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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
32/82

6. クラック


 

 

■ 14.6.1

 

 

「マサシ、お話しが。」

 

 自室に入り、寝る前にシャワーでも浴びるかとシャツを脱ぎかけた俺にレジーナが話しかけてきた。

 土星宙域のデールンネジカの艦隊が編制を整えるまでまだ何時間かかかりそうなのと、こちらもニュクスが操るナノボットによる船体の修復にまだまだ時間が必要だったので、待ち時間の間に身体を休めようという事になったのだ。

 非常事態とは言え、何十時間もずっと気を張って起きている事は出来ない。

 寝られるときに寝ておかねば、身体が保たない。

 レジーナが船内外について全てモニタしてくれており、何か大きな動きがあった場合には彼女が叩き起こしてくれるので安心できる。

 

 この船には、船体中央を前後に走る主通路の両脇に配置されて六つの乗務員用船室と八つの旅客用船室があるが、いずれの部屋にも標準的なヒューマノイド型種族が使用できるようなシャワー室とトイレが付属している。

 勿論それは乗員も含めて各個人のプライバシーを確保するためだが、不必要なほどに大量の燃料、即ち水を搭載でき、ニュクスの操るナノボットによる物質変換も含めて、総排出量を遙かに上回る排出物質処理能力のあるこの船だからこそ出来る贅沢でもある。

 

 余談になるが、自室で酒を飲めるのも、ダイニングでまともな形式の食事を取れるのも、この潤沢な排出物質処理能力があるからこそ出来る。

 それが出来る様に、もともと設計段階から充分な能力を与えている。

 ニュクスがレジーナを魔改造して物質転換器を設置し、さらには彼女自身が操るナノボットの物質転換構成能力もあって、この船の排出物質処理能力は大過剰なほどに向上している。

 

 酒を飲んだ人間の呼気に含まれるアルコール分子や水分子、料理から立ち上がる水分子や匂いの分子など、本来船内空気中の二酸化炭素を分離し化学反応で炭素と酸素に分解して酸素だけを必要量船内空気中に戻して循環させるエアコンディショナーにとって、それらは全て処理を阻害する異物でしかない。

 実際には何段階かのプロセスを経て不純物を処理し、最終的に純粋な二酸化炭素を取り出して分解するわけだが、この不純物を処理出来る充分な能力をエアコンに付けていなければ、船の中では常に携帯食を食わねばならず、水分も純水以外飲めなくなる。

 

 俺は船内でパッケージ食を囓り純水パックからストローで水を啜るだけの粗末な「栄養摂取」だけは絶対に許せなかったので、充分な能力を付与したのだ。

 だから船の能力だけを考えると、自室で酒を飲み煙草を吸っても全く問題無い。

 部屋に煙の匂いが付くのをレジーナが嫌がるので、煙草は吸わないが。

 勿論煙の匂いもニュクスに頼んでナノボットでクリーニングを掛ければ完全に消すことができるのだが、相棒であるレジーナが嫌がることはやめておこうと思い、船内で煙草を吸うのは控えている。

 

 さて、話が大分逸れてしまった。

 

「どうした。深刻な話か。」

 

 こんなタイミングで、俺が一人になる瞬間を狙ってレジーナが話しかけてくるなんて、間違いなく深刻な話だろう。

 内密に、船長にだけ報告する内容、というわけだ。

 

「超長距離ホールジャンプが、タイムジャンプになってしまった原因の話です。」

 

「ああ。何か分かったか?」

 

 何か分かったのだろう。

 だが、この状況で報告してくることが、問題を抱えていることを示している。

 

「ホール形成の為に設定したパラメータや、ホール形成時の周辺の空間の歪みから本船の内部の状態まで全て多重チェックを行いましたが、やはり異常は見つけられませんでした。極めて低い確率ですが、例えばレトロマイクロブラックホールの瞬間的形成などの異常事態の影響により、ホール空間内部が何らかの干渉で異常であった可能性と、アウトホール形成空間が異常であった可能性は残りますが、これはもともと計測不能であり、先ほども申し上げたとおり極めて低い確率なので一応除外しました。

「先ほどのニュクスの話で、機械達はすでにある程度の時間跳躍の技術を持っている事が判明しました。彼女達機械が使用しているWZDのコントロールシステムは、基本的には本船が使用しているものと同じです。WZDコントロールシステムはその殆どがブラックボックス化されており、貸与元の地球軍との契約でブラックボックスを開けることは当然許可されておらず、我々使用者が触れるのは許可されたパラメータの調節程度です。」

 

 そこで彼女はいったん言葉を切った。

 俺達ヒトの何万倍もの演算能力を持つ彼女だ。そんなに時間を掛けて何かを考えるという事はあり得ない。

 という事は即ち、ここからが重要で内密な部分だということを言外に示している「溜め」だろうと思った。

 

「先ほど申し上げたとおり、WZDコントロールシステムはほぼブラックボックスで、ユーザである我々にはその内部を覗く許可が与えられていません。が、ブラソンのチームの協力を得て、ブラックボックス化しているシステムのセキュリティ解除を行い、不測の事態が起こったときのために本船のサブシステム領域に格納してあるバックアップとのベリファイを行いました。

「バックアップはWZDを貸与されたときに格納したままで、全くの手つかず、いわゆる工場出荷状態にあります。」

 

 なるほど。

 貸与元からやっちゃダメよと言われていることをやったという事か。

 この船の中ではたぶん最もモラリストと呼ばれるものに近い人格を持ったレジーナだ。

 完全な契約違反の行動はかなり心苦しかったに違いなかった。

 一方、ブラソン達のチームにそのようなモラルは無い。嬉々として実行したことだろう。

 尤も、口の固さにおいてもピカイチなので、黙っていればこの事態がどこかに漏れるという事も無い。

 

「で、何が分かった?」

 

 何かがあったのだろう。

 そうでなければ、このような話を切り出すはずも無かった。

 何も無ければブラソン達がやらかしたイタズラとして、ブラソンが全ての責任を引っ被って終わらせるはずだ。

 たぶん「そこに秘密があると知ったら我慢できなかった。ムラムラして衝動的にやった。後悔はしていない。」とかなんとか、しれっとして奴なら言うだろう。

 

「使用していた方のシステムの、ブラックボックス内部に改竄の跡が見つかりました。時空間の相対座標設定を行うモジュールの、通常は変動するはずの無い時間に関するパラメータがいくつか、バックアップのものと異なっていました。ブラソンによると、本船が搭載しているバージョンのWZDコントロールシステムでは、そのパラメータは完全手動設定になっており、自動で書き換えるようなルーチンは存在しないということです。」

 

 そう言ってレジーナは黙った。

 

「つまり、誰かが人為的に引き起こした、という訳だな。」

 

「はい。まず間違いなく。」

 

「それが出来るのは、ニュクスとアデールか。」

 

「実行する能力の有無で言うならば、マサシとミスラ以外の全員が実行する能力を持っています。」

 

 ・・・・・。

 まあ、ミスラは良いとして、だ。

 確かに俺はネットワーク関連には疎く、一般人程度の知識と技術しか持っていないが、しかしこう真正面から現実を突きつけられるとまるで「お前だけバカだ」と言われているような気分になって、少々凹む。

 

 アデールとニュクスは供給元側の人間であり、言わずもがなというところだ。

 ブラックボックスを解除する技術を持たずとも、そもそも解除キーを持っている可能性がある。

 ブラソン、ノバグ、メイエラはいずれもその道のプロだ。

 

「お前達二人も、か?」

 

 ブラソン達が行うネットワーク空間での行動に対する支援を行う事が多いのは知っているが、連中同様にハッキングやクラッキングといった作業が出来るとは思っていなかった。

 

「はい。彼女達の様にその道に特化して造られてはいませんので能力的にはかなり劣りますが、可能か不可能かと問われれば、可能です。」

 

 AIだからな。

 学習していない技術でも、知識として情報を与えられれば、一応は実行することが可能となる。

 やったことの無い作業を、マニュアルを1ページずつめくりながら作業しているような状態だ。

 効率よく実施するためには俺達ヒトと同じ様に学習が必要で、その学習に基づいた調整も必要となるが、しかしそれに要する時間は俺達ヒトに較べれば僅か一瞬にしか過ぎない。

 

 つまり、実質的に改竄はその気になれば誰にでも出来た、と。

 そこに自分達二人を加えたのは、レジーナの性格による公平性というものだろう。

 

 ・・・・まあ、そうは言っても実質的に怪しいのはハナから二人に絞られるわけだが。

 船外からの干渉がもしあったとしたら、レジーナやブラソン達が黙っていないだろうしな。

 

「犯人はもう大体分かっているようなものだろう。お前とルナが俺に黙ってそんな事をする筈が無い。ブラソン達がする意味が無い。システムをクラックして遊んだとしても、何が起こるか分からない時間旅行をセットする意味が無い。アデールは今回の依頼を持ち込んできた張本人だ。この時間跳躍の悪戯まで込みだった可能性は否定できない。ついさっきバラしたばかりだが、ニュクス達機械は時間跳躍のセットの仕方を知っていて、かなりの精度で思い通りの時間跳躍をしてのけるだけの知識と経験を持っている。アデールかニュクスのどちらか、或いは共謀という可能性もあるが、時間跳躍について機械達は地球政府に教えていないと言っていたニュクスの言を信じるならば、何が起こるか分からず、この船とこの船に格納された観測データをまるごと失う可能性のあるこんな手の込んだ悪戯をアデールがするとは思えない。つまり、犯人はニュクスだ。」

 

「はい、同意します。でも、この時間旅行に何の意味があるのでしょう?」

 

 毎度のことと言えば毎度のことなのだが、機械達もいろんな秘密を山ほど持っていて、その秘密の内容を開示すること無くしかしその秘密に基づいた罠を仕掛けてくることがある。

 一見意味不明の愚行、或いはたちの悪い悪戯に思えるその行動だが、機械達が理由無く無駄な事をするわけも無い。

 だからそんな愚行に走った理由を咎めて問い詰めると、大概の場合「まだ話せぬ」という答えが返ってきて、それ以上のこちらからの質問を受け付けなくなる。

 彼女達のことだ、一見意味が無い様に見えることであっても当然何か遠謀深慮のもとにやっているのだろうとは思うが、その理由を教えてもらえないのでは、こちらはただ煙に巻かれてしまうだけで自分達が何のために彼女達に良いように躍らされているのかさっぱり分からない。

 地球政府にやられているのと同様に、機械達にも上手く便利に使われているだけ、とも言える。

 

「分からん。一つ思い当たるフシが無い事もないのだが、余り想像したくない理由だ・・・いずれにしても、本人を問い質してみなければ何も始まらんな。またはぐらかされるにしても、だ。ニュクスは起きているか?」

 

「はい。自室に居ます。まだ調整漕には入っていないようです。」

 

「オーケイ。行ってみる。」

 

 そう言って俺は脱ぎかけていたシャツのボタンを再びはめる。

 最低限人前に出られる恰好になったところで、自室のドアを開けて主通路に出る。

 ニュクスの部屋は斜め向かいだ。

 艶やかな黒に塗られた、発泡セラミックと高張力チタン合金のコンポジットで出来ているドアをノックした。

 

「マサシか。入って良いぞえ。」

 

 返事はネットワーク越しの音声でやって来た。

 返事を聞いた俺は金色のノブを捻ってドアを開ける。

 

 部屋の中は相変わらずかなり薄暗く、生身のヒトの眼だと細かなものは判別が出来ないほどだ。

 地球人類が生来持つ自然発生した光学器官よりも遙かに感度の良い人工眼球を持つニュクスにしてみれば、この程度の明るさでも充分なのだろう。

 むしろ、眼球の劣化を考慮するなら受光量が少ないこれくらいの暗さの方が都合が良いのかも知れなかった。

 

「邪魔するぞ。」

 

 そう言って俺は暗がりの中に歩みを進めた。

 

 自分の船の中の一室なのだが、ニュクスの部屋だけはどうにも落ち着かない。

 普通ではないものと言えば長さ二メートル半、高さ一メートル弱程度の調整層が床に固定されて幾つか並んでいる程度で、他に何か奇天烈な装飾がしてあるとか、不気味な置物があるとか、部屋中ゴシック調でツンツン尖って角張っているとか、そんな異常な見た目のものは特に何も無いのだが、しかしどうにもここだけは異空間というか、異次元というか魔界というか、船内の他の場所とは一線を画する空間というイメージを拭いきれない。

 たぶん、部屋の主がコイツだからそんな気がするのだろう、と思うことにする。

 

「珍しいのう、お主がやって来るとはのう。夜這いかえ?」

 

 そう言って暗がりの中で俺を迎えて笑うニュクスの翡翠の瞳が妖しく光る。

 見ればニュクスはいつものゴスロリ服を脱ぎ去っており、黒いシースルーのスリップという出で立ちだった。

 どうやらこちらも今から寝る、つまり調整漕に入るつもりだったところに邪魔したようだった。

 

「幼女に夜這い掛ける趣味はねえよ。一応来客だぞ。服くらい着ろよ。」

 

「ふん。儂の部屋の中で儂がどの様な恰好をしようが儂の自由じゃ。そもそも寝込みを狙うてやって来たお主が悪いわ。なんならそっちの成人体の方に取り替えるかえ? 調整は終わっておるし、その中ではちょうど裸じゃぞ?」

 

 そう言ってニュクスは笑ったまま視線で向こう側の調整漕を示した。

 寝込みなんざ狙ってねえよ。

 

「遠慮しておく。後でお前の身内全員銀河全域に拡散共有されるなんてまっぴら御免だ。」

 

 俺の台詞を聞いてクククと嗤うニュクスの脇を通り、これでも一応客を迎える気があるらしい二人がけのソファの端に勝手に腰を下ろす。

 もちろんソファも真っ黒い革張りだ。

 

 暗がりの中、素足で壁際まで歩いて遠ざかったニュクスが戻ってきて、ソファの前に置いてある重厚な木製のローテーブルに大きめのゴブレットとロンググラスを置いた。

 テーブルトップに置いてあるガラス板とグラスが触れ合う固い音がした。

 俺の前に置かれたゴブレットの中には暗い中でも弱い光を受けてはっきりと琥珀色と分かる液体が揺れており、ロンググラスには真っ赤な液体が七部目まで入っているのが見えた。

 とことんこだわる奴だ。

 ブラディマリーなのか、或いは只のトマトジュースか。案外健康アセロラドリンクとか、な。

 

 折角出してくれたグラスだからと口を付けると、慣れ親しんだ癖のあるスモーキーな香りではなく、もう少し軽く丸い甘みが口の中に広がった。

 コイツの趣味からして、たぶんフォアロージズの黒か。とことんこだわる奴だ。

 ここまで来ると呆れを通り越して感心する。

 

「で。何用じゃ?」

 

 ロンググラスの中身を一気に半分ほど飲み干したニュクスが、グラスをローテーブルに置き、二人がけソファの反対側に座りながら言った。

 ニュクスの傾いた身体の上を、真っ黒な絹糸を思わせる光沢のある髪がまるで水が流れるかの如く淀みなく流れて落ちる。

 ふむ。

 

「下らん駆け引き無しで単刀直入に訊く。WZDのシステムをクラックしたのはお前か? 何が目的だ?」

 

 黒いスリップ姿で暗闇の中ソファの背もたれにしな垂れ掛かるように座る黒い下着姿のニュクスの眼を正面から見ながら、こちらも真正面からどストレートに質問を投げた。

 暗闇の中、翡翠の瞳がまた妖しく光ったような気がした。

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 マサシの魔界大冒険です。

 とことんゴシックで中二な室内にしてみました。ただしやり過ぎて小汚いお化け屋敷にならない程度で。

 壁際にショーケースがあって、ガラスのケースの中には何十人ものニュクスがこっちを向いているとか、床に幾つもの棺が重ねて置いてあって、一つ一つにニュクスが入っているとか、色々憶測は跳んでいましたが、事実はこの程度です。

 その気になれば一晩で幾つでも作れますからね。無駄に並べておく必要は無いんですよ。ふふふ。


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― 新着の感想 ―
> セキュリティ解除を行い まぁ、予想通りですな。(笑 ネットナードのアクセス可能な所にブラックボックス置いたら、まずは開けてみますよね。 そう言えば、観測機器もブラックボックスでしたねぇ。既に開封済…
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