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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十五章 マーキー・ラナウェイ
46/82

1. 休暇


 

 

■ 15.1.1

 

 

 アステロイド南方に占位する輸送船エピフィラムの中に構築された居住区は、ここが実は地球から数億kmかそれ以上離れた場所であるという事を完全に忘れさせてしまうほどに快適で、仕事を忘れ、軍や政府と云った組織との間にいつの間にか出来上がってしまっていたウンザリさせられるケタクソ悪い関係を頭から完全に追い出し、のんびりと自分のペースで時間を過ごすにはもってこいの場所だった。

 直径1200mを越える居住区には、最近やっと事務仕事に慣れ始めたKSLC(Kiritani Security and Logistics Co..)本社ビルで働く旧伊島組の男達と、そして彼等をサポートしつつこの船本来の任務であるアステロイドエリアの監視業務を行う十名の機械達の生義体、そして東京下町最下層にあり伊島組所有だったスナック「蘭」で働いていた女性二名が居住し生活している。

 

 生義体十名はともかくとして、宇宙での生活どころか、生まれてこのかた宇宙船になど乗ったことの無い荒くれの野郎ども十一名が、地球から遙か離れたこんな場所で生活していくために、エピフィラムの居住区に彼等が生活しやすい環境を整える必要があった。

 そのため、居住区の約1/3は少し旧い落ち着いた日本の街並みを再現した市街区となっており、残る2/3は環境ビデオにでも出てきそうな、どこかにありそうでその実どこにも無い風光明媚な自然環境を再現した自然区となっている。

 

 もっとも旧伊島組の野郎どもに言わせれば、街並みも自然の風景も、社会の底辺で泥にまみれて生きてきた彼等にとっては「毒がなさ過ぎる」環境で物足りないのだそうだが。

 

「ワシ等にゃこがあな爽やかな風景や、平和で落ち着いた渋い街並みは似合わんじゃろう。どっちか言うと、ネオンがギラギラしとって、ケバいネーちゃんが街角に立っとって、酔っ払いがクダぁ巻いて殴り合いしちょる様な所の方が落ち着くんじゃけどのう。」

 

 とは、元伊島組で若頭補佐とでも言うべき立場にあった為、未だに皆のまとめ役であるクニのコメントだ。

 刺激が少ない、ぬるま湯のようだ、逆に落ち着かないなど、ここに押し込まれた十一人ともがそれぞれこの環境に対して余り肯定的な意見を述べなかったものだったが、最近は慣れてきたのか、そういう声もあまり聞かなくなった。

 確かにここにはギラ付くネオンも無駄に色気を垂れ流す呼び込みも、妖しげな雰囲気を纏った街娼も存在はしないが、しかし連中も平和で落ち着いたここでの暮らしに徐々に慣れ始めているのだろう。

 

 尖ってギラギラして常に燻って肩で風を切って生きていくような人生を歩んでいた連中だが、「そうは言うてもの、皆ホンマの所は普通に家庭持って子供こさえて歳食っていう、いわゆる普通に幸せな人生云うんにどこか憧れとるんよ」と酒を飲みながらぽつりとクニが言ったように、ここでの「普通の暮らし」に慣れてくれれば良いと思う。

 もっとも、アステロイドベルト南方一億kmに浮かぶ直径3000mの球形をした機械達から提供された輸送艦の中に造られた人工の街並みと自然の中で運送警備業の事務仕事をして生活していくのが、「普通の生活」というものの定義の中に含まれるかどうかと云う根本的な問題は残っているのだが。

 

 ニュクスの気まぐれでうちの会社で働くことになったその十一人が市街区の端にあるオフィスビルの中で慣れない事務仕事に悪戦苦闘して居るであろう地球標準時で真っ昼間のこの時間、俺はと言うと自然区の片隅にある湖畔のコテージのウッドデッキで冷えたビールを片手に木製のビーチチェアに寝そべり、のんびりと風に吹かれて何もしない時間を楽しんでいた。

 三十万光年と三十万年という遙かな時間と空間を踏破し仕組まれたトラブル続きだった酷い依頼を終えて、機材の返却と事態の報告のために職場に出頭しなければならなかったアデールを地球に置き去りにし、早々に本拠地であるこのエピフィラムに引き上げてきた後はもう何もする気が起きず、しばらくはここに引き籠もることに決めてそしていまに至る。

 

「しっかしお前ぇはホントにそう言うのにばっかり巻き込まれやがるな。」

 

 と、呆れたように言って俺同様傾けたビーチチェアに背中を預けて冷えたビールをあおっているのは、地球時間で三ヶ月ほどの契約だった警備の仕事を終え、昨日エピフィラムに帰還してきたビルハヤートだ。

 ハフォン国籍を捨てて地球に亡命し、ハフォン人としての矜持は保ちつつもしかし地球人として生きる事を選んだ際に、何を思ったか勢い余ってついでに信仰までをも捨ててしまい、今や無神論者を公言して憚らないこの男はことのほかビールがお気に入りだった。

 確かにガタイの良い元軍人と言うよりも、元軍人達で構成される警備部隊の現役の小隊長と言うべきであるこの男には、ビールのデカいジョッキを片手に豪快に笑っている姿がよく似合う。

 地球人になるためというより、むしろお気に入りのビールを飲むために邪魔になった信仰を、これ幸いとばかりに亡命を口実にして捨て去ったのではないかと俺は疑っている。

 

 俺達の視線の先には、同じ任務についていたため同様に昨日エピフィラムに帰還してきたアンサリアの小隊の女達と共に、湖の砂浜で楽しそうにバーベキューやビーチバレーをしているビルハヤートの小隊の連中がいる。

 長い仕事を終え戻ってきて、しばらくぶりの休暇に突入したこの連中の一部はショッピングや觀光を楽しむために地球に出かけていった。

 休暇をただのんびりと過ごしたいと希望してエピフィラムに残った連中が、似た様な理由でこのコテージに居た俺の元へと合流してきたのだった。

 

 ビルハヤート達の今回の仕事は、地球から千五百光年ほど離れた未開の星系の外縁近くに発見された少々特殊な小惑星での警備任務だった。

 その小惑星は純度80%を越える鉄で出来ており、とある星間企業が買い取って鉄鉱山として開発に乗り出したのだ。

 

 物質転換機を使えばどの様な物質でも思いのままに手に入るとは言え、物質転換機を動かして元素を生成するのにも当然コストがかかる。

 物質転換とひと言で言っても、その実は元になる物質の塊の全ての原子を分解し一部を中性子に変換しながら望みの元素の原子を一つ一つ生成していかねばならない。

 半ば全自動化されているとは言っても当然それなりのコストがかかるわけであり、今回発見された小惑星のように有用な物質の純度の高い物体であれば、精製炉を設置して精錬を行い、さらに輸送コストを含めてもまだ物質転換機での物質精製よりも安く上がる場合がある。

 そうなればその物体は鉱山資源として採算の取れる有用な物体であるため、政府や民間企業が本腰を入れて開発を始める。

 

 今回ビルハヤート達はそういった小惑星を開発しようとする星間企業からの依頼によって、その企業が小惑星に精錬所を建造する資材を持ち込むところから、建造された精錬所が実際に資源を搬出し始めるまでの、精錬所建設現場の警備に当たっていたのだ。

 建設現場の警備と侮るなかれ。

 未開の星系に新たに発見された小惑星という事は、そこには正規軍などの警察力が及ばない場所であるという事を示している。

 即ち、そもそも大量の資源が簡単に取り出せる形で存在しており、工場を建造するための物資が山積みされており、その現場で働く人間達が消費する様々な物資が大量にストックされていて、当然燃料も豊富に備蓄されている割には、確固たる武力で護られているわけではない。

 海賊どもにとってはヨダレが洪水を起こしそうなほどにオイシイ物件であり、もしその存在を知ったなら企業の私兵や正規軍が本格的にやってきて武装度が上がってしまう前に是が非でも奪ってしまおうと、間違いなく襲いかかってくるようなそんな優良物件だった。

 

 実際に何度か戦闘が発生したという報告を受けている。

 もちろん雇われていたのはうちの会社の警備員達だけではなく、他にも幾つかの傭兵団が警備に当たっていたとの事だったが、強襲揚陸船とは言え歴とした軍用船を根城にし、HASを含めてハフォン正規軍が装備しているものと同じ装備品を持っており、しかもシリュエが操るナノマシンによって常に良好な状態に整備され弾薬も豊富に供給され続けるビルハヤート達の活躍の場はそれなりに多かったようだった。

 相手が海賊達とは言え、久々に幾つもの本格的な戦闘を行うことが出来てよい訓練になったと、ほくほく顔で戻ってきたビルハヤート達だった。

 

「こいつは昔からそうさ。俺の船で働いていたときも、なんだかんだとトラブルが起こってな。そういう星の下に生まれついてんだろうさ。」

 

 と、左手にビールがなみなみと注がれたジョッキ、右手にフレンチフライを山盛りにしたボウルを持ち、コテージから出てきたドンドバック船長がビルハヤートの向こう側のデッキチェアに腰を下ろす。

 

 老練かつ豪快な性格の、伝統的な船乗りを絵に描いたようなドンドバック船長と、はみ出し者ばかりを集めた部隊をまとめ上げることが出来るこちらも破天荒な性質のビルハヤートは、予想通りというか当然というか相当に馬が合うようで、まるで数十年来の友人同士であるかのように仲が良い。

 警備部隊と彼等を乗せる船の船長との間の関係が極めて良好なのはとても良いことだ。

 安心して色々な仕事を任せることが出来る。

 

「話を聞いてて飽きないから良いじゃないの。毎回のレジーナクルーの冒険譚をシリュエから映像交じりで教えて貰うの、結構好きよ私。」

 

 デッキチェアに腰を下ろし、遠慮なくフレンチフライを一人でむしゃむしゃやり始めたドンドバック船長を追いかけるようにして、俺の後の方、即ちコテージがある方向から女の声が聞こえてきた。

 こちらは右手にワイングラス、左手にボルドーワインらしい形のボトルを持ったアンサリアがやって来て、デッキチェアの上に身体を投げ出した俺達の脚の向こう側に置いてあるテーブルセットの椅子に座る。

 

「何だオメエ、結局残ったのか。」

 

 ビールを半分ほど流し込み、サイドテーブルにグラスを置くビルハヤートが言った。

 アンサリアもビルハヤートと同じく元ハフォン軍陸戦隊の小隊長であり、古くからの友人だったらしい。

 

「服とか買っても着ないしねえ。テラは面白いんだけど、あのゴチャゴチャしてエネルギッシュな都会に若い子達と一緒に買い物に行くと疲れるのよね。あの娘達もあたしが居ない方が羽根を伸ばせるでしょ。」

 

 そう言うアンサリアが着ているのは、地球軍放出品か或いはレプリカと思しきオリーヴドラブのタイトなタンクトップと、下は森林迷彩柄の大きめの作業用パンツと黒いコンバットブーツだった。

 確かに俺の記憶でも、彼女はいつも似た様ないかにも陸戦隊の軍人という恰好をしている。

 もちろん今は軍人ではないのだが。

 

「そんな事言い始めたらババアだな。」

 

「うっさいわね。そういうアンタこそこんなところで昼間から酒かっ食らって。オヤジ臭い。この破戒者が。あたしがババアならアンタはジジイよ。」

 

「残念ながら俺は今無神論者だ。祈っても何の御利益もない宗教なんぞ要らん。ところでお前が手に持っているのは何だ。」

 

「テラ産の葡萄ジュースよ。」

 

「赤ワインだよな。」

 

「細かいことにいちいち煩い男ね。郷に入っては郷に従え、って有難いテラの格言があってね。」

 

 どっちもどっちだった。

 

「こいつらいつもこんな調子か?」

 

 マヨネーズとケチャップをたっぷり乗せたフレンチフライを数本まとめて口に放り込み、間違いなく三リットルは入るデカいジョッキを幸せそうに煽るドンドバック船長に聞いた。

 

「おうよ。お陰で船内が賑やかで良いぜ? 退屈しねえ。ここにミリアンとシリュエが入るともっと賑やかになるぜ?」

 

「そう言えばミリアンはどうした? 彼女も買物で地球か?」

 

「いんや。実家に寄るつってな。昨日ここに戻って来るなりすぐその足でタクシー呼んで実家に帰ったぜ。」

 

 そう言えばミリアンの実家はベルターで、シャルルの遠い親戚に当たるのだったか。

 実家がアステロイドベルトのどの辺りにあるのかまでは聞いてはいないが、久しぶりに近くまで戻ってきたのだ。実家に顔を出したくもなるだろう。

 そんな事を考えながらサイドテーブルのグラスからビールをちびりと飲む。

 少し温くなってきたビールが喉を伝って胃に落ちていく。

 

 思えば随分賑やかになったものだ。

 ブラソンとルナと三人でレジーナに乗って再開した運び屋だった。

 人付き合いが好きな方ではないので、仲間に囲まれて嬉しいなどと云う思いは無いのだが、しかしこれだけの人間が一緒に働いているというのは、そうは言ってもやはり心強い。

 相変わらず夫婦漫才のような掛け合いを続けるビルハヤートとアンサリアの声を聞きながら、堕落した地球産のジャンクフードと不健康まっしぐらな量のビールを幸せそうに交互に口に運ぶドンドバック船長を眺めて、そんな事を考えていたときだった。

 

 視野の端に白いものが動いているのに気付いた。

 そちらに視線を向けると、真っ白な猫が一匹地面からウッドデッキに飛び上がり、俺の方を見て真っ直ぐ歩いてくる。

 どうやらまた、オフを心ゆくまで楽しむためにネットワークを遮断している俺に、エピフィラムのAIであるパミーナからの伝言があるようだ。

 面倒な仕事が山積みである筈のアデールが戻ってくるには少し早すぎる。

 という事はまた別の面倒事か、或いは仕事か。

 ゆっくりと音を立てずに近付いてくる白猫を見ながら、思わず溜息を吐いた。

 

「マサシ。レジーナから伝言にゃー。エレ・ホバのイルヴレンレック商船互助組合からテキストメッセージにゃー。『仕事だ。連絡よこせ』だにゃー。」

 

 白猫は、どことなく優雅さを感じさせる佇まいのわりには、まるで地球のコミックか何かに出てくるキャラクターのような喋り方をした。

 違和感が半端ない。

 

 イルヴレンレック、か。

 そう言えばしばらくエベンツェチの顔を見ていないな、と短い柔毛に包まれてどこか人を食ったような顔で笑う男の顔を思い出しながら、無遠慮にも俺が座るビーチチェアのサイドテーブルの上に置かれた皿から、ツマミの生ハムをむしり取ろうと悪戦苦闘している白猫を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 さて新章です。

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