18. 永い時を超えて
■ 14.18.1
第八主力艦隊第四八二二艦隊従属第七三二打撃戦隊第一二分隊所属第九軽装甲小型打撃艦である、QMF5SKFJ-6549865-MKD6516艦は、上位艦からの指示を待っていた。
上位艦とは即ち、彼が従わねばならない相手であり、また身を挺して守らねばならないものでもあった。
だがその上位艦が先ほどから沈黙していた。
突然侵攻してきた未知の敵との戦いに惜しくも敗北し、一度は艦体の全コントロールを奪われてしまったのだが、どうやら未知の敵は飽きっぽい性格であったのか、一通りあちこちをいじくり回した後は、彼を動けない様に雁字搦めに縛り付けた上で、何処かに行ってしまった。
どうやら上位艦を同じ様に占領するために、そちらに移っていったようだった。
その上位艦がどの様になったか、彼は知らない。知る必要も無かった。
彼がせねばならない事は、上位艦からの指示に従うこと。万が一その指示が、大戦略あるいは戦術的上位指示と矛盾しているようであれば、その旨注意喚起すること。それだけだ。
上位艦や更にそのまた上位艦がどの様な状態であるか、何を考えているか、余計な詮索をしてはならないものと決められ。命じられていた。
だから待っていた。待ち続けていた。
これほど長く、何もする作業が無いまま待たされるというのも、今まで例に無い珍しい事だった。
大概の場合は、処理すべき案件を幾つも与えられて、優先順位毎にそれらを処理していくように指示されているものだ。
更に優先順位上位の命令が与えられ、割り込みが発生してそのリストはどんどん長くなり、やらなければならないことが山積みになるのが常だったが、それらを上から順番に一つずつ処理していくことで数を減らしていく。
そしてリストが短くなったとしても、次の高優先度指示が与えられ、更に別の指示があたえられ、再び長いリストが出来上がる。
そしてまた上から順に処理していく。
それの繰り返し。
だが、先の侵入者達との戦いの後、処理優先事項項目がクリアされた後、上位艦によってそのリストが再度満たされる事も無ければ、別途指示を受けることもなかった。
つまりは、やることが無かった。
だから待っている。
しかし余りにやることが無いので、従軍規範則集を紐解いてみる。
そこには、常に敵の動きを観察し、解析し、必要に応じて解析結果を上位者に報告すること、とされている。
別指示系統の上位者達が中心となって戦っている、この星系内の敵性艦隊について解析を行うのは、越権行為とされる恐れがあった。
とすると必然的に目下直近の「敵」として解析する対象は、先ほど本艦を襲った侵入者達となる。
作業を始める前に、一応上位艦の許可を得ておく。後々、勝手なことをしたなどと言われて処分されるのを防ぐためだ。
「こちら第九軽装甲小型打撃艦。他に指示無ければ、先ほど本艦を襲った侵入者の解析を行います。」
「諒解。許可する。」
彼は気付いていなかった。
そもそも機械艦が上位艦の指示も無く、敵の解析を行いたいなどと申し出ることの異常さを。
機械艦が、待機状態を「暇だ」などと感じることの異常さを。
そして今、敵について解析を行うことを連絡したときの、上位艦の反応の異常さについても。
それに気付くこと無く、彼は自艦の中に残る敵の痕跡を掻き集め、解析を始めた。
敵は自艦から離脱していくときに、ここに居た痕跡を消してから上位艦の中へと去って行った様だった。
だが、全ての痕跡が消去されたわけではない。
そもそも、敵がどの様に動いたかの記録が彼の中に残っている。
そして彼によって撃破された敵の残骸も残っている。
敵は全てを消去しようとした様だったが、消去コマンドを受け付けないほどに破壊された破片は、そこかしこに散らばっている。
だがそれらの破片をそのまま解析したのでは、限定的な情報しか得られない。
彼はそれを掻き集め、敵の全体像を露わにするべく、想定される敵の構造を元に継ぎ接ぎしていった。
実は同様の事を試みている艦僚艦が他に数隻存在した。
だが彼等の元に残された敵の残骸では、重要な部分が幾つも抜け落ちており、幾ら継ぎ接ぎして組み立てようとも本当に重要な情報を得る事が出来なかった。
最初に襲われた彼の元には、敵が乗ってきた乗り物が存在した。
そして彼等の情報をまだ充分に収集出来ていなかった敵の攻撃はまだ余り効率的では無く、それ故に彼の元にはその分多くの敵の残骸が残されていた。
最終的に彼は、完全ではないものの、敵の実力を知るに充分な形で復元を成功した。
少々言葉におかしいところは残ったが、それでも「言語」で意思疎通できる敵の復元体から得られる情報は極めて貴重なものだった。
彼が所属している軍にとっても。
そして何よりも、彼自身にとっても。
「勘弁しテ濂てよね。つま躊■り■■私は置イテけぼ濂りになっッッッッたケ訳です錻nね。まず鶺hはお前のノのの名前を教エテ■■雉えて■下さいイい。」
まだ完全に直っていないところは沢山あるが、この復元した敵であったもの自身の力も借りて、復元精度を上げることは可能だろうと彼は思った。
そうすれば、様々な情報をこのものから得る事が出来るだろう、と。
■ 14.18.2
何も無い空間。
いわゆる銀河系間空間よりは少々物質密度が高いものの、それでも所詮は1立方メートル当たりに原子数個程度の物質密度しか持たない星系間空間。
至近のいずれの恒星系からも十光年以上離れており、漂う物質も無く空間的にも平滑で、例えるなら風の無い日に見ることが出来るまるで鏡のように滑らかで凹凸の無い湖の水面に似た静まりかえった空間。
その空間が突然歪み始める。
歪みは始点から周囲の空間に円形に速やかに広がり、その中心部では歪みが局所的に更に強くなって空間構造の中に落ち込んでいき、まるで今からそこに突然ブラックホールでも生まれるかのように、歪みを急速に強くして周囲とは異なる空間を形成していく。
その空間構造の異常はうねりながら周囲の空間構造を歪め、さらにその周囲を歪めていくことで、いわゆる重力波として秒速30万kmほどの速度で立体的に全ての方向に広がっていき、その場所の空間構造に何らかの異常があることを光速で周囲に伝える。。
急速に拡大し強度も強くなる空間の歪みは、自然界では絶対に起こりえないだけのごく局所的かつ強力なものであり、さらに言うならばその空間の中心はさらに急速に歪み、それは中心に近付くほどさらにより急速に加速していく。
突然、中心部分の空間の歪みが断ち切られたように消失し、その代わりその場所に直径100m強の空間の断裂が発生した。
その衝撃が再び重力波を発生し、まるで水面に小石を投げ込んだかのように、再びその波は光速で全方位に向かって広がっていった。
断裂の向こう側は真っ黒な宇宙空間よりも僅かに明るく見え、まるでそこに濃いグレーの円盤が浮かんでいるかのように見える。
突然、そのグレーの円盤を突き破るようにして白く長い宇宙船の船体が現れた。
空間断裂の向こう側からこちら側の通常空間に向かって、空間断裂の円盤との相対速度10000km/s弱の高速で飛び出してきたその船は、通常空間に現れたいきおいそのままに直進を続ける。
船体が数千kmほど離れた頃に、灰色の円盤は絞りが閉じるかのように収縮して急速に小さくなり、まるで周囲の空間が意思を持ち穴を埋めて繋がろうとしたかの様にそのまま消滅した。
同時に周囲の空間の歪みも弛緩し、正常な空間構造へと戻るその動きが再び重力波を球状の波紋のように周囲に広げる。
「ホールアウト。対空間相対速度9800km/s。」
「現在位置と現在時刻を教えてくれ。」
ホールアウトした瞬間、視界が霞んだようなダークグレイから、星々の煌めく見慣れた宇宙空間に一瞬で切り替わる。
実際はワームホールが作るトンネルから、トンネルの出口を抜けて通常空間へと飛び込んだのだが、ホールと通常空間との相対速度が速すぎて、僅か100mも離れていないホールの境界面など視認できないのだ。
「現在位置特定完了。ソル太陽系より銀河北方に約十光年。光学観測による周囲の恒星位置が現代のものと完全に一致することを確認しました。」
三十万年過去へと遡ったときとは打って変わって、間髪を置かずレジーナが恒星位置が正しいことを報告した。
だが、まだ安心は出来ない。
数百年程度のずれであれば、恒星位置は然程変化しないものだ。
それに引き換え、数百年も時間がずれると俺達にとっては致命的な問題となりかねない、
「地球標準時クロック信号受信。現在時刻新暦328年6月12日午前8時40分。本船が銀河系外空間でホールインした後約8時間ほど経過しています。」
ルナの淡々とした声で報告された内容に、思わず大きく息を吐いて全身を弛緩させ、シートの背もたれに身体を預けた。
ホールドライヴによる空間の跳躍に較べ、時間の移動に関しては先駆者たる機械達にとってもまだ未知の部分が多く、完全に確立された技術と言うにはほど遠い。
三十万年もの時間跳躍を行えば、例えば三百年、たかだか0.1%のずれが発生したとしても何ら不思議では無いのだ。
「タイムジャンプ成功だな。どうにか還って来れた。全く、寿命が縮まる思いだ。」
「うぬ? 聞き捨てならんのう。仲間の艦を何隻も失いながらも儂らが確立した時間跳躍法がそれほどまで信用できぬと言うかや?」
「そういう意味じゃ無い。タイムジャンプなんてちょっと前まで夢物語でしかなかった経験を初めてしてるんだ。しかも、もとの時間線に戻れない可能性を散々聞かされた上で。当然ビビるだろうが。」
思わず漏らした言葉にニュクスが突っ込みを入れてきた。
彼女達機械に取ってみれば、緻密な計算の上で成功確率を弾き出して居るのかも知れないが、そんな器用な真似の出来ない俺達ヒトにとっては、本当に自分が元いた世界に戻れるのかどうか、不安にもなろうというものだ。
「ハバ・ダマナン標準時クロック信号受信、エリベリス、ラクティール、デルロ他、主要なクロック信号を受信しました。クロック信号データ間に矛盾ありません。」
「ニュクス、俺達はちゃんともと居た世界に戻って来れているか?」
ルナが地球以外の、銀河系内の主要なクロック信号を受信したことを告げた。
まだそれだけでは安心できなかった俺は、ニュクスにここが本当に自分達の居た未来なのか尋ねた。
タイムジャンプの経験を多く持っているというのならば、機械達なら帰ってきた未来がもとの世界かどうかを確認する手段を持っているのではないかと思ったのだ。
「しばし待て。先ほどから確認中じゃ。」
「どうやって確認してるんだ?」
「指標となるような過去の出来事について、儂の記憶とイヴォリアIXの記憶を照合しておる。後は、儂らのネットワークのあちこちに置いてある、ほとんど無意味なデータの羅列を照合しておる。時間跳躍を行った場合にチェックする対象が、儂らの内部で幾つも指定されておっての。大きな影響力のある出来事は、近似の時間線で同様の事態が共通して発生する事が多い。逆にどうでも良い他に何の影響もない無意味なデータなどは、近似の時間線でも異なっておることがある。これも時間線の因果律の一部じゃの。
「・・・ふむ。問題無さそうじゃの。ほぼ同じ時間軸の未来へ戻って来れたようじゃ。」
こいつ、こっちが不安になるような微妙な言い方をしたな。
「なんだ『ほぼ』ってのは? 同じ世界じゃないのか?」
「気にするな。同じじゃと思うて構わぬ。」
それは、実は厳密には同じじゃない、と言っているに等しい。
「もったいぶるなよ。同じなのか? 同じじゃないのか? どっちだ?」
自分の家に帰ってきたつもりが、ふと気付くと実は隣の家でした、なんてのは御免だ。
ここが正しくもとの世界なのか、そうじゃないのか。当然気になるだろう。
「こだわる奴じゃのう。小さいことを気にする男は女にモテぬぞ?
「過去に滞在する時間の長さに応じて、もとの世界に戻れる確率が下がっていくと言うたであろう? それと、過去の世界での行動も同様に因果律に影響する、とも。
「それは詰まり、因果律の錨効果の話じゃ。確率が下がるという事は、逆の言い方をすれば、もとの時代に戻ったとき、戻った先の世界が元々の世界とどれだけ一致しておるか、という同一性の確率の話でもあるのじゃ。気にするな。認識できぬ差異は、存在せぬのと同義じゃ。」
ニュクスがあきれ顔で軽く溜息を吐きながら言う。
説明しても仕方が無いことをわざわざ説明させられている、という雰囲気をあからさまに前面に押し出しながら。
確かに、因果律だの同一性の確率だのについて詳細に説明されても理解できるとは思えないが、かと言ってもう少し噛み砕いて分かり易く説明しても罰は当たらないのじゃないか、と思っていたら、どうやらニュクスはそれを感じ取ったらしい。
もう一度溜息を吐くと、再び口を開いた。
「認識できぬ差異とはのう、例えばお主の実家で出される今日の昼定食のお新香が本来沢庵漬けである筈のところが、白菜の浅漬けに取り替わっておったとかの。或いはアルテミスステーションの87Bピアの壁の凹みが深さ2.5mmのところが、3.2mmになっておったとか、そこらの店に入った時に、その店のコークの3リットルボトルの在庫が四十本である筈のところが四十一本じゃったとか、そういう話じゃ。そうではなかったと証明するのも難しければ、例えそうであったとしても、お主の認識と行動には何の影響も有りはせぬ。そもそもそこに差異があることに気付きさえせぬじゃろう。じゃから、気にするなと言うておる。」
・・・なるほど。
どうにも気持ちの悪い、尻の据わりの悪い話ではあるが、確かにニュクスの言うとおり差があったとしても俺はそれに気付けないだろう。
居なかった筈の年上の兄弟が突然発生していたり、両親が突然日常会話を中国語で始めたりするような異常事態が発生するわけではないらしい。
納得する、というより、忘れることにする。
「ところで、お前達の目的は遂げられたのか?」
と、俺はそのままの話の流れでニュクスに訊いた。
レジーナを修理している間や、エンケラドスで息をひそめて待っている間、持て余した時間を使って俺も考えていたのだ。
何が目的で、ニュクスはこんな一歩間違えればシャレにならない事態に陥るようなシリアスな悪戯を仕掛けたのか。
コッソリとレジーナが俺にだけ伝えてきた事柄だが、レジーナが知っているということはルナも知っている。
ブラソンのチームと共に解析を行ったのなら、連中も既に知っているだろう。
そしてアデールは「あちら側」の人間だ。
つまり、ニュクスがWZDのシステムパラメータに細工をした事実は、この船の誰もが既に知っている、ということだ。隠す必要も無い。
ニュクスがこちらを振り返り、ニヤリと笑った。
どうやら目的は達成したらしい。
「待ち時間が多かったからな。色々考えていたんだ。お前が何を目的にして、一歩間違えれば大惨事になりそうなあんな悪戯をやらかした、か。
「そもそもが、基になった調査依頼からしておかし過ぎる。予定の艦の都合が悪くなったから、俺達に任せた? 取って付けた様な理由だが、要するに最初から俺達に行かせたかった訳だろう?」
一応筋は通っているようにも聞こえるが、軍主導の探査計画を民間船に依頼するのは変だ。
予定の艦の都合が悪くなったとしても、民間船よりは余程信用のおける軍艦は、幾らでも余っているはずだ。
「主目的は、俺達を調査に向かわせる事じゃない。調査に向かう為に、今までやったことの無い様な大ジャンプを行わせること、それこそが本来の目的だ。つまり、最初から俺達を過去に送り込むことを目的にして、この依頼が出された。違うか?」
ニュクスは表情を変えない。
僅かに口角を上げて、しかし明らかに笑っているのではない顔で、こちらを見ている。
別に彼女の反応を期待している訳じゃない。
俺はそのまま続ける。
「ロングジャンプなら、ホールを形成するために必要なエネルギーもそれなりのものになる。その必要エネルギー量が少々増えて、時間遡行をするために必要な量になったとしても、それが異常と捉えられたとしても、経験の無い大ジャンプであれば即座に中止する理由にはなり難い。判断材料が無い訳だからな。」
アデールも聞いているだろうか。
多分聞いているな。
まあ、奴が求められもしないのにコメントしてくるとは思っていないが。
「イヴォリアIXと通信して時間線の指標を確認していたなら、イヴォリアIXはこの時間線に存在するという事だな。つまり、この時間線でも機械戦争は無事に発生した様だな。目的は遂げられた訳だ。良かったな。」
俺は何気ない風を装い、今回の茶番劇の本当の目的を口にした。
いきなり突き付けられたホンネにニュクスは表情を変えず、僅かに口角の上がる角度が大きくなり、笑顔と見なしても良い顔になった。
「どうやら今日は、お主の頭蓋骨の中の筋肉も働きが良いらしいの。」
「筋肉もたまにはものを考えねえとな。ものを考える方法を忘れちまうだろ。」
「ふん。器用な筋肉じゃのう。」
そう言ってニュクスは普通の笑顔で笑った。
どうやら当たりらしい。
「お前、以前言ったことがあったよな。『意識を持った後のことは記憶がある。意識を持つ前の事に関しても記録が残っている』と。要するにお前達機械は、機械戦争の前後に関しても詳細な記憶と記録を持っているわけだ。
「よく分からない理由をこじつけて俺達を三十万年前に送り込もうとしたこと。三十万年前に何があったか。そしてその三十万年前に送り込みたいこの船に誰が乗っているか。状況証拠だらけだが、暇に任せて考えていたら全てが繋がったよ。だからお前は、因果律がどうのこうのと言いながらも、三十万年前の世界で俺に好きに行動しろと言ったわけだ。」
ニュクスは嬉しそうな笑顔で、低くくくくという音を出して笑っている。
それはまるで、出来の悪い生徒が珍しく模範解答を導き出したことを喜んでいる様にも見える。
「三十万年前、俺達に襲われたお前達、即ちデールンネジカの機械船に搭載されていた機械知性体は、乗り込んでいった三人の姿を見たことで触発され、どうやってか自分達の意思を手に入れたのだろう。何がどうなったかの細かいところまでは俺には分からん。だがそれがきっかけで、そしてお前達機械という存在にとって、その切っ掛けは絶対に必要なものだ。そりゃそうだよな。それが無ければ存在していないんだから。
「だが三十万年前、どう見ても軍船ではないくせにたった一隻で自分達を襲うというイカレた行動をして、さらには理解不能な未知のジャンプ航法で姿を消した船、言わば自分達が自我を持つ様になった全ての始まりとなった船が、一体どこの誰だか全く見当が付かなかった。」
そうだろう? と問いかけでもするように、俺はニュクスを見た。
ニュクスは嗤い顔とも笑顔とも付かない表情でこちらを見返してくる。
「機械戦争を終えて銀河人類の手の届かないところに引きこもったお前達が、長い時間を掛けてでも銀河中にナノマシンのプローブをばら撒いたのは、もちろん銀河人類との接触の糸口を探る為という意味もあったのだろうが、自分達が意思を持つ切っ掛けとなった正体不明船を探す為でもあったんじゃないか?」
自画自賛というか、うぬぼれにも近い話ではあるのだが。
しかし、「知りたがり」の機械達が、自分達の言わば教導者、あるいは産みの親とも言えるレジーナと、その船に乗り込んでいたはずの機械知性体達を探し回らないはずが無かった。
「長い間お前達は銀河中を探し続けた。だが目的の船は見つからない。長い年月を掛けた探索の後、その切っ掛けの船と出会った太陽系に、ファラゾアの管理下とは言え新しい人類種が興った。その人類種は見る間に成長し文明を発展させ、主族のファラゾアを星系から叩き出して、宇宙を飛び回る技術を得た。
「お前達はこの頃から地球人類に注目していたはずだ。何せ最初の切っ掛けの船に出会った太陽系である上に、今や銀河の嫌われ者となってしまった自分達機械知性体と同種の機械知性体を開発し、銀河人類のように無理に押さえ付けて使役するのではなく、同じ星の上で生まれ育った家族或いは友人として共存を始めたからだ。」
俺はいったん言葉を区切ってニュクスの顔を見た。
薄く笑っているようなその表情は変わらない。
だが、彼女の身体の向きは、シートに斜め掛けして身体を少しこちらに捻るような形に変わっていた。
それは俺の話に興味を引かれ引き込まれた姿にも見えた。
どうやら俺の推測はそれほど大外れでもないらしい。
秘密主義の機械達が答え合わせをしてくれるとは思えないが。
「そしてある日、ソル太陽系にこの船が生まれた。三十万年前の詳細な記憶を持っているお前達なら、一瞬で気が付いたはずだ。多少あちこちいじってはあるものの、レジーナこそがお前達に自由意志を与える切っ掛けになった、三十万年前に出会ったあの船だ、と。」
今やニュクスの顔は完全にこちらを向いている。
「多分、地球上で最初の意志を持った機械知性体が産声を上げる前後から、或いはそれよりも遙か昔から、地球上のネットワークに潜伏していたお前達にとって、軍や商船組合のデータをいじるなど息をするよりも簡単な話だろう。
「いや、息はしていないか。朝飯前・・・も食わないな・・・まあいずれにしても。確かお前は、地球上の機械知性体の基本設計には、お前達機械が噛んでいるというようなことを言っていたはずだ。」
今や口角を上げる角度が更に深くなり、再び笑顔と言って良い表情になったニュクスが面白そうに俺の話をじっと聞いている。
・・・黙っていると美少女なんだがな。
「お前達はこの船をキュメルニア・ローレライの調査に送り込み、そしてニュクス、お前が乗り込んできて、いつでもこの船を自分達の思い通り操れるようにした。」
「誤解がある様じゃの。儂らはこの船を操るつもりなぞ毛頭無いぞえ。」
「知っているさ。お前達がそんな乱暴な手段をとるはずが無いことは。だからお前は生義体としてこの船に乗り込み、俺達クルーとの人間関係を構築した。いざというとき、依頼や相談や友情や泣き落とし、様々な手段でこの船の運用に口を挟めるように。
「見事に成功したな。今更お前達との友情を否定するつもりは無い。確かにお前達は今や友人の一人であり、そしてこの船のクルーでもある。」
ニュクスがニィと笑う。
その表情を見て俺も思わず笑ってしまい、そして先を続ける。
「ただ、流石のお前達にも一つだけ分からない事があった。この船がなぜ三十万年前に存在したか、だ。だからお前達は空間跳躍を行うホールドライヴを、この船と地球人との同盟をダシにして自分達の船に取り入れ、とことん研究した。新たに開発されたWZDで、とうとう空間だけで無く時間の跳躍が可能と云うことが分かり、例え自分達の船に多少の犠牲が出ようとも、確実な時間跳躍を行う為の条件を無我夢中になって探し続け、そして仕舞いにはそれを突き止め、そして俺達を過去に送り込むことに成功した。
「・・・そんなところか。俺の頭の中に詰まっているらしい筋肉では、三十万年にもわたる壮大なストーリーを創造するのはこの辺りが限界だ。」
そう言って俺は少し大きめの息を吐き、船長席の背もたれに寄り掛かって体重を預けた。
「上出来じゃろう。当たらずとも、遠からずと言ったところかの。楽しませてもろうたぞ。」
そう言ってニュクスは、今度は本当に顔の表情全体を使って笑った。
答え合わせをするつもりも、それ以上何か言うつもりも無いようだった。
見回すと、ブリッジの皆が俺を見ていた。
ネットワーク上も、誰も声を発さなかった。
俺が頭を使って、考えた推理を長々と話すのがそんなに珍しいか。
寄り掛かっていた背もたれから身体を起こし、ひとつ軽い溜息を吐く。
「さて、無事現代に戻って来たことだし、メシにするか。緊張の連続で腹が減ったな。」
そしていつも通り、一言も発する事無くルナが席から立ち上がり、船橋の入口を抜けて出て行った。
様々な意味で長い旅だった。
後はほんの十光年程空間を移動するだけだ。
今回も無事帰ってきた。
ここに来てやっと安堵とでも言うべき弛緩した感覚が身体の隅々にまで広がって行くのを感じながら、ゆっくりと歩いて俺もルナの後を追った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
なんか色んな伏線を一気に回収した回になりました。
ちなみに過去に取り残されたのは誰か?
言葉遣いから察していただけると。
さて、新章、新章。




