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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
39/82

13. 燃料補給


 

 

■ 14.13.1

 

 

 目の前には青みがかった真っ白な球体が浮かんでいる。

 ソル太陽系第六惑星サターン第二衛星エンケラドス。

 表面が完全に氷で覆われたその星はソル太陽系随一の表面反射率を誇り、星系の主星ソルから14億km、約80光分も離れたこの位置に差す微弱な太陽光でさえ白く輝く姿が漆黒の宇宙を背景にして浮き出しているように見える。

 ただその表面は一様ではなく、宇宙空間からの飛来物によって造られたクレーターや、土星や他の衛星の引力によって発生する潮汐力で起こる地殻変動による巨大なひび割れで形成された多数の峡谷、それらひび割れから噴出し地表に降り積もった氷の粒子で出来た平原やなだらかな丘などが様々に組み合わさった、複雑な地形を持っている。

 俺達はそのエンケラドスに土星の反対側から接近しているが、それがちょうど太陽の方向と同じであり、接近するに従って青白く眩く輝く球体の細かな凹凸までもが陽の光に照らされつぶさに観察することが出来た。

 

「エンケラドス地表高度44000km、相対速度1400km/s、到着まで60秒。」

 

 ブラソン謹製CLI(Consiousness Link Interface)に接続している俺の頭の中に、ネットワーク越しのレジーナの声が現在の状況を伝える。

 

 エンケラドスは三十三時間弱ほどで自転しているが、多くの衛星の例に漏れず自転周期と土星を回る公転周期が一致しており、地球(テラ)(ルナ)と同じ様に常に同じ面を土星に向けている。

 俺達はそのエンケラドスの常に土星とは反対側を向いている半球を目掛けて降下している。

 あと数時間もすれば、ファラゾアによって土星大気圏上層部に設置され、現在はデールンネジカが占拠している燃料補給ステーションが土星の地平線からこちら側に姿を現すため、大口径レーザー砲などで直接照準できない位置を選んで着陸地点を設定したのだ。

 エンケラドスと土星表面はたかだか20万km弱しか離れていない。

 土星大気上層部に邪魔されるとは言え、それなりの出力のあるレーザー砲であれば補給ステーションからエンケラドス表面を狙い撃ちするのは簡単だ。

 エンケラドスの公転周期よりも遙かに速い、僅か十時間程度で自転している土星の大気の表面に浮いているような形で存在するステーションが地平線のこちら側に回ってくれば、エンケラドスの土星を向いている側の地表に着陸などしようものなら狙い放題撃ち放題で穴だらけにされてしまうだろう。

 

「エンケラドス地表高度11000km、相対速度730km/s、到着まで30秒。」

 

 直径たかだか500kmほどの球体ではあるが、これほどの距離にまで近付くと流石にズーム無しでもはっきりと白い球が、背景の無数の星の輝きの中に浮き出し目立って見えてくる。

 その向こう側には、円盤の中央に填め込まれた様な姿の黄色く色付く巨大惑星、土星。

 普段ならこの辺りを進んでいると、ガニメデステーションから色々言ってくるのだが、地球人類がまだまともにヒトにさえ進化していないこの時代にそんなものは当然無い。

 

 それを言うならば、何の申請許可も無くいきなり土星軌道にホールアウトなぞしたものならば、ガニメデステーションからギャンギャン苦情が入ってきて、さらには警察と船舶管理局の艦が大挙して押し寄せてきて停船させられ、臨検の後に連行される様な大騒ぎになる筈だが、勿論そんな事はない。

 尤もその代わりに、こちらの姿を認めたら問答無用に撃ってくる可能性のあるデールンネジカの補給ステーションが土星の向こう側におり、さらには10億km程彼方では、この時代のソル太陽系の支配者であるファラゾアと、その支配権を横取りしようとしているデールンネジカが、もし巻き込まれでもしたらこの船など一瞬で吹き飛ばされるほどの戦力を突き合わせてまさに戦闘に入らんとしている。

 物騒なことこの上ない我が故郷たるソル太陽系ではあるが、補給ステーションからは直接見えないところで、そして万が一交戦中の艦隊が泡食って戻ってきたとしても、連中が土星に到着するよりも遙か前に俺達は燃料の補給を終えてさっさとホールドライヴでこの場からずらかっている予定だった。

 

「エンケラドス地表到着まであと10秒。高度1200km、相対速度240km/s。正面中央左側に見える大型のクレバスの内部に停泊予定。」

 

 再びレジーナの声が響くと同時に、ズームされたエンケラドスの映像、中央より少し左側で地表を斜めに走る線の真ん中辺りに緑色のマーカが現れ、「ANCHORAGE」と表示された。

 土星補給ステーションは星の向こう側になるので砲撃を心配することはないが、それでもさらに安全策をとって峡谷を遮蔽物として使用するレジーナの判断だろう。

 

「諒解。問題無い。」

 

「補給地点到着、5秒前、3,2,1、到着。エンケラドス相対速度ゼロ。深さ約800mの峡谷の底になります。」

 

 レジーナのカウントダウンと同時に、小さかったエンケラドスが急速に近付いてきて視野一杯に広がり、2500Gの減速加速でエンケラドスに突入した彼女は、目標としていた深いクレバスの底の停泊地にピタリと停止した。

 流石の腕前だ。

 こういう機動は、どれだけ腕の良いパイロットであろうと、俺達ヒトでは絶対に真似できない。

 辺りを見回すと、艦は左右にそそり立つ氷壁の底に静止しており、薄暗い氷の壁に切り取られて頭上に暗い星空が見える。

 

「燃料補給作業に入ります。有線センサー射出。超音波探査を開始。周辺の氷層の構造と厚みを確認しました。氷層は本船直下で約28kmの厚さがあります。周囲に危険な断層等は確認できません。本船前方500mの地点にギムレットで縦坑を打ちます。」

 

 俺があらかじめ許可していた行動であるので、それ以上俺の承認を待つようなこともなく、レジーナはギムレットの使用を宣言してすぐ、実際に使用してエンケラドスの「地殻」に深さ30kmにも及ぶ縦坑を貫通させた。

 縦坑としてくり抜かれた氷は、一本の長い氷の柱となって上空数百kmの場所を漂っている。

 氷の地表の下遙か30kmの地底からは、放っておけば水が自噴するだろうが、かと言って30kmもの長い水路を通って出てくるまでにはそれなりに時間がかかる。

 水が噴水のように噴き出すのを待っていると、ルナの声で報告が届いた。

 

「木星軌道に向かって進出したデールンネジカ艦隊は、ファラゾア艦隊と完全な交戦状態に入りました。第一次接触にてデールンネジカ艦隊損害は巡洋艦八、駆逐艦十二。ファラゾア艦隊損害は戦艦一、巡洋艦十八、駆逐艦九。デールンネジカ艦隊は第一次接触でファラゾア艦隊とすれ違った後に、太陽系北方へと転針。ファラゾア艦隊もこれに呼応。螺旋反復対向戦か、或いは螺旋同航戦を意図している模様。」

 

 視野の中にウインドウが開き、真っ暗で何も無い空間の中、デールンネジカ艦隊を示す黄色の矢印と、ファラゾア艦隊を示す赤色の矢印が正面からぶつかり互いの脇をすり抜けた後に上方、即ち北方へと転針した様がマーカを用いた概略図でアニメーション表示された。

 十億kmも彼方の戦いだ。

 はっきり言って今の俺達に影響がある戦いではないのだが、俺達の母星である地球を巡っての仇敵ファラゾアと新たなる侵略者デールンネジカの戦いとあらば、流石に無視する気にはなれなかった。

 もっとも、どっちが勝っても胸くそ悪い思いをするというのは決まっているのだが。

 

「縦坑上方に重力アンカー展開。」

 

 と、再びレジーナの声。

 エンケラドスの地表引力は0.1Gしかないが、とはいえ地下30kmでかなりの圧力を受けている水はそれなりの勢いで吹き上がってくる。

 そのまままともに受け止めては流石にレジーナの船体がダメージを受けてしまうので、船体から500m離れたところでいったん重力アンカーで受け止め、そのまま重力アンカーを使って水が過剰に拡散蒸発しないように誘導して燃料タンクへと引き込む予定だ。

 四つあるレジーナの燃料タンクは船体に見合わない巨大なものであるので、もともと船殻内に収まりきらず船殻外に露出している。

 もちろんタンクには船殻同様の外装を施してあるのだが、急速充填やメンテナンスの事を考えてタンクの一部が大きく開くようになっている。

 R1燃料タンクハッチを全開にして、重力アンカーで誘導した水を取り込むのだ。

 

 R1タンクに取り込まれた水は、燃料タンク間の移送配管を使って他の燃料タンクに移す。

 ただし、エンケラドスから取り込んだままの水は様々な不純物を大量に含んでいてそのままでは燃料として使用できない。

 現在残っている数百tの純水は、L2燃料タンクの奥の方に隔壁で隔離してそのまま燃料として使い続け、一方取り込んだエンケラドスの水はもともと燃料タンク内に設置してある物質転換機とニュクスが操るナノマシンを使って不純物を取り除き純水とする。

 取り込んだ全ての水を純水化するのに五~六時間、そして再び物質転換機とナノマシンをフルに利用して、未だ応急処置しか終わっていない傷付いたレジーナの船体をその水を使って完全修理するのに約十時間。

 レジーナの船体を修理する資材として利用する水は純水化されていなくとも構わないので、作業はオーバーラップさせることが出来るが、それでも十四~十五時間ほど掛かってやっとレジーナは現代へと戻る準備を終えることが出来る。

 

 この時点で、ニュクスが言っていた三十万年後の現代に戻るための因果律低下が問題無いレベルを維持できる四十八時間のうち、三十時間以上を使い切る。

 作業は出来るだけ効率よく行って、可能な限り迅速に再度のタイムジャンプを行える状態にせねばならない。

 もちろん突発的なトラブルなど絶対起こって欲しくは無いので、幾ら目の前に地球人類全体の仇敵たるファラゾアの艦隊が居ようが、トンビに油揚げ的な横取りを狙うデールンネジカ艦隊が居ようが、極力そいつらに構いつけることなどなく速やかにソル太陽系を脱出して、落ち着いて作業が出来る星系間空間に移動しなければならないのだ。

 

 などとこの後の行動について考えていると、ゴツゴツした真っ白い前方の峡谷の底から、突然真っ白い柱が空へと立ち上がるのが見えた。

 しかしその噴出した水の激流たる白い柱は、谷底から100mも吹き上がったところで不自然に急速に勢いを減じて空中に滞留して、球状に近い水の巨大な塊を空中に生成した。

 真空中に液体の水の塊が存在しているので、表面は沸き立ち、球体を包むように細かな飛沫が散って球体の輪郭が煙るように霞む。

 しかし重力アンカーによってまとめられ空間に固定されている水は、飛び出した飛沫をすぐに飲み込み空中に霧散していくようなことはない。

 やがて直径数十mにまで育った水の塊から、まるで触手が生まれたかのように一本の太く長い水の腕が空中に突き出し、レジーナ目指してするすると見る間に伸びてきた。

 まるで水が自分の意思を持ったかの様な動きをするその触手は、表面を沸き立たせうねりながらレジーナの船殻に接近し、R1タンク側面に大きく開いた開口部に潜り込んでいった。

 

「燃料補給開始しました。毎秒約10tで流入中。約十分ほどで燃料補給完了します。」

 

 レジーナの報告を聞いて、俺の中に少し焦りが生まれる。

 十分。

 予定していたこととは言え、やはり十分かかるか。

 

「マサシ、一応報告しとくわ。ステーションと侵攻艦隊がさっきからうるさい。土星付近に紛れ込んだ未確認の物体を調査しろと矢のような催促だ。未確認の物体とは、もちろんこの船のことだ。とりあえず通信機が不調の振りをして躱しているが、その内ステーションが何らかの動きに出るかも知れん。ちなみに侵攻艦隊の方はまだ時間がかかる。戦闘中だからな。色々と制限が厳しい。」

 

 と、ブラソンから不穏な内容の報告が上がってきた。

 

「ステーションの方はどうだ? 何か掴めたか? 墜とせそうか?」

 

「すまん、まだだ。どうもステーションの方は、奇妙なことに元々のファラゾアのシステムをそのまま使っているらしくてな。入り口は見つけたんだが、途中に何層ものフィルタがかかっていてどうにも侵入しづらい。この時代のファラゾアが使っているシステムに関する情報も余り無い。少しずつ手探りで削っていっている状態だ。もう少し時間がかかる。」

 

「諒解した。急かして済まん。引き続き頼む。」

 

 当然のことながら、燃料補給中にレジーナがこの場から動くことは出来ない。

 補給中に何か行動をしなければならないような事態に陥らないよう、土星宙域のステーションや地上施設を念入りに調べて、他にそのような施設が無いことを確認してからエンケラドスに突入しているのだが、唯一存在が確認されている補給ステーションが墜とせていない。

 ブラソン達の手をもってしてもこれほど陥落に時間がかかるとは思っていなかった。

 

「マサシ、補給ステーションに動きがありました。補給ステーションから西方に向かって四十機ほどの飛翔体が撃ち出されました。大きさと形状からミサイルと思われます。続けてさらに三十二機の飛翔体を確認。形状からこちらは戦闘機であると思われます。」

 

 唯一、土星宙域に残る脅威について心配する俺の思考に追い打ちを掛けるかのように、ルナの感情のない声が淡々と状況を報告した。

 

 クソ。

 云っている端からこれだ。

 

「ターゲットはこの船だろう。予想到達時間は?」

 

 ステーションがうるさくこの船を調査するよう求めているとブラソンが言っていた。

 しびれを切らしたステーションが、調査をすっ飛ばして不安要素を吹き飛ばす事を選んだか。

 どうやらステーションで指揮を執っている奴は少々気が短い性格をしているようだ。

 

「土星とエンケラドスを迂回するためいずれも航路は大きく西方に迂回していますが、最短でミサイル群が290秒後に着弾、戦闘機群は約500秒後に本船直上に到達する見込みです。」

 

 燃料補給が完了するより速いか。

 思わず俺は溜息を付きながら上を見上げた。

 三十万年前の宇宙に光る星々が、冷たい光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 重力アンカーと呼んでいますが、要は一定の大きさの空間に影響する重力焦点を発生させているだけです。

 その空間内に物体が捉えられると、焦点に向かって「落ちて」行き、最終的に焦点と重心が重なる位置で静止し、固定されます。

 エンケラドスの水をまとめるために数十Gかそれ以上の重力をかけているものと思われますが、船舶などを固定するときはどれほど強くても数Gしか掛けません。

 余り強いと潮汐力で船体に歪みを発生してしまうためです。

 重力推進の民間船舶は、船体強度がそれほど高くありません。

 ジェット推進のように、何かを噴き出した反作用で推進するわけではなく、空間の歪みに沿って自由落下する推進法であるため、推進に船体強度が必要ないためです。

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