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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
41/82

15. 隠遁


 

 

■ 14.15.1

 

 

 虚空から数百km/sの速度でミサイルが飛来する。

 レジーナは船体上面両舷に設置されている口径1800mmレーザー砲であるA砲塔とB砲塔を忙しなく動かし、高速で接近してくるミサイルを迎撃する。

 土星補給ステーションから出撃したデールンネジカの戦闘機群はいまだエンケラドスの地平線よりも下に位置しているため、手持ち無沙汰のレーザー砲でミサイルを迎撃しているのだ。

 ただ、その迎撃行動は常識的では無かった。

 俺は、水の精製と戦闘機群を迎撃するミサイルの生成で負荷を掛けているニュクスの代わりに砲塔を操作しているレジーナに対して、本船から外れたところに着弾すると予想されるミサイルを撃墜するように指示していた。

 

 レジーナに直撃するコースで突っ込んでくるミサイルは、船体から500mほど離れたところに展開した分解フィールドに突っ込んで無効化される。

 その分解フィールドを外れて、レジーナではなくエンケラドスの表面に着弾するミサイルを迎撃するように言ったのだ。

 直径僅か250km、質量にして(ルナ)の6000万分の一程度しかないエンケラドスに、相対速度数百km/sもの速度を持ったミサイルが一箇所に集中して大量に着弾して爆発すれば、エンケラドスの軌道が変わりかねない。

 軌道が変わっても土星系を逸脱するようなことはないだろうが、それでも少なくともエンケラドスの地表を覆っている氷の層に深刻なダメージを与え、俺達が本来生きている時代、三十万年後にエンケラドスが本来あるべき姿にどれほどの影響を与えるか分からなかった。

 

 俺は別に環境保護主義者というわけではないのだが、俺の行動がもとで、生まれ故郷である太陽系が本来の姿を失った未来を見る事になるのが嫌だった。それだけだ。

 そもそもそういうことの積み重ねが、ニュクスの言うところの因果律を低下させることになるのだろうし。

 という訳で、本来するつもりもなかったエンケラドス防衛戦を行う羽目になったのだが。

 そのミサイルがまた、ご丁寧にランダム機動をしながら飛行するタイプだった。

 着弾精度を上げるために目標に突入する直前にランダム機動を解除するタイプというのもあるのだが、どうやら今対応しているデールンネジカのミサイルは、着弾精度を上げるよりも迎撃されないことに重きを置いたタイプのようだった。

 着弾する直前の最後の瞬間までランダム機動をしており、それを撃墜しようとするレジーナの砲塔が休みなく忙しなく動き回っている。

 

 上を見上げると、星空に時々火花のような光がぱっと散るのが見える。

 撃墜されたミサイルの弾頭が爆発する光だろう。

 遙か彼方に見えるが、ミサイル自体は数百km/sの速度で接近してきている。

 すぐにここまでやって来るだろう。

 

 不意に視野の端で閃光が煌めき、そちらに眼をやるとエンケラドスの地表から大量の雪と氷が吹き上がるのが見えた。

 撃ち漏らしたミサイルが着弾したのだ。

 立て続けにレジーナの周囲で幾つもの閃光が煌めき、それと同じだけ雪と氷が星空に向かって吹き上がる濃密な雲が発生する。

 

 突然視野が真っ白に遮られ、レジーナの船体にガツガツと無数の固い何かがぶち当たる音が伝わってくる。

 

「何だ?」

 

「撃ち漏らしたミサイルが一発、クレバスの底で爆発しました。重力アンカーで集めた水の塊が吹き飛ばされました。分解フィールド展開位置を変更して対応したので、本船への被害は殆どありません。水の塊も20秒ほどでもとの量に戻ります。実質的損害はありません。」

 

「諒解。」

 

「ミサイル第一波終了。本船の分解フィールドで十二発のミサイルを無効化。エンケラドスに着弾したものは五発です。

「デールンネジカ戦闘機群が地平線の上に出ます。迎撃開始。」

 

 どちらかというと、ここからが戦闘の本番だ。

 地平線から上に出たばかりの戦闘機は、クレバスの中に身を顰め船体のほとんどを隠しているレジーナとの間に有効な射線が確保できず、命中弾など殆ど出ないだろうが、時間が経つにつれて戦闘機群が見える仰角が大きくなってくるとレジーナの姿も丸見えになる。

 そうなると、レーザーを主体に攻撃してくるであろう戦闘機の攻撃から身を守る術はない。

 まあ、全く手が無いわけでは無いのだが。

 

 ニュクスが合成する度に撃ち出していたミサイルと、ホールショットで撃ち出した十発のシェルで、当初三十二機居た戦闘機群は十七機にまで数を減じている。

 百発以上のミサイルと十発のシェルを消費して、やっと十五機の戦闘機を墜とすことが出来たのだ。

 十七機も残っている戦闘機を今からレーザーでなんとか墜とさねばならない。

 

 ガトリングレーザーや、十門のGRG、大量のミサイルを装備するシリュオ・デスタラならその程度苦もなく墜としてしまうだろう。

 だが、所詮貨物船でしかないレジーナは彼女ほど武装しているわけではなかった。

 貨物船であるレジーナ並みの紙装甲しか持たない戦闘機は、当てさえすればレジーナが搭載している武装でも簡単に墜とせる。

 だが、当たらないのだ。

 

 特に期待外れだったのはホールショットを使って発射したスプレーガンシェルで、最初の一発こそは戦闘機群が密集していたため七機も撃墜できたが、警戒した戦闘機群が散開してからはほとんど撃墜できなくなったのだった。

 シェルひとつで千発もの弾丸をばら撒くとは言え、広大な宇宙空間で密集隊形であっても何十kmという間隔をとっている編隊に対しては、その片隅をちょっと筆で撫でた程度の範囲でしかない。

 精確に敵位置を観測しながら放つホールショットのような特殊な攻撃法以外は、宇宙空間での物理弾頭は余り有効ではないという見本の様なものだった。

 

「撃墜一。敵戦闘機残り十六。敵機のランダム機動(RDM: Random Ditching Maneuver)により命中率が上がりません。敵戦闘機群距離8万km。命中率は向上するものと思われます。」

 

 敵戦闘機群を示す赤色のマーカが、視野の中でエンケラドスの丸い地平線から上に向かってゆっくりと上っていく。

 戦闘機隊はすでに砲撃を始めているらしく、レジーナの周りの地表で閃光と共に爆発が起こり、白い雪と氷が飛び散る。

 まだ角度が浅いので、船体上面をクレバスの縁ギリギリに覗けて、船体の大部分をクレバスの中に隠した状態のレジーナに直撃弾は出ていない。

 しかし、敵戦闘機隊がもっと近付いてきて角度が付き、レジーナの船体が見えるようになれば命中が出始めるだろう。

 そうなる前になんとか敵戦闘機の数を減らせられれば良いのだが。

 

「撃墜一。残り十五。敵機群全体がRDMの頻度を上げました。静止時間約0.8秒。」

 

 どうやらデールンネジカの戦闘機は機械制御だったようだ。

 ランダム機動は、頻繁に自分の位置を変えて特に十万km以上の距離からの砲撃の命中率を大きく下げることが出来る。

 一瞬の静止時に攻撃を行い、すぐに移動してまた一瞬静止して攻撃する、と言う動きを延々と繰り返すのがランダム機動(RDM)だ。

 当然静止時間が短ければ短いほど被弾する可能性は低くなるが、だからといって静止時間が短いほど良いかというと、実はそうでも無い。

 静止時間が短ければその分だけ攻撃を行う時間が短くなり、あまりに短時間のレーザー照射では敵に有効な損害を与えることが出来なくなる。

 

 それだけでなく、静止時間を極端に短くすると人間の脳は頻繁過ぎるランダムな移動に付いていけなくなり、敵を見失ったり、自分の機位を見失ったりする。

 戦闘空間で機位を見失うのは致命的な問題だ。

 敵を見失うのはもちろんのこと、自分がどこに居てどっちに向いているか分からなくなってしまえば、正しい回避行動を取れなくなり、逆に被弾率が上がってしまうような事態になりかねない。

 そもそも自分の位置が分からなくなるのだから、当初予定していた攻撃行動を取れなくなり、結果的に大負けするか或いは撃墜されることになる。

 

 それは裏を返せば、ヒトの脳のような温い反射神経といい加減な平衡感覚しか持っていないから機位を見失うのであって、レジーナ達機械知性体が持つ鋭敏で絶対的な感覚さえあればこの問題は解決する。

 ヒトが操る船舶であれば静止時間は1秒程度が限界であり、RDMを長時間続けるのであれば1.5~2秒が限界であると云われている。

 デールンネジカの戦闘機群が静止時間1秒未満のRDMを行っているという事は、戦闘機はヒトではなく機械によって操縦されているものと見た方が良いだろう。

 

「分かってはいたけれど、当たらないな。」

 

 俺は眼の前に広がるエンケラドスの地表の上に表示され、ゆっくりと高度を上げていく戦闘機群のマーカを苦々しげに睨み付けながら言った。

 戦闘機からの攻撃であろう、レジーナに近い地表が時々めくれ上がるように爆ぜて、白い破片が宇宙空間に向かって飛び散っていく。

 

「スキャン照射しているんですけれどね。それが戦闘機ですから。撃墜一。残り十四。」

 

 小さく命中しにくい戦闘機がさらにRDMを行う事への対抗策として、迎撃する側はレーザー砲を小刻みに動かし、空間をスキャンするように照射して命中を稼ぐ。

 そうすると命中は出やすいが、今度は照射時間が短くなり、当たっても大きな損害を与えられなくなるという弊害が生じる。

 それでもダメージは与えているわけで、何度も命中を出すことでダメージが蓄積し、最終的には撃墜できるのだが、いずれにしても戦闘機が撃墜しにくい相手であるという事に変わりは無かった。

 

 破裂音が船体を伝わってきて、電子音が鳴る。

 

「命中弾です。角度が浅いのでさほどの損害ではありません。船体位置を変更します。」

 

 レジーナがそう言うと、船体が僅かに沈み込んでさらに斜めになり、再びクレバスの縁を遮蔽体にして隠れるような位置取りとなった。

 

「一機撃墜。残り十三。」

 

 敵戦闘機群が充分に接近して、ほぼ真上に来ればクレバスの縁に隠れることは出来ない。

 敵戦闘機を少しずつ削ってはいるが、この調子では戦闘機群が接近して来る前に全滅させられるとはとても思えなかった。

 

「レジーナ。戦闘機群の位置が地表に対して仰角70度を超えたら、重力アンカーを使って辺りに飛び散っている氷を頭上100m位の位置で雲状に集めてくれ。なんなら、補給している水の一部をそっちに割いても構わない。レーザー砲撃に対する盾にする。多少は保つだろう。燃料補給完了まで後どれ位だ?」

 

 戦闘機からのレーザー砲撃の着弾で、辺りにはまるで霧が立ちこめたように細かな氷や雪の粒が浮いて漂っている。

 その「埃」の雲のせいで、すでにお互いのレーザー砲撃は減衰しはじめている。

 一発当たれば消滅するような頼りない防御だが、幸い原料だけは次々に供給されている状態だ。

 

「撃墜一。残り十二。諒解しました。燃料補給完了まであと280秒。戦闘機群仰角70度の位置まであと120秒。」

 

 燃料補給さえ終わってしまえば、クレバスを飛び出してすぐにホールインできる。

 クレバスの中でホールインしてもいい。

 しかし160秒は攻撃にさらされる。

 寄せ集めの氷の粒で作った盾がそれだけ保てば良いが。

 

 また破裂音がして、船体が震動する。

 

「船体位置変更します。撃墜一。残り十一。戦闘機群仰角70度まであと80秒。燃料補給完了まで240秒。」

 

 視野の中でクレバスの縁がまたせり上がり、船体が更に傾く。

 戦闘機群のマーカがクレバスの縁ギリギリのところに戻る。

 

「大丈夫かや? ジリ貧になっておるぞ? 船体修理は継続しておるが、直すよりも壊される速度が速うなったのではどうしようも無いぞえ?」

 

「水と氷のシールドでしばらくしのげれば良い。」

 

「そうじゃが。シールドを作ったら、向こうの弾も弾けるが、こっちも攻撃できぬ様になろうに。この近距離で速度の乗らぬミサイルは当たらぬぞ。」

 

「ああ。分かってる。」

 

 逃げるなら今の内、とニュクスは言っているのだ。

 いまの戦闘機群の位置なら、クレバスの底を見通すことは出来ない。

 クレバスの底に近いところでホールインすれば安全に逃げられる。

 

 レジーナの燃料タンクを満タンにして約5500t。

 レジーナ船体の総排水量が2800t。

 満タンにしなくても、完全に修理して、まだ2000t以上の燃料は確実に残るだろう。

 帰りのジャンプに過剰な量の燃料消費を考慮して1000t。

 多分、それほどには必要無いが。

 そしてそれでもまだ1000t残る。

 大概の事態には対処できる量だ。

 そもそもが、満タン5500tあれば地球とハバ・ダマナンを十往復してもまだ余る量なのだ。

 

 だが、ひとつだけ気になって少々こだわっている事があった。

 そのために少しでも多くの余剰燃料を持っておきたかった。

 用心し過ぎとは思うのだが、三十万年前などという孤立無援の場所では、慎重になりもする。

 もっとも、変に慎重になりすぎて逆に危険に身を曝していると、ニュクスに指摘されているのだが。

 

「一機撃墜。残り十機。船体位置移動します。戦闘機群仰角50度に到達。70度まで30秒。燃料補給完了まであと190秒。」

 

 逃げるなら今すぐ行動を起こさねばならなかった。

 だが俺は逃げる気にはなれなかった。

 

 レジーナの周りの地表では、戦闘機からのレーザー砲攻撃を受けて幾つもの小爆発が繰り返し発生している。

 地表はすでにクレーターだらけになっており、爆発の破片や巻き上げられた氷の欠片が辺り一帯を雲のように覆って周囲の景色を霞がかかったようにぼやけさせている。

 先ほどまでよりも頻繁に発生するようになった命中弾の振動の中、じっとりと汗をかいた拳を握りつつ、俺は近付いてくる戦闘機群のマーカと、視野の端に表示される燃料補給の残り時間の表示を交互に睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 エンケラドスの海、生き物が居たりしますかねえ。

 地球人類がエンケラドスの海を実際に調査するのはいつになるでしょうねえ。

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