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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
3/82

3. 東東京、最下層

  

 

■ 12.3.1

 

 

 昼なお薄暗く、お世辞にも綺麗とは言えないビルの谷間の道路を歩き、メイエラから指示された路地を見つけ出すと、表通りよりもさらに薄暗くゴミが散乱しているその路地に入り込み、辺りを見回して隠れることが出来る物陰を見つけ出して、そこに入り込む。

 東京は巨大都市にしては比較的治安の良い方ではあるが、旧市街東部のこの辺りの地上はその例外的な地域であり、お世辞にも治安が良いとは言い難い。

 勿論それでも、上海やサイゴン、或いはハバロフスクなどに較べればかなりマシな方ではあるのだが、そうは言っても地上で目立つ真似をしてわざわざトラブルを呼び込むようなことはしたくない。

 特に今は、機械達と地球軍の連名で依頼されたカルトな機械知性体のねぐらを探す調査行動中なのだ。

 変に騒ぎを起こして相手に気付かれてしまい、折角機械達が苦労して半径5kmにまで絞り込んだ潜伏先から逃げ出されるような、そんな間抜けな失態を晒したいとは思えなかった。

 故に俺は、常にレジーナと共に自分の周囲を警戒しながら東京の下町を自分の足を使って地味に歩き回っていた。

 

「そこで良いわ。しばらく止まってて。解析進行中。完了まであと4分20秒。」

 

 メイエラからの音声通信が頭の中に響く。

 彼女は俺がポケットに忍ばせた小型の量子通信機を通してこの場に手を伸ばしており、周囲に存在する無数のアクセスポイントからネットワークに入り込んで、この辺りに潜伏しているはずのカルト野郎の痕跡を調査している。

 ネットワークの調査であるならば、わざわざ俺達がこんなところまで出張ってこなくとも、それこそ物理的距離を無視できるネットワーク越しにやってしまえば良いように思えるが、ブラソンを始めネットワークチームの全員がそれを否定した。

 なんでも、現地のアクセスポイントから実際にネットワークに入り込んで、カルト野郎が逃げ回ったときの動きを再現し追跡することで、より正確かつ迅速に相手がアクセスしていたノードを特定できるのだそうだ。

 ネットワークについて詳しくない俺は、そういう話になればブラソン達の言うことを黙って聞くしか無かった。

 

 俺はメイエラの声を聞きながら、目立たないダークグレイの上着のポケットに右手を突っ込み、煙草のパッケージを取り出した。

 パッケージの中に一緒に突っ込んであったライターを取り出し、パッケージを一振りして頭を覗けた煙草のフィルタを咥えて抜き出す。

 ライターで煙草に火を付けて大きく煙を吐き出すと、再びライターをパッケージの中に差し込んで、パッケージをポケットに戻す。

 

「地球を救う地味な仕事だぜ・・・ったく。」

 

 盛大に煙を吐き出しながら、溜息と共に誰に聞かせるとも無く思わず独り言を呟き、薄らと紫煙を立ち上らせる煙草を咥えたまま空を見上げる。

 しかし見上げた先には空など無い。

 そこに見えるのは頭上数十mの位置に構築された地表第二層の構造物の薄汚れた底部と、その底部表面をゴチャゴチャと走り回る芸術的なほどにまで混沌とした各種配管が織りなす立体的構造物のみだった。

 

 地球上の、そして他の惑星上に存在する多くの都市と同じ様に、東京もまた複数層からなる立体的な都市構造を有している。

 高さ数百mもの高層ビルがひしめき合って建ち並ぶ市街地は、地上からの高さ数十mの位置に造られた、第二の地表と言って差し支えない一続きの巨大な連絡通路で繋がっている。

 都心にほど近いこの辺りであれば、その第二層のさらに数十m上方に第三層が構築されており、都心に近付くにつれて第四層、第五層と、立体構造は上に向かって増加していく。

 

 地上の上に第二層、第三層と空中通路を積み上げるメリットは沢山ある。

 例えば、常に場所の取り合いになり、朝のラッシュアワーなど数十万ものビークルが狭い地域に密集し身動き取れなくなる、ビークルの客の乗降場所問題の解決。

 例えば、地上数百階もある超高層ビルから大量の人間が降りて来て他所へ向かおうとするとき、敷地面積の数百倍の床面積を保つ建物から降りて来た大量の住人で起こる地上階の殺人的過密状態の緩和。

 例えば、無収入者や浮浪者、孤児達が住み着いて、薄汚れゴミだらけになった路地が接続された地表の道路の上に、蓋をし、覆い隠し、眼に入らないように、無かった事にしてそれらの事から目を背けるのに最適である、とか。

 古くなり汚れてしまった地表部分と、そこに住む浮浪者やならず者、留まるところを知らず悪化していく治安と頻発する犯罪との間に仕切りを入れ、その上に暮らすことで地上の汚いものと隔離し、自分は連中とは違う、定職と収入のあるちゃんとした人間なのだと、自尊心を満足させる時など。

 

 東京に限ったことでもなく、そして地球に限ったことでもなく、多層化した都市の本来の地表、今や地表の最下層である部分は、治安が悪化し、後ろ暗い連中が屯するようになり、仕舞いには警察権力さえ及ばない、手を出せないような殆ど無法地帯と化したスラム街に近い状態へと変わってしまうのが常だった。

 その最下層に、今俺はいる。

 軍のお墨付きをもらっているとは言え、ほぼ違法とも言えるネットワークへの侵入の手助けをあちこちで行わねばならず、そしてそもそもが目標が潜伏している可能性が高いと予想されているのがそういう場所だった。

 地上を自分の足で歩き回って調べて回るのが、いろいろと一番都合が良いのだ。

 

「オーケイ。作業完了。結構近いかも。次は二ブロック先のポイントL・・・を飛ばして、ポイントRに行って。その方が差分が取りやすいわ。」

 

「諒解。ポイントRな。」

 

 俺は短くなった煙草を地面に落として踏みつけることで路地裏に散乱するゴミを一つ追加すると、左目の視野に投映されている地図上に表示されている、メイエラが指定したポイントRに向かって路地を出ようと歩き始めた。

 道が分かり易い市街地なので流石にAARのナビゲーション線を視野に表示するようなことはしていないが、調査予定のポイントと自分の位置は常に地図上に表示されているので、迷うことなく次の目的地を目指すことが出来る。

 

「マサシ。東側から地元のチンピラと思われる四人組が接近しています。そのまま通りに出ると視認されます。」

 

 周囲の索敵を担当してくれているレジーナから警告が飛び、思わず一瞬足を止める。

 思い直して再び歩き始める。

 とりあえず今日一日この辺りを歩き回った。もしかしたら何日も続くかも知れない。

 それなのに、出会うチンピラ全てから逃げ回っていたのでは面倒で仕方が無い。

 騒ぎにならない程度に軽く痛めつけて、近寄って来ないようにした方が話が早い。

 

「構わん。喧嘩を売ってくるなら買うまでだ。」

 

 そう言いながらそのまま歩いて通りに出た。

 治安の悪い場所を歩き回るのだ。当然俺はAEXSSを着て来ている。

 そうで無ければ、ただの船乗りの俺が地球でこんな強気の行動に出られるわけもない。

 スーツには飛翔用のジェネレータバックパックと、腰には目立たない様に振動ナイフを二本、左脇には火薬式のハンドガンをホルスタに差している。

 武器携帯にやたらとうるさい日本の地方警察に見つかると、確実にしょっ引かれるだけの武装をしていた。

 その上からダークグレイの目立たないジャケットを引っかけているので、傍目には黒いツナギの上にブカブカのコートのような上着を引っかけただけの、何処かの町工場で働く工員に見えないこともない。

 ・・・いやちょっと無理があるか。

 AEXSSは作業用のツナギにしては少々身体にフィットしすぎている。

 いずれにしても、AEXSSを着てこれだけ武装していれば、地元の半グレ程度なら相手にもならないだろう。

 

「あんまり騒ぎを起こして目立って欲しくないんだけど?」

 

 メイエラの迷惑そうな声が聞こえた。

 

「そのチンピラ四人と、例のカルト野郎がお友達というわけでも無いだろう。その場ですぐに始末すれば済む話だ。」

 

「え? 殺すの?」

 

「殺さねえよ。日本は警察がうるさいんだ。住人も犬のように警察の言う事を良く聞くしな。殺せばすぐに警察がやって来て騒ぎになる。流石に俺でもそれくらいの分別は持ってるぞ。」

 

 治安維持や疾病などの緊急対応という意味で、エリア内に存在するID、即ちチップが突然活動停止すると警報を発する監視システムが存在する。

 人を殺せば、当然そのシステムに引っかかる。

 もっとも、そのシステムがスラム街化している地表部分を監視対象にしているかは不明であるし、近付いてきているというチンピラ達が自分達の都合でシステムの監視対象から抜けている可能性も高いが。

 

 そうこうしているうちに、後ろから複数の足音が近付いてくるのが聞こえた。

 俺もそれほど体格の良い方じゃ無い。

 昼間からこんなところを独りでうろついている、一見たいして強そうにも見えない男というのは、多分連中からしてみれば良いカモなのだろう。

 

「よう、兄サン。何してんのー?」

 

 後ろから声を掛けられ、俺は足を止めて振り向いた。

 いかにも、と云った人相の四人組がニヤニヤとしながらこちらに近付いてくる。

 声色は明るく朗らかだが、その嗤い顔を見れば何か難癖付けて絡んでこようという気が満々であることが分かる。

 

 一人は古びて色褪せ縒れた赤い柄シャツを着た筋肉質の男。

 その隣は、スキンヘッドにサングラスを掛け黒い薄汚れたタンクトップにだぶだぶのカモフラージュズボンを履いたガタイのいい男。

 その右は、もとの柄が分からない程に古くなった茶色いシャツに、破れたジーンズに鎖をぶら下げジャラジャラと音をさせている、細身の男。

 一番右は、緩い部屋着のような適当な上下の下に、よく分からない奇怪な模様がプリントしてある黒いTシャツを着た、角刈りにサングラスを掛けた、いかにもと云った風采の固太りの男。

 声を掛けてきたのは、一番左にいる赤い柄シャツの様だった。

 俺は足を止めているが、向こうが歩いて近寄ってくるので、距離は10mを切っている。

 

「この辺り、オッサンの一人歩きは危ないよお? 柄の悪いのが多いからねえ・・・俺達みたいに。」

 

 四人は喋りながら距離を詰めて来て、残り2mというところで、台詞を言い切ると同時に赤い柄シャツが右手にナイフを出した。

 柄シャツとスキンヘッドが俺の正面で立ち止まり、鎖を下げた奴と角刈りサングラスがそのまま歩いて俺の後ろに回る。

 俺の逃げ道を塞いだのか。

 こいつら、慣れてやがるな。毎日こんな事ばっかりやってやがるんだろうな、と思った。

 

「俺達が護衛してやんよ。他の奴等に絡まれない様に。だ~からちょっと契約金が欲しいな~。」

 

 俺が黙って四人を観察していると、ナイフを俺に突き付けている赤い柄シャツがニヤニヤと笑ったまま喋り続ける。

 どうやらビビって言葉が出ないと思われているらしい。

 そんな、相手の雰囲気も読めない程度の奴等のようだ。

 

「そうか。契約成立だ。契約金はタダだがな。」

 

 そう言って俺は一歩踏み出すと、赤い柄シャツの右手を、俺の右手でナイフごと握った。

 予想外の動きに柄シャツは動けず、そのまま俺に右手を握られてしまった。

 そして、ナイフごと柄シャツの右手を握り潰す。

 

(テン)!! 哇!!!」

(痛ぇ!)

 

 柄シャツが叫ぶ。

 日本語のアクセントに多少違和感を感じていたが、どうやら大陸方面から流入してきた奴だったようだ。

 最近特にそういう連中が多くなっていると聞く。

 

「どうした? 契約成立の握手だが。護ってくれるんだろう?」

 

 そう言って柄シャツの身体を引き寄せてスキンヘッドからの攻撃を躊躇わせる。

 

「コノヤロウ!! ブッ殺す!」

 

杀死(シャースゥ)!!」

(ぶっ殺す!)

 

 後ろの角刈りが取り出したハンドガンを左脚で蹴り上げ、鎖男が突き入れてきたナイフを左手で払う。

 運良く暴発しなかったハンドガンが空高く飛んでいき、ナイフが脇の建物の壁に叩き付けられて震える金属音を立てる。

 二人とも武器を構えていた右腕は折れている。

 

 そのままの流れで柄シャツの右腕に左腕を軽く叩き付けて折り、右手で引っ張って、これも脇の壁に叩き付ける。

 嫌な音がしたが、水音はしなかったので頭蓋破裂とかにはなっていないはずだ。多分生きている。

 

 残るはスキンヘッド一人だったが、明らかに動揺していた。

 

「て、テメエ! 殺すぞ!」

 

 どうやら、日本人二人、大陸人二人のバランスの良いチーム構成だったようだ。

 俺が一歩踏み出すと、右手のナイフを突き出しながら一歩下がる。

 

「そうか。頑張れよ。」

 

 そう言って更に踏み込み、左脚でスキンヘッドの右手を蹴り上げた。

 ナイフは何処かに飛んでいき、スキンヘッドの右手は手首の手前であり得ない角度に曲がった。

 

「あ゛があ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 絶叫するスキンヘッドを右手で軽く撫でてやると、頭から地面に突っ込んで静かになった。

 発泡セラミックの粗い路面で額が石榴のように弾けてはいるが、身体が痙攣していないので多分死んでいないだろう。

 

 俺は軽く息を吐いて辺りを見回す。

 人影は無いので、多分誰にも見られていないだろう。

 レジーナからの警告も飛んでいない。

 メイエラが何も言わないところをみると、多分付近のカメラにも映っていないのだろう。

 もっとも、最下層の監視カメラなど、生きているものの方が珍しいのだろうが。

 

「周囲に他の脅威ありません。クリア。」

 

「殺さず無力化するちょうど良い練習相手になった。スーツを着てると、どうにも力の加減が難しい。」

 

 相手が地球人以外の銀河種族なら、簡単なのだ。

 地球人相手だと、下手に相手も戦闘力がある分手加減がし難い。

 ただ殺して排除するだけなら楽なのだがな。

 最下層でも、殺すと流石に面倒になる可能性がある。

 警察では無く、殺された奴が所属していた組織や仲間達が。

 そうすると、今の依頼に支障が出る可能性がある。

 腕や足を折られてぶちのめされるのは日常茶飯事だろうから、騒ぎにもならないだろう。

 

「その辺に生きてるカメラは無いわよ。良かったわね、オッサン。」

 

 レジーナの落ち着いた声と、十代の子供のような喋り方をするメイエラの声が頭の中に響いた。

 こいつ、微妙に気にしていることを。

 

「オッサン言うな。」

 

「なに? 気にしてんの? さっさと次のポイントに行ってね、オッサン。」

 

 明らかに笑いが混ざったメイエラの声が頭の中に響く。

 こいつもだんだん遠慮が無くなってきたな。

 まあ、悪いことじゃない。

 俺は路上に転がる四人を放置し、メイエラの示す次の調査ポイントへと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 錦糸町あたりは、今でも夜になると多国籍無法地帯っぷりを見ることが出来ますが、地球連邦として統一されて三百年、国境による移動の制限も殆ど無いこの次代では、大陸と日本を隔てるのは海だけです。

 流石に海は泳いで渡るわけにも行かず、上海やウラジオストクなどの大陸の都市に較べると、他地域から東京への人口流入はかなり少ないものと思われます。

 ちなみにですが、AEXSSを着用した状態で生身の人間を本気で殴ると、頭パーンになります。

 AEXSSを着用するようになってかなり時間の経つ正司なので、力の加減もかなり上手くなっています。


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