2. デールンネジカ
■ 14.2.1
「ホールアウトしました。追跡艦はありません。緊急離脱成功。」
「オーケイ。よくやった。損害確認。」
とりあえずの危機が去って、俺は無意識に詰めていた息を吐いた。
僅か十秒弱の事とは言え、二百五十隻からの集中砲火を受けたのだ。相当な損害が発生しているはずだった。
むしろ、生きているのがラッキーだと言っても良い。
逃げ出すのが早かったからなんとかなったが、ミサイルの一発でももらっていたら逃げ出すことさえままならず完全に破壊されていた可能性が高い。
「燃料タンクR1、R2、L2が大破しています。燃料の漏出を止められません。L1には820tの燃料が残存。通常の15%の残量です。」
「船首底部B砲塔が大破。使用不能です。船体中央部に破断孔。隔壁Cより後方の居住部分には完全に空気がありません。クルー居住区には圧力低下無し。」
「アデールとミスラは無事か?」
「私は無事だ。なかなかスリリングなクルージングだったな。」
「ミスラは自室で無事です。怪我もありません。少し怖がっている程度です。」
「オーケイ。人的損害が無くて何よりだ。他に損害は?」
「#2リアクタに損傷があります。#4ジェネレータ大破、#6ジェネレータ損傷、機能低下。リアクタ全体出力は70%、ジェネレータ全体出力は75%にまで低下。対レーザーコーンに破損多数。主立った船内設備の損害は以上。その他船殻に破壊孔多数。航行そのものに支障はありません。」
頭が痛くなるような大損害だが、俺達はまだ生きている。
レジーナも機能の七割以上が生きている。
まあ、燃料は少々心許ないが。
「積み荷は無事か?」
「貨物室に目立った損害ありません。コンテナは固定されています。ただし、気圧ゼロです。」
もともと試験でかなりの数が損耗することが見込まれており、荷を受け取るときに全てのドローンを持ち帰ることは無理だろうと言われていた積み荷は、どうやらまるごと無事なようだ。
世の中得てしてそんなものだ。
「さて、負担を掛けて済まないが、ニュクス。修理を頼めるか。優先度は、燃料タンク、居住区の気密、リアクタ、ジェネレータの順だ。」
トータルでの能力は低下しているとは言え、リアクタは五つ、ジェネレータは八つがまだ生きている。
先に燃料タンクと居住区を修理しなければならない。
何れも切実な問題だ。
燃料が空っケツになってしまったので何処かで補給せねばならない。
先ほどのソル太陽系っぽい星系は、どうにも安心して燃料補給できそうでは無い場所の様だった。
何処か他の星系で水か氷を探して補給する必要があるが、この先何が起こるか分からない。
出来れば燃料は持てるだけ大量に持っておきたいところだ。
そして居住区。
ブリッジ後方の非常用備品庫に数百食分の非常食は備蓄があるが、あのパサパサで酷い味の個体成形物には、余り長期間世話になりたいとは思えない。
早いうちに客室区画の機密を確保して、キッチンとダイニングを取り戻したい。
もちろん、取り戻したところで燃料の水が無ければメシも作れない。
ので、優先順位一位が燃料タンクで、二位が客室区画だ。
「分かっておる。820tの内の600tほど貰うぞえ。それで燃料タンクは四つとも全て使えるように応急修理出来る。居住区の気密もなんとか出来ようぞ。パワーコアとジェネレータは後回しじゃ。その後、一度燃料タンクをフル充填出来れば、残りの場所も全て直せようの。それでも残る燃料は200tじゃ、ちと心許ないの。どこぞで補給出来れば良いのじゃが。」
「レジーナ、ソル太陽系を除いて、一番近い補給ポイントはどこだ?」
「ロス128の第二惑星に水補給ステーションがあります。第四惑星に水素補給ステーションがありますが、こちらで水を買うと当然割高になります。ロス128星系はソル太陽系から約十一光年ですが、現在位置が未特定です。」
そうか、その問題があった。
「200tの燃料で何日保つ?」
俺の問いにはすぐにレジーナから返答があった。
「本船の燃料消費は、リアクタ用、生活消費分合計で平均約1.5t/日、過去最大2.5t/日です。最大消費で八十日生存可能です。」
八十日。
長い様に思えるが、なんだかんだとトラブルに巻き込まれればあっという間に過ぎてしまうだろう。
よく分からない迷子になってしまった今の状態では、とても心細い状態だ。
だが。
「八十日か。充分だ。その間に追加の水を手に入れれば良い訳だ。難しい話じゃ無い。
「さて、ニュクスには燃料タンクと居住区の修理を始めてもらうとして、まずは自分達の置かれた状況を整理するか。」
「済まんが、本格的な修理開始まで三時間程貰うぞえ。燃料と一緒に、保管しておいたナノボットの殆どを失のうてしもうた。まずはボットを生成するところから始めねばならぬ。」
「勿論だ。さっきの600tにはそのボット分も入っているんだろう?」
「当然じゃ。」
「オーケイ。それで進めてくれ。細かいところは任せる。何かあったら教えてくれ・・・妙な改造はするなよ?
「さて。迷子になった上に故郷が妙なことになってしまっている訳だが。ハバ・ダマナンのクロック信号は受信出来ているんだよな?」
「はい。主だった銀河種族の貿易港から発信される信号の殆どは受信出来ています。その他殆どの銀河種族居住星のクロック信号も確認しました。」
地球もそうだが、銀河人類が居住している惑星やステーションの多くは、その居住場所の標準時間を基にしたクロック信号を量子通信を介して発信している。
ただ単にその場所を訪れる者が時計を合わせる為であったり、その強度で発信元との距離を測ったり、場合によっては信号の有無でそこに住む人々の安否確認にも使えたりする代物だ。
地球のクロック信号が途絶えているという事は、つまり地球に何かあったことを示している。
占領されたか、破壊されたか、或いは地球人が絶滅したか。
もちろん、ただ単にクロック信号発信局のトラブルの可能性もあるが。
だがいずれにしても、ハバ・ダマナンの信号は捉えている。
最悪、いつも俺達が拠点としているハバ・ダマナンに行けば、生きていけるという事だった。
地球のことはもちろん気に掛かるが、最悪の場合に逃げ込む場所があるというのは心強い。
「ただ、クロック信号は受信出来たのですが、データの内容が取得出来ていません。」
と、レジーナが続けた。
「どういう意味だ?」
「信号自体はゲインも強く確実に受信出来ているのですが、その信号の内容が読み取れません。どうやらシェイクハンドプロトコルが通常のものとは異なっている様です。全てのクロック信号局で同様の問題が発生しています。逆に本船から主要な基地局に発信した呼びかけには、どの局も一切の応答がありません。ですが、本船側の送受信プロトコルをチェックしても、特に異常は見当たりませんでした。」
と言われても俺には分からん。
そういうときにはその道の専門家に頼るに限る。
「ブラソン? 分かるか?」
「妙な話だ。とりあえず見せてくれるか?」
「諒解です。送受信データ送ります。併せて本船側のプロトコルとコーダの確認もお願い出来ますか? 特に異常が発生する様なトラブルは無かった筈ですが、ホールジャンプの異常との関連が気になります。本船のシステムに何か根本的な異常があるのかも知れません。」
「オーケイ。早速取り掛かる。」
ではそっちはブラソンに任せるとして、だ。
「何もかもが変で、まるで異世界にでも紛れ込んだみたいだ。気に入らんな。ソル太陽系内に船の動きはあったんだよな。電撃占領されたか? 襲ってきた艦の帰属は?」
「ライブラリに一致する形状の船種がありません。3000m以上級の戦艦クラスの船が確認されており、何れの艦艇にもある程度共通するデザイン性が認められますので、海賊やマフィアでは無く、何処かの国の軍隊だと思われます。ババ・ダマナンの商船組合連合のデータベースを使っていますが、該当船種無しです。」
と、ルナがいつも通り淡々と述べた。
ハバ・ダマナンは自由貿易港だ。
そこに拠点を構える多くの商船組合や運送組合が共同で運営している商船組合連合のデータベースは、公式に発表されたものや個人からの報告までをも基にして、各国の軍艦から個人所有の貨物船まで、大量の船舶のデータが格納されている。
量子通信での星系間データ通信は出来ない為、レジーナを含む多くの船舶はその巨大データベースをローカルにダウンロードして利用しているのだ。
ちなみにその船舶データベースには、商船組合に登録しているレジーナの外観や概要諸元データも含まれている。
それほどの巨大データベースの中に、最近建造されたばかりの個人所有の船ならともかく、あれだけの数を揃える勢力の船が全く見当たらないというのも妙な話だった。
商船組合連合のデータベースに見つからない船が、こちらも新興勢力とは言え、機械達とともに億を超える艦艇を擁するソル太陽系を占領出来る、というのも納得出来ない話だった。
「矛盾しているな。逆にとんでもなく古い船である可能性は?」
「ライブラリは十万年前までの船舶情報が含まれます。それ以前の旧式は消去されていますが。」
ひとつの船舶が十万年も稼働状態にある事はあり得ない。
そしていかなのんびりとした銀河種族と言えども、十万年もすれば様々なところが改良されて、そんな旧式を大改造無しで使う事はあり得ない。
大改造した船舶は、どのみちライブラリにヒットしない。
手に入りやすい遙か昔の旧式艦の設計図を基に建造して、大改造を加えて使っているという可能性は捨てきれないが。
それにしても余程の大改造でない限り、類似の船舶がヒットするはずだ。
かすりもしなくなるほどの大改造なら、はっきり言って新しく設計図を引き直した方が簡単だろう。
質量の配分や配管や配線の効率、船体強度の問題など、下手にいじると船全体のそういったバランスが崩れて支離滅裂なことになる。
船というものはその辺りの絶妙なバランスの上に造られているのだ。
それを全てバランスを取り直す労力を考えるなら、一から新しい設計を起こす方が余程楽だと、以前シャルルに聞いた事がある。
「光学観測データと推進器の重力波紋を見せてもろうたが。デ-ルンネジカの船に似ておるの。船体後部に大量に設置された放熱板と、かなり丸みを帯びた三角形の断面を持つ艦体が主な特徴じゃ。」
と、船体の修復に注力しているはずのニュクスが口を挟んだ。
彼女達の記憶と記録は、この銀河最大のデータベースでもある。
つまり、ハバ・ダマナンの商戦組合連合が提供するデータベースよりも遙かに大規模で且つ正確なデータベースを検索した結果ヒットした、ということだ。
「デールンネジカ?」
種族名か? 聞き覚えの無い種族名だった。
ソル太陽系を電撃占領出来るほどの大きな勢力を持つ種族名ならば、流石に俺でも知っている。少なくとも名前を聞いたことくらいあるはずだ。
が、デールンネジカという名前に心当たりは無かった。
「機械戦争時に滅亡した種族の一つです。機械戦争前には、当時の七大列強種族に次ぐ勢力を持っていました。」
「機械戦争で滅亡した? どういうことだ? 何でそんな船がソル太陽系を占領してるんだ? 古い軍用船は設計図が手に入りやすいとは言っても、限度があるだろう。」
しかもそれが一隻や二隻ではなく、二百五十隻も現れたのだ。
常識で考えて、誰かがそのデールンネジカの設計図を手に入れて大量の船を建造したと考えるよりも、デールンネジカそのものの艦隊と考えるのが普通だろう。
だが、その種族は三十万年も前に滅亡したのだという。
一瞬、嫌な想像が頭をよぎった。
だが、すぐにそれを打ち消す。
余りに馬鹿馬鹿しい想像だったからだ。
「先ほどの襲撃に加わっていた二百四十三隻全てが、先ほどニュクスの指摘した特徴的な外形を有しています。全て同一の設計思想の下に建造された艦船であると思われます。」
或いは、全てが三十万年前のお宝設計図面を運良く大量に掘り当てた誰かが造ったか、だ。
「ちょっと良いか?」
と、ブラソンが話に割り込んできた。
「どうした?」
「今議論している話題に決着がつく話かも知れん。が、ちょっと余りにぶっ飛んだ話で、な。」
と、奴にしては妙に歯切れの悪い前置きを置く。
「言ってくれ。何もかもが混乱していて、状況を整理するためには今はどんな情報でもありがたい。」
「あー、余計に混乱させるかも知れんのだがな。
「とりあえず、各基地局からのクロック信号の解析ができた。無事解析は出来た。で、レジーナが内容が読み取れないと言った理由も分かった。どの基地局のクロック信号も、旧プロトコルを使っている。というか、プロトコルだけじゃ無くて信号のバーストパケット自体の書式が旧い。彼女が今のプロトコルを使って読み込もうとしても、まあ無理だろうな。」
「『旧い』というのは?」
「全ての基地局が、今はもうとっくに使われなくなった量子データ通信用の旧プロトコルを使ってる。この書式は、機械戦争前に使われていたものだ。機械戦争時に量子データ通信を使って銀河中のネットワークを機械達に一瞬で乗っ取られた後、完全に破棄されて使われなくなったデータ書式だ。」
ブラソンが何を言っているのか理解できなかった。
いや、言葉そのものは理解できている。
その内容が理解できない。
が、そんな俺の混乱した思考を余所にブラソンは続けた。
「つまり、だ。この船を取り巻く銀河中が、危険なので今は絶対に使われなくなった三十万年以上前の通信方式をみんな使ってる、ってこった。」
「矛盾してるぞ。絶対に使われないんじゃないのか?」
「そうだ。機械戦争を二度と引き起こさないよう、絶対に使われない。
「そんな顔をするな。矛盾してないさ。要は、俺達は三十万年前の世界にタイムスリップしたらしい、ってだけのことだ。
「ほら、さっきの艦の帰属結果とも矛盾しないだろう?」
と言って、ブラソンは愉快そうに口角を上げる。
冗談なのか本気なのか、いずれにしても面白がっているらしい。
こいつは、一体今自分がどれだけ馬鹿なことを言っているか理解しているのか。本気で言っているのか。
と、微妙に目を眇めてブラソンを見てしまう。
しかしそんな俺はレジーナからとどめの一撃を貰う。
「本船の位置特定完了しました。位置特定用標準星の三十万年前の座標を算出。僅かな誤差で一致します。一部超新星が確認できませんが、これは超新星爆発記録と一致します。現在位置、ソル太陽系から約一光年。全てのデータの矛盾をクリアしました。」
・・・・・なんてこった。
いつも拙作お読み戴き有り難うございます。
・・・という展開にしたかったので、「タイム・トラベラー」というタイトルは、前章の間話に使用しました。
というか、この章、ホントに書くかどうかかなり悩みました。
余りに荒唐無稽すぎて、ちょっとやり過ぎの様な気もして。
まあそこはSF小説なので何でもアリかなと云うのがひとつと、このまま進んでいくとシードとかとの絡みでどんどん地味になっていってしまうような気もして、ここらでいっちょ派手なテーマ突っ込んどくか! と。




