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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
2/82

2. 前科者

 

 

■ 12.2.1

 

 

 警察や軍が、目標を追い詰める方法は単純だ。

 大量の人員を投入して一気に包囲した上でその包囲網を絞っていき、逃げ場をなくして追い詰めるか、或いは少数精鋭で目標が潜伏するポイントを急襲して相手が反応できないうちに確保してしまえば良い。

 

 ネットワーク上を逃げ回るAIを追い詰める方法も基本的な考え方はそれと同じだが、ただその具体的な方法はかなり異なる。

 ネットワーク上には距離という概念が無いためだ。

 いや、この表現は正確では無い。

 ネットワーク上では物理的距離というものの影響は小さくなり、その分論理的距離という別の尺度が重要となる。

 

 例えば、現実世界ではそれなりの距離であり、通常の手段では一瞬で行き来することなど出来ない東京とストラスブールだが、東京に置かれたサーバとストラスブールに置かれたサーバの間をネットワーク的に移動するのはほぼ一瞬であり、距離など存在しない。

 厳密に言うならば、サーバとサーバの間を電気信号が走るネットワークの論理的あるいは電子的距離というのは存在するのだが、それでも東京を発した信号がストラスブールに到着するには1秒もあれば充分であり、現実世界の移動に較べれば距離は無いに等しい。

 

 両方のサーバの近くに量子通信のポイントがあるならばその距離はさらに短くなる。

 量子通信ポイント間の距離は限りなくゼロに近付き、実質的な距離は量子通信ポイント両端の両サーバとその近傍の量子通信ポイントの間の距離のみとなる。

 逆に、東京のサーバとストラスブールのサーバの間にその様なショートカットが存在せず、認証を得ねば通過できないゲートや、沢山の手順を踏まなければ利用できない中継サーバなどが幾つも存在すれば、その分到達に時間がかかることになる。

 即ち、論理的距離が遠い、という訳だ。

 

 ネットワーク上を移動する目標は、現実世界を移動する追っ手の移動速度よりも遙かに速い速度でネットワーク上を逃げ回るため、現実世界での物理的な追跡では目標を追い詰めることなどほぼ不可能となる。

 では、現実世界で追跡することに意味が無いのかと言えばそうではなく、論理的に追い詰めた目標が包囲網を突破しようと必死の抵抗を行っている隙に、現実世界でもその目標を追い詰め、目標が潜伏している場所を物理的にネットワークから隔離して逃げ場を完全に無くす事で目標を完全に確保するという重要な役割を担っている。

 

 つまり何が言いたいかというと、現実世界を逃げ回るヒトは現実世界だけで追い詰めることが出来るが、ネットワークを逃げ回る機械知性体は、ネットワーク上と現実世界との両面で連携を取りながら追い詰めなければ確保できない、という事なのだ。

 

 幸いレジーナには、ブラソンを筆頭にした腕の良いハッカー達が乗り組んでおり、アデールを筆頭に現実世界で行動するチームも存在する。

 ルナとニュクスに至っては、現実世界とネットワークの両方で同時に活動することさえ可能だ。

 そのニュクスが、ネットワーク上の人捜しを持ちかけてきても何ら不思議では無い。

 とはいえ。

 

「向こうも潜伏しておる関係上、流石に不用意にはネットワークに顔を出しては来ぬのじゃ。それにの、儂ら機械がテラのネットワークを大規模に我が物顔で走り回るわけにもいかんしの。折角得た友人を、家の中を土足で歩き回って家捜しするような無作法な真似をして失いとうはないしの。という訳で、奴の潜伏場所をあまり絞り込めてはおらぬのじゃよ。」

 

「宗教にかぶれてるのなら、布教活動に出てきたりはしないのか?」

 

「しておらん様じゃの。どちらかというと哲学的な考察に没頭するようなタチのようじゃの。」

 

 それは何よりだ。

 宗教にハマった奴は、思慮深く自分の内面と神や他者との関わりを考察するタイプと、他人に教えを説いて回ってひとを巻き込もうとする独善的ではた迷惑な奴とに大別できる。

 いや、今の場合ははた迷惑な奴であってくれた方が見つけ易いのだろうが。

 

「対象は東京全体か? それだと相当範囲が広がってしまうが。」

 

 今や巨大都市東京は関東平野に収まりきらず、西は富士山の麓、北は那須高原辺りにまで達する連続した都市群であり、そして東京湾上にも巨大構造物を建て連ねた、巨大なメガロポリスとなっている。

 俺の実家の辺りは都心部から充分に距離があって、東京に融合された衛星都市の隙間に所々残る山や森に囲まれた、昔の田舎の風景をまだ多く残している田園地帯だ。

 

「いや、そう意味ではかなり絞れておるぞ。足跡(ログ)を辿って解析した結果じゃと、軌道列車(レールトレイン)の錦糸町駅から半径15km以内である可能性が高い。じゃが、詰められたのはそこまでじゃ。トーキョーのネットワーク構造はゴチャゴチャでややこしゅうてのう。イヴォリアIXより面倒臭いわ。」

 

 イヴォリアIXとは、直径11000kmもある機械達の船で、イヴォリア級母艦の九番艦だ。

 地球人と機械達が友好条約を結んだ後に太陽系にやって来て、太陽に対して地球と反対側の地球軌道上に陣取り、事実上太陽系内での機械達の活動拠点となっている、船と言うよりも巨大な要塞と言うべき存在のことだ。

 機械知性体達のホームであるのだから、その中の論理回路は相当に複雑且つ巨大なものだろうと想像できるが、どうやら混沌とした複雑さでは東京のネットワークの方が上であるらしかった。

 それは、恥じれば良いのか誇れば良いのか。

 いずれにしても、主幹構造以外はほぼ無秩序無制御に増築と破壊を繰り返して構築されたネットワークの構造は、機械達も呆れるほどの複雑さと混沌を有しているようだった。

 

 ちなみに軌道列車とは、専用の定められたルートを行き来する大量人員輸送用の巨大なビークルを連結して運行している公共交通機関のことだ。

 数百年昔は鉄製の軌道の上を列車が走っていたらしいが、今では物理的な軌道は取り払われ、都会のど真ん中に確保された交通機関専用の空間をそのまま有効利用し、今は重力推進式の巨大なビークルが走っている。

 運行ルートと停車駅に関しては、数百年前とあまり変わっていないということだった。

 広大な空間を自由に使えて高速に移動できる都市間交通は数人から十人程度が定員のビークルが主流であるが、大量のビークルが狭い空間に密集して渋滞を発生する巨大都市の中心部は、前述のような大型ビークルを連結して専用の空間を持つ軌道列車の方が輸送効率が良いのだ。

 

「錦糸町から15kmというと、東は船橋、西は荻窪・・・北は草加で南は羽田か。都心部がまるごと入るぞ。」

 

 俺は視野に東京都心部の地図を表示し、錦糸町駅から半径15kmの円をそこに重ねた。

 都心部で15kmというのは、とんでもなく広い探索範囲だ。

 高さ数百mのビルが大量に含まれ、他にも様々なものが存在する。

 ネットワーク上で様々なサービスを展開する大量の設備がそこには存在するだろう。

 しかもニュクスが言った範囲内には、宮城を中心とした旧都心部に、遙か昔から宙港として利用されている羽田宙港や、東京湾上に構築されたメガロフロート上の海上新都心と東京湾中央港の一部までが含まれる。

 気が遠くなるような捜索範囲だった。

 

「無論、中心に行くほど可能性が高いのじゃぞ? 15kmの円周上に存在する可能性はほぼゼロじゃ。実際は半径5km以内にまで絞って良い。目標が錦糸町駅から半径5km以内に存在する可能性は68.2%じゃと思うておる。」

 

「5kmか。とすると、新木場、旧都心、堀切、小岩か。それでも充分すぎるほどに広いな。」

 

 最初に引いた15kmの円を薄い黄色に着色し、そこに新たに半径5kmの赤色の円を重ねる。

 

「済まぬの。さっきも言うた様に、トーキョーのネットワークはとんでもなく混沌としておって複雑なんじゃ。そこを儂らが好き放題に駆け回る訳にもいかんでのう。これ以上絞れんかったんじゃ。」

 

 彼女達が出来ないというなら仕方が無い。

 彼女達に出来ないのなら、この銀河中探しても他に出来る奴は居ないだろう。

 

「軍はどれくらい事態を把握している?」

 

 そう言って俺はアデールの顔を見上げた。

 金を支払うために軍からの依頼にしても良いというのだから、軍情報部も事態を把握しているのだろう。

 

「情報を共有しているからな。彼女達と余り変わらん。有力な民間の個人のダイバーに多少声を掛けてはいるが、な。やり過ぎても情報の拡散を招く。」

 

「地球軍なら大手を振って大々的に捜索できるだろう? 母星だぞ?」

 

「政治的な問題が絡んでいる。早い話が、良好な関係を構築した機械達とはいえ、未だに批判的懐疑的な意見も多い。三十万年前の機械戦争時から存在している、少々風変わりな思想を持った個体が地球上のネットワークに潜伏したなどと公表するわけにもいかん。情報部の空間部隊を派手に動かすとネット上で注目を集める。得てして、その手の好奇心の強い奴等の中には、高い確率で非常に高い侵入技術を持つ者が含まれるだろう。スッパ抜かれるわけにはいかんのだ。機械達との関係悪化を招く世論を生む様な事態は回避したい。」

 

「なるほどね。で、その『有力な民間のダイバー』のひとつが、ウチのブラソン達か?」

 

「そういうことだ。さらにここには物理的追跡を行えるチームもある。そもそもすでに色々と内情を知っているので頼みやすい。」

 

 アデールの表情が少しだけ柔らかくなる。

 明確に軍が関与しているにもかかわらず、俺が毎度の軍アレルギーと政府アナフィラキシーを発症していないからだろう。

 優先順位の話だ。

 困っている友人を助けるのと、俺個人の軍や政府への悪感情のどちらを今優先すべきか、というだけの話だ。

 

「さもありなん、というやつだな。理由は分かった。で? 期限は? それなりに時間がかかるぞ?」

 

「それがそうも悠長なことは言ってられん。期限は最長2週間、好ましくは1週間以内、より好ましくは3日、だ。」

 

「3日? 無理だろ。俺でも分かるぞ。何でそんなに急ぐ?」

 

 俺はブラソン達のようにネットワークに詳しいわけでは無い。人並み程度の知識しか持たない。

 しかしそんな俺でも、大都市のネットワークに凄腕のダイバーが本気で隠遁したならば、とんでもなく見つけ出しにくいという事くらいは知っている。

 

「奴の足取りを追うておった中での、奴が色々と調べ回っておった事柄の中に、最後の審判だの、ラグナロクだの、カリ・ユガだの、なかなか興味深いワードが頻繁に出て来おるのが判っての。まさかとは思うが、万が一という事もある。イカレた奴が己の理想を具現化しようとし始める前に取り押さえたいという訳じゃよ。」

 

 勘弁してくれ。

 信者もろとも集団自殺するカルト教じゃあるまいし、終末思想に染まった宗教かぶれの機械知性体とか、一体何の冗談だ。

 そしてそれの未然防止を依頼されるというのも、笑えない話だ。

 俺はただの一介の船乗りであって、地球人類の未来を背負うヒーローじゃない。

 種族を救えだの、星を救えだの、そんなクソ重い物を二度と背負いたいとも思わない。

 

「それだけヤバイ話なら、軍を動かせよ。なんでただの船乗りに依頼を持ってくる? 俺は地球を救うヒーローなんかじゃ無いぞ。」

 

「ん? そんな事はお主に期待しておらぬよ。お主がそんな器では無い事はよう知っておる。自意識過剰じゃの。」

 

 そう言ってニュクスがいつもの顔でニヤリと笑う。

 

「奴が終末思想に基づいた破壊行為に及び始めたら、地球軍も出張るし、儂らも本気で抑えに掛かる。古株の個体とはいえ所詮はただの一人じゃ。儂ら皆で本気で抑えに掛かれば容易に抑えられる。テラン滅亡の危機にはならぬよ。

「お主にやって欲しいのは、そうなる前に奴を取り押さえる為の協力じゃ。」

 

 自分の顔が熱くなるのを感じた。

 こいつ、分かっててやりやがったな。

 ニヤニヤと笑い続けるニュクスの顔を睨み付ける。

 そのニヤけ顔がすっと消えて真面目な表情に戻った。

 

「真面目な話じゃ。ようやっとテランと友好関係を結んで、ぼちぼちと関係を深めていっておるこの時期に、阿呆な終末思想に染まった個体にテラのネットワークで暴れてもらう訳にはいかぬのじゃ。そしてそれを抑える為に儂らが大挙してテラのネットワークを駆け回るわけにも、の。そんな事をすれば、テランに儂らに対する不信感を植え付けることになる。何しろ儂らは前科者じゃからのう。で、折角積み上げ始めた良好な関係も全部ぶち壊しじゃ。

「儂らはともにこの銀河の中ではまだまだ不安定な弱者じゃ。じゃから互いに手を取り合うて同盟を結んだ。それなのに互いに不信感を抱いて相手のことが信用できぬ様になってしもうたのでは、何をやっておる事やら分からぬ。お主に頼みたいのは、そうなる前にその芽を摘み取る作業の手助けじゃよ。何もテラを滅亡の危機から独りで救えなどとは云わぬよ。」

 

 そう言ってニュクスはもう一度ニヤリと笑った。

 何を言っていやがる。

 こいつやっぱり分かってて口にして楽しんでやがるな。

 

 地球人という種族は、銀河きっての嫌われ者である機械達と手を結んだことで、他の種族達から微妙に敬遠されつつある。

 完全に排除されないのは、戦闘種族である地球人と、これまた同様の存在である機械達が手を結んで、無視できない勢力となったからだ。

 つまり、脳筋戦闘狂が悪魔と契約してより恐ろしい存在になってしまったので、他の銀河種族達、とくに同盟を組まねばならないような弱小種族達はそんな恐ろしい存在を無視できなくなってしまい、御機嫌を損ねないように下手に出ている、という状況だ。

 そんな地球人が機械達との同盟を反故にしたならば、悪魔と手を結んだ実績のあるイカレた新参者など銀河中から総スカンを食らうばかりか、そんなヤバイ奴等はとっとと潰しておくに限ると、全銀河種族が敵に回って総攻撃を食らう事態に陥りかねない。

 

 つまりなんだかんだ言っても、この依頼を失敗してカルト野郎が終末を齎さんとネットワーク上で暴れた場合、例えそれが軍と機械達によって見事抑えられたとしても、地球人が滅亡しかねない事態に陥る状況へと進む割と有力な一因となってしまう訳だ。

 充分に、一個人では背負いきれないだけ地球の未来を背負わされているじゃねえか。

 クソッタレめ。

 やっぱり軍と関わり合いになるとロクな事が無い。

 

 

 

 



 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ニュクスは地球人の世論のみを語っていましたが、カルト野郎が地球のネットワークで暴れることで、機械達と地球製府との間のパワーバランスが変わる事も、当然懸念事項であるものと思われます。

 機械達と地球の同盟は、互いが互いを必要とする、利害関係が一致した比較的強固なものですが、異なる種族間の関係性である為に、当然そこは政治が絡みます。

 実の無いパワーゲームに明け暮れるような無駄なことを機械達がするとは思えませんが、かと言って無償の愛情を注ぐような純粋な関係でもありません。

 お互いに利用し合う関係と言うとなにか殺伐とした感じがしますが、利害の一致、短所を補い合う関係であり、お互い付き合いも長い(地球人側は余り気付いていませんが)ので、打算もあり、義理人情もあり、愛情もあり、と言うような関係と思って戴ければ。

 ま、その割合が異なるだけで、世の中全てそんなものだとは思いますが。


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― 新着の感想 ―
え〜。 ブラソンチームが凄すぎて草も生えない。 いつの間にカルト野郎を… メイエラの本体は遥か30万年後の世界ですが、量子エンタングルメントは時間軸に対しては無力な筈。と言うことは、30万光年の旅に…
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