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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
16/82

16. 東京湾メガフロート

 

 

■ 12.16.1

 

 

 それは正に文字通り、耳を疑う情報だった。

 

「済まん、聞き違えたかな。レジーナ、シードと言ったか?」

 

 いまや旧都心にあった都市機能の相当な部分が移っている東京湾メガフロートに、シードだって?

 そんなバカな。

 

 余りに有り得ない───というよりも、信じたくない、と言うべきか───不穏な情報に俺が固まっていると、脇に居たアデールが地を蹴り、メガフロートの方角に向かって飛び去った。

 何も言わずに立ち去ったが、軍から緊急の指示でも入ったか。

 

「はい、マサシ。確かにシードと言いました。軍ネットワークからの警報です。極東方面軍全軍にスクランブル警報が発せられています。第三、第四、第七基幹艦隊に緊急出動指令が出ています。東アジア地方司令部がレベル5警戒態勢に入っています。東京周辺500km以内のあらゆる部隊に緊急出動指示が出ました。東京都市自治政府も第三種緊急配備を宣言しました。」

 

 レジーナが矢継ぎ早に、周辺の政府機関が警戒態勢をとったことを報告する。

 緊急の状況を事務的に冷静な口調で告げるそんなレジーナの台詞に、ニュクスの声が割って入った。

 

「有り得ぬ。上空の艦隊は、シードの突入を検知しておらぬ。」

 

 アステロイドレースの時に俺がやられたように、シードはワームホール空間のような亜空間とでも言うべき別空間に身を潜めて超光速で移動し、星や宇宙船のような取り憑く事が出来る物体の接近をどうやってか検知し、いきなり実体化して衝突し、取り憑かれる。

 いきなり実体化して、いきなり突入してくるので避けようが無い。

 亜空間を移動するシードを探知する方法は、機械達でさえ持っていない。

 

「シードは探知できないだろう。それとも何か新しい探知装置を開発したのか?」

 

「違う。幾らシードとは言えども、物質の中にいきなり実体化などしはせぬ。実体化してから突入するのじゃ。その時間が極めて短いだけで、な。実体化時には当然空間構造に擾乱が発生する。そもそも惑星に突入するならば、宇宙空間で実体化してから濃密な大気に飛び込むはずじゃ。それを検知して居らぬ、と言っておる。」

 

 ニュクスの言いたい事は分かる。

 が、あの不気味な生態を持つシードやスターゲイザーが、いつまでもその様な弱点を残したままとも思えない。

 自発的に進化する、或いは適者生存による進化で、物体内で実体化する能力を持ったものが生まれたとしても、俺は何ら不思議には思わない。

 そもそも今現実に、その様にして発現したシードが目の前に存在する。

 

「習志野の軌道降下兵団、下総の陸戦隊、いずれも到着まで10分かかります。木更津、厚木、横田、いずれの基地の部隊も同様。嘉手納とネリマの強襲陸戦隊が軌道降下ポッドを地上から射出する準備に入っていますが、これも現地到着まで15分掛かります。」

 

 つまり、あと10分は軍の部隊は到着しないという事だろう。

 シードは発見したら可能な限り迅速に排除しなければならない。さもなければ、被害は時を追うごとに拡大し甚大になっていく。

 アデールが泡食って飛び出していったのも、そういうことだろう。

 

 それはそうとして。

 レジーナはなぜそんなに軍のリアルタイムの戦術情報を知っている?

 いくら今協力関係にあるとは言え、間違いなく機密情報に分類されるであろう、各部隊の行動に関する情報を渡してもらえる筈も無い。

 そもそも依頼されたカルト野郎の捕り物と、シード発現は完全な別案件だ。

 いつから俺達はそんなに軍に近くなった?

 気付いたら取り込まれていた、などという状況は身の毛もよだつ話だ。

 余りに気になるので、黙っておくことが出来なかった。

 

「レジーナ、何でそんな詳細な軍の動きが分かる?」

 

「機械達から情報提供を受けています。本船の行動に影響するであろう情報として。彼等は正式に軍と情報共有していますので。」

 

 ダダ漏れじゃねえか。

 そんな事で良いのか。

 

「特例措置ですけれどね。シード、新たに二体発現しました。いずれもメガフロート深部。さらに二体発現。先のものより南方で比較的表面に近い場所です。これで合計五体です。

「地球軍、第三基幹艦隊の三十五隻が東京上空大気圏外に緊急ホールアウトします。第7628強襲打撃戦隊からの強襲軌道降下兵126名出撃準備中ですが、これも現地到着まで10分かかります。」

 

 頭の上がどんどん物騒な状態になってくる。

 時間が経てば、さらに多くの軍の艦が到着するだろう。

 とは言え、カルト野郎を捕獲する依頼をほぼ達成し終えている俺達には、何もすることが無い。

 軍か機械達がHASを回収する為の機材を回してくる筈だが、それもこの状況ではいつになるやら、だ。

 

「メガフロート内で物理的、システム的な浸食が進行中。軍民問わず多数のダイバー、オペレータが対抗していますが、押され気味です。物理的にも、システム的にも、内部からの浸食であるのが痛いですね。」

 

 軍はシードの存在を以前から認識していたようだったが、まさか突然地球に攻撃を食らうとは思ってもいなかったのだろう。

 いや、アステロイドレースの時の反応を考えると、想定はしていても、まだ対応が追い付いていなかった、と言うところだろうか。

 

「シード新たに二体発現。計七体。メガフロート深部、中央動力区画近傍です。これはかなりマズいですね。」

 

 レジーナが、他人事とも取れるような落ち着いた声で言った。

 

「マサシ、聞こえるか?」

 

 そこに突然アデールの声が割り込んできた。

 

「ああ、聞こえる。どうした?」

 

 俺達に行き先を告げる時間さえ惜しんで軍からの指示に従って飛び去ったと思われるアデールは、今現在メガフロート内部に発現したシードに対処すべく現場に急行しているはずだった。

 

「済まない。手を貸してほしい。HASの捕獲に動員した私の同僚をまるごと二十人ばかり引き連れてはいるが、圧倒的に手が足りない。軍の部隊が到着するまでまだ時間がかかる。お前達が軍人ではないのは百も承知の上で頼む。ニュクスとルナと共にこっちに来てくれないか。軍だの民間だのと言っている場合では無い。お前達には実際にシードに対応した経験がある。戦える人間が一人でも多く欲しい。」

 

「・・・分かった。どこに行けば良い?」

 

 俺は軽く溜息をつくと、腹を括って答えた。

 確かにあんなモノが東京のど真ん中に発生したのでは、軍だの民間だのとこだわっている場合では無い。

 もちろん、軍から距離を置きたいという俺個人の考えも、だ。

 地球を護ったり、人々の命を守ったりするようなヒーローであるつもりなど全く無いし、むしろ東京に住む人間がどうなろうと俺には関係無いという意識の方が強いが、ここから僅か100kmばかりしか離れていないところには、俺の生まれ故郷があり、久方ぶりに顔を合わせたばかりの両親が住んでいる。

 さすがに、肉親を守りたいという人並みの感情は持っているつもりだった。

 

「レジーナからマップとマーカのデータを受け取れ。シードのマーカSD06への対処を頼む。捕獲の必要は無い。とにかく殲滅して機能停止させろ。手段は問わん。ただし、都市構造体への被害は最小限に止めろ。」

 

 手段は問わんというアデールの言葉に、一瞬レジーナからギムレットを使わせることを思いついたが、流石に思いとどまる。

 多分地球軍も同じ結論に達しているだろう。

 シードを排除するためにメガフロートのど真ん中に生成したホールの向こう側は、真空の宇宙空間だ。

 とにかく敵艦の土手っ腹に大穴を開ければ良い宇宙空間での攻撃とは異なり、そもそもメガフロートという巨大構造体の中から正確にシードだけを抉り出さねばならない。

 構造体の中を動き回るであろうシード本体を上手く捉えられずメガフロートを穴だらけにした上に、その中身と周辺のあらゆる物を掃除機宜しくホールから何もかも吸い込んで遙か彼方の宇宙空間に全部放り出すという訳にもいかないだろう。

 

 メガフロートに眼を向けている俺の視野の中、HMDに赤色のマーカが幾つも灯る。

 そのひとつ、SD06と示されたものが二重線で囲まれひときわ明るく表示された。

 

「ニュクス、ルナ。データは受け取ったか? 行けるか?」

 

「問題ありません。」

 

「大丈夫じゃ。」

 

 俺の前に並ぶ二人がこちらを向いて頷く。

 

 そこでふと気付いた。

 俺のAEXSSとジェネレータは、先ほどのHASの攻撃でかなり損傷しているが。

 

「直しておいたぞえ。周りは儂らの操るナノマシンだらけじゃ。とうの昔に元通りになっておるわ。」

 

 と、相変わらず鳥にたかられたままのニュクスがニィと笑った。

 そう言えば、しばらく前からスーツの損傷を知らせるサインの点滅が視野から消えていたような気がする。

 自分の右脇を見るとどこに損傷があったのか全く分からず、手で触っても痛みも感じない。

 どうやら俺の身体ごと補修してくれたようだった。

 

「行くぞ。レジーナ、ナビゲーションを頼む。」

 

「諒解しました。」

 

 地を蹴って未だ夜が明けない空に向かって飛び上がった俺達を追いかけるようにレジーナからの返答が聞こえた。

 東京湾上に浮かぶ巨大構造物は、ダークグレイの都会の夜の空の中、白いシルエットとなって俺達の前方に浮かんでいる。

 その威容を誇る人口島が急速に迫ってきて、視野一杯に広がる。

 

 東京湾メガフロート、或いは東京湾新都心。

 東京という日本自治区の首都であり、また極東地域の中心都市のひとつである巨大都市は、元々が七百年近くも前に成立した中世の都市をベースに構築されている。

 戦争や天災などで何度か破壊され、そのたびに過去の地図を更新した都市計画が行われたが、あくまでも中世の都市を基盤に構築された時代遅れの都市構造は、地上を走る大量の自動車や、空中を駆け抜けるさらに大量のビークルの交通網をその内に効果的に組み込めるような構造を持っていなかった。

 

 統一的に制御されず無計画に構造物を建造する支離滅裂な都市開発は、地上も空中も常に大渋滞が常態化し、柔軟な対応が可能である地上車やビークルが存在するというのにもかかわらず、決められた軌道上を走ることしか出来ない列車を主要交通機関として、結局人間が自分の足で歩いて移動しなければならないという時代錯誤で間抜けな都市を最終的に形成するに至った。

 その旧時代的な構造の上に他の都市同様に層状立体構造をいくら構築しようとも、せせこましくゴミゴミとして、様々な移動手段に全く対応できていない時代遅れの都市構造はいかにしても誤魔化しようが無く、結局僅か10km程度の移動にも数十分もかかる様な余りに不便な街となってしまった。

 

 接触戦争の後、地球上の交通機関が海上や地表などを移動する二次元的移動手段から、重力推進を用いて空間を自由自在に行き来できる三次元的移動手段に移り行く中で、立体的且つ高速な移動手段に対応した都市計画が行われたが、旧い建造物が大量に建ち並び、それらを更地にすることが出来ない旧都心は根元的に新たな交通網に対応できないことが明白だった。

 中世からの伝統的かつ不便な既存の都市部分に見切りを付け、土台の根本的なところから全てを立体的で効率の良い物流と人員輸送のシステムに対応出来るように、そして将来さらに新たなシステムが導入された場合にもこれに対応出来るように設計された巨大な都市構造体が、新たに東京湾上に建造された。

 

 東京湾最深部に浮かぶ直径約16km、最大高さ1500m余りの少々歪な円状の外形を持った巨大構造体。それが東京湾メガフロートだ。

 その名の通りメガフロートは海上に浮いているが、文字通り海面に浮いているのではなく、海上100mの空中に浮いている。

 基底部から海面までの間には、基本的に大型の構造物は殆ど無く、旧来の海上船舶が自由に通行可能であるし、風の通りもそれほど悪くない。

 メガフロート上で取り込んだ太陽光を光伝導ケーブルで誘導して基底部から海面に向けて照射するため、メガフロート直下の海は死んでおらず、その気になれば漁業も可能であるほど生態系に富んでいる。

 

 メガフロート南西側には、同じフロート構造を持つ約10km四方の巨大な宇宙船離着床が接続されて三浦水道に向かって張り出しており、東京湾中央国際宇宙港、通称東京湾中央港と呼ばれる。

 正式には、東京湾メガフロートと言う名前の構造物は北側の都市構造部分であり、その南側に接続する宇宙港は含まれないのだが、一般的には宇宙港部分まで含めて一緒くたに東京湾メガフロートと呼ばれる。

 宇宙空間からみれば、東京湾最奥に丸いメガフロートがあり、そのすぐ南西に少し小振りの正方形の宇宙港が接続しているため、丸に小振りな四角を接続した「鍵穴」型の構造物に見えるし、実際公式案内でもその様に形容されている。

 

 が、幼い頃から日本で教育を受けてきた者には、外縁部に僅かに残る東京湾の水面に囲まれたその特徴的な形は別のものに見える。

 そう、大阪は堺市にある、アレだ。

 なので日本語のスラングでは、その建造時の天皇の名を取って「盛明(じょうみょう)天皇陵」などとも呼ばれている。

 仁徳天皇陵完成から約二千五百年、日本はとうとう64倍スケールで、しかも空に浮く前方後円墳を建造した、というのは定番ジョークだ。

 

 と、長々とメガフロートについて語ってしまったが、これは学校で習う近代史の教科書、或いはネット上で幾らでも拾ってくることが出来る様々な解説書のどれにでも載っているような一般的な知識であって、北関東の片田舎で育ち、成人する前に地球を飛び出した俺は、実は東京湾メガフロートの内部地理についてそれほど詳しいわけでも無い。

 とは言え子供の頃には、よくある子供向け雑誌などで東京湾メガフロートについての情報を見聞きはしている。

 「これが東京湾に浮かぶ巨大人口島メガフロートの秘密だ!」とかなんとか、子供向けに特集されて図入りで解説しているそのての記事は、ネット上を探せばいくらでも見つかる。

 片田舎に住む男の子らしく俺は、目を輝かせてそのての記事を読んで、メガフロートにある様々な先進的な設備や、そこで繰り広げられているであろう最先端の都会の生活に思いを馳せたものだった。

 

 だが、その程度だ。

 実際にメガフロートに足を踏み入れたことはそれほど多くなく、その内部の構造も地理も良く知りはしない。

 なので、ナビゲーションが必要となる。

 もっとも、メガフロートの住人に言わせれば、彼等もまた日常の生活で行動するエリアを少し外れてしまえば全く地理が分からず、容易に迷子になってしまうため都市サービスの一部であるナビゲーションが絶対手放せないのだそうだが。

 

 いつも通り、レジーナが示す黄色いナビゲーション線が空を飛ぶ俺達の前方に真っ直ぐに伸びている。

 その線は遙か前方、メガフロート上空でほぼ直角に下に曲がって、都市構造の中に突入する事を指示している。

 あの下にシードがいる。

 

 俺はレジーナにシードが突入してきた時の事を思い出し、少々気分を重くしつつも、黄色い仮想線を辿って深夜の東京湾上空を飛んだ。

 

 

 

 

 



 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ちなみにですが。

 東京に隣接する、東京湾最奥のエリア、千葉県の船橋市ではちゃんと今でも東京湾で漁業をやってますし、漁協も市場も存在します。

 以前船橋に住んでいたときに、それを知って本気でビックリしたのは実話です。


 田舎に住んでいると、10kmなんて僅か10分か15分程度の移動距離なのですが。

 例えば、直線距離にしてちょうど10km、日本橋の高島屋から、三軒茶屋近くの世田谷公園まで移動しようとすると、通常確実に1時間は覚悟します。しかも歩き回って足が棒になります。


 余談ですが、普段東京を中心に生活している人と話をしていると噛み合わないことがあります。

「えー、ここ二回も乗り換えあって、駅から20分も歩くじゃん。遠いよ。」

「・・・は? ここから車で10分しかかからないすぐそこなんだけど?」

 余りに移動が不便なので、ここ何年も仕事以外では殆ど東京に近付いていません。

 東京近郊に住む人は東京のことを「交通網が整備されていて、どこに行くにしても移動がとても便利」と胸を張るのですが、田舎者の眼で見ると「どこに行くにも自分の脚で延々歩かされる、移動にやたらと時間のかかる不便なところ」と映ります。


 大阪や名古屋、仙台などは街中を車で移動してもそれほど苦痛には思わないのですけれど、東京は嫌ですね。

 案外、京都が車移動がとても楽なんですね。京都では地下鉄もバスも当分乗った事ないや。とは言っても、流石に河原町四条辺りに車で近付きたくは無いですが。

 

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