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夜空に瞬く星に向かって 第二部  作者: 松由実行
第十二章 トーキョー・ディルージョン (TOKYO Delusion)
11/82

11. 戦闘禁止区域

 

 

■ 12.11.1

 

 

 目標の多脚HASが、大通りに沿って空中を駆け抜ける。

 全身黒に塗られたその大柄な外骨格が、俺達の銃撃を避けながら通りの両脇のビルと地面と第二層の底面に囲まれた長いトンネルのような空間を縦横無尽に駆け回るその姿は、まるで巨大な昆虫が風に乗り敵を狙い壁を蹴って空中を駆け回っているかのよう。

 HASは市街地をただ逃げ回るだけで無く、こちらの姿を認めると隙あらばと実体弾を撃ち込んでくる。

 HASを追う俺達四人には運良くまだ被害は出ていないが、このまま目標を追いかけ続ければ、いつ誰が命中弾をもらってしまってもおかしくはない状況であった。

 

 それほどまでに目標のHASの動きは速かった。

 これまで幾度となく銀河種族の操るHASを相手に戦ってきたが、たった一機を相手に四人で包囲してこれほどに苦戦する事など無かった。

 地球人よりも反応速度の遅い彼等が操るHASと、あらゆる人類よりも演算速度の速い機械知性体が操るものとでは、こちらの動きに対する反応がまるで比べものにならない程に違う。

 銀河種族のHASが相手であるなら、一対一でも充分に有利に戦いを進めることが出来るが、この目標は四対一でも手に余る。

 

 俺達は目標の多脚HASを新木場辺りの開けた場所に追い込もうとしているが、別に手を抜いて攻撃しているわけでは無い。

 目標を無力化して確保できるならば、別に遙々新木場まで行く必要など無い。

 しかし多脚HASを破壊しようと引き金を引いているにも拘わらず、どんな攻撃も見事に躱されてしまって当たらない。

 もちろん多少の命中弾は出ているのだろうが、目標の動きを制限できるほどのダメージを与えられていない。

 

 追いかける目の前で、ビルの壁面に吸い付くように横向きに疾走していたHASが、まるで昆虫が飛び上がるかの様に壁面を軽々と離れ、今度は地上に降りて様々な障害物を飛び越え回り込んで避け、速度を落とさずに駆け抜ける。

 

「目標が四ツ目通りを越えて東進しそうだ。猿江恩賜公園側から叩いて修正する。」

 

 見ればちょうどアデールが居るあたりに、マップには少し大きめの公園が表示されている。

 

「もうそこの公園でいいじゃねえか。充分広いだろう。」

 

「あー、ダメだ。ここは元々(インペリアル)(ファミリー)の管理地らしくてな。戦闘禁止区域に指定されている。ここで暴れてくれるなと、地元政府から強い要求が出ている。」

 

「随分余裕じゃねえか。そんな事言ってる場合か。知ったことか。」

 

「軍は政府からの要求に逆らえないんだよ。そもそもお前のと(ユア・)ころの皇室(エンペラー)だろう。」

 

「知ったことか。クソッタレめが。」

 

 この時代でも日本の皇室は存続し続けている。

 俺自身、特に皇室を敬い奉っているという意識は無いが、日本の自治政府はそういう場所で暴れられるのを当然嫌がるだろう。

 そして、アデール達軍情報部に指示を出したのは政府で、その軍が俺達の依頼人だ。

 依頼人のご意向を無視して暴れると、報酬を減額されてしまう。

 面倒だが、依頼人の指示に従うしか無い。

 

 俺の見ている目の前で多脚HASは運河脇の狭い道路から空中へ飛び上がり、様々な物が放置されて障害物だらけの大通りを越えようとしたが、大通りの反対側、即ち東側から激しい銃撃を受けて、銃弾がHASの表面に無数の火花を散らす。

 俺は慌てて大量の銃弾を避けるために手近な路地に飛び込んだ。

 銃撃は大通り北側からも加えられているらしく、HASは溜まらず四ツ目通りを南に曲がった。

 大量の銃撃で、交差点に南に面していたビルの表面がグズグズに崩れる。

 最下層なので日本自治政府あるいは市政府は見て見ぬ振りをするだろうが、そこに住んでいる住人にとっては大迷惑だろう。

 ・・・生きていればの話だが。

 

 アデール独りにしては射線の数が随分多かった事に気付いた。

 アデールが何か特殊な装備を使っているのか、それとも増援でも呼んだか。

 しかし今はそれに構っている暇はない。

 俺は身を隠していた路地から出て、再び地面を蹴りジェネレータのパワーを上げて、二層底部と地上に挟まれた空間を飛びHASの追跡を始めた。

 

「目標は清洲橋通りを通過。再び東側の路地に侵入。」

 

「大丈夫だ。すぐに追い出せる。」

 

 レジーナの目標位置報告に、アデールが答える。

 四ツ目通りに飛び出した俺の眼の前を、全身漆黒のスーツに身を包み、バックパックジェネレータのセパレータブレードをまるで鳥の羽の様に広げて空中を南下するアデールが一瞬で飛び抜ける。

 アデールの進行方向前方で東側から激しい銃撃が発生し、白熱した無数の弾丸に押し出される様に多脚HASが路地から飛び出してきて、反対側のビルの壁面に一瞬着地し、次の瞬間には向きを変えて南に飛ぶ。

 HASが「着地」したビルの壁面が崩壊し、破片が飛び散り埃が舞う。

 アデールがその後を追う。

 俺もそれに続く。

 

 間違いない。

 アデールは遠隔操作できる移動砲台の様な特殊装備を使っているか、或いは俺達とは別の部隊が一ブロック離れて並行移動している。

 

 当たり前か。

 幾ら現実とネットの両方から追跡出来る能力を持つとは言え、民間の運び屋チームに任せっきりという事は無いだろう。

 大規模な部隊を投入する様な目立つことは出来ないとは言え、しかしレジーナのクルーだけでは如何に言っても人数が少なすぎる。

 

 HASをただ破壊するだけなら簡単だ。

 たった数人でも、火力を集中すればさほど難しい話じゃない。

 だが今回の依頼は破壊ではない。

 物理的に有力な攻撃手段を持ち、さらにはネットワーク上での攻撃、或いは逃走にも長けている敵を無力化して捕獲するという面倒で難易度の高い作戦を行うに当たって、軍が保険を掛けないわけが無い。

 アデールの所属している組織のどちらか知らないが、俺達に知らせること無くバックアップしてくれているのだろう。

 

「ネットワーク上に目標がコピーを展開。随分のんびりしていますね。でも、速い。」

 

「変じゃのう。ネットワーク上からも攻撃を受けておる事が分かっておって、なぜここまで待った?」

 

「知らないわよ。クソカルト野郎に聞いてよ。目標のコピーが500体展開中。メイエラ、対処する。メイエラ0001から1000、目標コピーの展開が終わる前に撃破する。目標コピーのダミーストラクチャ展開を確認。ああ面倒臭い。ノバグ、お願い。」

 

「コピーを展開されきってしもうたら面倒なことになるぞえ。奴のフレームはニュルヴァルデルアじゃ。V型とは言え、並列処理でコピーがコピーを産みまくるじゃろう。ねずみ算じゃな。」

 

「諒解しました。目標コピー001から500のダミーストラクチャを確認。解析開始。完了。ストラクチャのルートを破壊。権限掌握。信号クローズ。ダミーストラクチャ消去。下層にサブストラクチャを確認。サブストラクチャ多重展開を確認。ダミーストラクチャとサブストラクチャが交互に展開されています。手間ですね。ルート権限にて突破。一部のコピーサブストラクチャが拒否。目標はセキュリティ情報をランダムに高速で更新中。メイエラによるパターン解析情報リンク。適用。更新クロックを目標に合わせました。サブストラクチャ突破。2486階層まで突破。コピーコアカーネルを発見。生成中にて未稼働。消去します。消去完了。コピー001から500の消去を完了。」

 

「目標は再度コピーを・・・って、え、なんでソッチなの!? 後ろ! 囲みの外からデータ来てる! 何で!? こうなることを見越して予め置いてたのね。洒落臭い! コピー合計2000体、ストラクチャ展開中!」

 

「橋頭堡1に500体のコピーを確認。別サーバ橋頭堡2、3、4にも同数。ノバグ0001から0500まで第一橋頭堡に対処。ノバグ0501から4000を再展開。全橋頭堡のコピー生成に対処します。」

 

 こっちも忙しいが、ネットワーク上も忙しそうだ。

 相手が機械知性体ともなれば、現実世界だけに生きているヒトの目標を追うのとは訳が違う。

 

 四ツ目通りを南下するHASが、川内堀運河に到達する直前で突然高度を上げた。

 上下逆さまになったHASはそのまま再び二層底部に着地し、こちらに向きを変える。

 俺の前を飛んでいたアデールの姿が一瞬で消える。

 ほぼ同時に俺も、瞬間的に向きを変えて手近な路地に飛び込む。

 暗闇の中眩く白熱した弾丸が目にも止まらぬ速さで、つい今までいた空間を何度も切り裂く。

 一部は俺が隠れた路地の入口の建物の壁を粉砕するが、それ以上は追ってこない。

 路地に入ると同時にジェネレータは切っている。

 重力波放射が無ければ、建物の陰に隠れた俺の位置を一瞬で判別するのは不可能だろう。

 大柄とは言えHASだって無尽蔵にチョコバーを持っている訳じゃ無い。

 無駄弾を撃たない様にするのは当たり前だった。

 

「目標が四ツ目通りを逆走、北進中。押し戻してください。」

 

「クソ! 奴が通り過ぎた。マサシ、そっちに行った。ベリンダ、北から押せ。」

 

 アデールは目標に接近しすぎていて対処できなかった様だ。

 彼女が今撃てば、逆に敵を北に寄せることになる。

 俺は慌てて路地を飛び出す。

 ちょうど眼の前に多脚HASがこちらに向かって猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。

 完全に激突コースだ。

 咄嗟にジェネレータのセパレータを折畳み、地面を蹴ってHASに向かって跳ぶ。

 HASの胴体部分に肩から激突する。

 慣性制御は効いているが、質量差で弾かれる。

 空中で身体を捻りライフルを構える。

 同時にセパレータを展開。

 質量に勝っていたHASはさほど体勢を崩さず、上半身を捻って右肩のGRGをこちらに向ける。

 俺が発砲するのと、HASがGRGを撃つのはほぼ同時だった。

 ライフル弾がHASの装甲の上で火花を飛び散らせる。

 白く輝く弾丸が耳元を飛び去る。

 ジェネレータ出力を上げ、高度を上げている最中もライフルはHASにポイントしたまま引き金を引き続ける。

 身体の上下を入れ替え二層底部に逆さに着地し、すぐにその天井を蹴って急降下する。

 宇宙船で言うところのランダム遷移に似た動きで、HASの砲弾を躱す。

 白熱して炎の尾を引く弾丸の連なりが俺の後を追いかける様に回りのビルに着弾し、次々と大穴を開ける。

 

 突然、通りに沿って何本もの火線がHASを襲い、闇の中で派手に火花を散らす。

 俺を追っていたHASの射撃が途切れる。

 空中で向き直り、俺もその射撃に加わる。

 HASに対してどれだけの損害を与えているか判らないが、何本もの火線を集中させられ、HASは地上の様々な物を吹っ飛ばしながらジグザグに動きつつ身体の向きを変え、再び南に向かって逃げ始めた。

 

 地上ギリギリのところを飛行してきた黒いAEXSSが三人、俺の見ている眼の前で一瞬静止し、一旦地面に足を着いてすぐに脇の路地に飛び込んで消えた。

 黒いヘルメットバイザーで顔は見えなかったが、その内の一人と眼が合った気がした。

 やはりアデールの同僚がバックアップに入っている様だ。

 

 消えたAEXSSの後を追いかけてきたかの様に、黒いゴスロリとメイド服が着地した。

 珍しく二人ともアサルトライフルを構えている。

 まあ、暗闇から滲み出る様に突然現れていきなりHASを刀で両断、とかするわけにはいかないのだから仕方が無い。

 

「ルナ、ニュクス、無事か。」

 

「問題ありません。追跡を続けます。」

 

「朝飯前じゃの。もう一押し、というところかの。」

 

 ルナはヘルメットを被っていて顔が見えないが、宇宙空間でもそのまま活動できるデタラメ幼女の方はいつも船内に居る格好そのままで、ゴツいアサルトライフルを肩に担いで笑っている。

 今回の内容を考えると、どう考えてもいつぞやパイニエで持ち出してきた成人義体の方が有利な気がするのだが、幼女義体の方が小回りが利くとかなんとか理由を付けて、結局この格好のままで出てきたのだ。

 まあ、このちびっ子ボディでも軍用HASと格闘戦で渡り合える事は以前実戦で証明しているので、俺は特に何も言わなかったのだが。

 

「目標は仙台堀運河を通過。南下中。」

 

「もうすぐ広い永代通りに出る。絶対に西に行かせるな。富岡八幡宮周囲1kmが戦闘禁止区域だ。流れ弾が飛ぶのも拙い。富岡八幡宮上方は上層が存在しない。生きている地上だ。奴が気付いてそっちに行く可能性がある。クリス、ディアナ、西を固めろ。絶対通すな。」

 

 さっきから時々アデールが俺達以外の誰かに指示を出しているのが聞こえる。

 それが多分、先ほど北から押し込んできて再び東の路地に消えた連中なのだろう。

 情報部のエージェントがこんな作戦に駆り出されるとは思えない。

 明らかに地上戦専門部隊の手際だった。

 つまり今俺達の周りに潜んで時々手出ししてくるのは、ST部隊の陸戦隊という事か。

 

 同じ通信を聞いていたであろう、依頼者であるニュクスの顔を見ると、苦笑いともなんともつかない笑いをこちらに返してきた。

 こいつも随分人間くさくなったものだ、と思った。

 

 ルナのヘルメットがこちらを向く。

 ルナとニュクスの視線に向かって、左手の人差し指を伸ばし軽く振って前方を指差す。

 二人とも何も言わずに頷き、地面を蹴って空中へ飛び出す。

 それを見送って。一瞬だけ遅れて俺も地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 すみません。ちょっと体調を崩していて更新が大幅に遅れました。

 とりあえず書ける様にはなったのですが、仕事の異常な忙しさは相も変わらずで、カメ更新が続きます。すみません。

 

 そう言えば昔知り合いに呼ばれて、江戸三大祭りといわれる富岡八幡宮のお祭りで神輿を担いだことがあります。

 部外者のスポット参加なので、町を挙げての祭の雰囲気という奴はイマイチ掴めなかったのですが、ご近所さんの話を聞いているとまさに一年これを楽しみに生きているという感じで、並々ならぬ気合いの入り様は良く判りました。

 多分博多の祇園祭や、青森のねぶたなんかもそんな感じなんでしょうねえ。

 ちなみに私の生まれ故郷では、近所の神社の秋の収穫祭くらいしかありませんでした。(笑)

 でも、神社の参道に出る祭りの屋台のイカ焼き(醤油塗って姿焼きする方)は楽しみでした。

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