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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
19/82

19. 消去(デリート)

 

 

■ 12.19.1

 

 

 上空から俺達が注視する中、身長150mの巨大な男の像は両手剣サイズの巨大な剣の切っ先を下に向け、メガフロート最上層の表面をゆっくりと歩いて行く。

 その服装は余り身体にフィットすること無く少し余裕があり柔らかそうな質感を持っており、袖口や脚の裾などがまるで紐で縛られているかのように絞られている。

 上半身を包み込むようなマントは首の周りに襟の様なものが立っており、上半身に巻き付いてはいるものの、風を受けて大きく広がり裾がはためいている。

 顔つきは、地球人としては余り見かけないような、鼻梁の通った高い鼻が特徴的で、眼窩は深く、そして頬骨が高い。

 奥まった眼窩の中、切れ長の眼の中に見える緑がかった青色の虹彩が印象的であり、怜悧な雰囲気を持つその目がゆっくりとした足並みと共に辺りを睥睨している。

 明るい茶色の頭髪は長く伸びており、広い額の上で左右に分けられた髪は肩に届く長さを持っている。

 何よりも、AAR映像でまだ暗い夜明けの空に表示されたその巨人は、まるで全身から光を発しているかのように仄かに明るく光っており、服の皺や、顔の造形などの細部が今ひとつ掴みづらい。

 

 対して、その男の巨人を囲むように空中に浮いた六体の女達は、柔らかげな薄い布で出来たゆったりとした服装を身に纏い、袖口は風をはらんで大きく広がり、大きく波打つ長いフレアスカートのような裾もまた、風を受けて揺れている。

 黒い髪を地面に届くほどに長く伸ばした者もいれば、赤みがかった茶髪を肩の下辺りで切りそろえた上方の者もいるが、総じて髪の毛の長さは皆長めであることが見て取れる。

 男の巨人が右手に剣を持つのに対して、女達は何も持っておらず、長く大きく広がった袖口の中に両手は隠れている。

 こちらもやはり身体と服自体が光っているかの様に仄かな明かりを発しており、細かな部分が掴みにくいのだが、それでも六人ともが相当に整った顔立ちをしており、均整の取れた体つきであることは判る。

 

 男の巨人の周りをふわふわと浮いていた女達が、不意に進路を変えて速度を増し、四方に向かって空中を飛ぶように散っていった。

 何のデモンストレーション飛行かと思いきや、女達の散った先にはシードが居た。

 天に向かってそびえ立つビルの間を、そのゆったりとした着衣を風にはためかせながら素晴らしい速度で駆け抜け、女達はシードに接近する。

 まるで接近してくる女達を迎え撃つかのように、何本もの触手を伸ばし始めたシードに対し、ある者はその上空を飛び越え、ある者は触手をかいくぐるようにして脇を飛び抜け、そしてある者は触手を迎撃するかのように空中に停止して、触手に向けて両手を突き出す。

 

 女達のシードに向けて広げた手の平から様々な色の眩い光線が発せられ、シードから伸びる触手を薙ぎ払うように空間を切り裂く。

 それはまるで、両手に持った眩く輝く長剣を振り抜いたようにも見え、そして期待通り、光線と交差したシードの触手は断ち切られ吹き飛ばされる。

 触手の切断面は明るく光っており、まるで光の鱗粉を撒き散らすかのようにその切断面から血飛沫の代わりに光の粒子を大量に辺りに放つ。

 切断面の光はシードの触手を急速に浸食していき、切り離された触手は僅かな時間地表でのたうち回った後に、まるでゲームのエフェクトのように眩く光った後に大量の光の粒子となって空中に飛び散った。

 女達は攻撃の手を休めること無く、建造物に取り付き蠢くシードを次々に切り刻んでいく。

 

 この頃になると、歩道をあちこちに逃げ惑っていた人々も、それがAARによる仮想立体映像であることに気付き始めた様だった。

 シードの異様な姿はともかく、ビルの谷間を移動する巨人の立体像は様々な広告の映像として普段から見慣れており、見慣れたものを眼にしてやっとそれらがAARであることに気付いたのだろう。

 そしてAARであると気付いた人々は冷静さを取り戻し、目の前で繰り広げられている大がかりで奇妙な寸劇を落ち着いて眺める事が出来るようになった様だった。

 メガフロートに住む、或いは深夜まで働いていた無数の人々が、ビルにまとわりつくように造られている歩道の上や、ビルから張り出して空中で隣のビルに接続している歩道の上で足を止め、突然始まったスペクタクルに見入っていた。

 

 未だ夜も明けきらぬ暗い薄紫の空と街灯で仄かに照らされる真っ白い建造物の間を駆け巡る女達は、その攻撃の手を緩めること無く次から次へとシードの触手を切り飛ばして光の粒子へと変えていき、仕舞いにはシードはその全ての触手を切り落とされ、切断面から光の粒子を立ち上らせる僅かに残った短い触手と、本体であるシードコアのみが残された。

 女達はとどめとばかりにシードコアに広げた両手を向け、これまでの戦いの中でも一層眩く太い光線を放つ。

 射貫かれたシードコアは急速に光に包まれていき、目も眩むような光を一瞬放ったかと思うと、まるで内部から爆発したかのように大量の光の粒子へと姿を変えて空中に散っていった。

 

 女達がメガフロートの各地に発生したシードに対処している間、中心に居た大男は立ち止まること無く大通りの上で歩みを進め、メガフロートの中心近くにまで到達していた。

 メガフロートの中央に建つひときわ高い建造物、新都庁(Tokyo Metroporitan Office)には、いつの間にか他と比べものにならないほどに巨大なシードが取り付き、無数の蠢く触手を高さ1500mもある尖塔に絡みつけて異様な光景を晒している。

 

 巨人が近付くにつれ巨大シードは接近してくる巨人に向かって何本もの触手を勢いよく伸ばし、巨人を射殺そうと、或いは取り込もうとする動きを見せるようになった。

 巨人は右手に持った巨大な剣を軽々と振り回し、襲いかかる黒い触手を難なく切り飛ばしていく。

 切り飛ばされた触手は他と同じ様に、地表、即ちメガフロート上面を激しくのたうち回り暴れ回りながらも、切断面から徐々に光の粒子となって消えていった。

 

 巨人と巨大シードの距離が徐々に詰まる。

 巨人が近付くにつれ、巨大シードからの攻撃も熾烈になる。

 だが巨人は、その全ての攻撃を危なげなく捌き、歩みを緩めること無くさらに新都庁ビルへと近付く。

 次から次へと巨大シードから産み出される触手は、目にも止まらぬ速さで巨人に向かって空中を飛ぶ。

 巨人はそれをよろめきもせず、大剣を振って切り捨てる。

 巨人の歩いた後には大量の触手が地表をのたうち回り、光る粒子となって次々に消えていく。

 

 目測で、巨人と新都庁との間の距離は500m程度にまで接近しただろうか。

 すると突然巨人は剣を両手で握り、いわゆる上段の構えを取って巨大シードに向かって袈裟掛けに振り下ろした。

 勿論その切っ先は巨大シードにまるで届いていない。

 しかし振り下ろした剣から、剣圧であろうか僅かに湾曲した白い帯状の光が飛び出し、空間を切り裂き巨大シードに向けてビルの谷間を一瞬で飛び抜けた。

 白刃の剣圧はシードまでの距離を飛んだ勢いそのままにシードの本体を貫通し、新都庁ビルまでをも貫通してまだ暗い夜明けの空へと抜けていき彼方へと消え去った。

 新都庁ビルに絡みつき蠢いていた無数の黒い触手の動きが止まる。

 巨大なシード本体に、斜めに薄らと白い線が走り、その線は徐々に明るさを増すと、重い物が滑り落ちるかのようにシード本体の上側が白い線に沿ってずるりと滑り落ちる。

 切断面はさらに輝きを増し、滑り落ちた上半分が地表に着くか着かないかの瞬間、白い光は巨大なシード全体を包み込んでより一層眩く輝いた。

 爆発したかのように弾けた光が無数の光の粒となって飛び散り、やがて薄れて空中へと消えていく。

 後には、傷ひとつ無く艶やかな白い外壁を見せる新都庁ビルが静かにそびえ立つのみだった。

 

 大剣を袈裟掛けに振り抜き、前屈みに残心の姿勢を取っていた巨人がゆっくりとその身を起こす。

 メガフロート各地に散っていた六人の女達が、都市構造体を抜けて巨人の下へと舞い戻ってきた。

 ゆったりとしたローブのような着衣を風にはためかせ、女達は再び巨人の周りを固めるかのように取り巻いた。

 右手に大剣を提げ、まるで復活してこないことを確認するかのように巨大シードの消えた後を睨み付けていた巨人であったが、やがて全身から力を抜くと大剣の切っ先を下げる。

 同時に六人の女達が巨人との距離を詰め、全員が巨人に背中を向けて集まった。

 巨人と女達はそのまま動きを止め、そしてその姿は徐々に薄れ始め、やがて青紫色に明るくなった夜明けの空に溶けるようにかき消されるように薄れて消えていった。

 

 例えどれほど真に迫った者であろうと、全てが幻影だった。

 それが証拠に、巨人達とシードが消えた街にはどこにもその痕跡など無く、多分いつもの夜明けの街と同じ姿を見せて静かに佇んでいる。

 いつもの朝と異なるであろうところは、先ほどまで上映されていたAARを使った一大スペクタクルの観客が大量に街路に溢れている事だろうか。

 夜も明けぬ内から大音量の警報に叩き起こされ、シードの姿を眼にしては逃げ惑い、最後にはなんだかよく分からないうちに演劇の観客にされてしまった新都心の住人達は、AARによる上映が終わったともしばらく路上に居続け、先ほどまで見せられていた巨人と不気味な地球外生物による撃破一体何だったのかと、自分と同じ様に着の身着のままで家を飛び出してきた周囲の人々と共に様々な憶測を述べていた。

 

 俺達はそのような都市の様子を見下ろしながら、未だ都市上空300mの空中に浮かんだままだった。

 

「上映は終わりか? 他に異常は見当たらないか?」

 

「一連の騒動は、多分これで終わりと思われます。都市内外からの怪しげな信号は今のところ検知されていません。」

 

「軍の動きは?」

 

「目立った動きはありません。都市に突入してきた歩兵部隊は全て現場の確認と治安維持に回っています。上空の地球軍艦隊にも動きはありません。」

 

「結局例のカルト野郎は掴まったのか?」

 

「コピー識別の着いた奴じゃがな。二人ほど確保した。ニュルヴァルデルアじゃ。コピーでもそれなりに役に立ってくれよう。」

 

「本体は?」

 

「多分、逃がした。もしかしたら、コピーに紛れておって知らぬうちに殺してしもうたかも知れぬが、多分違うじゃろ。ニュルヴァルデルアとは言え、本体はやはり本体じゃ。おったなら、コピーよりも遙かに堅牢に守るじゃろうて。」

 

 という事は、オリジナルのカルト野郎は今も地球上のネットワークのどこかに身を潜めているという事か。

 あまり気分の良い話じゃ無いな。

 

「どうする? 徹底的にやるか?」

 

 と、ブラソン。

 当然ブラソンはそっちが気になるだろう。

 そもそも依頼を完遂出来ていない事になる訳だしな。

 

「いや、もう朝じゃ。街も起き始める。やるならまた日を改めてじゃが、その前にまたどこに隠れたか燻り出さねばならぬ。またしっかりと準備をしてからじゃの。」

 

「HASはどうなった?」

 

「軍によって回収済みです。シードがAARであると確定したところで、軍の回収部隊が動いたようです。」

 

「アデールは今どうしてる?」

 

「彼女の同僚達と共に居ます。別の軍人のIDが合流しているようです。多分、情報部か、出向元のエージェントと接触しているものと推察されます。周囲のデバイス全てにジャミングが掛かっており、詳細は不明です。」

 

「オーケイ。なら一仕事終わりか。クニ達はどうしてる? 重傷者が居ただろう?」

 

「十三名、全員無事です。腹部に銃弾を受けていた者が調整漕に入っています。調整完了まで約八時間。大腿部に銃弾を受けている者が次に入る予定です。その他軽傷者は今のところ応急処置だけです。女性五人は酷く疲労していたため、客室で寝ています。男性七名は客室二つに分けて収容していますが、一般区画での行動は制限していません。」

 

「諒解。無事なら良い。船で死なれるとか、夢見が悪いからな。」

 

 さて、それでは帰るとするか。

 最後のサプライズシアターも入れて、今日は色々なことがありすぎた。

 さっさと帰って、シャワーでも浴びて、一杯引っかけてぐっすりと眠りたい。

 

「ブラソン、ビークルを一台回してくれるか? 飛んで帰っても良いんだが、疲れた。」

 

「諒解。方位082、距離140m、3H493乗降プラットフォームから乗ってくれ。一分後に一台着ける。」

 

「ありがたい。ルナ、ニュクス、行くぞ。アデール、こっちは先に上がるが、良いか?」

 

 俺達はブラソンの指定したビークル乗り場に向かって移動を始める。

 もう一人、一応声を掛けておかねばならない奴が居る。

 もっとも、シード関連の担当者だというアデールは、そう簡単に帰してはもらえないだろうが。

 

「承知した。これ以上やる事も無いだろう。こっちは後始末でしばらく掛かる。先に戻っていてくれ。」

 

「悪いな。そうさせてもらう。」

 

 きっかり二分後、メガフロート上面から200mほどの高さでビルの中腹に造られたビークル乗降用プラットフォーム、即ち地上1700mほどの高度でビルの脇腹から突き出したビークルストップに横付けになった小型ビークルに乗り込み、俺達は朝の光を浴びながら家路についていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。

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