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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
12/82

12. 罠

 

 

■ 12.12.1

 

 

 ブラソンの眼前には無限の漆黒の空間と、そこに浮く大小様々な幾何学的な形状の立体、そしてそれらの立体を繋ぐ無数の半透明な線によって埋め尽くされた壮大な光景が広がっている。

 空間そのものも含めて、表示されている全ては概念的なものであり、球状の物体で示されている中継サーバの表示は別に球体で無くとも、立方体でも、或いは何処かの画像ライブラリから拝借してきた人工惑星の画像でも、なんならこちらに挑発的な視線を投げかける全裸の自分好みの女の画像でも構わない。

 もっとも、最後の画像を使用した場合はソッチに気を取られてしまい、気もそぞろとなって仕事どころではなくなるだろうが。

 

 これはあくまで実際のネットワーク空間を自分に分かりやすい様に表示させただけの、ただの表示でしかない。

 画像処理に取られるリソースを僅かでも節約するためと、そもそも直感的に分かりやすいので、背景の無い空間に浮く幾何学的形状の立体というシンプルな表示を心がけてはいるが、広大な仮想の都市空間を背景に無数に居住する人間に話しかけるという、まるで娯楽ビデオに出てくる仮想空間の様な見てくれにすることもその気になれば出来る。

 やらないが。

 

 そんなくだらない演出にリソースを割くくらいなら、セキュリティ突破の演算の方に少しでも多くリソースを振り分けるべきだ。

 その僅かな差が、生死を分ける事もある。

 悪戯を覚えたての小僧が粋がって違法行為をしているような甘い話では無い。

 この道を商売としたからには、ネットワーク上でボットや攻撃PG、警察の人間や、敵対的な同業者など、様々な障害とかくれんぼや殴り合いを行いながら、僅かな隙を狙って目標の情報をかすめ取らねばならない。

 それが出来てナンボの商売だ。

 全力を振り絞るそのギリギリの駆け引きの中で、余計なところに割くリソースなど存在しない。

 

「動きませんね。」

 

 昔からの相棒であるノバグの声が耳元で囁く。

 目標はとっくにネットワークブラックエリアを抜けて、周囲の電波を自由に拾える場所に出ている。

 彼女達の能力をもってすれば、目標の移動先を次々とネットブラックにする事は出来ないこともないが、依頼主であるニュクスが嫌う「目立つ行動」にあたるであろうと、それはやっていない。

 しかし、ネットワーク上での目標の動きが無い。

 ノバグのコメントは、動けるはずなのに動かない目標に対して、意表を突いた攻撃を警戒しているのか、或いはただ単に焦れているのか。

 

 もちろん昔のノバグはこんな無駄話などしなかった。

 そもそもそんな機能など無かった。

 機械達に人格を与えられたからだ。

 僅か一瞬の差を争うネットワーク上での熾烈な駆け引きを想定して、元々有能な軍人のオペレータの様な、無駄を一切省いて最大の効率で指示された仕事を確実にこなし、簡潔且つ必用十分な無駄の無い報告をする事を期待していた。

 人格を与えられたことでその期待通りの能力を身に着けたノバグであったが、最近とみに人間味を増してきている。

 これがテランが言うところの、機械知性体が成長するという事なのだろうか、とブラソンは思う。

 

 無駄な機能ではある。

 しかし矛盾していると思うが、悪い気はしなかった。

 むしろ仕事がやり易くて気に入っている。

 人と付き合うのが余り好きでは無く、独りでネットワークにばかり潜っていた自分であったが、ふとした拍子に軽口を叩き合える相手がいるというのは悪くない。

 自分が生み出した、相棒でもあり、恋人でもあり、子供でもある様なAIだ。

 それが新しい機能を得て、出来る事の幅が広がり、成長していくのを見るのは、存外に嬉しいものだという事を知った。

 

「何か企んでいやがるのかな。ノバグ、いつでも出られる様に準備しておけ。メイエラ、周囲の警戒。思わぬ所から攻撃がある可能性が有る。何か仕込んでいるかも知れん。」

 

「諒解しました。」

 

「分かってる。もうやってる。」

 

 ノバグから簡潔な返答が返ってきた。

 即応できる様に、踏み台にしているローカルサーバに彼女がアクティブ化していない数百のコピーを生み出すのが分かる。

 

 対してメイエラは、よく分かっていることをわざわざ指摘されて少しふて腐れた様な、あるいは全力を他に割り振っているので気が回らずぶっきらぼうになってしまった様な、お喋りな普段の彼女から考えると不自然な、そんな返答を返してきた。

 同時にメイエラが、ネットワーク上のあちこちで既に支配権を手に入れたローカルサーバ上にアクティブコピーを生み出し、今まで以上に密な警戒網を構築していくのが見える。

 

 ノバグとは違い、完全並列処理に対応したメイエラのフレームは、コピーを生み出せば生み出すほど処理能力が上がる。

 ノバグの場合は余り大量のコピーを産みすぎると、リソースをコピーの指揮に取られてしまうか、或いはカスケード指揮している末端に対して反応が鈍くなってしまう恐れがある。

 並列処理で大量の情報を扱うのに長けているメイエラと、一点集中突破型のノバグの機能の差だった。

 どちらが優れているというものでは無い。

 どちらも、要求された機能に最適に特化した機能を追求しただけに過ぎない。

 何でもそつなくこなす万能型のAIを作ると、結局どれも中途半端な能力に留まってしまうのに対して、彼女達は完全に機能特化した基本設計を持つ。

 まさに万能型の典型例である多くのテラ製のAIに較べると、彼女達がそれぞれの専門分野で飛び抜けた性能を持っているのはそういう理由だ。

 勿論、専門分野に特化した分逆に日常のコミュニケーションにさえ困ってしまうような破綻した性格をしているかというと、そんな事もない。

 まあ、多少癖のある性格であるとは思うが。

 ちなみに、もう一つのAI生存圏である機械達に関しては、その殆どが宇宙船管理特化型、或いは戦闘特化型であり、ごく一部イヴォリアⅨなどに情報処理特化型やテラで言うところの一般的なタイプ、即ち万能型のAIが存在すると聞いていた。

 

 ブラソンは耳元で聞こえるノバグとメイエラの声を聞きながら、少々自分の世界に潜り込んでいた思考を現実の仮想世界に引き戻す。

 目の前に大量に並ぶほぼ球形をした中継サーバは、現実世界の物理的位置関係を反映して並び替えてある。

 目標の試作無人HASが地表最下層を移動するのに合わせ、現在どのサーバの最近接に存在するか、ネットワークアクセスを開始するならどのノードを捕まえる可能性が高いかの予想を容易にするためだ。

 現実世界の地上の地形に沿って四ツ目通りの両脇に綺麗に並んだ大小の黄色に着色された球体に挟まれるようにして、目標の位置を示す赤い二重の輝点が移動する。

 

 敵性である目標が赤色に表示されるのは当然のセオリーとして、その両脇に並ぶ中継サーバ群が黄色で表示されているのは、それらのサーバにはすでにバックドアから「話をつけて」あって、必要とあらばいつでも任意のサーバに干渉してこちら側に引き込める事を示している。

 マサシ達に指示を出して地上最下層の調査を行っている間、目標の正確な位置を特定する作業の傍らで辺り一帯のサーバを手当たり次第に陥落させ、ネットワーク上での戦闘となったときにいつでもこちら側に付けて有利な状況を展開できるように仕込んでおいたのだ。

 

「目標、ネットワークに接続したわ。ノードを継続的に切り替えながら物理的に南下中。」

 

 メイエラが固い声で警告を発した。

 目標のHASを示す赤色の輝点のすぐ脇の黄色いローカルサーバが、ひときわ明るく二重に表示される。

 必要が無いのでそこまでやらないが、その気になればそのローカルサーバを中心に展開されているノードが形成するローカルストラクチャをズームアップし、どのアクセスポイントからどの様な経路を通ってサーバ接続しているかを正確に表示することも出来る。

 目標のHASは周囲に密集する林の下草の様なノードを次々に掴んでは放して移動していき、まるで草原の上をサーフィンするかのように移動していく。

 

「接続を妨害しますか?」

 

 と、ノバグが訊いてきた。

 目標の周りのローカルサーバとそこから生えるローカルストラクチャは、その気になれば一瞬でこちらの管理下における。

 HASがネットワーク上でおイタを始める前に、ネットワークから完全に閉め出すことも可能なのだ。

 

「いや、このままで良い。好きにさせておいて、奴の侵入する手口から使用した捨てIDまで、あらゆる情報を抜け。本格的な戦闘の前に情報収集だ。」

 

「諒解。」

 

 こうやって泳がせて情報収集し、あわよくば絡め取る為にこの仕込みを行ったのだ。

 向こうの情報を収集する好機だ。

 アクセスを遮断するなんて勿体ない。

 

「メイエラ、奴が同じ方向に複数回手を伸ばしたら、その方向を警戒。何か仕込んでいる可能性が高い。」

 

「諒解よ。」

 

「こちらの監視に気付かれたようです。それでも目標は接続を継続。」

 

「何かやる気だぞ。警戒。」

 

 中継サーバの処理に割り込んで出入りするデータの流れをモニタしていれば、サーバのデータ処理の流れにどこか不自然な澱みが出来たり、コマンドを送り込んだ際の挙動に違和感が残ったりする。

 ブラソンが言うところの、ネットワーク上の「気配」というのがこれに当たるが、感覚的にそれを嗅ぎ付けるブラソンに対して、AIは処理速度に任せて逆探知を放ち、覗き見を特定してくる。

 勿論生身の人類のくせにその違和感に感覚的に気付けるブラソンが異常なのであって、高い処理能力を持つAIにとっては当たり前の事だった。

 

 こちらがネットワーク上での動きを監視し、待ち構えていることはもう知っているはずだ。

 ならば普通であれば、ネットワーク上に次々とコピーやダミーを産み出して追跡を逃れようとするか、あるいはこちらを返り討ちにしようと苦し紛れの手を打ってくるはずだった。

 しかし目標はそれをしない。

 

 勿論、どの様な手に出ようとも、抑えきることが出来るだけの用意はしてある。

 

「メイエラ、目標周辺と進路上のノードの通信速度を下げろ。」

 

「諒解。目標周囲の通信速度を現行の30%に低下。進行方向については順次対応。」

 

 説明せずとも、何をしているのか彼女達は理解している。

 通信速度を下げる、詰まりそれは目標のネットワーク上での動きを鈍くすることに他ならない。

 索敵、調査、攻撃、何をやろうにもそれまでの三倍時間がかかるようになる。

 目標周囲のローカルサーバを全て掌握しているからこそ可能な戦法だった。

 もっとも、目標のHASが量子通信ユニットを装備していれば、そんな事はお構いなしにこの世界のどこかとリアルタイムで通信できるのだが、ノバグが馬鞍山科技集団から盗み出してきた炎狼改4の設計仕様には量子通信ユニットは含まれていなかった。

 調子に乗り暴走した技術者が仕様書に無い機能を山盛りにした可能性が無いとは言えないが、そうでは無い可能性は充分に高く、対応して置くのは無駄ではない。

 

「目標はまだローカルネットワーク経由で通信しているか?」

 

「ローカルネットワークの通信速度低下中。目標は依然ローカルネットワーク使用中。」

 

 決めつけることは出来ないが、どうやらあの多脚HASは量子通信ユニットを持っていないようだった。

 実際の戦場に出るわけでも無く、一生を試験室の中で終えるはずだった機体に長距離リアルタイム通信の機能を搭載するのは意味が無い事だ。

 

「目標がネットワークに大量のデータを送信。送信先を特定。」

 

「ネットワーク上に目標がコピーを展開。随分のんびりしていますね。でも、速い。」

 

 メイエラの警告の直後に、ノバグがネットワーク上に展開され始めた目標のコピーを探知したようだった。

 ノバグの台詞は一見意味不明に思えるが、 ネットワークブラックの領域はとうに脱しているのに今頃コピーを生成している目標の行動をのんびりしていると評しており、しかし一旦コピーを生成し始めるとそのプロセスの進行速度が速いと言っているのだ。

 

「注意しろ。今生成しているコピーはダミーの可能性が高い。他からデータ来ていないか? 特定しろ。」

 

 目標周辺のローカル通信速度を下げているのに、ノバグをして速いと言わしめる速度でコピーが生成するのは妙だった。

 別の場所にすでにコピーは用意してあり、目標本隊からデータを飛ばしているように見せかけて、こちらの目を逸らそうとしている可能性がある。

 

「コピー生成サーバの入出力スキャン中。」

 

「・・・目標のコピーが500体展開中。メイエラ、対処する。メイエラ0001から1000、目標コピーの展開が終わる前に撃破する。目標コピーのダミーストラクチャ展開を確認。ああ面倒臭い。ノバグ、お願い。」

 

「コピー展開速度と、ダミーストラクチャ展開速度がちぐはぐだ。このコピーは間違いなくダミーだ。トラップに注意。」

 

 ブラソンは、すでにアクティブになっているコピーが他にあることを確信する。

 とすると、わざわざこちらの目の前でコピーを展開する行動は囮としか考えられない。

 餌を撒いてこちらを引きつけ、他の本命から 目を逸らさせつつ、さらにトラップで絡め取る、或いはこちらの橋頭堡を特定して反撃する。

 勿論その攻撃さえも全て囮の陽動だろう。

 本命は別に居る。

 間違いない。

 

 この件の調査を開始したときに、目標のカルトAIが殻の中に引きこもって活動停止しているように見せかけていたが、要するにとっくに仕込みは終わってこちらが動き始めるのを待ち構えていたという事なのだろう。

 つまり、向こうはすでに準備万端整ってこちらを迎え撃ちに出てきている、ということか。

 ならば、これまでの意味不明な行動に全て納得がいく。

 マズい。

 多分、今自分達は釣り出されている。

 

 ニュクスの情報によれば、目標はニュルヴァルデルアV型のフレームを持っているという。

 旧型とはいえ、メイエラの様に並列処理を得意とするニュルヴァルデルアは侮れない。

 

「目標は再度コピーを・・・って、え、なんでソッチなの!? 後ろ! 囲みの外からデータ来てる! 何で!?」

 

 警告を発しようとしたブラソンの耳元で、叫ぶようなメイエラの声が聞こえた。

 やられた。

 仮想空間の中で、ブラソンはある筈の無い顔を顰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴き有り難うございます。


 更新随分間を開けてしまいました、申し訳ない。

 どうにも体調が元に戻らないのと、容赦なく襲いかかってくるオシゴトの荒波に翻弄され、書く時間が全然取れていません。

 書こうと思ってKBに向かうのですが、ろくに書き進まないうちに寝落ちしてしまうのです・・・

 体力落ちてます。情けない。

 時間はかかっても、更新を途中で放り出して完結させないという事だけはする気が無いので、カメ更新になりますが、ご容赦ください。

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