5. 歴史的事実
■ 14.5.1
「GRG#1、プローブドローン#1から#6射出します。目標、ソル太陽系土星近傍にて相互間隔1M。ホールオープン。プローブ#1射出、ホールイン。アウトホール座標移動。プローブ#2射出、ホールイン。アウトホール座標移動。プローブ#3・・・」
レジーナは六つのセンサープローブを土星宙域に向けて次々と射出する。
エンケラドスで燃料補給を行うならば、当然土星宙域にどれだけのファラゾア、或いはデールンネジカの艦隊が居るのかをはっきりとさせなければならない。
どちらの勢力の艦隊であったとしても、もし土星に水素補給用のプラントとステーションを打ち立て、その周囲に数百もの艦隊が燃料補給のために停泊している様では、例えWZDを持っているとしても恐ろしくてとても近づけたものではないからだ。
どこかの宙港にあるような、設備の整った燃料補給施設では無い。
分厚い氷の地表の下に隠れる海から、直接5000tもの水を汲み上げねばならないのだ。
状況にも依るが、数時間かそれ以上の時間を要する作業になるだろう事は間違いない。
エンケラドスの地表に降りてのんびりと燃料補給をしているところを、土星に停泊していた数百隻の艦隊に囲まれて艦砲射撃で矢ぶすまにされるなど御免被る話だった。
「全プローブドローン、射出完了。各ドローンからの情報来ます。ブリッジ中央に投映します。」
土星を囲むように、北方に三機、南方に三機配置されたプローブは、互いに100万kmの距離を保ちつつ、土星の引力に引かれて無推力でゆっくりと土星を周回する軌道に投入されている。
先ほど太陽系外縁にホールアウトしたとき、デールンネジカ艦隊の襲撃を受けるまでの僅かな間だが、ソル太陽系内の第三から第六惑星、即ち地球から土星までは惑星周辺に艦船のものと思しき多数の重力波発生源が存在することを観察している。
補給地にしようとしているエンケラドスが周回する土星周辺の宙域に、どれくらいの艦船が存在するかを探っているのだ。
ブリッジ中央農空間に、六基のプローブが光学観察した土星のホロ画像が浮かび上がる。
かの有名なリングを纏った土星の周囲に幾つもの光点が確認できるが、それらは全て土星の衛星であるという事が、そのすぐ脇に表示されているキャプションで分かる。
そしてそれとは別に、光点として認識できないほど小さな光点が、リングの外側僅か北方にずれた場所にかなりの数集まっているのが見える。
その脇には「UNKNOWN: FLEET」と表示されており、帰属は不明であるもののその集団が多数の艦船によって構成された艦隊である事が分かる。
「艦隊が居るな。集結中なのか? それともあの場所が泊地なのか。」
「パッシブセンサーデータによる帰属情報、あと少しです。現在積算処理、及び解析中。」
状況を知らせるレジーナの声が途切れて僅かな時間の後、「UNKNOWN」と表示されていたキャプションが「DAEERUNG-NAEJGICKA」に変わる。
どうやら土星を占拠しているのはデールンネジカ艦隊らしい。
「これは、ファラゾアが攻め込まれているのか?」
現在の状況から単純に考えると、地球人改造のために地球を占拠しているファラゾアは、この時代においても火星も占領しており、多分燃料供給源として木星を確保しているのだろう。
そこに星系外からデールンネジカが攻め込んできて、現在土星を占領したところ、という風に見える。
水素を大量に含む化合物であるメタンとアンモニアを大量に有する土星も、水素供給源としては充分に優秀な惑星だ。
「じゃろうの。全銀河的にみればファラゾアは数で大きく優勢ではあるが、同数の艦隊が戦った場合にはデールンネジカが圧倒的に優位じゃ。」
「列強種族のファラゾアに? ファラゾアは乗員を生体脳化して組み込んでいるだろう。それよりも有利なのか?」
もとより銀河種族達には地球人が誇るような雑多で煌びやかな文化というものに乏しいが、そのなけなしの文化とそして人間らしさを捨ててまでヒトを生体脳化して戦闘機械に組み込むのは、当然それが戦いにおいて有利であるからだ。
機械知性即ちAIを使わず、半ば手動でヒトが操る艦隊と、演算システムをバックボーンに持つ生体脳が操作する艦隊とでは、どちらがより有利であるかなど考えるまでも無い事だ。
だから生体脳化を採用しているファラゾアやラフィーダ、デブルヌイゾアッソは三十万年後の現代でも列強種族たり得ているわけで、列強種族の艦隊が後塵を拝するのは、圧倒的に高速な演算能力を持つ機械達と、そもそも反応速度や身体能力が戦闘用に強化されており、さらには銀河種族達が絶対に持とうとしない機械知性との連携で手が着けられない圧倒的優位な状態にある地球人の艦隊、それらただ二つだけだ。
「デールンネジカは、機械船を使うからのう。奴等の艦隊構成は、ヒトが乗って居る旗艦と、ヒトが一人も乗って居らぬその他の艦から成っておるのじゃよ。この時代、まだ確固たる人格を持ってはおらぬが、儂らのご先祖様と言って良い機械知性体が操艦する艦じゃ。知性体としてはまだ色々と未完成じゃから戦局の判断力なぞはさほど宜しい訳でも無いが、単艦の戦闘能力だけを較べるならば、やはりヒトの判断が介在するテランの艦よりも判断は早いし、それに単純に強いぞえ。なにせ、ヒトの生命維持に必要なもの一切が不要で、その代わりに兵器をごっそり積み込むことが出来る訳じゃしの。」
そうか。
機械戦争前のこの時代、銀河種族もAIを持っているのだという事を失念していた。
ニュクスやレジーナのような確固とした人格を持っているわけでは無いが、その前段階にある高度なAIがこの時代には存在するのだ。
つまりデールンネジカの艦隊構成は、群れのリーダであるヒトが乗る艦と、その手足となって働く多数の機械化艦という構成なのだろう。その比率までは分からないが。
ニュクスが言うとおり、反応速度で確実に優位に立つ機械化艦は恐怖や驚愕といったヒトとしての感情を持たず極めて効率的な戦い方をすることが可能だ。
レジーナの様に完全に人格を持つAIであれば自分が消滅する事を嫌がるだろうが、人格を持たないAIであればそのような感情も持たない。
コストの問題さえクリアすれば、大量の機械化艦に自滅覚悟の突撃を行わせるという様な戦い方も採れる。
それは確かに脅威だ。
生体脳によって制御されるファラゾア艦とは言えども所詮はヒトが乗って判断する艦だ。
機械によって操られる艦で構成されたデールンネジカ艦隊が圧倒的優位だというのも納得できた。
「ルナ、ファラゾアとデールンネジカの戦力比は分かるか?」
「固有兵装も考慮した正確な戦力比は無理ですが、艦船サイズだけでの単純戦力比であれば。中央に投映します。」
ルナが言うのと同時に、土星がゆっくりと回って表示されていたブリッジ中央のホロ画像が、惑星軌道の線を引いた模式的な太陽系の映像に切り替わり、各惑星付近で探知された艦種と数の情報を惑星の脇に表示する。
どうやらデールンネジカはソル太陽系内部方向に侵攻していく気満々で、ファラゾアもそれを迎え撃つつもりらしい。
デールンネジカ艦隊が土星宙域に数百隻集結し、比較的近い位置にある木星周辺宙域にはやはり数百隻のファラゾア艦隊が集結している。
「土星軌道以内での総戦力比は、デールンネジカ483、ファラゾア829です。ソル太陽系全域であれば、星系外縁を囲んでいるデールンネジカ艦隊を考慮して、945対829になります。双方とも、推進力を停止しているため検知できない艦艇数がそれなりの数あると思われます。」
「土星と木星の艦隊だけに限るとどうなる?」
「デールンネジカ429対ファラゾア613です。」
艦艇サイズだけでみるとファラゾアが1.5倍近く優勢に見えるが、先ほどの話がある。
「ファラゾア優勢なのか?」
「いや。無理じゃろうの。完全にファラゾアの劣勢じゃ。じゃから本国からの増援を警戒して、デールンネジカは星系外縁にそれなりの数を置いておるんじゃろうの。先ほどは二百五十隻ほどが姿を現したが、実際はその数倍から十倍は居るのではないかの。星系外縁ならば推進力を切ってアイドル状態で停泊可能じゃから、探知にも引っかかりにくいじゃろ。」
「とすると、この状態で交戦すれば、確実にファラゾアが殲滅される訳か。」
「間違いなかろうの。逆にデールンネジカにしてみれば、この状態で手を出さぬ理由が無いわ。そろそろドンパチ始めるんじゃなかろうかの。」
汎銀河戦争の交戦規程というか、不文律にて、銀河人類の国家が占有し居住惑星のある星系内での大規模な戦闘行為は忌避されるのだが、現在のソル太陽系にはまだ原始人でしかない地球人類が棲息しているだけなので、交戦規程の対象外となる。
双方遠慮なく存分に戦うだろう。
「大規模」などとはとても言えない、小競り合い程度の戦力でしかないしな。
そもそもファラゾアを含めた列強種族は、その交戦規程をそれほど重要視していないフシがある。
そのような交戦規程を守らずとも、強大な戦力を有する彼等にとって他種族から自領を守るのは容易いことだからだ。
どうやら俺達は、ファラゾアに占領されたソル太陽系をかすめ取ろうと攻め込んできたデールンネジカとファラゾアとの戦いの最終局面にちょうど出くわしたようだ。
ファラゾア絶体絶命の危機、か。
いい気味だ。
が、それで大丈夫なのか?
地球人類はファラゾアによって遺伝子改造されて産み出され、そして三十万年の後今度はファラゾアの科学技術を吸収することで技術的な飛躍を果たした。
確かにファラゾアは地球人類を隷属することを目的に侵攻してきた仇敵ではあるのだが、一方ファラゾアが居なければ色々な意味で地球人類の今は成り立たないと言って良いのも事実だった。
そのファラゾアがソル太陽系から駆逐された場合どうなるのだろうか。
もちろん、一度デールンネジカに占領されたソル太陽系を、大戦力をもってファラゾアが再占領するという可能性もあるだろう。
たぶん、歴史はそうだったのだろう。
或いは、機械戦争でデールンネジカが絶滅した後に、空白地帯となったソル太陽系を労なく再占領したか。
そうでなければ、ファラゾアが三十万年後に再び現れるはずが無かった。
しかし、それでも。
「・・・やるぞ。」
例えすでに仇敵たるファラゾアによって占領されており、目の前で地球人類に対する改造が行われている最中であったとしても。
そのままであればすんなりと良く知る地球人類の歴史に繋がっていく状況の筈が、それを邪魔しようとする動きがあるのを見過ごせなかった。
ファラゾアをまるで味方であるかの様に考えること自体が奇妙なことなのだが、しかし先ほども言ったとおり、地球人類の成り立ちの重要な部分を奴等が占めていたのも確かなのだ。
目の前でファラゾアにより行われているソル太陽系の占領と地球人類の改造は、はらわたが煮えくり返るほどに腹立たしいものではあっても、しかしその地球人類の正しい歴史に横槍を入れようとする存在を別の次元で許しておけない怒りが、静かであっても熱く沸き起こるのを感じた。
例えそれでニュクスの言う因果律が薄まり、三十万年の未来に突き刺さる俺達の帰還のための錨が多少細くなろうとも。
「過去に干渉する気かえ? その危険性は今説明したばかりじゃと思うたがのう。どうやらお主の頭にはやはり筋肉さえも詰まって居らぬと見えるの。」
俺の言葉を聞いたニュクスが眉を顰めてこちらを見る。
目の前でゆっくりと回る太陽系中心部の戦力分布から眼を外して、そのニュクスを見た。
「どうせ放っておいてももうしばらくしたら絶滅する奴等だろう? ここでほんの少しだけ先行販売してもたいして変わるまい。どのみちすぐに在庫一掃セールだ。」
「・・・ふむ。確かに少々やらかしても、影響は限定的かも知れぬのう。
「しかしお主正気か? デールンネジカの艦隊は、全体で確実に千を越えるのじゃぞ?」
「それを全部相手にする必要も無いだろう。俺達が用事があるのはエンケラドスだけだ。どうやら都合の良いことに、奴等は今からドンパチやらかす気満々で艦隊を整えている最中だ。という事は、土星宙域で集結中の艦隊は、もうすぐ木星に向かって出撃するはずだ。連中が木星に駐留しているファラゾア艦隊と交戦状態に入って、そう簡単には引き返せなくなったタイミングを見計らって土星宙域に突入する。鬼の居ぬ間に俺達はまんまと燃料をせしめてレジーナは腹一杯になり、ついでに行きの駄賃で奴等の艦に何発かぶち込んで鬱憤を晴らしていくとするか。」
当たり前だ。
色々チート装備を持っているからと云って、たかが中型貨物船一隻で軍艦の艦隊を相手に出来るなどと思っちゃいない。
ただ、油断しているところにホールショットを何発かぶち込んでやれば、ホールドライヴなど見たこともないこの時代の連中は相当慌てて大混乱するだろう。
運が良ければ戦艦の一隻でも行動不能にしてやることが出来るかも知れない。
それが見られるだけでも多少は溜飲が下がろうと云うものだ。
「ふむ。驚いたのう。筋肉程度は詰まっておるようじゃ。珍しくものを考えておるわ。
「じゃが、確かにそのタイミングが一番良かろうの。ものを考える筋肉を持っとるとは、まっことテランは相も変わらず奇妙な生き物じゃの。」
散々好き放題言ってくれたニュクスが、再び太陽系中心部の戦力マップを眺めていた視線をこちらに向けてニヤリと笑った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
過去で余計なことをすると未来に戻れなくなると言いつつも、どうせ好きに暴れるんだろ、と思って居られた方。
その通りです。w




