝手な話じゃのう。筋が通らぬじゃろうが。」

 

「知ったことか。褒めても何も出ねえぞ。」

 

「阿呆。褒めておらぬじゃろうが。」

 

 KSLCの本部をエピフィラム、即ち太陽系内に固定したことでまた余計に税金を取られるようになったのだ。

 誰が迷惑するわけでもない、この程度の追加の「公共サービス」を受け取っても罰は当たるまい。

 それが気に入らないというならば、エピフィラムには太陽系外に出て貰うだけの話だ。

 払った税金に見合うサービスを提供できない国になど居る必要も無い。

 

 と、そんなこんなでビークルはエベンツェチの働くイルヴレンレック商船互助組合のオフィスが入った第67248構造体ビルの正面玄関前に停車する。

 仕事の話が終わった後、エベンツェチと一緒に飲みに行く話になっているので、ブラソンも一緒だ。

 そして心配性のルナも一緒に付いてきている。

 

 国によっては機械知性体の存在そのものを否定し法律で明確に禁止しているところもあるが、何事にも自由であるハバ・ダマナンは実はそのような法律を持っていない。

 だから一応、ルナは合法的にハバ・ダマナンに上陸することができる。

 街角を歩いていて、機械知性体だとバレた瞬間に警察に取り囲まれる、という事は無い。

 

 だが、法と人の感情は全く別の話だ。

 機械知性体だとバレた次の瞬間に周りの人々から銃を向けられ、取り囲まれるかもしれない。

 破壊されるまで執拗に付け回されるかもしれない。

 一瞬で周囲の皆、惑星上の全員が敵に変わるかもしれない。

 

 そんな危険を冒してまでルナを連れ出したのは、勿論本人が上陸してみたいと言ったのもあるが、危ないからといつまでも船の中で箱入り娘をさせていても、状況は何も変わらないからだ。

 あわよくば、周囲の人間が徐々にルナに慣れ認めてくれるようになること。

 そうなれば一番良いのだが、それは少々考えが甘いという事くらい知っている。

 

 銀河人類の機械知性体嫌いは根深い。

 子供の頃から悪魔の悪辣さや非道さ残忍さを坊主どもから常に教え込まれ刷り込まれた地球人がものの見事に洗脳され、分別有る大人になってさえ悪魔と聞いただけで無意識無条件に嫌悪し恐怖する様になるのと同じだ。

 だから最悪でも、周囲がどの様な反応をするかを知った上で、ルナがそれに対処できるようになること。

 そもそも、ルナが機械知性体であると周囲に気付かれないように振る舞えるようになること。

 それが目的だ。

 

 以前から一般旅客船に乗せてみたりしたものだが、その一環だ。

 ルナの身体の動かし方や表情に、ぎこちなさを感じることはもう無い。

 船内では完全無欠の無表情な彼女だが、船から下りた途端表情豊かに愛想笑いの一つや二つ浮かべて世間話も出来るのだという事を知っている。

 

 と言うわけで、俺に続いてブラソンがビークルから出てきて、それに続いてルナが出てくる。

 ルナは少し紫がかったブラウスに、薄いオレンジ色のスカートとオフホワイトの革スニーカーを履き、その上から銀とピンクのレジーナスカジャンを引っかけるという、見た目の年相応の格好をしている。

 少々目を引く色合いではあるが、派手すぎて悪目立ちすることもない。見た目十代半ばくらいの子供であれば、こんなものだろう。

 流石にクソ目立つ黒メイド服で街中を歩かせるような冒険はしたくない。

 防御力も高く即応力も高いので本人はそっちの方が良いと言うのだが、ダメだ。

 

 五月蠅いAARの案内に従いエントランスホールを抜け、奥のリフトに乗る。

 防犯のためか、内部の壁に何も表示されていないリフトの箱は、勝手にドアが閉まり勝手に動き始め、そして勝手に止まってドアが開いた。

 リフト出口から廊下の上を、黄色いAARの矢印が明滅して進行を促す。

 それに沿ってしばらく歩いたところで、73b42と書いてあるドア(勿論、マジッド語で)が、明滅する黄色い枠に囲まれていた。

 どうやら人力で開けるらしいドアのノブを引いて開けると、中は十人ほどが入れそうな会議室で、エベンツェチは既に部屋の中に居て席に着いていた。

 到着を知らせる連絡をエベンツェチにわざわざ入れる様なことはしていないが、このビルに入ったときから、或いは埠頭に上陸したときから、こちらのことは追跡していただろう。

 こちらの到着に合わせて出てきてくれたと言うところか。

 

「よう。来たな。待ちくたびれたぜ。まあ、座れよ。」

 

 そう言ってエベンツェチはテーブルを挟んだ席を示した。

 

「また女が変わってるな。そちらのお嬢さんは?」

 

 と言って、ルナに興味を示す。

 

「ウチのクルーだ。地球人だ。ルナという。」

 

 俺の紹介に合わせてルナが軽く愛想笑いを浮かべてエベンツェチに微笑みかける。

 

「・・・成る程。ま、俺は構わんぞ。」

 

 と言って、察したらしいエベンツェチはそれ以上ルナに特別な興味を向けなかった。

 

 申告せねばならないわけではないが、どこの組合も所属する船の人員構成はある程度把握している。

 レジーナの乗員としてルナも登録されていたか、或いは登録されて(・・・・・)いないから(・・・・・)当たりを付けたか。

 いずれにしても、エベンツェチは機械知性体の存在を嫌悪するわけではないようだった。

 まあ、勿論多分そうだろうと推測していたのでルナを連れてきたというのもあるのだが。

 

「さて、早速で悪いが、仕事の話だ。かなり先方をお待たせしてるんでね。出来れば即決で行動開始と行きたいところだ。

「バスジンダン・ベルセンテルーキ・リンデスライネンデンガレーソ、って知ってるか?」

 

 と、空中に表示されているのであろうAARを眼で追いながらエベンツェチは言った。

 噛まなかっただけ褒めてやろう。

 

「・・・なんだそりゃ? 新種の酒の名前か?」

 

「阿呆。国の名前だ。聞いた事くらい無いか? 封建制を敷いていて、皇帝が居る国だが。」

 

 無いな。封建制の国とか、無意味に偉そうな貴族がふんぞり返っていて面倒臭そうで近付きたくも無いしな。

 

「地球から三万四千光年ほど離れたところに母星のある星間国家です。主星系はベルセンテイン。ベルセンテイン星系第三惑星エシュ・ベルセンテン・レッカオロルイーグが母星且つ首都星です。地球では一般的にベルセンテルークという国名が通称です。首都星上の首都ベルセンテン・マグイズ・エルケンベリンギーズに皇帝の居城があります。現皇帝の名前は・・・言ってもどうせマサシは覚えないので止めておきます。」

 

 ルナの最後の台詞を聞いてエベンツェチが大爆笑する。

 

「良いな。よく分かってるじゃねえか。ところでどうやった? この部屋はネットワークブラックで、量子回線素子は強制的に非アクティブ化されるはずだし、ニュートリノ使ったとしても外部と接触できないはずだ。ネットで検索なんて絶対できないぞ。」

 

 エベンツェチはどうやら、機械知性体であるので当然ルナがネットワーク上の情報をかき集めてきたものと考えているようだ。

 それは間違いだ。

 こういう部屋に入るだろうと思ったから、ルナを連れてきたのだ。

 

「百科事典に載っかっている程度の知識なら、彼女は全て記憶している。俺達とは頭の出来が違うんだ。そのために一緒に来て貰った。」

 

 あれだけ用心して、通信では一切の情報を漏らさなかったくらいだ。

 商談には、外部から一切覗けない部屋を使うだろうと思っていた。

 普段ならネット越しに色々とレジーナとルナのバックアップを得られるところだが、どうやらそれは望めそうにない。

 そこでルナの出番だった。

 

「成る程ね。マサシのことをよく分かってそうだ。次から仕事の話は彼女を通すことにするよ。」

 

 とエベンツェチ。

 しかし奴は誤解している。

 俺が休暇モードに入って外部からの接触を断ったら、ルナは俺の意思を尊重してくれて絶対に通信を通さない。

 だからエベンツェチが期待しているような事にはならない。

 勿論、こちらに都合が良いので奴の誤解はそのままにしておく。

 

「で、その長ったらしい舌を噛みそうな名前の国がどうしたって?」

 

 嫌な予感がしつつ、話が見えてこないのでエベンツェチに先を促す。

 

「お前とお前の船をご指名で依頼だ。ベルセンテルーク帝国第四階位貴族家エシオンフダイージオ家当主ディフガソップルフィーク様からだ。エシュ・ベルセンテン標準時にて来月初頭から約二ヶ月間、当主ディフガソップルフィーク様が趣味の狩猟に出掛ける予定だ。行き先はフェンディーン#52星系d惑星、通称『ベルヤンキス』。エシオンフダイージオ家領都であるオフォードスグスワー星系第三惑星スルードフュジェーフク上の都市ミンセンチレブンケッスを出立してベルヤンキスまでの往復のアシと、ベルヤンキスで行われる約二ヶ月の間の狩猟期間中の護衛が依頼内容だ。」

 

 エベンツェチが俺の方を見ながら分かったか? という顔をする。

 訳の分からないクソ長い名前ばかりで俺は混乱している。

 先ほどエベンツェチが言った一連の台詞の中で重要そうな単語だけを繋げてみる。

 

「あー・・・要するに、貴族サマのお守りをしろって話か?」

 

「そうだ。大体それで合ってる。」

 

 エベンツェチは俺の顔を見て頷き、俺の隣に座るブラソンは俯いてこめかみに手を当てた。ルナは相変わらず無表情で動きはなかった。

 

 こちらをじっと見ているエベンツェチの顔を眺めながら俺は、地球市民で有る限り政府のいう事を聞くのが当たり前というムカツク態度でやって来る地球連邦政府のエージェントと、自分が貴族であるからには平民共は平伏していう事を聞いて当たり前という態度の封建社会の貴族と、どちらがよりムカツクだろうか、などと余り危機感の無い事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 新章に入りはしたものの、ちょっと日常的なものも書いてみたくて寄り道してたらもう三話。

 三話にもなるのに、まだ一切ストーリーが進んでいないというこの驚愕の事実。ww

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