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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
43/82

17. 青い星


 

 

■ 14.17.1

 

 

 それから後は、先ほどまでの面倒ごとの連続が嘘だったかのように何もかもが順調だった。

 

 ブラソン達は程なくして木星方面に出張っていたデールンネジカの侵攻艦隊の旗艦を陥落させ、この星系の中に存在するデールンネジカ勢力を全てコントロール下に置いた。

 ニュクスは修理が完了していないレジーナを修復し続け、補修用資材、あるいは修理用ナノマシン原料としての水が潤沢に供給される中、予告した60分よりも短い時間で作業を完了しレジーナは万全の状態に戻った。

 レジーナはエンケラドスから放出される水を燃料タンクに蓄え続け、ニュクスの作業が終わった時点でさえ彼女の燃料タンクはフル充填状態で、この小さな衛星から飛び立ち、そして俺達が元々住んでいた時代に戻るための準備を完了していた。

 

 俺はと言えば、三十万年前のソル太陽系を離れる前に、この星系内に存在するデールンネジカ勢力を一掃しようと企んでいた。

 それが少々無理をしてでもレジーナに満載の燃料を蓄えることにこだわっていた理由だったのだが、ニュクスの横槍でそのお楽しみを奪われてしまった。

 そのために不必要なほどにこだわり燃料を満載する為に冒した危険が全くの無駄になってしまったが、それはまあいい。

 結果的にレジーナは完全に修理が終わり、燃料も満タンだ。結果オーライとしよう。

 

「ただホールショットをぶち込むだけなんぞ手間ばかりかかって面白うもない。儂に任せよ。」

 

 そう言ってニヤリと笑ったニュクスは、ブラソン達が墜としたばかりのデールンネジカの木星方面侵攻艦隊旗艦のコントロールを譲り受けた。

 レジーナ船体を修理しながらで大丈夫なのかと少し心配したのだが、レジーナの修理など彼女にとっては鼻歌交じりでやっつけられる程度の作業負荷でしか無いらしく、嬉々としてデールンネジカ艦隊を操り始めた。

 

 この過去の世界に対して大きく干渉すればするほど、もとの未来に戻れる確率が下がると云ったのはニュクス自身だ。

 そして、もし俺が帰れなくなるほどに過去に干渉し始めたら止めてくれると云ったのも彼女だ。

 そのニュクスが自分からやると言い出したのだ。

 もとの時代に確実に戻れる担保を保った上での行動だろうと、ニュクスの好きにさせることにした。

 

 木星軌道の少し外側で、数の上では劣勢ながらもファラゾア艦隊に対して優勢に戦いを進めていたデールンネジカ艦隊が、ブラソンのチームによって旗艦を乗っ取られ、動きが鈍ったことで大きく勢いを削がれた。

 ニュクスがそれを操り、艦隊を散開させてファラゾア艦隊を包囲する様に布陣を変更した。

 

 包囲戦は、包囲する側が圧倒的多数であるときに最大の効力を発揮する。

 自軍よりも数的に多い敵艦隊に包囲された艦隊は、周囲から集中する火線に急速に削られ、逆に包囲する敵への反撃は火線を集中できず、また火力も十分では無いために有効な損害を敵に与えることが出来なくなる。

 結果、圧倒的多数の包囲側は殆ど損害を受けることなく、そして包囲された側は殆どまともな反撃も出来ず一瞬で磨り潰される。

 

 逆に、包囲する側が少数であった場合。

 包囲する側にしてみれば、自陣のど真ん中を敵艦に集中して突破されている状態に似た状況に陥る。

 敵艦隊の周囲から火線を集中させようとも、自陣の中央に存在する敵に希薄な包囲網を次々に喰い破られ火力が減衰し、結局は敵の周囲から集中攻撃出来る優位性を急速に失って各個撃破され敗退する。

 ニュクスはその陣形を、火力で勝ろうとも数で劣るデールンネジカの艦隊にわざと取らせたのだった。

 

 その結果、優位であったはずのデールンネジカ艦隊はファラゾア艦隊に次々に撃破され、瞬く間に劣勢に陥る。

 独自の判断力を持たない機械艦はともかく、ヒトの生体脳が搭載された各戦隊旗艦はその無意味な布陣に疑問を持っただろうが、機械艦のみならずヒトの乗った戦隊旗艦に対しても上位艦からの指示が絶対であるデールンネジカ艦隊の特性を巧く利用して形成を逆転させたのだ。

 

 一旦形成が逆転してファラゾア艦隊が有利になれば、意味不明の指示を出し続ける艦隊旗艦の指揮能力に疑いを持ち、例え離反する戦隊が発生しようとも、すでに数でも火力でも完全に劣勢に立たされたデールンネジカ艦隊に形成を巻き返すだけの力はもうなくなっている。

 艦隊旗艦からの馬鹿げた自殺命令を無視して離脱し、一度形成を整え直そうと戦域から離脱する動きをファラゾア艦隊に捉えられ、数でも火力でもすでに優位となったファラゾア艦隊からの集中攻撃を受けて戦隊は見る間に数を減らし消滅していく。

 

 自身はレジーナの船橋に居てそこからレジーナ船内のネットワークを介して量子通信機を使用し、この時代ならではの量子データ通信の直接接続を使って、すでに抵抗する力など取り払われ言いなりの状態にあるデールンネジカ艦隊旗艦に対して自滅に突き進む指示を出しながら、観測用センサープローブとデールンネジカ艦隊から送られてくる索敵情報の上で、連中の艦が次々に撃破され数を減らし全滅の道へと突き進んでいくのを始終クスクスと機嫌良く楽しげに笑いながら眺めている。

 

 あり得ないほどに清楚に整った顔の幼女が楽しげに微笑んでいる姿は見る者を魅了し一見の価値有りと言ったところだが、その実その幼女が機嫌良さそうにやっていることはたかだか数百隻の小規模な艦隊とは言え、正規軍の宇宙艦隊に意に沿わない命令を出して無理矢理従わせることで破滅への道を自ら突き進ませて、一隻また一隻と撃沈され破壊されていく姿を嬉しそうに眺めて楽しんでいるのだと知れば、ニュクスの正体を知らなければ彼女の正気を疑い、その余りに美しくそして不気味な姿に恐怖するだろう事間違い無しだ。

 

 胸くその悪くなる話ではあるが、しかし確かに地球人類が今の地位と繁栄を得るためには、ファラゾアとの接触とその支配から独立するための戦いが絶対に必要だった。

 そのファラゾアがソル太陽系から駆逐されてしまうのは、今は洞窟に住み原始的狩猟生活を送っている地球人類の将来のために宜しくないと、デールンネジカ艦隊を叩いて少なくともソル太陽系から撤退せざるを得ない痛手を負わせてやろうと、俺も確かに思っていた。

 

 しかし今のニュクスが行っているほど徹底的に、殲滅戦となるほどにも無残に負けさせてほぼ全滅させようとまでは思ってはいなかった。

 楽しそうにデールンネジカ艦を破滅に追い込むニュクスを後ろから見ていて、薄ら寒い思いがした。

 万が一、いまだ機械達を忌み嫌う銀河種族の誰かがその姿を見てしまえば、やはり機械達というのは悪鬼や魔物の類であるという認識で間違いないと再確認させてしまうような姿だ。

 俺でさえ、もしかするとニュクス個人、或いは機械達は、デールンネジカに対してなにか特に積年の恨みでも持っているのではないかと勘ぐってしまうほどだった。

 

 木星方面に侵攻していったデールンネジカ艦隊がほぼ壊滅したところで、レジーナの修理も完了していた。

 これ以上余計なことはせず、とっととエンケラドスから離陸してソル太陽系を離れ、安全な場所で未来に帰還する準備を進めるべきだった。

 

「土星ステーションと、ステーション直援艦隊が残っているが、こっちはいいのか?」

 

 デールンネジカ艦隊を潰すことに格別の楽しみを覚えている様に見えるニュクスに思わず尋ねてしまった。

 俺からの質問を受けたニュクスは、心なしかつまらなそうにチラリとこちらを見た後に言い放った。

 

「まあ良かろ。すでに無力化して何が出来るわけでもないしの。あのまま放っておけば、指揮系統を失って無抵抗の直援艦隊は、その内ファラゾアが片付けてくれるじゃろうて。ステーションは元々奴等の持ち物じゃ。どうとでもするじゃろ。」

 

 土星ステーション直援艦隊の周りには戦う対象となるようなファラゾア艦隊もおらず、またレジーナから砲撃したとしても、例え相手が軍艦であっても静止目標に対する攻撃はただのつまらない七面鳥撃ちになるのが面白くないのだろうか。

 

 だが確かにニュクスの言うとおりだ。

 土星ステーション直援艦隊は、実は三つの戦隊規模の艦隊から構成されている。

 即ち、それぞれの戦隊の指揮艦である戦隊旗艦にはヒトの生体脳が組み込まれており、本来なら戦隊旗艦の指揮のもと他の機械艦が活動する。

 ところが、ブラソン達のチームが直援艦隊を乗っ取った際にかなり激しく抵抗し、さらには指揮権を乗っ取られた後も隙あらば指揮権を取り返そうと動く生体脳の動きが鬱陶しくて、終には生体脳そのものをハッキングして無力化したと言うのだ。

 ハッキングされ意志を破壊された生体脳は、外部から入力された指示に単純且つ従順に従う、意志の無い機械と変わらない。

 

 俺やブラソンも脳内にバイオチップを持ち、ネットワークを通じて様々な情報にアクセスすることが出来、またAAR画像の表示や光学情報の記録など、本来ヒトの脳が持つはずの無い機能を使用することが出来る。

 デールンネジカやファラゾアが使用している生体脳も当然同様のバイオチップを脳内に持っており、生体脳ユニット外部とのインターフェースや思考加速補助などの役割を担っている。

 

 バイオチップをI/Fとして体外のネットワークに干渉できるということは、バイオチップをI/Fとして脳に干渉できるという事でもある。

 以前、ブラソンとは旧知のハッカーであったバディオイが犯罪奴隷に堕とされていたのに出会ったが、あの奴隷に対するメンタルブロックなどはまさに外部からの干渉の筆頭例だ。

 勿論、一般の人間が普段の生活の中で外部から簡単に思考を操られたり身体を乗っ取られたりするなどあってはならないことで、通常はバイオチップの機能の一つである何重もの強固なプロテクトがかかっており、本人の承認が無ければまず絶対に外部からの干渉を受けることはない。

 

 だが、そこはブラソンと奴のチームだ。

 俺達のような持って生まれた身体に植え込まれたバイオチップよりも、より強固なプロテクトを持っているであろう生体脳を、いつまでも激しく抵抗するのが鬱陶しいという理由でハッキングしてしまった様だった。

 もちろん、生体脳であろうが人体の中の脳であろうが、生きている人間の脳をハッキングするのは重大な犯罪行為だ。

 だが、奴等がそんなことを気にするはずもなく、また三十万年前の、戦場と化したこのソル太陽系で違法行為を働いたところで、誰のとがめを受けるわけでもなければ捕縛されるわけでもない。

 

 そもそも、交戦規定にがんじがらめで、お上品なスポーツのような汎銀河戦争ではあるが、その交戦規定から以外のところでは実は割と無法状態となっている。

 当然だ。異種族間で戦争をしているのだ。

 戦場では日常生活の中での違法行為が違法では無くなる。

 戦闘の中で電子的手段で敵艦を攻撃するのも当たり前の攻撃手段で、敵艦のネットワークだけで無く、その中央演算システムまで全て陥落させる事を目的に攻撃するのは当然のことだ。

 その中央演算システムが、量子回路で形成された電子的なものか、動物性蛋白質で形成された、もとはヒトの頭部に収められていたものであるか、程度の差でしかない。

 

 話を戻そう。

 

 土星ステーションの直援艦隊は、このまま放置しておけばニュクスの言うとおり、土星の補給ステーションを再占領するためにやってきたファラゾア艦隊からの集中攻撃を受けて全滅するか、或いは生体脳が心神喪失状態になっているところに付け込まれて、自滅する指示を受けて自爆させられるかするだろう。

 列強種族の中では比較的大人しい部類とされるファラゾアだが、とは言え眼の前に居る敵に容赦するとは思えない。

 

「船体修理は完了だな?」

 

「とうに終わっておる。」

 

「燃料は満タンだな?」

 

「はい。残燃料100%です。燃料取得のためにエンケラドスの地殻に開けた穴も塞ぎました。」

 

「オーケイ。ファラゾア艦隊は?」

 

「土星周辺宙域到着まであと230分です。」

 

「ブラソン達は? 全員戻って来ているな?」

 

「戻るも何も。全員最初から本体はずっとここに居る。余計な痕跡は消した。問題無い。」

 

「良し。レジーナ、離床する。離床後1分でホールイン、念のためソル太陽系から十光年ほど離れて、平滑な空間に出てくれ。そこでタイムジャンプを行う。帰ろう。俺達が居た時代に。」

 

「諒解。離床します。加速2000G。船体各部チェック・・・オールグリーン。ホールインまで45秒。」

 

 遠く小さく輝く太陽の光を受けて白銀色に輝くすらりとしたレジーナの船体は、全球が氷に包まれた衛星の表面を離れ、漆黒の宇宙空間へと飛び出した。

 太陽系北方に向けてぐんぐん加速していくその優美な船体は、しばらくした後に空間を穿つ小さな穴に向けて突っ込んで行き、俺達のご先祖様が何も知らずただ懸命に日々を生き延びる為に戦っている青い惑星が存在するこの太陽系を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 うーん・・・会話が少なくてちょっと読みにくいっすかねえ。

 次話も似た感じになってしまいます。スマヌ。

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― 新着の感想 ―
おっ、やっと元の時代に帰れる。帰れる、、帰れる、、、帰れる、、よね、?
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