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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
20/82

20. 朝日

 

 

■ 12.20.1

 

 

 東京湾新都心から北関東宙港まで、ビークルで移動すれば僅か30分ほどで到着する。

 都心部の混み合った地域を抜ければビークルは一気に加速し、大気圏内低高度移動制限速度の400km/hを出すことが出来るためだ。

 大気圏外に出ればさらに増速することも可能だが、北関東宙港までの僅か100km足らずの距離では、わざわざ高度を上げて大気圏外に出るよりも大気圏内を移動する方が早い。

 

 俺達はまだ地平線から顔を覗かせたばかりの黄色味の掛かった朝日が横殴りに眩しく差し込む車内で、長かった夜の疲れに身体を沈めていた。

 いや、その表現は不正確か。

 この程度で疲れを感じるはずも無い生義体を持つニュクスは、車内左右に配置されたベンチシートの上で俺の向かい側にちょこんと座り、朝の明かりの中で鮮やかな色を取り戻していく風景を車窓から眺めているようだった。

 ニュクスほどタフでは無い筈のルナだが、彼女はニュクスから少し離れた俺の向かい側に姿勢を正して座り、相変わらず表情の無い視線を正面に向けていた。

 ただ俺一人が、シートにもたれ掛かるようにして、足を組んで斜めに座っている。

 ほぼ正面から強烈な朝の光が差し込んできて、夜の闇の中で疲れた眼には苦痛を感じるほどに眩しい。

 

 車内で言葉を発するものは無かった。

 必要以上に口を開かないルナはともかくとして、普段なら何かと軽口を叩き、話をしたがるニュクスも、遠景を眺めているように見えるその顔に表情は読み取れない。

 俺はただただ疲れていた。

 深夜の突入劇から雪崩れ込んだ市街戦もさることながら、突然湧いて出たシードと、例のカルト野郎がプロデュースしたと思しき、何かのメッセージが込められているものと考えられるが、その実何が言いたいのかさっぱり判らない意味不明な芝居を見せられ、そして結局その全てがAARを使った虚像でしか無かったという徒労感と。

 結局カルト野郎本体は取り逃がしてしまったらしく、依頼が未達成となってしまったことの精神的な疲労感と。

 

 もう一つの依頼であった、スナック「蘭」のママさん救出については成功しており、その依頼者であるクニも無傷であることが、せめてもの救いだった。

 大陸から流れてきた中国人のやくざどもと、同じ中国人が開発して途中で投げ出した廃棄失敗作のHASに散々掻き回され、要求の難しい市街戦を延々とやらされたことが精神的な疲労に拍車をかけている。

 結局第三伊島ビルは、中でHASが遠慮無しにGRGをぶっ放しまくったことで穴だらけになって、建て替える以外には無い使い物になら無い状態になっている。

 俺達がやらかしたことでは無いとは言え、クニには間違いなく文句を言われるだろう。

 

 そして何よりも、例のカルト野郎が演出したダメ押しのAARショーだった。

 地球連邦政府が機密指定していたシードに関する情報を一般にリークしたことに始まり、そもそもがあの寸劇が一体何を主張したいのかが全く意味不明だった。

 カルト野郎の行動を考えると、まるであのショーを上演することが奴の目的であったようにも思えるのだが、そのショーの演題とストーリーが判らないことには、わざわざ東京周辺のネットワーク空間を大騒がせした上にメガフロートという巨大舞台まで用意してまで一体何がしたかったのか理解できない。

 

 もしかすると連邦政府や地球軍には理解できているのかも知れなかったが、わざわざ東京湾メガフロートという舞台を選んだ理由、つまり奴が見せたかったであろうメインターゲットの観客、即ち俺を含めた一般市民には全く意味不明のパフォーマンスとなってしまっている。

 

 或いは奴はただ単にシードという連邦政府によって秘匿された存在を白日の下に晒し、一般の地球市民に知らせることが目的だったのか。

 しかしそれでは、随分手の込んだ仕掛けに手間を掛けた割には案外つまらない内容の情報リークでしか無い。

 宗教だのヒトの存在だの終末思想だのと大騒ぎした割には、ガキのハッカーでもやってのけそうな程度のつまらない内容でしかなかった。

 

 俺のほぼ正面のベンチシートに座り、珍しく何も喋ること無く車窓を眺めているニュクスの無表情な顔を眺めていて、ふと思いついた。

 

「ニュクス。」

 

「なんじゃ。」

 

「最後にあのカルト野郎がプロデュースした感動の大スペクタクルにはどういう意味があるんだ?」

 

「お主の思っておる通りじゃろう。軍と政府によって秘密にされたシードという存在を一般市民に知らしめたかったのじゃろう。とんだジャーナリストじゃの。」

 

 思った通り、誤魔化しやがった。

 根拠は無いが、そう感じた。

 

 ニュクスは切り口上で、カルト野郎の目的が連邦政府によって秘匿されたシードという存在をリークする事と言うが、そんな筈は無い。

 奴が地上に降りた後調べ回っていたという終末思想とシードが結びつかない。

 勿論、たとえばシードが地球に着床してしまい、巨大に成長してしまえば地球という惑星には終末が訪れる。

 しかし、しつこく徹底的で加減を知らないと銀河中で眉をひそめられる地球連邦軍が、シードの成長を放置するはずが無かった。

 今回同様、シード着床から数十分以内には過剰とも言える戦力を投入し、場合によっては数万、数十万の犠牲を払い、都市ひとつをまるごと焼き払ってでも、残る二百億の地球人類を救うための対策を直ちに打ってくるだろう。

 それではかのカルト野郎が熱心に調べた終末は訪れない。

 そんな事も予想できない機械知性体では無いだろう。

 

「あの巨大な剣を持った男は誰だ? その周りを飛び回っていた六人の女達は?」

 

「さてのう。オージンとヴァルキュリャかのう。或いは、ゼウスとモイライとフューリーかも知れぬのう。」

 

 明らかに何か素っ恍けた口調でニュクスが言う。

 俺でも知っている。北欧神話の主神が持っているのは槍だ。大剣では無い。

 

「お前、何か知ってて誤魔化そうとしてるだろう?」

 

「その様な事は無いぞえ?」

 

 白々しい。もはやニュクスが何かを誤魔化そうとしていることに確信めいたものを感じる。

 ふと思い出す。

 以前、ハフォンの第三皇女を球状十二星団に送り届けたとき、神官族の崇拝する神について調べたことがあった。

 その時はただ単に、神官族の住む惑星の名がその主神の名を冠したものであったため、聞き慣れない神の名に僅かばかりの興味を覚えて、今から顔を合わせる神官族がどの様な神と宗教を信仰しているのかと、下調べというか、これから話をするかもしれない相手の文化的なバックグラウンドに関する知識を得ておき、万が一俺自身が何か交渉せねばならなくなったときに、相手の禁忌や忌避するものの地雷を踏み抜いたりしない様に最低限のさわりの部分だけでも知っておこうとネットワークを検索したのだった。

 

 神官族の住む惑星の名は「ノフソドルシル(シル神の指先)」と言う。

 つまり彼等が信仰する神、シル神の名を冠した惑星というわけだ。

 そして、同じ神をハフォンでも信仰している。

 教義に多少の差はあるものの、同じ神を信仰する種族として、ハフォン皇室は神官族から特別な待遇を受けており、それが故に第三皇女の亡命先として好適だった訳だ。

 その時に調べた内容を朧気に覚えており、その記憶が頭の片隅に引っかかった。

 

 俺は改めてシル神についてネットを検索した。

 レジーナに訊いても良いのだが、なぜか自分自身で検索した方が良いような気がしたのだ。

 ネットワークはビークルによって中継されており、信号状態は良好、すぐに検索結果が返って来る。

 

 シル神とは、汎銀河戦争に参加している銀河種族の中で、数少ない宗教というものを持つヒューマノイド系種族の多くが信仰の対象としている神である。

 当然のことながらその姿はヒューマノイド形態であるとされており、平均的な銀河種族のものよりも体格の良い肉体美を持つものと表現されることが多い。

 これは、全知全能の創造神である上、肉体的な能力についても銀河人類の想像するところを遙かに超える優位性を持っている、という思想の表れであると考えられている。

 シル神を主神とするこの宗教に固有の名称は無く、信仰する種族達にとって唯一無二の宗教であったことが窺える。

 シル神を「主神」としたが、実はこの宗教はいわゆる一神教であり、ギリシャ神話、或いはヒンズー教の様な主神の周りに在って様々な権能を司る神々というものは存在しない。

 その代わりに、神の言葉を伝えるいわゆる預言者が居り、預言者達は神の言葉を人々に伝えると共に、神の力を借りて行使することが出来たとされる。

 預言者は半ば神格化された存在として崇められ、神の眷属あるいは神に連なるものとして扱われていたと考えられている。

 しかしながら少なくとも数十万年前から現在まで、シル神を信仰する複数の銀河種族の中に預言者の存在が確認されたという記録は無い。

 このことから、預言者とは神という存在の神格を確固たるものにするために創られた想像上の存在、即ちシル神と同じくいわゆる神話の登場人物であり、シル神同様に宗教そのものの権威を高めるための、想像上の存在であるとする説が主流である。

 

 調べればいくらでも情報が出てくる。

 まあ、それがネットワークというものだが。

 

 シル神の事は分かった。

 身長150mの巨人と、それを囲む六人の女達は、まさにシル神と預言者達そのものだと言って良い。

 ではなぜ、地球では余りに無名なシル神を投映したのか。

 地球に降りてきて宗教にかぶれ、終末思想に行き着いたというならば、なぜキリストや釈迦、あるいはアフラマズダやブラフマーではないのか。

 取り巻きの女達が必要であると言うのなら、それこそニュクスが言ったようにオーディンとヴァルキリーではないのか。

 そしてなぜ、神がシードと戦う映像なのか。

 

「お前、何を隠してる? 奴があのショーに込めたメッセージに、お前達はもう気付いているのだろう?」

 

 ニュクスは横を向き、まるでヴィークルの進行方向に何か興味深いものでもあるかの様に目を離さない。

 ついでに下手くそな口笛まで吹いている始末だ。

 

「あの巨人は、シル神だろう? 取り巻きの女達は、預言者達だ。」

 

 ニュクスの調子っ外れの口笛が止まる。

 顔を横に向け前を向いているが、明らかにその意識がこっちを向いた。

 

「シル神と予言者達がシードと戦い、殲滅する。地球上の宗教の終末思想になぞらえたわけだ。神と悪魔、神と巨人、或いは善と悪。シードが悪な訳だ。判り易いな。地球人にとって、これほど判りやすい例えは無い。」

 

 ニュクスが顔をこちらに向けた。

 どうやら俺は正解を引き続けているようだ。

 

「では、なぜシル神を使った? 地球人の殆どがその名前さえ知らない銀河種族の神を? ああ、銀河種族と共闘してシードと戦え、という訳か。成る程ね。」

 

 ニュクスは何も言わずこちらを見ている。

 

「しかし、シードはそれほどの脅威か? 無人の惑星がシードに取り付かれ崩壊したとしても、たいした損害じゃ無い。せいぜい鉱物資源が僅かに減る程度だ。居住星にシードが発現したとしても、地球でさえものの十分で対応できる。銀河種族の居住星ならば、同等かそれ以上の防衛機構を備えているだろう。確かに被害は出るだろうが、全体から見ると微々たるものだ。たいした被害じゃ無い。そういう意味では、シードはたいした脅威じゃ無い。汎銀河戦争を一時停戦してまで、一致協力して総力で当たる程の脅威とは、とても思えない。」

 

 前からおかしいとは思っていたのだ。

 アステロイド祭の時の衝突事故の後、地球軍艦隊が取った異常に過敏な行動。

 太陽系に落ちたものでも無いのに、わざわざ国交の無いデブルヌイゾアッソ領まで出張っていって面倒な交渉をした後に、戦争でもするのかという規模の艦隊を投入してスターゲイザーを殲滅捕獲したこと。

 友好国でもないのだから、そんなもの放っておいて、非友好国が混乱に陥るのを端から眺めて笑っていれば良いのだ。

 一隻の宇宙船から見ればあのおぞましい能力は極めて危険な脅威ではあるが、強力な軍隊を擁する国家レベルで考えれば、危険なものではあっても深刻なものではないだろう。

 しかし連邦地球政府とその軍は、まるでそれが国家存亡の危機に陥る鍵を握ってでもいるかのように過敏に反応している。

 そして先ほど東京湾メガフロート上で上映されたばかりの映像の内容は、機械達の認識も地球政府のそれと似通っているという事を仄めかしている。

 

 銀河系最大の演算能力を持つネットワーク型の解析システムであり、且つ銀河系有数の武力を誇る種族であり、そして銀河系でトップレベルの戦闘用種族である地球人と同盟を組んでいるのは、これまた銀河系最大の歴史的データライブラリでもある機械達だ。

 そんな彼女達が、地球軍の過剰な行動を止めようとしていない事。

 一国のことに収まらない、銀河種族全体が力を合わせて対処しなければならないほどの、ヤバいネタを彼女達は知っている、と見るのが自然だろう。

 

 ニュクスは黙って俺を見続けている。

 睨み合うという訳では無いが、狭い車内で向かい合ってニュクスと互いの顔を見続ける。

 完全に感情を消しているニュクスの表情からは何も読み取れない。

 その辺りはさすが生義体と言ったところか。

 表情筋に一切の信号を流さなければ良いわけだ。

 

「コピーを二人ほど捕まえたと言っていたな。お前達のことだ、もうとっくに尋問は終わっているのだろう?」

 

 機械知性体が同じ機械知性体をどの様に尋問するのかは知らないが。

 案外結構容赦無しにバラバラにしてデータを抜き取るのかも知れかった。

 それを俺達生身の人間に置き換えた想像をして、少々薄ら寒い思いをする。

 

「すまぬ。まだ言えぬ。」

 

 ニュクスの顔に表情が戻り、軽く溜息をついて視線を下げた。

 言えないというのは、例のカルト野郎のコピーを尋問した結果か、或いはシードの本当の脅威についてか。

 いずれにしても、彼女がこういう言い方をするときはそれはニュクスという個体だけの話では無く、機械達という種族全体で出した結論である可能性が高く、そしてそうなるとどの様に宥め賺そうとも彼女がこれ以上一切情報を出すことは無い、というのは経験的に知っている。

 

 まあ、それもそうか、と前のめりになっていた重心を後ろにずらし、シートに心持ち深く腰掛ける。

 国家を揺るがす大事件について俺が知っていても仕方が無いし、そもそもがそんな事に関わり合いになってまたぞろ軍や政府と距離がこれ以上近くなってしまうのも御免被る話だった。

 好奇心は猫を殺すと言う。

 

「そうか。分かった。」

 

 そう言って俺は背中をシートの背もたれに預けてシートの上でずれ落ちてかなりだらけた楽な姿勢を取った。

 ビークルはまだ、澄んだ朝の空気で満たされた空を突き通してやって来る、眩い朝の光の中を北に向かって飛んでいる。

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 説明回になってしまいましたが。

 ・・・うーん。なんかこう、もうちょっとやり方があった様な・・・うーん。


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