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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
47/82

2. 出港準備


 

 

■ 15.2.1

 

 

 わざわざテキストメッセージを送りつけてきたという事は、所謂指名の依頼が入ったという事なのだろう。

 俺を指名の依頼という事は、当然何らかの期限が切られている可能性が高い。

 荷を運ぶのか人を運ぶのか、いずれにしても依頼人には何らかの予定があり、その予定を完遂するのに俺の船を使うのが最適だと、依頼人自身か或いはイルヴレンレック商船組合のどちらかが判断したという事だろう。

 

 クソ面倒でややこしくて、ついでに命の危険も山ほどあった酷い謀略に引っかけられて、やっとの思いでソル太陽系に戻ってきて、しばらくは仕事のことなど忘れてのんびり過ごすと引き籠もりを決め込んだばかりだったのだが、と思いながら、プロジェクションで投映されている架空の青空を見上げてデカい溜息を吐く。

 多分俺がレジーナに連絡をつけるまでその場を動く気が無い、サイドテーブルの上にちょこんと座ってこちらを見上げる白猫に皿の上からもう一枚生ハムを与えてやり、俺ももう一枚口に放り込み嚥下してから、グラスに1/3ほど残って温まりかけたビールを一気に流し込んだ。

 そして俺はカットオフしていたネットワークに繋ぎ、音声で呼びかける。

 

「レジーナ。」

 

「はい、マサシ。休暇中のところ申し訳ありません。すでに聞いていると思いますが、ハバ・ダマナンのイルヴレンレック商船組合から連絡を請うメッセージが届いています。」

 

 レジーナは今、輸送船エピフィラムの巨大なカーゴスペースを一部改造してもらって造った乾ドックに着床している。

 整備や改装も行え、当然補給も出来る優れ物の乾ドックではあるのだが、ニュクスの操るナノマシンでいつでもどこでも修理や整備が行えるレジーナにとって余り意味のあるものではなかった。

 それでも半ば自分専用の乾ドックが用意してあるというのは、「きちんとメイクされた柔らかなベッドがある自分の部屋を持つようなもの」らしい。

 レジーナはその乾ドックに着床することをことのほか気に入っていた。

 

「エベンツェチか?」

 

「不明です。発信元は商船組合の代表IDになっています。」

 

 まあ、エベンツェチだろう。

 俺が顔を出すと大概奴が対応してくれる。半ば専属みたいなものだった。

 気心の知れたあっけらかんとした男だ。俺もその方がやりやすくて都合が良いのは確かだ。

 

「量子回線で繋いでくれるか。音声だけでいい。ここから話す。」

 

「諒解しました。少々お待ちを。」

 

 量子回線を接続して開いているのだろう。レジーナが沈黙する。

 

 つい数日前まで囚われていた三十万年前の世界では、星系間の超光速通信である量子回線で全ての惑星間、星系間が繋がれており、居ながらにして銀河の遙か彼方のネットワークに接続することが出来たのだという。

 しかし機械戦争以来どの国も量子回線でのデータ通信チャンネルを閉じており、テキストメッセージのようなごく簡単な通信データのやりとりしか出来なくなっている。

 音声通信、映像通信のようなそれなりの量のデータを使用するものもデータ通信の範囲に含まれているため、星系を跨いでの音声通信は出来ない。

 

 例外的に可能なのが、通信の双方が相手の量子通信局を知っており、1対1の個別認証を行って量子通信で二局間を直接接続する場合だ。

 この場合にのみ理論上は宇宙のどこに居ても映像通信が可能であり、また大量のデータのやりとりをする事も出来る。

 量子通信は電波や光のような媒体を使わず、相手の局に直接繋がる通信方式なので、途中でハッカーなどが割り込んでくる危険性も無く、また常時接続では無いため機械戦争の時のようなパニックが起こる恐れも無いのだ。

 

 まあもっとも、ブラソン達に言わせれば量子通信局からユーザー端末までの間の回線で幾らでも割り込むことは出来るし、本当にその気になれば各星系通信局のデータ通信チャンネルを無理に開く、或いは騙してすり抜けることも可能なのだそうだ。

 だから普段から、本当に重要なヤバイ話は絶対に通信では話すな、と言われている。

 絶対盗聴されないと皆が信じている直接接続の量子回線でも実はその道のトッププロフェッショナルにかかれば・・・ということらしい。

 奴等に出来ない事は無いのだろうか。

 最近だんだんブラソンチームが魔法使いの集団に思えてきた。

 つくづく恐ろしい奴等だ。

 

 そこで、サイドテーブルの上に置かれた、よく冷えたビールがなみなみと注がれたグラスに気付く。

 どうやらいつの間にかルナが新しいグラスと差し替えてくれたようだった。

 今から仕事の話をするのに新しいビールか、とも思ったのだが、良く考えたら引き篭もりを決め込んだ休暇中二日目のところに無理矢理仕事の話を持ち込んできたのは向こうだ。

 通話の応対をするのにビールを飲んでいようが酔っ払っていようが、こっちの勝手だった。

 

「繋がりました。イルヴレンレック商船互助組合、エージェント・エベンツェチです。」

 

 たっぷり数十秒待っただろうか。

 レジーナの声が接続を告げた。

 

「オーケイ。このまま繋いでくれ。」

 

 ルナが取り替えてくれた冷えたビールを、折角なので半分ほど喉に流し込む。

 背景音が全く無音のレジーナの声が、僅かな背景雑音を含んだものに変わる。

 

「エベンツェチか? マサシだ。休暇中に呼び出しやがって。」

 

「休暇中だと? 大層なご身分だな。こっちは今日も朝から事務所で仕事だ。」

 

 久しぶりに訊く僅かに苛ついたようなエベンツェチの声が、まるですぐ隣で喋っているかのようにクリアな音で聞こえてきた。

 映像は無い。音だけだ。

 休暇中の俺の映像を見たら、事務所で働いているエベンツェチの機嫌がもっと悪くなるだろう。

 

「ご苦労さん。その代わり俺達は一旦船に乗ったが最後、朝から晩まで寝ても覚めても、寝てる間も仕事中になるんだよ。お前等事務所勤めとは生活パターンが違うんだ。たまの休暇くらい邪魔すんな。」

 

 そう言いながら、グラスの隣に転がっていたマルボロのパッケージを取り上げて、手首の軽いスナップで一本飛び出させて口に咥える。

 煙草のパッケージをサイドテーブルに置いた動きでそのままマッチの箱を取り上げ、箱の中から一本取り出して右手で摘まみ、木軸の先の丸い頭薬を薬指の動きで箱の側薬にこすりつけて着火した。

 音を立てて燃え上がる燐が燃え尽きるのを待ってから、木軸が燃える炎で咥えた紙巻きに火を点けた後、右手を軽く振って火を消した。

 糸のような白い煙が尾を引き、木が焦げるどこか懐かしい香りが広がる。

 その煙が湖畔の風に乗って流れていくのを眼で追いながら、まだ白く煙を引くマッチをサイドテーブルの上に置かれた白い陶器製の灰皿の中に放り投げた。

 一口大きく吸って煙を盛大に吐き出した。

 紙巻きから立ち上る紫色の煙が、俺の吐き出した白い煙と混ざり合いながら、風に乗って湖の方へと流れていく。

 

「そう言うな。指名依頼だ。色々詰めなきゃならん話がある。こっちに来てくれ。」

 

「休暇が終わったらな。」

 

「バカ言うな。先方にも都合ってもんがあるんだ。今どこに居る?」

 

故郷(くに)に戻ってる。遠くに雪山が見える湖畔のコテージでのんびり酒を飲んでるよ。」

 

 嘘じゃ無い。

 本当に湖の向こう、遠くに雪を被った山が見えている。

 AARによるプロジェクションだが。

 

「ソル星系か。テラに降りてるのか。ふざけんな。こっちは軌道ステーションであくせく働いてるってのに。

「なあ、頼むから助けると思って早いとこ来てくれよ。依頼主ってのがちょっとシャレにならん相手なんだ。通信じゃ内容を話せない。お前の休暇が終わるのを待ってたら、俺の胃に穴が開きすぎて胃壁よりも穴の面積の方が多くなっちまう。」

 

「シャレにならん相手? どこかの大金持ちか、星間企業財閥のオボッチャマか何かか?」

 

 レジーナは高速貨物輸送と豪華な旅客輸送を売りにしている。

 なので時折札束で人の頬を叩くような真似をする、いわゆる鼻持ちならない金持ちが旅客として乗り込んでくることもある。

 もちろんそんないけ好かない客からはそれなりの金はふんだくるが。

 人の頬を叩く為の金があるならば、俺の懐に入れるべき金はもっと持っていそうだからだ。

 

「外れだ。当たってても言えねえよ。とにかく来てくれ。じゃないと話も始められん。」

 

 珍しくエベンツェチが泣き落としにかかってくるのを聞いて、俺は盛大に吐き出した煙で大きな溜息を隠し、煙草を灰皿の底に押しつけた。

 その手でグラスを持ち上げて、グビリと大きく一口嚥下する。

 

「はあ・・・分かったよ。何日か待ってくれ。休暇は切り上げてそっちに行く。儲かる話なんだろうな?」

 

「報酬はかなりのものだ。それは約束する。」

 

 実を言うと、依頼の成功報酬にはもう余りこだわっていない。

 消耗品の生成や、レジーナのメンテ補修はニュクスがほぼ無償で行ってくれる。

 食材などの日常的に消費する物資も同じだ。

 俺はそれらの元になる燃料を買い入れることと、後は人件費としてブラソン達に充分な報酬を払うだけのもうけがあれば良い。

 普通なら、これだけの船を維持しようとすれば相当な維持費用が必要で、さらに乗員の人件費や、食料品や衣類などの資材も賄わねばならず、それらのことに船長は常に頭を悩まされ、四六時中いつも割の良い儲け話を探して眼を皿のようにしていなければならない。

 

 それに対して俺が心配しなければならないのは、燃料代と人件費のみだ。

 その人件費も、ルナやニュクスはほとんど要求しないのと同然だし、レジーナやノバグ達この船の機械知性体はこれまた金を要求しない。

 レジーナは燃料をちゃんと積んで、ちゃんと整備してくれればそれ以上の報酬はないと言い、ノバグ達は物質世界の通貨などに興味は無い───その気になれば様々な手口で幾らでも生み出せるので───と言い、金を寄越すくらいなら、その金を使って船内のネットワーク関連機材を整備しろという。

 もちろんその船内ネットワーク関連のハードウエアは、ブラソンが頼めばニュクスが幾らでも作り出すのでほぼ無料だ。

 生義体を持つとは言え、機械知性体であるニュクスもそのネットワーク関連ハードウエア整備の恩恵を受けるので、頼まれれば嬉々としてやってのける。

 

 こうして、最新の船殻を使い、個人の運送業者としては有り得ないほどに贅沢な装備を満載している船に乗り、銀河でもその名を知れたハッカーのチームが乗員として常駐し、他にも優秀なクルーが何人も乗り込み、そして他に例を見ないほどに贅沢な衣食住環境を整えている割には、この船の運用費用(ランニングコスト)は驚くほど安いのだ。

 

 そしてさらに言うならば、いつぞや機械達に無償で譲り渡したテラフォーミングサテライトについて、俺は連中に譲ったつもりなのだが、機械達の方はどうやらそうは思っていないらしく、俺から請求があればいつでもどの様な形でも「代金」を支払う用意があると言っている。

 国家プロジェクトとして建造するような、そのような巨大構造物を現金化した場合、どれほどの金額になるのか想像もつかない。

 

 KSLCからも半ば自動的に収入が入ってくることを思えば、もうすでに俺は積極的に金を稼ぐ必要さえ無いほどの収入と資産を持っている。

 それでもなお俺は船乗りを、そして運送業を続けている。

 ただ単に、船に乗るのが好きだから、そして船に乗って宇宙を駆け巡るのが好きだから、そうしているのだ。

 

「泣いて頼まれちゃ仕方がねえ。恩に着ろよ。とりあえず、打ち合わせの後はお前の奢りな。酒が入る胃はまだ残ってそうだ。」

 

「金持ってる船長が、しがない事務員から金巻き上げるような真似すんな。仕方ねえ。最近気に入ってる店に連れて行ってやる。」

 

「オーケイ。急いでそっちに向かうことにする。出港準備にかかる。じゃ、また後でな。何かあったら連絡くれ。」

 

「諒解。こっちも依頼人との間の話を詰めておくよ。」

 

「待て。勝手に話を進めるな。受けるかどうかは話を聞いてから決める。」

 

「ああ、今のところはそれで良い。じゃな。待ってるぜ。」

 

 エベンツェチの最後の言い方が気になったが、話を聞けばはっきりするだろう。

 湖畔のコテージでのんびり飲むビールも良いが、エレ・ホバでハバ・ダマナンの夜景を眺めながらやる一杯も悪くない。

 

「レジーナ。出港準備だ。クルーに声をかけてくれ。」

 

「諒解しました。整備は完了しています。燃料、資材共に補充完了しています。いつでも出られます。全クルーに出港準備を伝えます。アデールがまだ地球から戻ってきていませんが、どうしますか?」

 

「どうやら奴の仕事が終わるのを待っているわけには行かない話のようだ。今回はアデールは置いてけぼりだ。」

 

「承知しました。アデールを除く全クルーに出港準備を伝えます。出港の予定は?」

 

「六時間後目処だ。準備完了次第出港する。」

 

「諒解しました。」

 

 レジーナに必要なことを伝えると、グラスに1/3程残ったビールをあおり飲み干す。

 グラスと灰皿を持って立ち上がる。

 

「済まんな、俺達は仕事だ。俺達に構わず好きにやってくれ。」

 

 俺の周りでのんびりやっている三人に声を掛けた。

 山盛りのフレンチフライをほとんど一人で食い切ったドンドバック船長は、さらに摘まんだフレンチフライをケチャップの海に浸しながらジョッキを軽く持ち上げて諒解の意思を示した。

 ビルハヤートとアンサリアはこっちを見て頷いた。

 グラスを持ちコテージに入った俺を、いつもの緩いタンクトップにショートパンツ姿のルナが出迎える。

 

「行けるか?」

 

「いつでも。」

 

 無表情に、当たり前のように答えるルナを見て俺は頷く。

 エベンツェチとの通話はレジーナが中継していた。

 という事は、ルナは全てを把握しているということだ。

 

「レジーナに戻る。出港準備だ。」

 

「はい。」

 

 そして俺達二人はコテージ入り口の階段を降り、脇に止めてあった地上車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 日本では余り見かけませんが、外国のマクドナルドやKFCに行くと、ポンプ式のケチャップとマスタードを見かけることがあります。

 隣の席に座った親子連れが、ポンプ式ケチャップを押して押して押しまくって、血の池地獄のような皿を作って、そこに山盛りフレンチフライを「浸して」幸せそうに食ってたのを思い出しました。

 アレはさすがに見てるだけで胸焼けがした・・・

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