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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
38/82

12. 土星宙域突入


 

 

■ 14.12.1

 

 

 ブラソン達が土星宙域に残っているデールンネジカの艦隊の指揮艦であろうと思われる戦艦三隻を支配下においたという報告を受け、俺達はエンケラドスでの燃料補給に向けて動き始めた。

 

「再確認する。まずは追加のプローブ四機を射出、エンケラドスを囲むように配置して衛星表面を調査する。一応の安全が確認できたところでエンケラドスから100万kmの位置にホールアウト。その後、本船はエンケラドスに接近しながら衛星地表を更に詳細に調査。デールンネジカ、或いはファラゾアの拠点がないことを確認する。他の衛星に存在する可能性もあるので、そちらも注意が必要だ。少なくとも、土星本体には連中の燃料補給ステーションが存在する事は分かっている。必要とあれば先にそれらを無力化する。対処方法は状況に応じてその場で決定する。見つかってもいないものの対処法を今から考えていても意味が無い。」

 

 どのみち燃料を補給しなければ何も出来ずジリ貧で状況は悪化していくだけだ。

 俺達に残された時間はすでに四十時間を切っている。

 衛星表面に小規模な拠点などが見つかったとしても、潰しながら接近するしかないだろう。

 

 プローブを使ったこれまでの調査で、少なくとも大規模な拠点が存在しないことだけは分かっている。

 問題は他の衛星や土星だが、それらを全て調査して安全を確かめるほどの時間も無い。

 土星は巨大で、そして衛星の数は太陽系随一を誇る。

 土星宙域にはすでに七つのプローブを置いてあるが、そこに更に四機追加した程度で十を越える衛星を従えた惑星系全体を精密に調査することなど出来はしない。

 センサープローブは本来、何も無い宇宙空間に存在する目標を発見する為のものであって、惑星探査機ではないのだ。

 

「問題無ければそのまま接近して、エンケラドス表面に着陸する。その後ギムレットで表面氷層に縦坑を撃ち込み、放出される水を重力アンカーでまとめつつ燃料タンクに補充する。水は穴さえ開けてやれば圧力差で自噴するはずだ。

「タンクが燃料で一杯になったところで離床、すぐにホールインしてソル太陽系から十光年の位置にホールアウトする。そこで再び船体の修理を行う。今度は三十万年のタイムジャンプに不安がなくなるだけの本格的修理だ。この一回の補給で燃料は充分な量が補充できると見込んでいるが、思いの外船体修理に多量の水を使用して再度燃料不足に陥った場合、再びエンケラドスに突入して燃料補給を行う。

「まあ多分、二度目の補給は必要ないはずだがな。残りの修理に必要な水の量は2000tもあれば充分なはずだ。満タンになっていれば、3000tは残る。未来に戻るには充分な量の筈だ。

「いずれにしても、二度目の燃料補給が不要と判断出来るまでは、デールンネジカ艦隊のコントロールは手放さないでくれ。」

 

「諒解だ。デールンネジカ艦隊が不要と言われるまで、奴等の艦隊をいじくり回して遊んでおく。実戦経験の浅いディーに経験を積ませるには絶好の機会だ。」

 

 正面から喧嘩を売ればこの船など一瞬で沈められてしまうだけの力を持つ敵性の艦隊の目の前から、傷付いたレジーナを修理するための補修用資材と、三十万年の未来に戻るために充分な量の燃料を上手いこと掠め取る作戦を再確認したところで、ブラソンが答えた。

 

「その辺りは任せる。で、そろそろ行っても大丈夫か?」

 

 ブラソン達は土星宙域に残っている戦艦三隻を支配下におくと同時に、その指揮下の艦隊も全て攻撃対象としていた。

 指揮艦を墜としたので、指揮艦に絶対服従である他の巡洋艦や駆逐艦も無害化出来てはいるのだが、念には念を入れてというところだ。

 燃料の補給中に何かの拍子で機械船が本来の役割を思い出してしまって集中攻撃される、などという危険の可能性は潰しておきたかった。

 幾ら民間船とは思えない凶悪な武装をしているとは言え、そうは言ってもこの船は所詮はペラペラの紙装甲の貨物船なのだ。

 軍艦から集中砲火を受ければ、一瞬で撃沈されてしまう。

 1mもの厚さの高張力チタン合金の装甲を持っている軍艦などとは、較べるのも馬鹿馬鹿しいほどのひ弱さだ。

 

「もう少し待ってくれ。あと230秒で土星宙域の艦隊は全てこちらの支配下に入る。」

 

「分かった。終わったら教えてくれ。レジーナ、ルナ。エンケラドス表面は大丈夫か?」

 

 レジーナは射出したプローブを操り、エンケラドスを中心に土星宙域を調べている。

 ルナはレジーナのその作業を補佐している。

 二人は元々が同じ個体だっただけあって、共同で作業するのが得意だった。

 

「今のところエンケラドスに人工物は見つかっていません。土星には大気圏上層部に直径50km程度の人工物を確認しました。ファラゾア、或いはデールンネジカの補給用ステーションと思われます。いずれにしても現在はデールンネジカの占領下にあるものと思われます。

「ステーションに停泊中の船舶は認められません。デールンネジカ艦隊は準備万端整えて出撃していったのでしょうね。ブラソン達の攻略対象となっていた土星宙域艦隊が、このステーションの直援艦隊と思われます。」

 

「ブラソン、土星の補給ステーションにある防衛機構は?」

 

 土星とエンケラドスの距離は僅か25万km足らずの筈だ。

 艦船やステーションに搭載するレーザー砲ならば余裕で届く。

 エンケラドスに、レーザーから船を隠してくれるような濃密な大気は無い。

 

「エンケラドスの自転周期は公転周期と一致しています。土星には常に同じ面が向いていますので、外側の半球に着陸すれば本船の燃料補給中に土星の補給基地から直接レーザーで狙われる可能性はありません。」

 

 と、レジーナが脇から口を挟んだ。

 それはありがたい話だ。が、補給基地が搭載する防衛機構は大口径レーザー砲だけでは無いだろう。

 

「それが、な。デールンネジカの艦隊ネットワーク上に存在しているのは分かるんだが、入口が上手く見つからない。多分補給基地はもともとファラゾアが設置したもので、デールンネジカが占拠しているんじゃないかな。だからネットワーク接続のエントリーが上手く見つけられないんだと思う。エミュレータエントリーか、特殊なシステムインターフェースだろう。引き続き探し続ける。デールンネジカが今現在コントロールしているなら、どこかで必ず繋がっているはずだ。」

 

「オーケイ、任せた。済まないな、色々押しつけて。」

 

「なに、こっちは瞬時に幾らでも人手を増やせる。リソースさえ割り振ってくれりゃ、何の問題も無いぞ。」

 

「レジーナ、土星上の補給基地はそれ一つか?」

 

「はい。他にありません。補給基地は土星大気圏上層部に浮き続けるために常に重力推進を用いています。これだけの大きさのものを浮かせ続ける為に発生する重力波は、いかに土星の質量が大きくとも非常に目立ちます。空力飛行するタイプや、ガス比重の差で浮くタイプでも存在しない限りは、土星に存在する補給ステーションはこれ一つだけと思われます。空力飛行するタイプは、乱気流の激しい土星の大気内で安定させる事が難しいため現実的ではなく、ガス比重差で浮くタイプは内部の殆どが空洞となるため、大きな脅威になり得ません。ただし、ステーションが衛星同様に土星を周回しているタイプである場合は別です。」

 

 補給ステーションは、土星の濃密な大気の中にストローを差し込んでメタンやアンモニアと云った含水素化合物を吸い上げて分解し、燃料の水素を取り出す燃料精製所としての機能と、その水素をスラッシュや別の含水素化合物などの適切な形に加工して貯蔵し、寄港した船舶に供給する燃料補給所としての機能の二つを少なくとも持っていなければならない。

 つまり、土星大気を汲み上げられなくなる衛星軌道に補給ステーションが存在していたのでは意味が無い。

 もしそんなところにあるとすれば純粋な軍事ステーションなのだろうが、生身のヒトが搭乗している艦でも無い限りそのような軍事ステーションを衛星軌道に設置する意味が無い。

 生体脳として組み込まれているならば、艦を離れ上陸してリフレッシュする必要も無いからだ。

 そして弾薬の補給基地を宇宙空間に設置する意味も無い。

 弾薬を生成する資材である惑星や衛星の表面に設置しなければ、弾薬精製工場からステーションへの補給路をわざわざ造らなければならないからだ。

 拠点防衛のためのステーションはもっと意味が無い。

 ステーションなどと云う機動力の無い物体を置くくらいなら、同量の資材で建造可能な5000m級の戦艦を何隻も停泊させておく方が機動力も有り、柔軟な運用が出来る。

 

 という訳で、土星宙域に他の大型ステーションは存在しないものとみて問題無いだろう。


 数ある土星の衛星表面上に設置されている可能性がある、物理弾頭やミサイルを生成して補給するための補給施設を警戒すれば良いだけだ。

 それも、ソル太陽系にじっくり腰を据えて地球人類を育成しているファラゾアのものである可能性が高く、侵攻側であるデールンネジカが土星にその様なものを造るメリットはあまりない。

 ソル太陽系外から攻め込んできているデールンネジカが造るなら、オールト雲かエッジワース・カイパーベルトに造るだろう。

 そしてファラゾアは火星をそのような物理的資材を補給する軍事工場にしている。

 つまり、衛星も含めた土星宙域全体を考えると、多分補給ステーション以外の施設が存在する可能性はまずない、と見て良いだろう。

 それが、土星宙域に存在するかも知れない敵性の拠点への対策を余り重要視していない理由だった。

 

「マサシ、土星宙域の艦隊を全て無力化した。土星宙域に侵入しても大丈夫だ。引き続き上位艦への攻撃は続ける。今のところまだこちらの攻撃はバレていない。」

 

「オーケイ。レジーナ、ホールドライヴ。目標土星宙域。エンケラドスから100万km、土星に対して反対の方角だ。」

 

「諒解しました。ホールドライヴ、アウトホール設定。太陽系絶対座標264.352, 1.918, 1.412M。加速500G、15秒後にホールインします。現在の時間は、土星補給ステーションは地平線の向こう側ですが、土星の自転により二時間ほどでこちら側に回ってきます。」

 

「それは都合が良い。予定では一時間もかからず補給は終了するはずだ。補給基地が回ってくる前に燃料を掠め取って、さっさとトンズラするぞ。」

 

 太陽系から約10光年ほどの恒星間空間に停泊して、船体の応急修理とブラソンチームによる電子的侵攻を行っていたレジーナは、燃料の奪取に向かって加速を開始した。

 15秒後、船体前方に開いたホールに突入して一瞬でホール空間を抜けたレジーナの眼の前には、薄く黄色に色付く巨大な惑星が姿を現した。

 

 直径十万kmを超える巨大な惑星は、100万kmの距離から眺めていてもいかにもデカい。

 さらに赤道面にはかの有名な環が広がっており、巨大な惑星を取り巻いている。

 環自体は土星から1000万kmの領域にまで広がっているらしいので、今レジーナが航行している場所の更に外側にも円環は存在するらしいのだが、それほど外側の環は密度が低く普通に見ている分にはそれとは分からない。

 

 ブラソンが作った例のインターフェース(Consiousness Link Interface: CLI)を使っているので、宇宙空間に浮いている自分の眼の前に、円環を伴った巨大惑星が宙に浮いているように見える。

 

 視野の中央に捉えた土星の輪のすぐ外側に、ポツリと緑色のマーカが表示され「Saturn II: Enceladus」と表示された。

 エンケラドス自体はたかだか直径500kmほどの氷の塊なので、この距離からでは背景の星々に紛れた小さな点でしかなく、ズームしないとまともに視認できない。

 さらには土星本体の向こう側に、薄く赤色で「SSS: Saturn Supply Station:

  HOSTILE」と、補給ステーションを示すマーカが存在する。

 ステーションはまだブラソン達によって墜とされたわけではないので「敵性(HOSTILE)」と表示されている。

 他にも土星の周囲に主要な十個ほどの衛星の存在がマーカを与えられて表示されているが、それらはエンケラドスに比べて輝度を低く設定して表示してある。

 

 そして土星北方80万kmほど離れた所を見上げると、青色のマーカが幾つも集まっているのが確認できる。

 「Daeerung-Naejgicka Fleet: FRIENDLY / SATURN Support」と青色の文字で表示されたその艦隊は、先ほどブラソン達が完全に支配下に置いた艦隊だ。

 

 土星の補給ステーション以外に、赤色で示される敵性の存在は今のところ見当たらない。

 

「エンケラドスに接近します。現在速度は対エンケラドス相対速度7000km/s。減速加速2500G。280秒後にエンケラドス到着予定。」

 

 WZDによってレジーナはエンケラドスに対して7000km/sの速度で通常空間へと飛び出した。

 2500Gで減速加速を行い、ちょうどエンケラドスに到達する頃に相対速度がゼロに近くなる予定だ。

 五分ほどでエンケラドスに到達したら、地表で燃料補給作業が始まり、その間レジーナは無防備になる。

 無事に再び飛び立てるよう、面倒なことが起こらないよう祈っておくとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ヤバイ事になったら、土星宙域にいる直援艦隊使えば良いじゃない。

 その通りですが、未来に戻るための因果律低下を防止するため、出来れば過去を余り掻き回したくない、という考えが働いています。

 ここまでやっといて今更な気もしますが。w

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