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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十三章 インターミッション ~ タイム・トラベラー
25/82

4. エネルギーホールネットワーク共有式空間展開型重力光学レンズ


 

 

■ 13.4.1

 

 

 連邦軍の輸送艦隊との接触は問題なく終わった。

 俺達は輸送艦「ルブリン」から中型のコンテナを二つ受け取り、制御用のシステム一式と取り扱い説明書の転送を受けた。

 その後、ルブリンから移乗してきた技術者二名が、コンテナの中身とその使い方について一通り説明した後に、なぜか後ろ髪を引かれる様な様子を見せながら戻っていった。

 儀礼的な互いの航海の安全を祈る挨拶を交わした後、軍の艦隊は火星に向かって、そして俺達は更に太陽系南方に向かって船を進めたことで、レジーナは再び惑星も岩塊も何もない虚空をジャンプ可能領域を目指して進んでいる。

 

 ブラソンの魔改造のお陰で連邦軍巡洋艦並みのシステム領域を持つレジーナは制御システムを問題無く格納し動作させることが出来たが、物理的な制約のある貨物室の方は中型コンテナを二つ飲み込んだことでほぼいっぱいとなった。

 貨物室の最奥隅に置いてあるアデールが秘密基地にしている小型コンテナ程度の大きさであれば、あと1つか2つは無理すれば詰め込めるだろうが、その程度の余裕しか無い。

 たまに貨物室に降りてきて運動場代わりにしているミスラが、そのほぼギリギリまで埋まった貨物室を見た時のむくれ面が妙に可愛らしかった。

 

 コンテナの中身は「エネルギーホールネットワーク共有式空間展開型重力光学レンズ」(NESHGOS Lens: Networking Energy Shared Hole Gravity Optical Spreading Lens)と言う名前の装置、というか装置群だった。

 原理自体は簡単なもので、強化改造したジェネレータを搭載している数十のプローブドローンを所定の位置に展開し動作させると、ドローンを展開した部分に重力場を発生し、この重力場が重力レンズを形成するというものだ。

 そんな誰でも考えつくようなものがこれまで存在しなかった最大の理由は、ドローンを中心として重力場を数千km近くにまで展開せねば重力レンズとして有効な直径が得られず、比較的低重力とは言えそれだけの空間に重力場を展開する技術が無かった為だ。

 

 通常空間に単純に展開する重力場の強度はいわゆる一般相対性理論のアインシュタイン方程式によって求められる。

 重力場の強さは発生源、即ちジェネレータを搭載したドローンからの距離の2乗に反比例して低下するうえ、その重力場を発生維持するためのエネルギーは展開する空間の半径の3乗に比例して大きくなる。

 重力レンズとして有効な大きさの重力場を生成しようとすると、ドローンにはとても搭載できないような容量のジェネレータと、それを支えるリアクタが必要となる。

 それが従来技術的な大きな障害となって、超遠距離から光学観察を行うための巨大な重力レンズを作ることが出来なかった。

 

 今回俺達が受け取ったこのNESHGOS───技術者は「ネシュゴス」と呼んでいた───と名付けられた新開発の重力レンズは、個々のドローンのジェネレータ間をワームホール、即ちホールジャンプ用のホールの小型版で繋ぎ、ジェネレータをネットワーク化して生成するエネルギーを全ドローンで共有化し、屈折率が低くても構わないレンズ中心に近いドローンのジェネレータから過剰なエネルギーを融通して、レンズ外縁に近い大きな屈折率が必要な部分に複数台のジェネレータから生成される多くのエネルギーを集中させる事が出来るようにしたものだという。

 

 何を言っているか分からないか?

 大丈夫だ。俺も分からん。

 レジーナに乗り込んできてシステムの操作法を説明した技術者が言ったことをそのまま繰り返しているだけだ。理解しているわけじゃ無い。

 技術者は、基礎的技術自体は古くからあるもので、要するに300年前の接触戦争でファラゾア戦闘機を大量に撃墜する為に用いられた兵器の原理を応用したものだ、と言っていた。

 ジェネレータ間のワームホールをコントロールするのと、そのホールを抜けて行くエネルギーを制御する技術の開発に時間がかかってしまったとのことだった。

 まあ、どの様に解説されようがどのみち俺には分からんがな。

 俺的には、装置のスイッチを入れればちゃんと動作する、ということが分かっていればそれで充分だ。

 システムの調整やコントロールは全部レジーナとルナがやってくれる。

 

 そして軍から積み荷を受けとった後もレジーナは太陽系南方に向かってそのまま航行を続け、やがて太陽から約150億km離れたジャンプ可能領域に到達する。

 ホールドライヴを使用するレジーナはジャンプ可能領域に出るまでも無く、太陽系内の任意の場所からジャンプを行うことが可能だが、例えジャンプインであっても太陽系内のジャンプ航法の使用は厳しく制限されており、事前の申請と認可が必要となる。

 ジャンプアウトであれば尚更だ。

 もちろん事前の申請と認可などという間怠っこしいことなどやっていられないし、認可のために痛くもない腹をケタクソ悪い役人に重箱の隅を突くように探られるのは我慢がならないので、太陽系内航法規程には素直に従う事にしている。

 

 ジャンプ可能領域に到達したレジーナは、パダリナン星系が存在する銀河系西方に向かって0.1光速まで加速し、10光年ほどの短距離ホールドライヴを実施した。

 すぐに10光年先でホールアウトした後は通常空間でのベクトルを変更すること無くすぐにWZD(ゼロゼロ・ドライヴ)ジャンプに突入し、銀河系南方に約300光年ほど移動する。

 WZDの特性を生かし、ホールアウトしたレジーナは天の川銀河系オリオン腕に存在するソル太陽系に対して相対速度がほぼゼロとなっていた。

 

「NAV Aに到達しました。NESHGOSシステム展開作業を開始します。貨物室内クリア。貨物室減圧開始。コンテナB、C内ともに減圧確認。NESHGOS管制システム起動。データリンク。貨物室内減圧終了。後部貨物ハッチ開きます。コンテナBリリース位置に移動。コンテナBからNESHGOSグループαをリリース始めます。ローディングブロック1、リリース。続いてローディングブロック2、ロード、リリース・・・」

 

 ルナがブリッジから貨物室の積み荷を操作しながら状況を読み上げる。

 俺達は管制インターフェース上にカメラ映像を開いてそれを眺めている。

 貨物室内を後部貨物ハッチ近くまで移動した濃い灰色のコンテナから次々に直方体のブロックがレジーナ船外に輩出される。

 

「ドローン001から032までデータリンク。本船後方にWZDホール生成。ホールアウト先はテストポイント001にセット。ドローン001加速開始。ドローン001ホールイン・・・ホールアウト。テストポイント001到達を確認。WZDホールアウト先をテストポイント002に変更。ドローン002加速開始。ドローン033から064までデータリンク。ドローン002ホールイン・・・ホールアウト。ドローン002のテストポイント002到達を確認。ドローン003以降継続します。」

 

 ルナの操作によって貨物室から吐き出されたローディングブロックと呼ばれる直方体から、まるで巣箱から蜜蜂が続々出てくるようにドローンが排出されて、レジーナの船尾側に綺麗に整列する。

 ローディングブロックとは、4x4の小セルに仕切られた直方体を開口部を外向きになる様に背中合わせに貼り合わせ、三十二機のドローンを格納し、一度に排出できる様にしたブロックのことだ。

 三十二機のドローンはこのブロック内の小セルに格納され、更にコンテナに収納される。

 ドローン発進時はコンテナからローディングブロックごと三十二機のドローンを排出し、充分に距離を取ったところでドローンがそれぞれの小セルから発進する、という流れになる。

 

 レジーナの後方にはホールが口を開けており、整列したドローンはレジーナの操作により一機また一機とホールに飛び込む。

 ホールを抜けた先はレジーナから約1億km離れた場所の短距離転移であり、レジーナがホールアウト先を次々と切り替えることでドローンを効率よく短時間で所定の位置に投入できる様に調整してある。

 

「ドローン001から128所定の位置に投入完了しました。全ドローン相互相対位置確認、微調整(アジャストメント)・・・完了。相互位置固定。各ドローンのジェネレータは観測モードに切り替わります。NES(Networking Energy Sharing)システム稼働開始。相互ワームホールのエネルギーシェアリングネットワーク形成を確認。各ドローンともにリアクタ出力上昇、ジェネレータ出力上昇。重力レンズ形成開始します。」

 

 NESHGOSとは、要するに何もない宇宙空間に巨大な重力レンズを形成する技術だ。

 巨大な重力レンズに求められる重力、即ち空間の歪みは、レンズの端に行くほど大きくなり、そして当然その分空間を歪めるために必要なエネルギーも大きくなる。

 それに対してレンズの中央付近ではそれほど大きな歪みは必要無い。

 

 しかし安定した重力場を形成させるためにはある程度等間隔にジェネレータを配置せねばならず、そうするとレンズ中央部のジェネレータはキャパシティが余り、レンズ外縁付近のジェネレータは出力不足という事になる。

 ジェネレータ間を繋ぐワームホールを使って、エネルギーが余っている中央部分のドローンから、エネルギーが足りない外縁近くのドローンのジェネレータに直接エネルギーを送り込み、巨大な重力レンズを形成するのに充分な空間の歪みを作り出すのだ。

 

 今まさに、ワームホールを形成してエネルギーをシェアして、直径五万kmもの巨大な重力レンズを形成している最中だ。

 これが完成すれば、二百万倍の倍率のレンズが出来ることとなる。

 そこに更に観測用光学センサーに附属している一万倍の重力レンズを上乗せすることで、最終的に二百億倍の画像を得る。

 これは三百光年先の地球を僅か十五万km先の画像として観察できる事に等しく、ここまで近くなればビークルのナンバープレートだって読める様になる。

 

 ・・・どうだ、凄いだろう。

 ルナの書いてくれた要約(サマリー)は。

 俺はそれを読んでいるだけだ。

 

「外縁重力にて30G。バックグラウンド空間歪みは全領域で修正可能範囲内。レンズ安定化まであと30秒・・・最終微調整を行います・・・完了。重力レンズ形成しました。光学及び電波での太陽系観察を開始します。目標追尾モジュール起動。銀河系公転パラメータを適用。地球公転パラメータにて微調整。」

 

「電波信号捕捉しました。ゲインかなり低めです。電波信号中に当時の地球連邦軍制式のクロックタイミング信号を検知。日付時刻同定。A.D.2054年9月17日。時刻1918GMT。接触戦争終盤の第二次火星侵攻当日です。誤差は想定の範囲内・・・ギリギリです。銀河質量と周辺他星系、星系間質量の概算誤差と、局所的なバックグラウンド温度の差異からの影響によるものと思われます。誤差修正を行います。」

 

 NESHGOSシステムを制御しているレジーナからのレンズ形成の宣言が行われるとすぐに、約三百年前の太陽系からの電波を捕まえたことをルナが報告した。

 

「レーザー光を使用した指向性極所通信については反射光のゲインが低すぎてバックグラウンドと分離できず捕まえられません。電波を使用した通信を傍受しています。内容確認しますか?」

 

 俺達地球人にしてみれば、小学校の時に習った近代の地球の歴史そのものだ。

 気にならないわけがなかった。

 

「頼む。」

 

「諒解。バースト通信パケットを抽出。スクランブルキー適合検索・・・ヒットしました。デコード完了。再生します。」

 

 当時の地球連邦軍は、ファラゾアとの戦いの中で敵に通信を解読されない様に当時最新の暗号化技術と、敢えて旧来の書籍暗号を混合して使っていたそうだ。

 乱数などから発生する暗号は、演算能力が遙かに高いファラゾアに簡単に解読されてしまうが、物理的な書籍をベースにした古典的な書籍暗号が案外に有効だったと記録にある。

 ファラゾアがシェークスピアやドストエフスキーを読んでいたとは余り思えない。確かにそれは、外星系からの異星人に対して思いの外有効な暗号だったのだろう。

 

「・・・我らが仇敵たるファラゾアを撃破するだけで無く、敵中に取り残されるという困難な状況にある同胞を救い出すこと。それがこの度の作戦の目的である。諸君の獅子奮迅たる活躍を期待する。我ら地球人類に勝利と栄光あれ。」

 

 ルナの言葉が終わるとすぐに、案外にクリアな男の声がネットワークを通じて響いてきた。

 落ち着いた声ではあるが、確固たる強い意志と、戦いに赴く者達の高揚感が滲んでいて、妙に感動する。

 特に、今でも地球連邦軍で使われているという「我ら地球人類に勝利と栄光あれ(May victory and glory be to us Terran)」という有名な締め括りのフレーズは、まさに今から絶望的な死地に赴こうとする者達から発せられた生の声の迫力を持って、不思議な浸透力と力強さを伴って心に響く。

 

「音声は当時の地球連邦軍第一機動艦隊旗艦ジブラルタルから発せられた艦隊司令官シルヴィオ・サルディヴァル少将による第二次火星侵攻作戦『ジョロキア』の出陣演説と思われます。第一機動艦隊が行動を開始しました。光学で確認しました。レンズ重力場微調整。光学画像解像度向上。画像鮮明化処理。光学画像出ます。」

 

 ルナの声とともにブリッジ前面に大きなホロ画像ウィンドウが開いた。

 画面の中に、後ろに向かって流れていく星々を背景に太陽光を受けて鈍く銀色に光る、ずんぐりとした艦が進んでいく様が大写しになる。

 艦体の表面は凸凹としており、あちこちに配管や出っ張りがあって滑らかではない。

 全体的に奇妙な形にずんぐりとしていて形状にまとまりがなく、低い技術力を持って戦時中に急ごしらえで建造した軍艦、という印象そのままの艦体形状をしている。

 脇に小さなホロウィンドウが追加で開き、「TERRA Federation Force (United Nation of Terra) BCSP-002 "GIBRALTAR", Flag Ship, 2nd Strike Squadron, Flag Ship, 1st Space Task Fleet」と注意書きの付いた、回転する3D艦体シルエットが表示された。

 

 どうやらNESHGOSシステムの試運転として指定された約三百年前の太陽系を光学的に観察する課題はクリアできた様だった。

 子供の頃に歴史の授業で習った戦いを、まさに生で観察しているという事に妙な高揚感を覚える。

 なるほど、確かにこれは時間旅行(タイムトラベル)だ。

 

「この後約七時間で地球艦隊は火星近傍に到達、八時間後の09月18日0430GMTに全艦突撃を開始します。その後さらに二時間四十分後の09月18日0710GMTに、ラフィーダの分遣艦隊が太陽系外縁にジャンプアウトします。現在実施中のNESHGOS試運転での観察では、ラフィーダ艦隊ジャンプアウトから一時間後までの太陽系観察を依頼されています。」

 

「八時間後の全艦突撃までに特筆すべき観察対象は?」

 

「幾つか確認事項はありますが、特に問題のありそうなものはありません。その間ブリッジを離れても大丈夫です。」

 

「オーケイ。飯でも食って、一眠りするか。」

 

 そう言って俺は船長席から立ち上がった。

 

 別にブリッジに詰めているのが嫌いなわけではない。

 そんな事を言う様では船乗りとして失格だ。

 だが、特にやることもないのに自分を含め他のクルーを長時間ブリッジに拘束しておく理由もない。

 飯でも食って一眠りというのは半ば記号化した号令の様なもので、要は警戒を緩めて自由行動を認める、という事だった。

 

 そして席から立ち上がった俺は、そのまま向きを変えてブリッジを出た。

 だからその後の約八時間、ドローンを含めたNESHGOSシステムを操作するレジーナと、ネットワーク上に残した意識で三百年前の太陽系の光学観察を続けるルナとが協力して、太陽系外縁辺りをしつこく長時間光学観察し続けていたという事実に、この時の俺が気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 インターミッションはだいたいいつも三話くらいで収めるつもりで書くのですが、今回はちょっと長めです。でも、五話でまとめたいですね。

 ・・・まとまるかな。

 お気づきとは思いますが、NESHGOSの原理はCRISISで出てきた、LDMS稼働時に発見され、後に蘭花ミサイルで兵器化された、AGG間のエネルギートンネル効果です。

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― 新着の感想 ―
30万年にびびって300年前の試運転をスルーしてましたよ。。。 問題の出陣演説ですが、直前の1文がなかったため、マサシ「22人?有力な艦載機群とは??仮設基地を作って???」からの教科書の嘘がバレて…
ショゴス?(違 300年前の奮戦がリアルタイムとして観察できるのは凄いですね。 本番は30万年前ですか、、、 30万年前って色々有りましたねぇ~。
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