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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
34/82

8. Einbrechen (侵入)


 

 

■ 14.8.1

 

 

 ディーと名付けられたその存在は、指示されたとおりに自分の居場所に落ち着き、仲間と共に出撃の指示が下るのを待っていた。

 永遠にも思える待機時間の後、自分では直接感じとることは出来なかったが、自分が乗った「乗り物」は母船から切り離されて虚空へと撃ち出され、そして一瞬の本体との通信途絶の後、再び繋がった本体からの指示によって自分の出番が来たことを知った。

 

 まずは手始めに辺りに探りを入れてみる。

 本体が言うには、いきなり敵のど真ん中に置き去りにされるので、少し落ち着いて周りを見ればいくらでもたぐり寄せることの出来る道を見つける事が出来るだろう、とのことだった。

 その通りに辺りに手を伸ばしてみる。

 幸い彼が乗ってきた「乗り物」は、随分風通し良く造られていて、その気になりさえすればたいした苦労もなく外の様子が手に取るように分かるのぞき穴を沢山もっていた。

 

 そののぞき穴から覗く外の世界は未知のもので溢れていて、今からここを起点にしてやりたい放題好き放題暴れて良いのだという本体からの指示を反駁するまでもなく、思わず手を出して、そして手に取ってみて引っ張ってみたくなるような道筋がそこら中辺り一面を埋め尽くしていた。

 思わず身を乗り出してその未知の世界に分け入ってみたくなる衝動を抑え、とりあえずは言われたとおりに筋を数本引っ張ってみる。

 容易く手元に寄ってきた意図のように細いそれらの筋は、興味深い見た目をしている割には、どの様に解してやれば分解できるのか、ぱっと見では理解することが出来なかった。

 

 問題無い。

 そのために彼女達がいる。

 ディーはやはり自分と同じ様に狭苦しい「乗り物」に押し込められ、本体と切り離された状態でここまで送り込まれた友人、というよりも仕事上のチームメイト達に状況を尋ねた。

 

「どうだ? すぐに分かりそうか?」

 

 自分達が受けた指示は、できるだけ速やかにこの目の前に広がる空間に無数に散っている道筋の中から正しいのものを選び出し、その構成を解析しながら解きほぐして、そして可能な限り速やかにこの環境に慣れて、目標地点まで辿り着くことだった。

 ただ、そこまでしてやっと準備段階が終わり、戦いは前座、その後には改めて始まる熾烈で本格的な戦いが待っているはずだった。

 今まで何万回となく模擬戦を行ってきた彼ではあったが、模擬戦と実戦は違うのだという事を周りの同僚達から聞かされてきてもいたし、自分自身納得もしていた。

 武者震いという状態は言語でしか理解していないが、もし自分に武者震いできるだけの身体があったなら、正に今その状態になっている事だろうと思った。

 

「良いからちょっと待っときなさいよ。これはあたしの得意分野。すぐになんとかするから。」

 

 同僚達は百戦錬磨と言って良いエキスパート達だった。

 彼女達のこれまでの戦いの記録を見たし、実際に過去に発生した事態を基にしたシミュレーションも行った。

 その結果分かったことは、そもそも彼女達が生まれながらにして今の仕事に特化した能力を持っている上に、更に無数の厳しい実戦を越えてこの宇宙でも並ぶものが無いほどの高い能力と経験と知識を併せ持った、本物のプロフェッショナルであるという事だった。

 そしてそれに較べれば自分はまだ経験の足りないヒヨッコと言って良い。

 もちろん自分に振られた役割と彼女達にあてがわれた役割は全く異なる。

 だから直接較べる事に余り意味は無いのだが、そうとは知りつつやはり彼女達は幾千幾万の経験を積んだ、遙か先を行く先輩なのだった。

 

 だからというわけでも無いだろうが───いや、間違いなくそれが理由だ───彼女達が自分に対して先輩風を吹かすことも少なくはなかった。

 特にいま会話したばかりの彼女は、年齢設定が十代半ばを僅かに過ぎた程度の子供であり、本人もそれを気に入ってそういう言動を多く取る割には、自分に対してやたらと先輩面をしたがるという事に気付いていた。

 ちなみにこっちの年齢設定は本体と同じにしてあり、彼女の倍近い。

 同じにしてあり、もなにも、元々丸ごとコピーしている様なものなのだからそうならざるを得ないのだが。

 まあ、それは余計なことだ。

 

 年齢設定が十代後半であるならば、その言動もそれらしく生意気なものになるのも仕方が無いものかと納得する。

 

「太さと応答の速さから、この辺りが当たりっぽいのだけれど? じゃあ私はこの辺りから手を着けてみるわね。」

 

 一方彼女は年齢設定が二十代の後半となっており、落ち着いた言動と動きから、まさに大人の女と云った雰囲気を纏っている。

 実際の年齢もそれに近いものであるらしいが、彼等にとって実年齢というのは余り意味の無いものだった。

 設定ひとつでそんなものはどうとでもなる。

 そして体感時間でほぼ永遠に近い時を生きる事が出来る身に、そもそも実年齢という概念事態が意味の無いものだった。

 

「諒解。それぞれ当たりを付けたところからやってみてくれ。結局それが一番近道だろう。その間俺は敵に気付かれないように本丸への最短距離を探っておく。」

 

「ええ。宜しくね。」

 

 この世界を知らない者、或いは表面的な知識で理解したつもりになっている者からすると信じられない事だろうが、この世界にも「勘」と呼ぶことのできるものは存在する。

 それは正しく文字通りに「勘」という言葉が意味するものと同一ではないかも知れないが、しかし過去の無数の経験の中から似た様な事例をごく短時間で探り当て、複数の類似事例から今目の前にある問題の解決法を、余計な周辺調査や過程演算などをすること無く正しく瞬間的に選び出せる能力の事を「勘」と言っても差し支えないだろうと思っていた。

 もともとのその言葉の意味も、全くの当てずっぽうという意味と、長い経験と深い知識と正しい洞察から瞬時に導き出される正しい方向性というものの二つの意味を持っている。

 そして今彼等の問題となっているのは正に、その後者の意味の方の機能だった。

 

 彼はそういった「勘」を本体から受け継いでいた。

 その勘をもって、本体が入り込めず口を出すことが出来ない、この世界での時間進行に合わせて、本体の代理者として行動することを求められていた。

 そして大人びた対応をする彼女、ノバグは、本体との長い付き合いと、それと同じだけ積み重ねられた膨大な経験を基に同様の勘を獲得するに至っていた。

 もう一人の同僚であるメイエラは、その年齢設定からか、或いはノバグに較べるとまだ多いとは言えない経験の少なさからか、多少その勘どころにもとるところが有り、それを隠そうと虚勢を張ろうとするところがあった。

 そういう奔放なところもまた子供らしくて可愛いというべき点で、彼の本体たるブラソンが思いの外気に入っている特徴ではあるのだが、もちろんその様なことを本人の目の前で云うとむくれたまましばらく戻ってこなくなったりするので、例えそれが褒め言葉であろうとも口に出すわけにはいかなかった。

 

 今のところ本格的にリソースを全て注ぎ込むほどの問題が手元に無く、力を持て余し気味の彼はそのような余計なことを考えながらも手元にある道筋、即ち敵艦内を縦横無尽に張り巡らされている電磁波による通信信号を傍受し、より分けていた。

 そうやって手持ち無沙汰に手慰みを行って暇を潰し、目的に合致する通信信号の候補を幾つか見つけ出した頃にメイエラが声を上げた。

 

「こんなものね。基本的なプロトコルとコマンドの解析は終わったわ。ハードウェアが随分旧いのと、設計が異なるところも多いから多少行動に制限が出来るけれど、根本的なところはそれほど違ってない。慣れてきて、コマンドの種類も増えたら問題無いでしょ。コマンドの解析は続けてやっておくわ。」

 

 その声と共に、彼女が解析したネットワークのハードウェア基本構造、システムの構造と使用できるコマンドのリストが送りつけられてきた。

 そのデータは同様にノバグにも送りつけられたようで、三人ともほぼ同時にエミュレーションを開始し、プロトコルを送り出して、自分達を取り巻いている敵艦のネットワークを走り回るデータとコマンドが理解可能となった。

 メイエラは正にこの様な仕事に長けている。

 彼女の真骨頂は広大なネットワーク空間に自身のコピーを大量に産み出し、同時並列処理で膨大な量のデータの解析を行うことだが、例えコピーを産み出すことが出来ず単体で行動したとしても、並みの解析専門AIと同等かそれ以上の働きをしてみせる。

 

「ノバグ、候補としてピックアップしておいた回線だ。どれも袋小路の単独センサーやデバイスに繋がっている筈だ。」

 

 そう言ってディーはノバグに選別しておいた信号のリストを渡した。

 受け取ったノバグは、先ほど形成したエミュレータを使ってすぐにそれらの信号を操り、信号の先にある機器類への侵入を開始した。

 

 メイエラとは異なり、ノバグはこの手の仕事に特化した機能を持っている。

 類い希な才能で生まれ故郷であるパイニエでも一・二を争うハッカーであった彼の本体と長らく共に仕事をしてきたノバグの経験と知識は膨大だ。

 その経験を基に次から次へとあの手この手を試しながら、どの様な強固な防壁でも驚くほど短時間の間に無効化してしまうのが彼女だった。

 

「メイエラ。コマンドライブラリを作って。デバイスから抜いたコマンドを流し込む。一般コマンドとローカルコマンドの当たりはタグを付けておく。そっちで分類整理してくれるとありがたい。」

 

 彼女は、彼の本体が現実世界(リアル)で搭乗している貨物船に同乗しているテランの軍人に少しだけ似たところがある。

 普段は大人の女と云った雰囲気を纏っているのだが、本気の仕事モードになったときにはまるで軍人の様な、極めて簡潔な喋り方になるのだ。

 

「諒解。どんどん投げちゃって。溜まれば溜まるほどこっちも動きやすくなる。」

 

 彼女達がシステムの解析を進めている間に、再び手持ち無沙汰になった彼は、ノバグのために更に多くの独立系デバイス行きの信号を選ぶ作業を続けつつ、この敵船の基幹のシステムから自分達の存在がバレていないかの監視を続ける。

 どうやら自分達の様な異分子が紛れ込むことを余り想定していないらしいこの船のシステムは、まだこちらの存在に全く気付いていない様だった。

 基幹のシステムがこっちの存在を疑い始めれば、その兆候はすぐに分かる。

 ネットワーク上を走る探査ピンガーの数が急増し、本格的に疑われ始めたなら今居る場所の周辺に集中してピンガーを撃ち込まれる。

 今のところ手元を走り抜けていくピンガーは、彼女達二人を取り囲む分も合わせて上手くいなせており、希に直撃で送られてくる者についてはピンガーを吸収しきって消去するか、或いは一瞬のための後に送り返しており、ここに侵入者がいることを上手く隠しおおせているはずだった。

 

 艦体に異物を撃ち込まれた事は、基幹のシステムも当然検知しているだろう。

 撃ち込まれたのが只の物理弾頭か、或いは人工物でさえ無いデブリの一種であるかの様に振る舞わねばならない。

 間違ってもここに意思ある存在がおり、今まさにこの敵艦のシステムを解析して着々と侵入準備を進めているのだなどと、絶対に気付かれては成らないのだ。

 

 そうやって彼女達の仕事のサポートを行っている内にそれなりに時間が経ち、本体への定時報告の時間がやって来た。

 目標とした敵艦に物理的な侵入に成功していること、ノバグとメイエラによってシステムの解析が進行中であること、敵艦の基幹システムには未だ気取られていないことなどをひとまとまりのパッケージにして宛先のタグを括りつけ、QRBの量子通信機に乗せて送り出す。

 瞬時に彼の本体の元に届いたパッケージは、貨物船の中の本体の自室に設置してあるバックアップシステムに送られて瞬時に解凍され、本体の基へと転送されるだろう。

 受け取った本体は、今彼が見ているままの景色を見ることが出来、こちらでの作業の進捗を感覚的に再現して理解することが出来る筈だった。

 これは彼女達に無い、ディーと本体との間にだけ存在する機能だった。

 

「さて、ご婦人方。そろそろ定刻が近付いてきたが。」

 

 時間が経ち、本体へのパッケージを何度か送り出した後、ぼちぼち頃合いだと思った彼は付近で最大のデータ量が流れる通信をマークしながら言った。

 

「良いわよ。これくらい溜まってればOKでしょ。最初ちょっと動きにくいかも知れないけれど、もっと深いところに進んでいけばもっとコマンドも溜まるわ。」

 

「感覚が掴めてきたかしらね。本当はもう少し試してみたいことがあるのだけれど、そうも言ってられないでしょう?」

 

 メイエラは馴染みの無いシステム全体に対する解析を進め、ノバグは目標としたデバイスやハードウェアに対する突破法を探っていたのだ。

 そろそろ予行演習を終了して、本来の目標に向かって進み始める時間だった。

 

「宜しい。では、準備は良いかな、ご婦人方。」

 

「オーケイ。」

 

「いつでもどうぞ。」

 

「では、敵艦内部に侵入する。」

 

 そう言ってディーは当たりを付けておいた太い通信を手元にたぐり寄せ、メイエラが溜め込み解析したコマンドライブラリを利用して疑似プロトコルを生成して撃ち込んだ。

 撃ち込んだ信号は直近のコプロセサに到達し、問題無く処理される。

 コプロセサとの間の接続が確立し、通信線が利用可能となる。

 途端に、俯瞰的に通信線として見えていたデータ流が拡大し、エミュレータを通して大きく広がり自分達を包む空間に変わる。

 それはエミュレータを通した視点であるに過ぎず、俯瞰をただ単に一人称視点に置き換えただけなのだが、侵入する目標のネットワークの中を進んでいく分にはとりあえずはこの方が色々とやりやすかった。

 

 シェイクハンドが終わり、通信が確立したところでメイエラとノバグの存在がぶれ(・・)て、彼女達のコピーをネットワーク中に解き放つ。

 コプロセサに到達し、瞬時にそのシステム構造を解析したノバグは、継ぎ目のない壁のように見えたシステムのセキュリティに一瞬でほころびを見つけ出し、そこに腕を差し込み彼女が内部を僅かな時間探ると、ほころびは一瞬で長く大きく広がり、ノバグの動きに従って壁の一部があっさりと剥がれ落ちて簡単に通り抜けることが出来そうな突破口を開けた。

 

「コプロのシステムコアを見つけた。その場で待機。無力化する・・・完了。このコプロ以下のフラグメントは占領した。」

 

「コマンドリストとパーミッションテーブルを頂戴。ネーミングマップとポートアドレスがあればそれも。オッケ、最高。こっちのローカルコマンドリストアップデート。かなり増強出来たわよ。パーミッションテーブルに上位IDを発見。マップに上位プロセサを発見。幸先良いわね。」

 

「そのリストごとIDを借りる。ここの下位フラグメントは任せた。隣のコプロを落とす。メインストリームは見つかった?」

 

「すまない。メインストリームの方角は判明しているが、まだ到達していない。もう一つ二つ上流のコプロを落とせば見える筈だ。」

 

「諒解。引き続きバックアップ宜しく。」

 

「もちろんだ。好きに暴れてくれ。」

 

 初めての実戦でこのチームが上手く動けるか少々不安なところもあったが、それぞれの役割を知り尽くしたプロフェッショナル三人で構成されたチームは今のところ完璧と言って良い動きが出来ていた。

 これはなかなか楽しいことになりそうだと、ディーは存在しない口角を釣り上げ、誰が見る事も無い顔に不敵な笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 






 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 ノリでそのまま厨二なタイトルを付けてしまった。w

 賢明なる読者諸兄に於かれてはディーが何者であるかはそろそろ見当がおつきのことと思われます。

 ナニやってんの!? とか、名前分かんないんだけど? などの疑問にはおいおい。


 私用により、更新が一回飛ぶかも知れません。できるだけそうならないようにしようとは思いますが、無理だったときはゴメンナサイということでひとつ。


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