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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
40/82

14. スプレーガンシェル


 

 

■ 14.14.1

 

 

 土星周辺のマップ表示と、接近してくるミサイル群と戦闘機群の位置が知りたいと考えると、CLIによって全周に広がっている船外の景色の中、俺の右側にウインドウが開き、土星とエンケラドスを含んだマップが表示された。

 土星の近くには二つの赤色のマーカが存在しており、一つには「MISSILES : HOSTILE」、もう一方には「FIGHTERS : HOSTILE」と、それぞれのマーカの脇に表示されている。

 その下でカウントダウンしている数字は、それぞれがここに到達するまでの時間だ。

 それぞれのマーカからは僅かに異なる曲線を描く、緩くカーブした線が延びており、これはミサイルと戦闘機の予想航路を示している。

 ミサイルの弾頭種類が分からないが、四十発も撃ったという事は反応弾頭ではないだろう。

 

 反応弾頭でないならば、ミサイルの方はさほどの脅威ではない。

 レジーナが周囲に張ることが出来るシールドのうちの一つ、分解フィールドを船体から少し離して500mほどの距離に張っておけば、ミサイルは完全に無力化できる。

 当然迎撃は行うが、墜としきれず接近を許してしまったとしても分解フィールドで無力化できる。

 反応弾頭でないならば、例え爆発したところで500mも離れていれば熱によるダメージも殆ど無いだろう。

 

 それよりも問題は戦闘機だった。

 当然ながら、レーザーやミサイル、その他様々な兵器を搭載しているだろう。

 たかだか全長数十mの小さな「船舶」と云えども、短距離戦に特化した戦闘用船艇が数十機も集まれば、ただの貨物船でしかないレジーナにとって大きな脅威だ。

 正面から撃ちあえば、間違いなくこちらが負ける。

 ましてや今レジーナは応急処置でなんとか保たせている満身創痍の状態なのだ。

 

「ブラソン。クラックした土星ステーション直援艦隊を動かして、これを迎撃してくれないか。」

 

 本来は、直援艦隊は動かさずにいようと思っていた。

 万が一何かあったときの切り札に使えるかも知れないと思っていたし、今更ながらという話ではあるが、直援艦隊を使って状況を掻き回すことで、ニュクスの言うところの「因果律」の低下を招いてしまうことを避けたいという思いもあった。

 エンケラドスで燃料を補給するのにどうしても邪魔になったので他に選択肢もなく支配下におきはしたが、本来それもやりたくは無かったのだ。

 だが仕方が無い。

 レジーナが戦闘機と正面切って直接戦うのは余りに不利だ。

 今が直援艦隊の投入時なのだろう。

 

「諒解・・・マサシ、残念な知らせだ。味方を攻撃できないように、かなり強力なブロックがかかっている。解除するためには艦隊指揮官クラスの権限による認証が必要だ。ご丁寧に物理キーとセットになっていやがる。機械船が誤動作か何かで味方を攻撃することの無いようにする安全機構(セーフティー)だろうな。なんとかしてみるが、複雑で時間がかかる。間に合うかどうか、わからん。」

 

 と、ブラソンから思いも寄らない答えが返ってきた。

 拙いな。

 補給を中断して一旦脱出するか?

 ・・・いや、それは状況を悪化させるだけだ。

 補給ステーションはこの後しばらくは警戒状態になるだろうし、やり直してもう一度エンケラドスに来ようとしても、時間が経てばファラゾアと交戦している艦隊が戻ってくる可能性も高い。

 必要な燃料を手に入れるには、今を置いて他にない。

 

「レジーナ。戦闘機隊を迎撃する。ミサイル、全弾発射。ニュクス、補充急いでくれ。」

 

「諒解。目標デールンネジカ戦闘機群。ミサイル全弾発射。」

 

「おう、大忙しじゃのう。」

 

 レジーナの復唱と共に、船体上面に設置された二十連ミサイルランチャーから二十本の準光速ミサイルが飛び出し、1000mほど直進してクレバスの縁を越えたところで方向転換して飛び去る。

 レジーナの燃料タンクにはすでに1000t近い水が補充されており、次弾を補充するには充分だ。

 補充したエンケラドスの生水を純水に転換する作業の傍らで、ミサイルの補充を生成しなければならないニュクスには負担を掛けるが、この程度の作業を並行して実行できないような奴ではない。

 

『次弾補充30秒じゃ。じゃが分かっておろうが、戦闘機にミサイルを撃ってもなかなか当たらぬぞ?」

 

「ああ、承知の上だ。だがこの位置から戦闘機を攻撃できるのはミサイルしかない。少しでも削れれば、その分後で少し楽になる。」

 

 駆逐艦やそれ以上の大きさの艦船に較べて、運動性も劣り、航続距離も劣る、もちろん火力でも劣る戦闘機がやっかいなところは、その大きさにある。

 たかだか数十mしかない機体は標的としては余りに小さく、ましてやランダム機動による回避行動など取られると、近距離からのレーザー砲での射撃以外では撃墜するのがかなり困難になる。

 そのような戦闘機に、数十機、数百機と群れて襲いかかられると、例え巡洋艦クラスの艦であっても相当な苦戦を強いられる。

 しかもその雲霞の様に(たか)ってくる五月蠅い存在が、ミサイルならば一度往なしてしまえばそれまでなのだが、戦闘機は何度も繰り返し戻ってきて、弾切れのないレーザー砲を延々と浴びせ掛け続ける。

 戦闘機に載る程度の小口径のレーザーとて、何十回何百回と食らい続けていれば看過できないダメージとなり、さらに蓄積すれば巡洋艦だとて大破し行動不能に陥る。

 それが全ての面において貧弱な戦闘機という存在が、近距離防衛用の戦力として未だに運用されている理由だ。

 

 そんな面倒な存在である戦闘機群に対して、線制圧兵器であるレーザー砲で掃射するならばともかく、ミサイルなど撃ち込んでも効果は薄い。

 戦闘機が余程の密集隊形を取りでもしていない限り、広大な宇宙空間でどちらも芥子粒の様な大きさでしかない戦闘機とミサイルは当たること無くすれ違ってしまってそれで終わりだ。

 それでもミサイルを撃った。

 一機でも二機でも、とにかく僅かでも減らしてくれれば、その分後の迎撃が楽になるし、こちらの被害も僅かでも少なくなるかも知れないからだ。

 

「レジーナ。ホールショットは撃てるか?」

 

「はい。谷底に着床しているわけではありませんので、GRGとホールの使用は可能です。」

 

 しかし先ほどの理由と同じで、芥子粒の戦闘機に、もっと小さく追尾性も無い実体弾を撃っても有効ではない。

 

「ニュクス、GRG用のスプレーガンシェルを作ってくれ。どれくらいかかる?」

 

「注文が多いのう。水の精製と、ミサイル生成を同時にやっておるんじゃぞ。まったく。十発で三分じゃ。」

 

「上出来だ。すまんな。頼む。とりあえず十発だけで良い。

「ミサイルは出来上がり次第連続発射。スプレーガンシェルも出来上がり次第発射する。敵のミサイル着弾前に分解フィールドを展開する。船体上面は通常のシールド距離。船体下面にはフィールドを展開せず、その分を敵ミサイルから防御するのに使う。船体から500mの位置に展開して、本船に直撃するコースのミサイルを消す。

「ミサイルが着弾する前にクレバスの上端まで船体を持ち上げる。ミサイルは分解フィールドで無効化する。クレバスの端すれすれから覗かせて、船体上面のレーザーA砲塔、B砲塔で戦闘機群を迎撃する。

「レーザー反射板は使わない。地表に着弾した爆発で飛び散るデブリで傷だらけになってしまうだろう。意味が無い。

「出来ることはそれくらいか。こんなことならガトリングレーザーも設置しておくんだったな。」

 

 ガトリングレーザーはいわゆる空間制圧兵器だ。ミサイルや戦闘機など、大量の小型目標に対応する事が出来る。

 シリュオ・デスタラには六基設置されているが、この船には積んでいない。

 

「ほれみたことか。儂があれだけ勧めてやったというのに、無碍にするからじゃ。これに懲りたら素直にこの兵装顧問様の言う事を聞くのじゃな。儂に任せておけば間違いはないんじゃ。」

 

 と、ゴスロリ武器オタクが鬼の首を取ったかのように得意げに声を上げる。

 

「断る。お前に任せておくと、この船はその内重武装した重巡洋艦に変わる気がする。貨物船にそんなものは要らん。そもそも兵装顧問ってのは何だ。」

 

「船じゃとて、新しい技術を取り入れて日々成長した方が良いのじゃぞ?」

 

「要らん。船は船であって生き物じゃ無い。武装設置とキノコ栽培を一緒にするな。そもそもお前に任せると過剰に発育して肥満児になりそうだ。」

 

「なんじゃ、ひとが親切心で言うておるのに、友達甲斐の無い奴じゃのう。儂はいつの日かレジーナが一面の砲塔に飾り立てられて、その余りの美しさに感涙に咽び泣く日を夢見ておるというのに。」

 

 それは美しいのか?

 レジーナが喜ぶとはとても思えないのだが。

 

「本音が漏れてるぞ。」

 

「私は今の姿が気に入っています。ハリネズミみたいな姿にしないでください。無駄話をしている間に、ミサイル着弾まであと100秒です。船体をクレバス上端まで持ち上げます。分解フィールド展開。燃料補給は継続。」

 

 脅威が迫っているというのに何とも締まらない会話をニュクスとしていると、レジーナが割り込んできてミサイル着弾が近いことを知らせた。

 ミサイル群はエンケラドスを大きく迂回して、レジーナに対して方位102, 089の方向から突入してくるようだ。

 

「ミサイルの突入角度が思ったより立ってるな。クレバスの中に飛び込む奴が出てくるかもしれん。分解フィールドを局所的に移動させて対応することは出来るか?」

 

「可能です。展開面積を通常の二倍にまで増加させることが出来ます。もちろんその分、リアクタ出力を食います。」

 

「構わない。船体を傷つけられるよりましだ。リアクタキャパシティは足りるか?」

 

「問題ありません。レーザーの連続掃射と重なっても、全出力の86%以下に収まる予想です。」

 

 分解フィールドの搭載やGRG、WZDの設置、レーザーの大口径化などを行い、そのたびに必要に応じてリアクタ数を増やしてきたこの船は、今や五基のリアクタを搭載する。

 600m級の駆逐艦にも相当するリアクタ出力を誇るレジーナが、そうそうキャパシティ不足に陥るとは思えなかった。

 

「ミサイル第一群、敵戦闘機隊と接触します。3、2、1、ゼロ。敵機撃墜3。残存二十九。針路変わらず。」

 

「墜ちないもんだな。引き続き迎撃行動を継続。」

 

「諒解しました。」

 

 二十発のミサイルが、エンケラドスの東方から大きく迂回してくる戦闘機群と交錯した。

 土星宙域に配置してあるセンサープローブから送られてくる光学画像の中、三つの光球が発生し、僅かに余韻を残して消えた。

 残る十七発のミサイルは命中せず、そのまま虚空へと消えていく。

 元々それほど期待はしていなかったが、しかし本当に当たらないものだ。

 まさにこれが小さな戦闘機による戦術の真骨頂とも言うべきか。

 

「スプレーガンシェル、十個出来たぞえ。GRGガンチャンバのキャノンボールローダ内に、左右五発ずつじゃ。」

 

 と、ニュクスの声が、頼んでいたGRG用散弾シェルの完成を告げる。

 いわゆるショットガンシェルを馬鹿でかくした構造のこの砲弾は、シェル内に1000を越える小型のタングステン弾を格納している。

 一発1kgを切る小型の弾丸とは言え、相対速度数千km/s以上の高速で叩き付けられるタングステン弾は、まともに当たれば戦闘機など一発で粉砕することが出来る。

 問題は命中率の悪さと、使いどころの難しさだ。

 

「諒解。両舷GRG、共にWZDホールショットで五連射。ホールアウト位置と速度は任せる。」

 

「WZDホールショット、ホールアウト条件、敵戦闘機群正面4万2000kmにて、相対速度7000km/s。」

 

「アインガーベ デア アルティレリースペツィフィカティオーネン アブゲシュローセン。エアスター シュース アブゲフォイア! (Eingabe der Artilleriespezifikationen abgeschlossen. Erster Schuss abgefeuert!:砲撃諸元入力完了。初弾発射!)」

 

 と、中二病のゴスロリが奇声を上げる中、生成されたばかりのスプレーガンシェルが二発レジーナ船底両舷のGRGから撃ち出され、砲口の僅か数十m先に開いたホールに吸い込まれていった。

 僅か0.1秒にも満たない短時間でホール内空間を飛び抜けたシェル二発は、エンケラドスから10万km弱の位置を接近してくる戦闘機群の真正面に相対速度7000km/sでホールアウトし、ほぼ同時にシェル内火薬で弾頭が破裂して内包していた無数のタングステン弾を辺りの空間にぶちまけた。

 30km/sもの速度で急速に広がるタングステン弾の雲は、6秒ほどで約200kmほどの大きな広がりとなって戦闘機群の正面から襲いかかる。

 

 1000発を超える弾丸とは言え、これだけ広がると相応に密度も低下する。

 殆どの弾丸は回避行動を取る戦闘機の脇をすり抜けていってしまうが、運悪く回避行動が間に合わなかった、或いは上手く回避ルートを見つけ出せなかった戦闘機が七機、高速で襲いかかるタングステン弾の直撃を受けて爆散した。

 7000km/sもの速度で1kgほどの弾丸を受けた機体は、着弾し瞬時に液化した弾丸に浸透され、超高温でガス化する弾丸によって内部構造を破壊され吹き飛ばされる。

 運悪く真正面から弾丸を受けてしまった戦闘機は、たかだか1kgの重量の弾丸一発によって完全に破壊され虚空に爆散した。

 

 確率と偶然に頼る攻撃法ではあるのだが、しかし一斉射で七機撃墜とは驚くほどの戦果だった。

 

「アインガーベ デア アンパスングスペツィフィカティオーネン フゥ ディー ボンバルディエルング デア ツヴァイテン ルンデ アブゲシュローセン。ツヴァイター アブゲフォイア!(Eingabe der anpassungsspezifikationen für die bombardierung der zweiten runde abgeschlossen. Zweiter abgefeuert. :第二弾砲撃諸元調整入力完了。第二弾発射!)」

 

 初弾の戦果に気分を良くした厨二幼女が更に悪ノリをして何かを叫んでいる。

 もう放っとこう。

 

 ホールショットスプレーガンの第二射がさらに四機の戦闘機を血祭りに上げる。

 

「ミサイル群、数二十七。着弾まで30秒。A、B両砲塔迎撃開始。分解フィールド展開。」

 

 調子に乗ってノリノリのゴスロリの声を遮るように、レジーナの警告が飛ぶ。

 一方的に敵を攻撃できる時間は終わり、今からはこちらも攻撃を受ける時間だ。

 

 当然予想していたこととは言え、攻撃に曝されるのは恐怖でしかない。

 俺は半ば無意識に、じっとりと汗をかいた手を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 ニュクスが中二病全開でトリガーハッピーになっちゃってますが。w

 学生時代、特に何も深く考えずに第二外国語をドイツ語にしたのですが。

 今から考えると、ロシア語とかアラブ語とかマレー語とか、ちょっとマイナーだけど特定地域では非常に強みを発揮する言語、というのを取るのも良かったかもと思います。

 特に、読めそうで読めないキリル文字を見るにつけ、ロシア語はアリだったよな、と。

 昔一時期住んでいた、パイニエのスペゼ市のモデルにした街では、デファクトスタンダードで第二公用語が英語、第三公用語がロシア語だったので、ロシア語の看板を見ながら特にそう思ったもんです。

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― 新着の感想 ―
ゴスロリばぁちゃん(数万歳)の美的感覚が全く分からん それはそれとして作者さんの今までが余りにも気になる。エッセイか何か書いてくれないかな
三式弾・・・ではなく名前があるということはモノ自体は存在してるんでしょうが、これはすごい兵器なのでは? ガトリングレーザーで牽制しつつ統制射撃されたこの三式弾を鼻づらに射出すると編隊ごと蒸発しそうです…
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