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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十四章 故郷(ふるさと)は遙かにありて
27/82

1. 沈黙


 

 

■ 14.1.1

 

 

 往路のホールドライヴに掛かった時間を考えると、そろそろホールアウトだろうと、ブリッジの船長席兼操縦士席で船の状態を示す各種計測値を眼前に浮かぶコンソールウインドウに表示して軽くチェックしていたところで、電子音が鳴った。

 

 地球連邦軍から支給された最新鋭のWZD(ゼロゼロドライヴ)を搭載しているレジーナは、その名の通りのゼロ速度ゼロ時間のホールジャンプを行うことが出来るため、本来ならホールインした次の瞬間にはホールアウトして目的地に到着することが出来る。

 だがこの度連邦軍が持ってきた相も変わらず無茶振りの依頼は、前人未踏とまでは言わずとも、通常では行われることの無い三十万光年という超長距離ホールジャンプを行う必要があったため、WZDの機能を大きく制限して通常のホールジャンプに近い条件のパラメータ設定でホール形成を行い、レジーナは最近では余りしなくなった長時間のホール内空間航行を行っていた。

 

 長時間とは言っても、それでもまだ普通のホールジャンプに較べればホール内空間通過時間は遙かに短い。

 ただ、任意の速度でホールインして任意の速度でホールアウト出来るゼロ速度、ホールインした直後にホールアウトできるゼロ時間で行うゼロゼロジャンプは、速度とホール内航行時間を好きに設定できるようにするため時間と空間に関するかなり複雑で面倒な処理を行っており、当然それだけジェネレータやホールドライヴデバイスに掛ける負担も大きいというので、これまで経験したことの無い超長距離ジャンプを行うに際して無理の無いかなり「緩め」の設定でホールを形成し、ホールインしたのだ。

 

 そして俺達ブリッジクルー全員、きっちりブリッジに詰めて自席に座っている。

 万が一のトラブルが発生したとき、幾ら自室からでも操縦できるレジーナとは言え、自席に接続されたHMDユニットがあって表示情報密度が高く、シートベルトで身体を固定できるブリッジに居る方が様々な点で有利かつ速やかな対応が出来るためだ。

 

 往路ではかなり緊張した三十万光年の超長距離ジャンプだったが、恙無くホールアウトし、連邦軍からの依頼だった三十万年前の地球の観察もトラブル無く終えているので、帰りのホールジャンプは同じ超長距離ジャンプでもブリッジには弛緩した空気が流れていた。

 俺はすでに次の仕事のことを考え始めていて、またしばらく地球を離れてハバ・ダマナンに戻って仕事を受ける事で地球連邦軍や連邦政府と距離を置きたいと思っていた。

 

 今回の依頼はどうやら無事に何事も無く終えそうであるが、奴等の依頼はとにかくヤバくて、しかも隠し事が多い上にたまに嘘まで吐いて仕事を投げてきやがるもので、命の危険を感じる事態に陥ったことも一度や二度では無い。

 そんな人をヒトとも思っていないような奴等の仕事など、何度も繰り返して受けてやる義理もない。

 さっさとソル太陽系からずらかって、ホームグラウンドにしているダマナンカスにでも舞い戻り、自由貿易港らしく星の数ほどある運送組合からヤバくない実入りが良くて楽に終わる依頼を受けてのんびりと稼ぐのが一番だ。

 今のところハバ・ダマナンにある商船組合や輸送組合からは一定の評価を得ており、もう食っていくのに困らないだけの仕事の斡旋を受け続けることは出来るし、何より継続的に悪巧みを持ちかけてくるような組織が居ないのが良い。

 まあ、手に入れたばかりのベースであるエピフィラムと、この船を建造してくれてメンテナンスを任せているシャルルの造船所が太陽系にあるのが問題だが、エピフィラムはどこか適当に機械達の拠点としている場所に移させてもらえば良いし、時折シャルルの造船所に行くのもたまの帰省と考えればそれはそれで悪くない。

 

 などと云う事を考えながら、超長距離のホールジャンプで異常が発生していないかコンソールに表示される数値を眺めていたときだった。

 

「ホールジャンプ状況に異常。ホールアウト予定時刻ですが、ホール空間が終わりません。ホールアウトできません。前方光学センサーに通常空間を捉えられません。アウトホールからの回折流入電磁波が検知できません。」

 

 ブリッジ全体と頭の中に響いた電子音に続いて、レジーナが不穏な報告をする。

 

「ジャンプ事故(アクシデント)か? 先に飛ばしたセンサープローブは正常にホールアウトしただろう?」

 

 状況が明るい良く知った場所にホールアウトするならばともかく、何が待ち受けているか分からない未知の場所にホールアウトする場合には、通常レジーナに先行させて各種センサーを満載したプローブドローンを飛ばして先にホールアウトさせ、僅かな時間であってもあらかじめホールアウト空間周辺の状況を確認することにしている。

 特に今回は超長距離ホールジャンプ自体が未経験の冒険であるため、前もって飛ばしたセンサープローブが無事に目的の位置の通常空間に戻ったことを確認してから、レジーナはホールジャンプを開始したのだった。

 

「はい。センサープローブは無事にソル太陽系から十光年の場所にホールアウトしました。ホールアウトしたプローブの位置観測情報も確認しました。問題ありませんでした。」

 

「過去に同様の事故の記録はあるか?」

 

「ホールドライヴ開発期や黎明期には何度かあります。ただそれはホールジャンプの設定パラメータ演算式が完全に確立していなかった時代です。最近では船体や機関に異常があった場合を除いて、ホールジャンプでジャンプ事故の報告自体がありません。」

 

「船体、機関に異常は?」

 

「ありません。モニタリング数値が正しいか現場確認のため、現在各所に船内監視ユニットを向かわせています。」

 

 船内監視ユニットというのは、例の猫三匹のことだ。

 

「ホールジャンプは強制解除出来ないんだよな?」

 

「出来ません。強制的にホール空間を終了させようとした場合、この宇宙のどこに飛ばされるか全く予測がつかなくなります。極めて危険です。」

 

 これがあらゆる超光速航行の恐ろしいところだ。

 緊急終了させようとするとジャンプと自船の存在自体が怪しいものとなり、結果的にジャンプを脱出できずコントロール不能となってどこにジャンプアウトするか全く予想がつかなくなる。

 それは一般的に用いられているジャンプドライヴだけでなく、ホールドライヴでも同じだった。

 超光速航行を一度始めてしまえば、じっとしたまま終わるのを待つしか無い。

 正しく終わらなければ、どこに飛ばされるやら分かったものではない。

 かと言って無理に足掻いて強制終了しようとすれば、状況はより悪化する。

 超光速航行技術が熟れている現代では滅多に起こらないジャンプ事故だが、それでも皆無では無い。

 

 つまり今俺達に出来るのは、いつ終わるか分からないホール空間の終わりが来るのを待ちながら、余計なことをせずに真っ直ぐ進むことだけだ。

 騒いでも始まらない。

 慌てて余計なことをすれば状況を悪化させるだけだ。

 腹を括るしか無い。

 

「残存燃料はどれくらいある?」

 

「3,579t、約65%です。」

 

 それだけあれば、余程のことが無い限りはなんとかなるか。

 エピフィラムから出港するときにほぼ八割ほどの燃料があったので、太陽系南方の何も無い方向に針路を取った事もあり、燃料ステーションに寄らずにやって来た。

 面倒がらずに寄っておけば良かったかな。

 まあ、最悪は水や氷が存在する天体を見つけて、そこから直接補給するという手もある。

 不純物はニュクスに頼んで物質転換してもらえば取り除ける。

 遙か何億光年もの彼方に吹っ飛ばされて、ホールが終わるより先に燃料が尽きるようなことが無ければ、なんとかなるだろう。

 俺達はまだ生きている。レジーナも生きている。なら、どうにかする手はある。

 

「現状維持するしかないな。ホールが終わりそうな兆候が見えたら教えてくれ。それから、今更だがホール形成パラメータもチェックしておいてくれ。異常が見つかれば、ホールアウト後の対応も変わってくる。」

 

「諒解。」

 

 船長席に深く腰掛け、HMDやAARで表示される船内外の状況を示す数値を眺める。

 特に異常と思える数値は無い。

 三匹の猫達が船内を駆け回って現場を確認し、センサデータやカメラ画像が正しく異常が無いことを確認して回っている結果を時折レジーナが報告する。

 

「アウトホール回折流入電磁波を検知。アウトホールを光学で確認。アウトホール外の星が見えます。ホールアウト、十秒前・・・5、4、3、2、1、ホールアウト。予定の約1.5倍、268分のホール空間内航行でした。周囲船影無し。障害物無し。船体状況確認します。現在位置確認します。」

 

「近傍にG2タイプ恒星からの放射を確認。方位113, 56。距離約十光年。」

 

「船体異常なし。船内環境異常なし。システム異常なし。センサ応答良好。オールグリーン。」

 

「乗員バイタル異常なし。放射線強度、重力場強度異常なし。船内電場磁場共に異常なし。」

 

「標準銀河位置を確認。平均視差10E-6以下。天の川銀河系内である可能性大。」

 

「位置情報エラー。標準恒星位置が取得できません。類似の目標についてスペクトル分析を行い同一性の確認と特定を実施します。」

 

「地球からのグリニッジ標準クロック信号(Greenwitch Standard Clock Signal; GSCS)が取得できません。天の川銀河から100万光年以上離れている可能性大。」

 

「位置指標用の特殊光線源恒星位置確認。エラー。視差角大。幾つかの光線源にスペクトル異常。存在しないものもあります。状況不明。ここが天の川銀河では無い可能性があります。」

 

「近傍G2タイプ恒星系のプロファイル適合。恒星スペクトル一致。ソル太陽系に極めて近似。」

 

「ソル太陽系方向からの電磁波信号、全帯域で確認できません。」

 

「ダマナンカスクロック信号を確認。エルピアエーテクロック信号確認。ソフインジエ標準信号確認、イドリクロック信号確認。ソル太陽系近傍での強度と一致。やはりここはソル太陽系です。」

 

 さっきから、現在位置を確認しようとしているレジーナとルナが意味不明な報告を繰り返している。

 ホールアウト予定はソル太陽系から約十光年ほどの位置の筈だった。

 そして二人とも、あるときはここがソル太陽系近傍だと言い、あるときはここが天の川銀河でさえ無いと言う。

 

「どうした? 何がおかしいんだ。」

 

「本船の現在位置が確定できません。あるデータでは正しくソル太陽系近傍という結果が出ますが、別のデータでは天の川銀河の中でさえ無いという結果を得ています。」

 

「ホールアウト時に位置特定のため必ず測定する標準恒星位置がバラバラです。標準銀河の位置は誤差範囲内に収まっています。予想通り、十光年先にソル太陽系と思しき恒星系があります。プロファイルほぼ一致します。ですが、地球から常に発信されている標準クロック信号が捕まえられません。ダマナンカスや他の都市の標準クロック信号は捉えられています。あらゆる観測結果が矛盾しています。結論として、ここがどこなのか特定できません。

「言い換えるなら、ここは我々が知る場所とほぼ同じですが、細かなところで色々と一致しない部分があります。最大の違いは、十光年先に在るソル太陽系によく似た星系が、とてもソル太陽系とは思えない事です。」

 

 どういうことだ。

 ダマナンカスや、ソフインジエと云った代表的な貿易港の標準クロック信号は受信できているが、肝心の地球からの信号が受け取れない。

 位置特定用の星の位置が色々違っていて、ここがどこか特定できない。

 まるで地球人がまるごと居なくなったかのように、地球からの信号が途絶えている。

 

 ・・・少し離れている間に、地球人が殲滅され滅亡したか?

 いやいや。

 今や機械達と合わせて数億もの艦隊を擁するソル太陽系だ。そう簡単には陥落しないだろう。

 となれば或いは、地球人が存在しない並行世界にでも飛び込んだか?

 いずれにしても、十光年も彼方から観察していたのでは何が起きているのか判りはしない。

 

「レジーナ。ホールドライヴ。目標は太陽系外縁。何が起きているのか、見に行こう。」

 

 どのみち元々報告に帰らねばならないのだ。

 

「諒解。ホールジャンプします。ホールインは10秒後。」

 

 そして様々な疑念と不安を抱えたまま俺達はホールジャンプした。

 

「3,2、1、ホールアウト。ホール内航行時間は120秒、予定通りです。周囲船影無し。障害物無し。状況確認開始。」

 

「ヘリオスステーションのビーコンを検知できません。星系内から放射される電磁波信号ありません。」

 

「惑星位置を特定。ソル太陽系プロファイルと一致。主星スペクトル誤差範囲内、恒星ソルと一致。惑星位置が推定位置と大きく異なります。」

 

「ガニメデステーションビーコン検知できません。アルテミスステーションビーコン検知できません。セレスライトハウス基地ビーコン検知できません。星系内から、生活電磁波を含め一切の電磁波放射を検知できません。」

 

「星系内に船舶重力反応あり。第三、第四、第五、第六惑星近傍に集中。他、星系内を移動中の推進重力波を多数検知しました。」

 

 ルナが初めて、星系内に動きがあることを報告する。

 誰も居ないわけでは無いのか。

 しかしそれにしては静かすぎる。

 そもそも、ソル太陽系内の重要施設から電磁波として常に放射されているビーコン波が一切検出できないというのが妙だ。

 軍事的侵攻でも受けて、戒厳令でも発せられたのか?

 

「本船周囲に重力擾乱多数。ジャンプアウトです。数二百四十三。距離8Kから80K。戦艦クラスと思われる大型船のもの多数。」

 

 やっとまともな動きを検知したが、しかしこれはまるでスクランブルだ。

 やはり離れている間に何かあって、戒厳令でも敷かれたのか。

 いずれにしても、何やら嫌な予感がする。

 

「レジーナ、警戒しろ。まさか問答無用で撃ってくるようなことは無いと思うが・・・』

 

「ジャンプアウト。千m以下クラス九十五、二千m以下八十一、三千m以下三十九、三千m以上二十八。囲まれました。」

 

「艦船の同定開始します・・・小型艦からのミサイル放出を確認。数三百二十。目標、本船と思われ・・・」

 

 レジーナの声が、俺達を囲んだ艦隊の明確な攻撃意思を伝えようとした瞬間、船に衝撃が走る。

 横っ面を引っ叩かれた様な衝撃があり、HMDユニットの内部に頭が打ち付けられ、身体にシートベルトが食い込む。

 

「右舷被弾。R1、R2燃料タンク大破。燃料漏出中。燃料移送ラインカット。」

 

「回避行動。ランダム遷移機動開始します。」

 

 レジーナとルナが感情の籠もらない声で状況を報告する。

 その間も連続して殴りつけられるような震動が続く。

 

「右舷被弾。ジェネレータ#4損傷。右舷後部被弾。外殻破損。船内空気漏出。船内気圧低下します。主通路隔壁A、隔壁C閉鎖。」

 

 被害がでかい。

 マズい。戦艦クラスの大口径砲の直撃を食らっている。

 

「レジーナ! 緊急退避!」

 

「了解。緊急退避シーケンス。ホールオープン。加速最大。」

 

「左舷中央被弾。L2タンク大破。燃料漏出中。外殻破損。艦首底部被弾。B砲塔大破。」

 

 被弾の激しい震動はなおも続く。

 

「クソッタレが!」

 

「後部対レーザーコーン展開。ホールインします。ホールインしました。ホールアウトは10秒後。」

 

 二百五十隻近い軍艦から囲まれて集中攻撃を食らって激しく翻弄されつつ、しかしレジーナは脱兎の如く弾き出されたように加速を開始し、すぐ眼の前に開いたホールに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 三十万光年の彼方から戻って来たマサシ達。

 当然、フツーに事故無く帰れる筈はありません。ふふふ。

 ソル太陽系に帰ってきてみれば、そこには地球人類の居ないもぬけの空になった太陽系が存在するのみで、地球人の存在を匂わせるものは何も無し。

 マサシ達はもともと地球人が存在しない、或いはとうに滅亡してしまった並行世界に迷い込んだか!?

 第十四章「夜空に瞬く星に向かって ~ ISEKAI」 ここに開幕!! ドンドン、パフパフ

 (全部嘘

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― 新着の感想 ―
30万年前ですか… どれだけの(無謀な)冒険をする事やら。 殴られたら(倍以上に利子つけて)殴り返すテランの、面目躍如が期待できますねぇ。
いや、これ、その、、ええんか?(困惑)
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