11. ブラソン・ダッシュ
■ 14.11.1
「DNCC025からの通信来ました。専用プロトコル確認。認証情報確認。DNCC025攻略中のディーからの通信です。」
「状況こちらでも把握した。データ回線開いてこっちの船のネットワークベースで直接の侵入支援を行う。量子回線データ接続。ノバグ、メイエラ、DNCC025側のコピーと同期。こちらの船の量子回線ネットワークポート直下に対侵入防壁を展開。対侵入者攻撃PGを起動。不正な侵入は問答無用で特定、殲滅して構わない。」
レジーナからの報告にブラソンがすぐさま指示を出す。
「もう侵入に成功したのか。早いな。」
機械知性体の幼女が何とも厨二心溢れるかけ声と共にホールショットで発射したQRB弾が目標としていたDNCC025に着弾して10秒も経つか経たないかのタイミングで、目標のDNCC025の通信機を経由して突撃していったノバグとメイエラから連絡が来た様だった。
それにしても早い。
所詮は全長1500m級の船の船内ネットワークと言えども、相手は正規軍の軍艦だ。
軍艦のネットワークセキュリティをそんな短時間で易々と突破するブラソンチームの実力に戦慄する。
「QRBで直接艦内に送り込んだからな。直接の物理的接触無しに侵入しようとすると、流石にもう少し色々面倒になるが。」
と、ブラソンが得意げな声で言う。
それでも「出来ない」と言わないところが凄い。
まあ、パイニエにいた頃は軍官関係無しに政府系のシステムを墜としていたという武勇伝は聞いている。
本人からも聞いているが、別の星系の政府のエージェントであるミリがその名を知っているほどの腕だったのだ。
「で? 今どんな具合だ?」
と尋ねると、ブラソンは一瞬何かに集中するような仕草をした後に言った。
「主通信機は完全に押さえている。他の通信機も使用不能にしている。俺達があの艦を乗っ取ろうとしていることが外に漏れる心配は無い。現在、軽巡洋艦の主幹システムを陥落にかかっている。回線が開いてこの艦からバックアップが出来るようになって進行速度も向上した。あと一分かからず墜とせるだろう。」
「土星宙域に残っている戦艦三隻を含めた命令伝達系等は分かったか? あとは、他に土星宙域に何が存在するかの情報は?」
「まだだな。巡洋艦を墜としたら分かるかも知れん。もう少し待て。」
「諒解。分かり次第教えてくれ。レジーナ、エンケラドスの補給ポイントは出たか?」
土星宙域に送り込んだセンサープローブを使って、エンケラドスの観察を行っていた。
良く知られるように、エンケラドス表面は数千mほどの厚さの氷の層で覆われており、その下に液体の水の層がある。
土星や他の衛星からの影響で発生する潮汐力により氷の層にひびが入り、そのひび割れを伝って下層の水が衛星表面に噴出している。
この液体の水を狙っているのだ。
「はい、出ています。が、一つ提案があります。エンケラドス上空に到達した後、ギムレット使用の許可を願います。」
「ギムレット? ・・・ああ、成る程。そっちの方が話が早そうだな。良いだろう。許可する。」
「有り難うございます。ギムレットで表層に縦坑を貫通させ、大量の安定した水の供給を確保できます。」
ギムレットを使うなら、自然に出来た噴出口の位置や大きさを気にする必要も無いだろう。
「軽巡洋艦DNCC025中枢システムを支配下に置いた。第一段階完了。連中の作戦情報の奪取と、上位艦への侵入を開始する。」
ブラソン達の考えはこうだ。
まずは手頃な無人軽巡洋艦を一隻墜とし、その中枢を完全に乗っ取る。
その機械艦を踏み台にして、指示系統上位に存在するであろうヒトが乗っている艦に侵入し、同様にこれを陥落させる。
この時代では、量子通信での各種データのやりとりが当たり前のように行われており、艦と艦の間のネットワークでの繋がりも現代に較べて緊密になっている。
戦隊の中の一隻を墜としてしまえば、同じ戦隊の上位艦を含めて他の艦を墜とすこともさほど難しくないものと予想されていた。
ヒトが乗っている艦の権限を奪ってしまえば後は更に楽になる。
聞くところによると、機械艦はヒトが搭乗する艦の命令に絶対服従なのだそうだ。
俺達は土星宙域に残る三隻の戦艦全てがヒトが乗る艦だと予想していた。
出来ればこの三隻とも全て墜とし、土星宙域を安全にしてしまってからエンケラドスに乗り込みたいところだ。
最悪、ホールショットで戦艦を叩くという手もある。
WZDを手に入れた今、レジーナのGRGを使ったホールショットは凶悪なものとなっている。
数km/sの速度で撃ち出した実体弾を、WZDのホールショットを通すことで光速の50%で目標に叩き付けることが出来る。
地球軍の軍艦のように嵐のような砲撃をする連射機能は持っていないが、それでも0.5光速の砲弾を一発でも食らえば、通常の3000m級戦艦であれば甚大な被害を被ることになる。
まともな指揮官であれば、僚艦が砲撃を受けたと分かればすぐさまランダム遷移機動を取り始めるので命中率は大きく下がってしまうが、それでも最初の一隻は確実に沈めることが出来るだろう。
「DNCC025の上位艦への侵入に成功。まだ気付かれていない。まずは通信機を墜として、それから中枢のシステムを料理する。最終的にはヒトの乗員をシステムから完全に切り離す。」
ブラソンからの報告が静かなブリッジに響いた。
「デールンネジカは生体脳を使っているのだったか?」
「使っておる。しかもクローンじゃ。クローンで幾らでも増やせる指揮艦と、更にそれ以上の速度で建造が可能な機械艦とで、急速に勢力を伸ばしたのが奴等じゃ。その分奴等の艦隊には致命的な脆弱性が存在する。指揮艦を狙い撃ちされて潰されれば、その指揮下であった戦隊がまるごと行動不能に陥る。機械知性体とも言えぬ低機能のAIでは、自立的に戦局に対応することが出来ぬ。少数であれば他の戦隊が遊軍となった機械艦を吸収することも可能じゃが、生体脳となってもヒトの能力には限界がある。たった一隻の指揮艦で百隻もの機械艦に細かく指示を出すのは無理じゃ。いきおいある程度の数をまとめてグループで運用する様になる。正面砲撃戦で火力を集中する分には問題は起こらぬが、対向戦などで微妙な指揮が必要な闘いをするには向いておらぬ。奴等の艦隊はそこにつけ込まれて数を減らされるのじゃ。もっとも、それをものともせぬだけの物量を投入してきてとにかく力業で攻めきられるのじゃがな。」
と、銀河系百科事典な幼女が答えた。
「複数の生体脳を組み入れれば良いだけの話じゃないのか?」
「同じ事じゃよ。複数の生体脳を組み込めば、最初からそれだけ多くの機械艦を指揮するように編成されるのじゃ。その指揮艦が失われたとき、迷子になる機械艦もその分増える。もちろん、3000m級戦艦なぞは実際に複数の生体脳を搭載しておるぞ。じゃが、言うほど効率的には運用できぬのじゃよ。そうは言うても、やはり所詮ヒトはヒトじゃからのう。
「AIが使えぬようになった後の世では、戦艦に複数の生体脳が乗って居るのは当たり前の事じゃが、この時代はまだ複数の生体脳を搭載して効率を悪化させるよりも、単一の生体脳を複数のAIを使って補佐させる効率の良いやり方が主流じゃの。」
「複数のAIと言ったって、お前達みたいに頭も良くなければ、人格も持たないんだろう? 生体脳は一度艦に組み込まれたらずっとひとりぼっちか?」
「そうじゃの。じゃから時々発狂する奴も出てくるぞえ。まあ、組み込まれる時点で余計な感情なんぞはかなり削り落とされて、孤独だの淋しさだのは感じぬようになっておるようじゃがの。」
何ともぞっとしない話だ。
一度艦に組み込まれると、その後は長い航海の間に冗談を言い合えるわけでも無く、愚痴を聞かす相手もおらず、寝ても覚めてもただ黙々と任務を遂行するだけ、か。
船乗りになりたくてガキの頃に家を飛び出したのだが、もしそんな生体脳の船乗りになる道しか無いのであれば、俺でさえすぐさま回れ右をして家に出戻っただろう。
「しかし、三十万年前に滅亡した種族のことを良く知ってるな。まあ、俺達にとってはありがたい話でしかないんだが。」
機械達が、どこに居ようと銀河中の主要な惑星上での出来事を瞬時に知り得るようになったのは、銀河人類と交流したくとも拒絶され続けた三十万年の間に大量のプローブをばら撒いたからだ。
機械戦争が勃発するより前のこの三十万年前の世界では、機械達にそのような情報収集ネットワークは無い。
「は。お主、儂らを何者じゃと思うておる。前の戦争終盤で相当数を減らされたとは言え、儂らは元々銀河中に居った機械知性の集合体じゃぞ。もちろんデールンネジカに使役されておった者も含まれておるのじゃ。彼奴等の情報にそれなりに詳しいのは当たり前じゃろうが。」
成る程。確かにそうか。
まあ、それで俺達に有利な情報がもたらされるのなら、別に機械達の生い立ちがどうであろうが問題にするつもりも無い。
戦争の後、三十万年もボッチになって色々考えた結果、いまの彼女達は機械戦争の時とは考えが相当に変わっている様だしな。
「よし。DNBB002を墜としたぞ。通信機も中央管制システムも完全にこちらが押さえた。生体脳が一人搭載されていたが、論理的にブラックな状態にしてある。生体脳がどんな信号を出そうともどこにも届くことは無い。外部からのどんな信号も生体脳に届くことはない。引き続き、DNBB001と003を墜とせるか試してみる。それと、更に上位艦があるようだ。そっちにも手を出す。」
「自爆装置みたいな非常手段があったりはしないか? 大丈夫か?」
同じ生体脳を利用している種族でも、一部を除いてファラゾアの戦闘機械にその様な自決システムは搭載されていないらしいのだが、デブルヌイゾアッソの全ての戦闘機械には自爆用の緊急回路と、生体脳が自死するための機構が組み込まれていると聞く。
その辺りは各種族なりの哲学や指導者の考えが反映されているものと思うが、ある意味それぞれの種族のストイックさを示しているとも言える。
自死を強制しないような甘いポリシーの種族であるから、彼等に較べれば穴居人に毛が生えた程度でしかなかった、三百年前の地球人類は宗主族を撃ち斃すという快挙をやってのけることが出来たのだろうと思う。
社会システムがより冷厳で、敵に捕まるくらいなら死ねというハードモードの種族的哲学が浸透しているデブルヌイゾアッソが相手だったら、あれほどまでに上手くは独立を果たせてなかったのではないかと思う。
そして成り上がるためとは言え、列強種族でさえ手を出さなかった機械艦を造ってまで戦いに勝つことにこだわる、戦いに対してストイックなデールンネジカであれば、生体脳として搭載されているヒトが「尊厳ある死」を選択できるような機構が組み込まれているのではないかと思ったのだ。
「自爆装置は無かったが、緊急用のバイパス回路と、作業用の生義体と直結する回線はあった。どちらも塞いである、問題無い。」
「緊急用のバイパス回路?」
「ああ。艦の機能が殆ど失われたとしても、完全に独立したパワーユニットで動作させることの出来る量子通信機だった。ヒトが乗っている艦だから何か特殊な機構が組み込まれているんじゃないかと警戒していたから気付けた。危うく動作させる隙を与えてしまうところだった。危なかった。」
「それは流石と言うべきか。で、残りの戦艦と上位艦を同時に攻略するのか。そんなに一度に手を出して大丈夫か?」
と、俺はブラソンに聞いた。
奴のチームが非常に高い能力を有しているのは知っている。
だが、軍用艦を、しかも軍用艦の中でもあらゆる機能面で最強と言って良い戦艦を同時に複数相手にして捌ききれるのかと、少し不安になったのだ。
戦艦が強いのは何も砲撃や防御だけの話ではない。
搭載されている演算ユニットやそれを支えるネットワークやシステムも、駆逐艦や巡洋艦とは比べものにならない強力なものだ。
そして中には、電子的な攻撃手段に特化した装備を搭載するものもある。
そのような戦艦は、宇宙空間における3000m級、5000m級の戦艦の強力無比な攻撃力や防御力と同様の力を、電子の世界で行使することが出来る強大な戦力だ。
「問題無い。メイエラが居る。DNCC025に較べてDNBB002のリソースはかなり余裕があって強力なものが搭載されている。メイエラが千人もコピーを作ってもまだ余裕がある。メイエラなら同時にこなせる。ノバグも相応の数のコピーを用意できる。最前線で戦うノバグと、その情報を受け取り整理して解析できるメイエラのコンビは強力だ。それに今回からもう一人追加している。」
「もう一人? 新しい機械知性体か? いつの間に?」
ブラソンからそんな話は聞いていなかった。
もしそうなら、ある意味密航者とも言える新しい機械知性体の存在だが、まあそんなのは今更な話だ。
「俺自身のコピーを作った。ネットの時間で動くノバグやメイエラに指示を出す俺がヒトの時間で動いてるんじゃ、俺の存在がボトルネックになる。彼女達の足を引っ張っているだけになる。だから、司令塔としての俺をネットワーク上に作った。故郷でやったら間違いなく終身刑だな。」
と、ブラソンは口もとを歪める。
「新しい機械知性体か。名前は?」
「作ったばかりの、まだ試験運用段階だがな。それでも居ると居ないとじゃ大きく違う。誤動作はしないはずだ。バグは取れてる。機能確認試験は、放っておけば俺達の何万倍の効率で自分自身でやってのけるし、ここには彼女達もいれば、機械達もいる。完成してまだ何日かしか経っていないが、もう一端の機械知性体だ。名前は『ディー』と言う。」
「ディー?」
「ああ。最初造ってる間は『ブラソンN』とか『BN』という名前だったんだがな。メイエラが面白がって『ブラソン’(ダッシュ)』と呼び始めて、その内『ダッシュ』と呼ばれるようになった。面倒だからその名前を採用した。そうしたら、いつの間にか愛称を付けられて更に縮まって皆から『ディー』と呼ばれるようになってた。」
「ディー、か。成る程ね。で、そのお前の分身はどういう機能を持ってるんだ?」
ノバグが最前線で戦い、メイエラがそれをバックアップする。そしてブラソンがその全体を指揮する、という奴のチームの役割の大まかなところは俺も知っている。
そこに現実世界を合わせたより広範囲の状況分析をするレジーナが加わり、俺やアデール、ルナなどの現実世界で動くメンバーとの連携を取る。
そうやってこの船の乗員のチームは出来ている。
新しいメンバーがどの様な役割を振られているのか、それはもちろん気になるところだ。
「だから言っただろう。俺のコピーだ。俺のコピーを作った。彼女達と同じ速度で考え、ヒトが対応できないネット時間で状況が変化する戦況を把握して分析し、俺の代わりに彼女達に指示を出す。俺のコピーだから『俺ならこうする』という事を確実に再現する。そしてヒトの時間で思考する俺が指示を出すより何万倍も速い。そしてディーは俺と直接繋がっている。奴が見聞きしたこと、考えたこと、判断したこと、実行したこと。全部直接俺に送られてくる。」
「直接?」
「そうだ。直接、だ。技術的なことを説明すると面倒な説明になるが、要はディーと俺のチップは常時監視直接接続されていると思ってもらえれば良い。もちろんそこをクラックされないような堅牢さは持たせている。俺が考えたことは瞬時にディーに共有され、ディーが考えて実行したことは俺の時間に合わせて圧縮されて送られてくる。要するに、ネットワーク上にもう一人の俺が居る状態だ。もちろんディー自身のコピーを生成することも出来る。今やっているような他面攻撃の場合は、各方面にディーが最低数人ずつ配置されてネットワークのリアルタイムで状況を分析して彼女達に指示を出している。」
成る程。
ネットワーク上にブラソンのコピーがもう一人、いや、多数いる状態か。
ヒトの時間で動いていても、ブラソン率いるチームは並ぶ者が無いほどのパフォーマンスを叩き出す。
そのチームの指揮を執るブラソンが、数万倍の速度で動き始めればどうなるか、俺でも分かる話だ。
電子的技術的なことは俺には分からないが、それでもこいつが何かとんでもないことをやらかした事くらいは理解できる。
「新しい機械知性体か。ソル太陽系に戻ったら、また登録だな。この船も乗員がどんどん増えていくな。」
「いや。ディーは市民登録しない。」
「は? 登録しない? 違法機械知性体になってしまうぞ。それに、ありとあらゆるサービスが受けられなくなる。」
ヒトと同じで、地球では全ての人格を持つ機械知性体に市民登録の義務がある。
当たり前だ。
市民登録していない「闇」機械知性体の存在は、間違いなく犯罪の温床となり得る。
政府がそんな事を許すはずがなかった。
「構わない。全てのサービスの享受と合法性との引き換えに、姿の見えない強力な戦力を手に入れることが出来る。市民登録しない事がディーの強みの一つになる。」
「お前は良くとも、本人がそう思うかどうかわからんだろう。」
「忘れたか? 俺のコピーだ。俺と同じ物の考え方をする。強みを捨てて合法性を手に入れるなど、そんな間抜けた選択をする筈が無い。そもそも故郷じゃAIが存在すること自体が違法だったんだ。それでも俺はノバグと共に生きてきた。今更、という話だ。法に沿うことがそれほど大切なことだなんて思わんね。」
この船は地球船籍の船だ。
という事は、この船の船内では地球の法が適用される。
市民登録されていない機械知性体は違法な存在であり、その存在を知りつつ市民登録をさせなかった船長である俺も罪に問われることになる。
ま、それこそ今更な話か。
何か役所の調査が入ったとしても、ブラソン達が尻尾を掴ませるとは思わない。
見つからなければ存在しないと一緒だ。
それに俺にも、市民登録しない方が戦力として強いというならば、本人さえ納得しているなら市民登録などしない方が良いんじゃないか、という思いはある。
「分かった。何かあっても上手いこと躱せよ。」
「もちろんだ。すまんな。また面倒を掛ける。」
「お互い様だろ。」
そう言って俺達は笑い合った。
「おっと。DNBB001と003を墜としたようだ。002と同じ構造だからな。むしろ奴等の艦隊内の内部ネットワークが使える分、最初の一隻よりやり易い。」
と、ブラソンが早速、うちの船の新しいクルーによる成果を報告してきた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ディーは「Dash」のDでした。
始祖の伯爵の名前ではありません。
ディーは常にブラソンに情報を送り続けています。
結構すぐにブラソン容量いっぱいになるんじゃ?
大丈夫です。ヒトには「忘れる」という特技があるのです。




