10. 主通信システム陥落
■ 14.10.1
「ノバグ001から150まで主量子通信ユニット制御システムを解析中。侵入可能ポート四箇所を発見・・・怪しいな。安易すぎる。メイエラ、手を突っ込んだら情報を投げるから解析宜しく。主制御コマンド用ポート確認。アドレス08から44。ディー、ポートを塞いで。全力で掻き回してみる。」
「諒解。なんでもこっちに投げて。コマンドリストアップデート。ネットワークマッピング情報アップデート。」
「こっちも諒解だ。制御コマンドポート08から44、各ポートに四重の防壁を張る。念のためサブストラクチャをダミーとして展開する。ポート00から99迄をカバーする。上位艦への報告信号はこちらでダミーを生成して流し込む。気にせず存分にやってくれ。」
言うや否や、ディーは手を伸ばして量子通信システムの周りに防壁を張り、先にナンバリングしていたデータ入出力用のポートを塞ぐ。
メインストリームから流れ込んでくるデータは全てその防壁で吸収して内容を解析しつつ、一方では防壁から内側へ、即ち通信ユニットに向けて平常と同じ無害な信号を生成して送り続ける。
「サブシステム#1、ポートアドレス08から44、サブシステム#2、同じく08から44、塞いで。どれも同じポートを使うとは、案外安易な構造をしている。」
「単純にしてスピードを追求したのじゃないか? サブシステム#1、#2、処置した。」
「サブシステム#3、#4同じ。バックアップはシステム規模が小さい。ポート数は80。」
「バックアップは全閉で良いだろう。サブシステム#3、#4処置した。バックアップは完全に閉鎖した。他に通信機は無いか? こちらじゃ今のところ見つけられていない。メイエラ?」
「メインストリームの中央演算ユニットを含むフラグメント直下にフィルタリングしてる。今のところそれっぽいデータは他に流れてないわ。ふふふ。メイン通信システムに緊急信号をしこたま撃ち込んでるけど、通信機が動かなくて焦りまくってるわね。」
「主通信機は既にブロックしたからな。ノバグ、状況は?」
「メイン通信システムが800層ほどの多重防壁を展開。最初のポートはやはりダミーでトラップだった。引っかかっていたら、中央演算システム経由せずに上位艦に警告が飛んでいた。現在ハードウエアとの間の通信を妨害しつつ、多重防壁を破壊中。あまり手の込んでない、単純な防御ね。似たような防壁を800枚も揃えたところで、パターンを見破られたら一瞬で突破されるでしょうに。メイン通信システム現在の侵攻状況は約43%。」
「諒解した。そっちは引き続き任せる。メイエラ、念のため光学系の砲塔と、投光器の制御を監視しておいてもらえるか。自我も持たない単純なAIにそこまでの知恵が回るとは思えないが、投光器などで信号を送られてしまうのも困る。もともとマニュアル化されていたらマズい。」
「諒解。心配しすぎだと思うけどね。そんな抜け道、あたし達だって過去事例参照しないと思い付かない。ヒトならともかく。」
「念のため、だ。思い付けずとも、もともと緊急対応チャートとして組み込まれていたらマズいだろう。」
七つあった通信関係のシステムを全てネットワークからブロックし、手も足も出ない状態に出来た為、とりあえずは最低限の安全が確保出来た状態だった。
通信機を完全に無力化したら、次は本丸である中央演算システムとの攻防が待っている。
そしてそれはいきなりやってきた。
「侵入者に告ぐ。直ちに妨害行為を止め、中央管制システムの指示に従いなさい。本艦中央管制システムの行動を妨害することは、軍法第二十七条第四項およびネットワーク法第三十三条十二項記載の利敵行為および破壊行為です。例え民間人であろうと、侵入者には刑法第六十五条が適用され、最悪の場合終身奴隷刑が課せられます。繰り返します。直ちに妨害行為を止め・・・」
確認できている限りの通信システムをブロックし、この艦の口を完全に塞いだ状態にてしばらく、もうすぐ主通信システムが陥落するという頃、軽巡洋艦の中央管制システムから艦内ネットワーク全域に対して無数の警告メッセージが発せられた事に気付いた。
「・・・何言ってるんだ、こいつ? 状況が見えていないのか? 本当にバカなのか?」
と、警告メッセージを受け取ったディーが呆れ声で言う。
「自我も無い、決められたことしか出来ないAIなんてこんなモンでしょ。は。刑法とか、この状況で持ち出して何かの脅しになると思ってんのかしらね。指示を出した奴もバカね。そんなのにビビる奴は最初からハッキングしないっての。」
同じくメイエラが警告文を嘲笑う。
「この時代には私達のような機械知性体のダイバーは居ない。ヒトが外部のどこからか侵入してきて、軍用艦の中身をハッキングする想定しかしていない筈だ。まあ、この程度で上出来じゃないか? しかし温い。デールンネジカにはハッカーが居なかったのか?」
と、仕事モードのノバグが男前な口調で切って捨てる。
確かにノバグの言うとおり、ハッキングしてくる相手が全てヒトであるなら、この中央管制システムののんびりとした対応も納得できるというものだった。
ヒトが直接コマンドを打ち込んでハッキングをするならば、その侵攻速度や応答速度は今ディー達が行っているネットワーク侵食の何万分の一以下という速度しか出す事が出来ない。
どれ程凄腕のハッカーであっても、ヒトが出せる処理速度は機械知性体のそれに較べれば鳥と亀ほどにも違う。
そのような低速の処理能力しか持たないヒトの群れの中で、はっきりと明確な自我の確立していないさほど高度なものではなかったとは言え、ノバグというAIと連携してハッキングを行っていたブラソンが、抜きん出た能力を持つとされたのは当然と言えば当然だった。
高度では無いとは言えAIはAIだ。
今居る三十万年前の世界に較べて遙かにAIの存在が禁忌となっている現代で、ノバグの存在を他人に知られるわけにはいかなかった。
実際にはノバグが行ったハッキングもシステム解析も全てブラソンが一人で行ったという事になれば、それは確かに人間離れした能力を持った超人として扱われもしようというものだった。
もっとも、同業者のアネム或いはバディオイがメイエラを有していたことを考えると、トップハッカー達は大なり小なり、禁忌であるAIの様なものを独自で開発して保有していたのかも知れなかったが。
「侵入者に告ぐ。あなたは本艦およびデールンネジカ軍の公務執行を大きく妨害している。これは重篤な犯罪と分類される。即時妨害行為を止めなさい。繰り返す。あなたは・・・」
「ねえ、これいい加減うるさいんだけど。トラフィックの負荷と、こっちのフィルタリング負荷もあんまり馬鹿に出来ないくらいの数が飛んでるんだけど。そろそろなんとかなんないの?」
中央管制システムを一切無視してディー達が半ば雑談のような情報交換を行っている間も、中央管制システムからの警告文は送信され続けていた。
延々と送り続けられる警告文に明らかにウンザリとした声でメイエラがノバグに言った。
「待ちなさい。主通信システムをこじ開けるのにあと残り7%。それが終われば、お待ちかねの中央管制システムとの正面対決だ。主通信システム内のパーミッション書き換えと占領後のクリンアップは任せて良いか?」
「まっかせて。それがあたしの仕事。」
メイエラももともとハッカーであるアネム(バデイオイ)の作業を補助する為に作られたAIだ。
ノバグの様な突破力は持たないものの、一旦突破されたセキュリティ防壁の内側に自身の大量のコピーで雪崩を打って乗り込み一気に占領して支配下に置く手法は極めて手際が良く、逆にその方面については能力を振られていないノバグにはとても真似の出来ないものであった。
「主通信システム陥落残り2%。侵入マッピングを渡す。途中何箇所かトラップが仕掛けられていた。まだ他にもある筈。不用意に踏みつけると無条件に僚艦に警告を飛ばすタイプ。発動させてしまったら止めるのは不可能。注意して。主通信システム陥落完了。メイエラ、よろしく。こっちは中央管制システムに取り掛かる。」
「諒解。主通信システム内部に侵入。フラグメント内部にメイエラ0201から0250を生成。稼働中システムの動的解析とメモリ上のシステムを解析。パーミッションテーブルを入手。フラグメントローカルマップ入手。コマンドリストアップデート。稼働中システムの解析を加速。システムメモリ領域を侵食中。拡張用モジュールロード領域を奪取。開放メモリ領域を占領。これでシステムは殆ど身動き取れない。これまでに入手したコマンドリストとパーミッションテーブルでブルートフォースを掛ける。占領エリアにコピー0251から0500を生成。コマンドロード。一斉攻撃、開始。」
奇異に思われるかもしれないが、実はメイエラが最も得意とするのはブルートフォースアタックである。
ニュルヴァルデルアVIII型という、並列処理に最適な人格フレームを持つメイエラは、大量に生成した自らのコピーを等価並列に連結連動させ、ごく短時間に大量のコマンドやデータを叩き込む飽和攻撃や、コマンドリストや辞書を使用して信じられないほどの並列処理にて膨大なパワーでシステム全体や或いは狙った一点に超大量の攻撃を叩き付けるスタイルが、実は一番似合いのスタイルであり得意な方法なのだ。
もっとも、そのようなとてもスマートとは言えない力技が一番の得意だなどと本人は絶対に口にしないが。
だが本人の好むと好まざるとに関わらず、ノバグによって防御を突破され本体がほぼ裸にされ、剥き出しと言って良い状態になっているシステムを短時間で一気に制圧するにはそのメイエラの特技が最適であるのもまた間違いの無いことだった。
ディーが展開した防壁に護られ、本来あった防御機構はノバグの攻撃によって取り払われてしまい、剥き出しで広いシステム空間を持つ主通信機のフラグメント内部に、メイエラの姿をしたコピーが一度に数百も姿を現した。
数百ものメイエラの手から一斉にコマンドが放たれ、その全てをまともに食らった主通信システムはそれだけで処理不能の状態に陥り身動きが取れなくなる。
飽和攻撃で動作不良を起こしているシステムに、それを一面に取り巻くメイエラの数百もの手が伸ばされ、表面を撫で、邪魔なものを取り除き、分解し、侵食し、巨大な通信システムは次々に周りのモジュールを取り払われて本体が露わになる。
メイエラ達は躊躇うことなく更にその本体に手を触れ、内部に手を差し込み、僅か一瞬の間にシステムの本体とその周辺を解析した。
「主通信システム陥落。コントロール関連を全てこちらに書き換えた。システム空間にエミュレーション用の領域を生成。こちらの通信PGをロード。」
一方主通信システムを離れたノバグは、軽巡洋艦の主通信回線を遡り、艦の中央管制システムへと接近していた。
メインストリームの太いキャパシティを利用して、中央管制システムから次々に大量の攻撃型プログラムが送り込まれてきて、ノバグの侵攻を阻止し、ノバグ自体を侵食しようとする。
ノバグの脇に立つディーが手を振ると、その手から次々に迎撃用と攻撃用のプログラムが送り出され、ノバグ目掛けて突進してくるプログラムを叩き潰し、或いは攻撃プログラムを攻撃することで無効化して消滅させる。
ディーは更にノバグの進む方向に数百層もの防壁を生み出して、中央管制システムが送り出すプログラムを止め、無効化する。
中央管制システムからの熾烈な攻撃は、ディーが張った防壁を次々に食い破り侵入してこようとするが、防壁で足止めされている間に脇から来たプログラムに撃ち抜かれ、叩き潰され、或いは侵食されて消滅する。
突破された数十層もの防壁は瞬時に張り直され、そこにまた新たなプログラムの群れが喰らい付き、そして撃ち墜とされ、消滅した防壁が再び瞬時に張り直される。
それを繰り返して少しずつではあるが中央管制システムに近付いていってはいるのだが、しかしその進みは遅い。
本来ならば相手に気付かれない様に侵入し、かすめ取るようにデータを抜いて様々なシステムデータを書き換え、全て準備が整ったところでまるで天地をひっくり返すかのようにあらゆるものを一気に反転させてこちらに引き寄せ、システムを墜とすと言うやり方をするのが最も安全で結局効率も良い。
侵食されている側は知らぬ間にいつの間にか穴を開けられ内部にまで侵入されて全て喰い尽くされ、最後の瞬間に自分が攻撃されている事に気付くが、もうその次の瞬間にはシステムごと乗っ取られているので、実質的に相手に全く気取られることなくシステムを奪い取る様なやり方をするのがいつものやりかただった。
時間を余り掛けられないという制約があったことと、通信機さえ押さえてしまえば目標の艦の外から増援が来ることはないという条件が重なっていたため、普段はなかなかやらない様な正面突破を仕掛けている。
しかし所詮はQRB弾に内蔵されたハードウエアと、橋頭堡を築くために使用した末端に近いコプロセサが持っていたハードウエア容量を足場にして戦っている状態だった。
中央演算モジュールを含んだ艦全体のハードウエアとソフトウエアを存分に活用出来る中央管制システムに対して、それら貧弱な足場しか使う事が出来ない彼等三人のハーアドウエア領域はいかにも貧弱だった。
本来は、今相手にしている中央管制システムに比べて戦う事に特化しているはずのノバグが、苦戦を強いられなかなか前に進めない最大の理由はそのバックボーンの脆弱性にあった。
だがその状況もやがて変わる。
「オーケイ。主通信システムを完全にコントロール下に置いたわよ。エミュレータ起動。こちらの通信システムを立ち上げる。回線開く。こういう時は、データ通信することが前提の設計になってる旧システムって良いわね。」
待ちに待っていた報告がメイエラから届いた。
そしてその直後。
「お疲れ様です。こちらRegina Mensis II。回線を本船ネットワーク上に展開したサブシステムに接続します。ハードウエア容量を大きくサブシステムに割いてあるので、存分に暴れてください。ノバグに代わります。」
「お疲れ様。どうやら上手くいっている様ですね。実検システムマップ受領。IDテーブル受領。コマンドリスト受領。エミュレータプラグとポートマップを確認しました。ノバグコピーの支配権を獲得。本船側のシステムでバックアップ開始します。目標軽巡洋艦中央管制システム。全面攻撃を開始します。」
孤立無援とまでは言わずとも、細いQRB回線をバックアップに戦っていた三人にとって、それは文字通り敵地で受け取った補給、或いは敵地の空から突然現れた味方の軌道降下兵の増援の様な、とても心強いものだった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ネットワーク空間での戦いも長くなってきました。
そろそろリアルワールドに戻りましょうか。




