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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
再会の遺跡

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30/127

再会の遺跡6

 アイテムショップで購入した【低級ポーション】は、フルーツ味だがどこか薬っぽくておいしいとはいえなかった。ただ、飲み干すとすぐに身体の倦怠感が消える。さすがはマジックアイテム。すさまじい即効性だ。


「そういえば、久しぶりに一人だな……」


 空になった小瓶がシャボン玉のエフェクトに包まれて消えると、カムイはメインストリートの石畳の上に寝転がったまま、ぽつりとそう呟いた。こうして単独行動するのは、呉羽と合流して以来初めてだ。


 久しぶりに一人になったせいか、カムイの脳裏にこのデスゲームが始まった当初のことが浮かぶ。最初に死にかけ、ファーストエンカウントを何とか切り抜け、それからは【導きのコンパス】を頼りにひたすら歩き回っていた。初戦以外に命の危険は無かったものの、それは今までで一番孤独な時間だった。


(病院で植物状態だったときも、誰かが傍にいてくれたもんな……)


 家族や友人や病院の看護師など。彼の傍にはいつも人の気配があった。特に婚約者だった幼馴染などは、本当に一日も欠かさず毎日見舞いに来てくれた。だから意識を外に出せない彼は間違いなく辛い状態にはあったが、しかし孤独ではなかった。


 孤独は、きつい。ほんの一ヶ月程度だったが、カムイはそれを身にしみて経験した。耐え切れず泣いてしまったほどだ。その時のことを思い出し、彼は気恥ずかしくなって、慌ててそれを打ち消した。


(呉羽も……、辛かったんだろうな……)


 彼女もまた、カムイと合流するまではずっと一人だった。ということはつまり、彼女もまた同じだけの時間、孤独を耐えていたのである。


『わたしを、一人にしないで……』


 その言葉を思い出す。この言葉を口にしたのは呉羽だったが、しかし今こうして考えてみると、カムイ自身が口にしていてもおかしくはなかった。初めて出会ったプレイヤーと離れがたかったのは、呉羽だけではなくカムイもまた同じだったのだから。


 それは、今も変わらない。パーティーメンバーが入れ替わることは、この先あるかも知れない。しかしソロに戻ることは、少なくともそれを自分から望むことは、恐らく無いだろう。一人は確かに気楽だが、しかし孤独に苛まれるのはそれ以上に辛い。世の中には「一人でも平気。むしろ一人の方がいい」という強者(つわもの)もいるそうだが、あいにくカムイはそういう強さを持ち合わせてはいなかった。


 もちろん、パーティーを組んで集団の中にいれば、問題も起こる。問題とまではいかずとも、不愉快に思ったり不快に感じたりすることはよくある。むしろそれはもう避けられないと思ったほうがいい。そしてそれは、当然カムイにも当てはまる。


 主に山陰の拠点に合流してからだが、人間関係で嫌な思いは結構してきた。子供だからと軽く扱われ、侮られるのは不愉快だ。「利用してやろう」と顔に書いてあるようなプレイヤーが近づいてくるのは、はっきり言って虫唾が走る。


 今のパーティーにさえ、不満がないわけではない。カムイはマゾではないのでボロ雑巾にされて悦ぶ趣味はないし、自分のポイントを勝手に勘定に入れられるのは釈然としない。あと、釘バットが不評でちょっと悲しい。


 しかしそれはあくまでも人間関係の一面だ。嫌な思いをすることもあれば、「良かった」と思うこともある。特に、今のように稼げるのは間違いなく四人でいるからだ。そしてなりより一人でいたときよりも今の方が、酸いも甘いもひっくるめて、間違いなく濃い時間を過ごしている。


 加えて、どう考えてもこのデスゲームを一人で攻略することはできない。一人でできるのは、日銭を稼ぎつつ誰かがクリアしてくれるのを待つことだけだろう。それが悪いという気はないが、しかしカムイにそれを選ぶ気はなかった。


 明らかにつまらなそう、というのもある。だがそれ以上に、誰かが救ってくれるのを待つのは、カムイはもううんざりだった。


 病院のベッドの上で寝たきりだったとき、彼は待つことしか、願うことしかできなかった。そして結局、誰も救ってはくれなかった。だから胡散臭いと思いつつも、このデスゲームに参加したのだ。自分の願いは自分で叶える。その気概を持って、彼は今ここにいる。


「よっと」


 反動をつけ、カムイは一息で起き上がった。遺跡の中は相変わらず埃っぽくて、ついでに言えば瘴気にまみれている。しかしそれでも、彼一人だけではきっとここへもたどり着けなかっただろう。


「前に、進んでるよな?」


 誰にともなく、そう問い掛ける。もちろん、答えはどこからもない。しかし彼自身が、間違いなく前に進んでいることを確信していた。


 もちろんクリアはまだ果てしなく遠く、今はまだ目指すべきゴールがどこにあるのかそれすらも分からない。だが前に進んではいる。そして一歩前に進めば、また新たに何かが見えてくるだろう。今はそれを繰り返すしかない。


「さて、そろそろ行くか」


 休憩は終わりだ。そう呟いてカムイは立ち上がった。この世界は、そしてこのデスゲームはまだまだ分からないことだらけだ。それを解き明かしていかなければ、クリアはできないのだろう。


 差し当っては地図の空白部分をうめて、この世界の地理情報の一端をつまびらかにするとしよう。カムイはそう思い、またメインストリートを歩き始めた。


 しばらく歩くと、彼は都市を守っていたと思しき城壁に行き当たった。この都市の正門だったのだろう、巨大なアーチ型の門は所々崩れてはいるものの、何とか原型を推測できる程度には形をとどめていた。


 瓦礫の上をカムイは気をつけながら進み、門の外へと出る。都市の外に出ると、そこには広々とした平原が広がっていた。もちろん草木は生えておらず、瘴気が黒い霧のように漂う不毛の平原だ。だが、そこはカムイにとって初めて目にする新しい世界でもある。


 彼はしばらくその平原を眺めていたが、やがて城壁に沿って小走りで動き始めた。そして城壁がちょうど良く崩れている場所を見つけると、白夜叉と“アーム”を駆使しながらその上へと登った。


「やっぱり眺めがいいな」


 満足そうにカムイはそう呟く。城壁は、三階建ての建物よりもさらに高い。ぐるりと遺跡の様子を見渡せば、なんとその先にあるあの川も見えた。ストレージアイテムを取り出して確認してみれば、かなりの広範囲が新たに記載されている。


 ただし、もちろん死角も多いので地図はまだらだ。また拡大してみると、むしろまだ空白部分の方が多い。とはいえそれも想定内。大まかに全体の傾向を掴むだけなら、これでも何とかなるだろう。もっとも、だからと言って地図作りをやめる気はないが。


 それからカムイは遺跡の反対側、つまり平原側に視線を向けた。視点が高くなっただけあって、見える景色はさっきとはずいぶん違う。ぐるりと見渡してから地図に目を落せば、こちらもかなりの広範囲が新たに記載されていた。しかも死角が少ない分、空白のまだら模様も遺跡側ほどは目立たない。


(あとでトールさんにも見せてやろう)


 そう思いつつ、カムイは地図をストレージアイテムにしまった。そして次に双眼鏡を取り出す。【測量士の眼鏡】を外してから、彼は双眼鏡を覗き込んだ。


(めぼしいものは……、ないか……)


 もちろん何もないわけではない。石垣の一部であったと思しき積まれた石があったし、また小屋の外壁の一部と思われるものも残っていた。ただ、わざわざ足を運んでまで調べる価値がそれらにあるようには思えない。


「プレイヤーもいないなぁ~」


 さしてがっかりもしていない声で、カムイはそう呟いた。そう簡単に新たなプレイヤーと出会えないのは、これまでの経験上良く理解している。今までは全て、【導きのコンパス】を駆使して新たなプレイヤーを見つけてきたのだ。全くの偶然に頼っていては、きっといつまで経っても見つからないであろう。なにしろ、この広い世界には530万人ほどしかプレイヤーがいないのだから。


 双眼鏡をストレージアイテムに片付けると、カムイは城壁の上で胡坐をかいて座った。システムメニューを開いて時間を確認すると、ちょうどお昼の時間である。彼は少し考えてから【メッセージ】の項目をタップした。


 メッセージ作成の画面は、メールのそれと酷似していた。【宛先】があり【件名】があり、その下に【本文】がある。初めて見る様式ではあるが、分からない部分は特に無い。問題なく使えそうだった。


 ただざっと見た感じ、例えば写真を添付するような機能はない。今できるのは本当にメッセージを送るだけで、そういう機能はまたリクエストを出して拡張していかなければならないのだろう。


 なんともポイントのかかることである。字数制限や時間制限といい、やはりこのデスゲームの主催者たちは、そう簡単にプレイヤーたちに連絡手段を与えたくないらしい。カムイはあらためてそう感じ、皮肉気な笑みを浮かべた。


 まあそれはともかくとして。カムイはまず、【宛先】の項目をタップする。すると、フレンドリストが呼び出されてその一覧が表示された。彼が登録しているのはパーティーメンバーの三人だけなので、リストにある名前も三つだけだ。


 その三つの中から、カムイは【藤咲(ふじさき) 呉羽(くれは)】を選ぶ。【件名】は無題にして、彼は次に【本文】をタップする。それから現れたキーボードを使って、彼はメッセージを作成した。


《To:【藤咲(ふじさき) 呉羽(くれは)】》

《お昼は一人で食べる。夕方には戻る》


 まるで事務連絡のようなそのメッセージを見て、カムイは思わず苦笑する。だが他に付け足すべき事柄も思いつかない。それで結局、彼はそのままメッセージを送信した。返信はすぐに来た。


《Form:【藤咲(ふじさき) 呉羽(くれは)】》

《分かった。気をつけて》


 それを見てカムイは思わず苦笑した。これまた事務連絡のようなメッセージである。カムイのそれにも同じことが言えるが、よく言えば簡潔、悪く言えばそっけない。それでもその距離感が今の自分たちにはちょうどいいのかもしれない。彼はそう思った。


 メッセージを閉じ、アイテムショップから【日替わり弁当A】を購入する。久しぶりに一人で食べる食事はなんだか少し味気ない。


(夜、どうしようかな……)


 昼食を食べながら、夕食のメニューを考える。夕食はカムイの奢りということになっている。どうせなら豪勢にいこう。彼はそう思った。



 ― ‡ ―



 カムイが地図作りを始めてから三日が経った。つまり彼らがこの遺跡に来てから、八日が経過したことになる。この日の夜の夕食後に、カムイらは雑談ついでに調査の進捗状況について話をしていた。


 遺跡の調査自体は、まあ順調に進んでいると言っていい。カムイには分からないことも多いが、調査の進展について話すアストールは楽しげで、行き詰っているようには見えない。ただ、その一方で例の瘴気の塊については、ほとんど何も解明できていないと言わざるを得ない。


「あの“神殿”で、何かしらの儀式が定期的に行われていたのは、どうやら間違いないようなのですが……」


 そう言ってアストールは曖昧に笑った。行われていた儀式の名前や内容については、まだ不明であるという。ファンタジー的な要素を含んでいたかも定かではなく、要するにその儀式とやらがあの瘴気の塊と関係しているのかはまだ未知数だった。


(盆踊り踊ってるような儀式だったら、さすがに無関係だろうしなぁ……)


 ファンタジーの住人が盆踊りを踊っている光景を想像し、カムイは軽くむせた。


「……? カムイ君、どうかしましたか?」


「いえ、なんでもありません。それより、少しいいですか?」


「はい、なんでしょうか?」


 興味深げにそう尋ねるアストールの前に、カムイはストレージアイテムから地図を取り出して広げた。この三日間動き回ったおかげで、遺跡の地図はずいぶん空白部分が減っている。彼はその地図の堀に囲まれた円形の部分を拡大してアストールに示し、それからこう言った。


「この丸い地形は、どう考えても意図されたものですよね?」


「そうですね。私もそう思います」


 カムイの言葉にアストールは頷く。否定されたらやめようと思っていたのだが、否定されなかったのでカムイは言葉を続けた。


「そして“神殿”の中庭の、例の水場があるのは、この円のちょうど中心です。これも意図されたものでしょう」


「続けてください」


 何度も頷きながらアストールはそう促す。面白がってはいるが、しかし同時に興味深そうでもある。素人の意見というのは、常識外れだからこそ、時としてブレイクスルーを起こしえる。彼はそのことを知っていた。


「これは本当に単なる思い付きでしかないんですが……、この堀に囲まれた丸い部分と言うのは、もしかしたら巨大な魔法陣なんじゃないかと、そう思ったんですけど……」


 カムイの声が尻すぼみに小さくなる。まるで釈迦に説法をしている気分だ。居心地が悪い。呉羽にもなんだか呆れられた目で見られている気がする。いや、これは被害妄想か。


「魔法陣? 魔法陣とは、一体なんですか?」


 その反応は予想外だった。予想外すぎて、カムイの思考が一瞬停止する。


「……って知らないんですか、魔法陣!?」


「ええ、知りません。私の世界にはありませんでしたから」


 アストールのその言葉に、カムイはもう一度驚いた。ファンタジーな世界なら魔法陣はどこにでもあるものと思っていたが、どうやらそうではないらしい。呉羽も予想外だったのか、目を大きく見開いて驚いていた。


「……無いんですか、魔法陣?」


「はい。少なくとも、私は聞いたことがありません」


 アストールはもう一度はっきりとそう言い切った。彼が知らなかったということは、彼の世界において魔法陣は少なくとも一般的な知識ではなかったのだろう。


「ちなみに、私の世界にはいわゆるマジックアイテムもありませんでした。マジックアイテムを知ったのは、このゲームに参加してからです」


 その代わり、彼の世界で広く使われていたのが、〈魔法触媒〉と呼ばれるアイテムだった。魔法触媒とは「それ自体に力はないが、それを装備するとより効率的に魔法が使えるようになるアイテム」だ。良く用いられていたのが魔物の爪や角、牙といった素材に宝石をはじめとする結晶や鉱石である。


「トールさんも持っているんですか?」


「ええ、持っていますよ」


 呉羽の問い掛けにそう答えると、アストールは首もとからペンダントを引っ張り出した。紐は皮製だが、水晶らしき大粒で透明な結晶が一つ付いている。それが彼の持つ魔法触媒なのだろう。


 ただ前述したとおり、魔法触媒それ自体に力はない。だから、例えばストレージアイテムや【発光石】といった、それ自体が力を持つマジックアイテムを知ったとき、アストールは大きな衝撃を受けたという。


 そして今また、〈魔法陣〉という初めて聞く単語を耳にして、アストールは好奇心を強く刺激されていた。彼は目を輝かせながら“ズイッ”とカムイににじり寄る。反射的にカムイは仰け反ってしまったが、アストールはそれにさえ気付いていない様子でこう詰め寄った。


「それで、魔法陣とは一体何なんですか?」


 アストールの言葉は比較的平静だったが、しかし彼の頭の中まで平静ではないことは一目瞭然である。


「え、ええっと……、魔法陣というのはですね……、何と言うか、〈魔法的な効果を持つ図形〉、ですかね……? その図形に魔力を流すと、あらかじめ設定されていた効果を発揮するというか、そんな感じです」


 しどろもどろになりながら、カムイは自分の知っている魔法陣についてアストールに説明した。それにしても妙な状況である。ファンタジーの住人であるアストールに、よりにもよって魔法の無い世界から来たカムイが、それも魔法陣について説明するとは。


「なるほど……。いや、画期的な発想です……! カムイ君の世界にはすごいものがあるんですね!」


「あ、いや、あくまで空想の産物(フィクション)ですよ!? だいたい、オレの世界には魔法なんてないんですから」


 興奮した様子で何度も頷き感心するアストールに、カムイは慌てた様子でそう言った。低俗と思われがちなサブカルチャーにこうも感心されてしまうと、どうにも居心地が悪い。しかも日本のそれは独自進化を遂げすぎていて、世界基準からは大きくかけ離れているという話も聞く。あまりにも真に受けられてしまうと、なんだか後が怖い。


「そ、そうだ! 呉羽の世界には本物の魔法陣があるんじゃないのか!?」


 呉羽の世界は、カムイの世界とよく似ているが、しかし魑魅魍魎が跋扈するファンタジーな世界である。彼はその事を思い出し、少々慌てながら呉羽のほうに話を振った。


「う~ん、ヨーロッパの方ではそういう研究も盛んだと聞いたことがあるけど、詳しくは知らないなぁ……。というか、わたしとしてはカムイがそこまで魔法陣について詳しく知っていることの方が驚きだよ」


 呉羽はそう言って苦笑した。どうやら日本のサブカルチャーはファンタジーの最先端をいっているらしい。反応に困る新事実である。


「ああ、でも陰陽士の使う呪符は魔法陣に通じるところがある、かな……?」


「呪符? 呪符とは何ですか?」


 またしても出てきた未知なる単語にアストールが勢い良く食いつく。その勢いに押されながらも、呉羽は呪符について彼に説明した。曰く「陰陽士の使う一種のマジックアイテムで、大きく分けてそのまま使える物と、力を込めて使う物の二種類がある。基本的に使い捨てで、主に紙を用いて作られる」、といった具合だ。


「魔法陣と異なるのは、基本的に図形ではなく文字を用いていること、ですね」


 実のところ、魔法陣にも文字を用いることはあるのだが、それはそれとして。呉羽から一通りの説明を聞くと、アストールは満足したように何度も頷いた。それからおもむろにカムイのほうへ視線を戻す。


「話が逸れてしまいましたね。それでカムイ君は、この丸い円形の部分がその魔法陣なのではないか、とそう思っているのですね?」


「もし魔法陣なら、瘴気に干渉することもあるんじゃないかと思ったんですけどね……。まあ、単なる思い付きですよ。その、不自然に丸かったので……」


「だけど丸いだけじゃ魔法陣にはならないぞ。ちゃんとその中に、意味のある術式を書き込まないと」


 呉羽が地図を覗き込みながらそう指摘する。ここ数日間、この堀の内側を調査してきたが、術式らしきものは見たことがない。そもそも、幾つも建物が建てられているのだ。見たところ左右対称にもなっていないし、法則性があるように見えない。これで魔法陣というには、ド素人であるカムイの目から見ても、ちょっと無理がある。


 ただ、瘴気が集束して塊を作っているのは事実である。であるならばそれを引き起こすための、相応の原因があるはずだ。そして瘴気の集束が自動的に行われていることを合わせて考えれば、魔法陣というのはあながち的外れとは言い難い。


「……もしかしたら、整地の段階でその術式とやらが仕込まれているのかもしれませんね」


 無言のまま地図を眺めていたアストールが、ふとそんな事を言った。先ほどカムイも言っていた通り、この丸い形というのはそういうふうに意図されたものだ。ということは、整地の段階からかなり緻密に設計されていたということになる。


「もし全て織り込み済みで設計されていたのであれば、建物を立てる前に、例えば地中などに術式を仕込むことも可能でしょう。そうでなくとも、大きさがもっと小さくていいのなら、他にもやりようはある気がします」


 アストールは真剣な目をしてそう言った。確かに彼の言うようなことも可能だろう。ただ言いだしっぺのカムイとしては、単なる思い付きが妙な方向に転がってしまい、なんだか少々居た堪れない気分である。それを知ってか知らずか、アストールは苦笑気味に両手を上げながらこう言葉を続けた。


「……ただそうだとすると、私では手の出しようがありませんね。知識不足もいいところです」


 魔法陣というものの存在すら、今さっき知ったばかりなのだ。詳しい術式についてなど、分かるはずもない。しかもその術式は隠された状態なのだ。どこにあるかも分からない術式を探りながら調査し解析するなど、素人には荷が重すぎた。


「一回、海辺の拠点に戻ってみますか? ロナンさんからも催促されているんですよね?」


 呉羽がそう尋ねると、アストールはバツが悪そうに苦笑しながら頷いた。確かにロナンからは「一度報告に戻ってくるように」と再三メッセージが届いている。もっとも、それは当人が遺跡調査の進展を聞きたいだけなのだろうが、それはそれとして。


「拠点に戻れば、魔法陣に詳しい人もいるかもしれません。そういう人に協力してもらえば……」


「まあ、それが一番なんでしょうけど……」


 アストールの返事は歯切れが悪い。彼が乗り気でないのは明らかだった。


「トールさん? もしかして『その間、調査できなくなるから戻りたくない』とか言うんじゃ……」


「それもあります。ただ……」


 呉羽の言葉を、アストールは否定しない。とはいえ、それだけではないらいい。


「ただ?」


「ただ、また川を渡るのが面倒くさいなぁ、と……」


 そう言われ、カムイは思わず納得してしまった。確かに川を渡るのは大変だった。呉羽も同じ事を思ったのか、咄嗟に反論できずに押し黙っている。もしかしたら、ゲロ吐いたことを思い出しているのかもしれない。


「……明日から、また調査がんばりましょう」


「そうですね、そうしましょう」


「おー」


 アストールが何度も頷きながら返事をし、カムイも気の抜けた返事を返す。近いうちに拠点に戻ることになるのを、彼らはまだ知らなかった。



 ― ‡ ―



 そして、次の日の朝。カムイは日課となっている瘴気の塊の浄化作業を終えると、また他の三人と別れて堀の外へと出た。もちろん、遺跡の地図を作るためだ。似合わないと評判の【測量士の眼鏡】も装備済みである。


 この日、彼は遺跡の西側、つまり川の反対側へと向かっていた。昨日と一昨日の二日間は、主に遺跡の東側を探索していたので、こちら側に来るのは久しぶりだった。


 彼はメインストリートから横道に入る。横道とはいっても、決して裏道ではなく、それなりの広さがある道だ。この道も、在りし日には多くの人々が行き交っていたに違いない。


(よし、ちゃんとうまってる……)


 地図を確認し、空白だった場所がうまっているのを見てカムイは一つ頷いた。もちろん全体から見れば微々たる量だが、地図を作るためには地道にコレを繰り返していくしかない。


 カムイは地図をストレージアイテムにしまうと、手ごろな三階建ての建物に目星を付け、“アーム”を駆使してその屋上に上る。周囲の様子を確認するためだ。手馴れたもので、彼は一分もかけずに屋上へとあがった。


 こうやって高いところから見渡すことで新たに記載できる範囲と言うのは、実はもう意外と少なかったりする。ただ、周囲にどんな道があってどの方向へ続いているのか、それを確認するだけでも遮二無二動き回るのとは随分違ってくる。それはこの三日間ほどでカムイが学んだ事柄だった。


(ええっと……、この道がコッチで、これはアッチだから……)


 地図と周辺を見比べながらカムイは、次はどちらへ行こうかと考える。身体が三つ四つとあれば全ての道へ同時に行けるのだが、あいにく彼に分身能力はない。「分身能力を持つプレイヤーがいたら地図作りに便利だな」と思ったが、そもそも地図は一つしかないのでやはり無意味であろう。それぞれに地図を持たせたとしても、情報がバラバラになるだけで、それを一つに纏められなければあまり意味はない。


(それってつまり、地図情報の共有ってことだよなぁ)


 おそらく世界中のあちこちで、プレイヤーたちはそれぞれ地図を作成していることだろう。一人で世界地図を完成させるのはほぼ不可能だが、それらの地図情報を共有できればどうだろうか。世界地図の完成も、あるいは夢ではないかもしれない。


 まあそんな夢みたいな話は置いておくとしても、地図情報の共有と言うのは、いずれはできるようにしなければならないだろう。いや、共有と言うほど大げさでなくともよい。ただバックアップを取っておきたい、というのがカムイの考えだった。なんならスペアでもよい。ともかく「一つしかなくて代えが利かない」というのはリスクであるように思えるのだ。


(まあこの地図はマジックアイテムだから、パソコンみたいに情報が消えてなくなるって事はないかも知れないけど……)


 しかし例えば破けたり、燃えたり、紛失したり、ということは十分にありえる。その時に今までの苦労が全て水の泡になってしまうのは、ぜひとも避けたかった。ただそのために使えそうなアイテムが、アイテムショップにはない。


(近いうちにまたリクエストするか……)


 カムイはそんなことを考える。一時期は金欠だったが、昨日・一昨日と夕食前に浄化作業をしたおかげで今はポイントにも余裕がある。一つアイテムをリクエストするくらいなら問題はない。もっとも、実際に買えるかは別問題である。【測量士の眼鏡】の例もあるし。


(その時はまた浄化作業でポイント稼ぎ、だな)


 そんなことを考えながらカムイは建物の屋上から降りる。そして枝分かれしている道のうちの一つを選んでまた歩き始めた。そのルートは上で決めておいたもので、地図上の空白が多いほうへ続いている、はずである。


 その後もカムイはアッチへうろうろコッチへうろうろし、時折思い出したように建物の屋上に上ったりしながら、遺跡の地図作りを続けた。はたから見れば無意味に動き回っているようにしか見えなかっただろうが、そのような第三者はいなかったし、何より本人は大真面目だ。熱中していた、と言ってもいい。


 だからこそカムイは、声をかけられるまで彼らの存在に気がつかなかった。


「お~い、少年。ちょっと話を聞かせてくれないか?」


 男の声である。その声が聞こえたとき、カムイは地図を確認していたのだが、弾かれるようにして頭を上げそして辺りを見渡した。ただ彼がこの時いたのは建物の屋上であり、その視点から辺りを見渡しても、当然と言うべきか人影は見当たらない。


「下だ、下、少年」


 もう一度、同じ男の声が響く。その声を聞いて、カムイは慌てて欄干に手を付いて身体を乗り出し、下の様子を窺う。そこには五人のプレイヤーがいた。


 屋上にいるカムイを見上げながら手を振っているのは、長身痩躯の男性プレイヤーだ。年齢はおそらく三十半ば。身長は180cm程度もあるだろうか。髪と目の色は黒だが、肌は浅黒く、顔の彫が深い。少なくとも日本人であるようには見えなかった。白いスーツを着込み、手にはステッキを持っている。


 黒い髪の毛は肩の辺りまで伸ばされていて、いわゆるロン毛だ。無精髭が伸びていたが、不潔な感じはしない。タレ目だが目つきは鋭く、全体的な雰囲気と合わせて、かたぎの人間には見えなかった。


 その男性プレイヤーのすぐとなりに、寄り添うようにして別の女性プレイヤーが立っている。男性プレイヤーほどではないが、彼女もかなりの長身で170cm以上は確実にあるだろう。おそらくカムイよりも背が高い。


 長い金髪と(みどり)の瞳を持ち、そして豊満なプロポーションをしている。踊り子の衣装のような露出度の高い服を着ており少々、いやかなり目の毒だ。本人もそれを十分に自覚しているのだろう。端正な顔を思わせぶりに扇子で隠すその姿は、まさに魔性の女と呼ぶに相応しい妖艶さだ。


 カムイも男の子だから、その姿に釘付けになったとしても不思議はない。しかし彼が驚いて凝視していたのは、もっと別のものだった。


 尻尾が、生えている。艶やかな毛で覆われた、獣の尻尾だ。恐らくは狐だろう。狐の尻尾が三本ほど、彼女の腰の辺りから生え出ていて、しかも作り物ではないことを証明するかのように、ユラユラと上機嫌に揺れていた。


 少し視線を動かせば、やはり毛に覆われた三角の耳が二つ、頭の上に生えている。そう、彼女は獣人だったのである。このデスゲームが始まって以来、カムイは遭遇する始めての獣人だった。


 その女性獣人の少し後ろにいるのは、人間の少女だった。少なくとも、見た目は人間に見える。身長は150cmの半ばといったところか。小柄で、身体つきも華奢(スレンダー)である。年齢はカムイよりも年下に見えた。


 髪の毛の色はライトグリーン。地毛だとすれば、彼女の出身世界はきっと鮮やかな色彩で溢れていたに違いない。彼女はその髪をショートカットにしていた。長さで言えば、先に述べたロン毛の男性プレイヤーの方が長い。瞳は灰色に見えたが、見方によっては銀色にも見えるかもしれない。


 顔は童顔で、しかも無表情だ。カムイのほうを見上げてはいるものの、感情が動いているようには見えない。それはもしかしたら、彼女が味気ない迷彩柄の上下服を着ていることも関係しているのかもしれなかった。もっとも、彼女は決して感情を持たないわけではなく、むしろ結構愉快な個性を持っていることを、カムイは後に知ることになる。


 さて四人目のプレイヤーだが、彼女も普通の人間ではなかった。かといってモフモフの尻尾を持つ獣人でもない。彼女はエルフだったのである。硬質な美貌と尖った耳が、いかにもファンタジーだ。


 身長は170cm弱といったところか。女性にしては長身と言っていいだろう。髪の毛はアッシュブロンドで、ほんの少しだけ青味がかっている。瞳の色は淡いスカイブルー。白い肌と合わせて全体的に色彩が薄く、儚げな雰囲気をかもし出していた。ただし、これが本当に雰囲気だけでしかなかったことを、カムイは後に思い知ることになる。


 着ているのはエルフの伝統的な装束なのだろうか。カムイの知らない衣服だった。ただ露出は少なく、動きやすそうだ。腰には剣帯を巻いていて、少し短めの片手剣が二本吊るされている。モスグリーンでフード付きの外套を羽織っていて、それがまたエルフっぽいなとカムイは思った。


 そして五人目。実のところ、カムイが一番驚いたのは彼女の存在だった。黒目黒髪で、彼と同じ日本人。しかも呉羽のようにパラレルワールドの出身ではなく、カムイと同じ世界の出身だ。


 年齢はカムイと同じ。身長は確か161cmだったはず。ただ、今はもう少し高くなっているかもしれない。体重は知らない。聞いたら殴られた。髪の毛は、最後に見たときよりも長くなっているように見えた。


 着ているのは、外套を含め、エルフの女性と同じ意匠の装束で、腰の剣帯に吊るしているのも同じく双剣である。もしかしたら弟子入りでもしたのかもしれない、とカムイは思った。


 贔屓目も入っているのだろうが、目鼻立ちは整っている。ただ、すぐ近くに立つエルフの女性の美貌と比べると、どうしても数段見劣りがした。勝気で快活な性格を象徴するかのようなつり目。そのつり目が、今は大きく見開かれている。その気持ちは、カムイもよく理解できた。


「え……、う、うそ……。うそ、よね……? だ、だって、ま、正樹(まさき)は病院で……」


 屋上のカムイを見上げ、その少女は震える手で彼を指差す。彼女が口にした「正樹」という名前は、この世界では誰も知るはずの無い名前だ。「奥村(おくむら) 正樹(まさき)」。それがカムイの本名であり、このデスゲームが始まって以来、その名前を名乗ったことは一度も無いのだから。


 しかし少女はその名前を知っていた。そして、カムイもその少女の名前を知っている。その少女の名前は……。


「スズ、なのか……?」


藤堂(とうどう) 鈴音(すずね)」。それが少女の名前である。カムイの、いや奥村正樹の幼馴染であり、そして婚約者でもあった少女だ。その彼女が、今、カムイの目の前にいた。つまり彼女もこのデスゲームに参加しているということだ。


「まさか……、お前が……」


 なぜ、という気持ちは不思議と起こらなかった。それよりも重大なことに気付いてしまったのだ。男一人に女四人。これはつまり……。


「ハーレムに、入るなんて……」


「誰が入るかっ!?」


 少女は顔を真っ赤にして叫んだ。


「ちょっとアンタ、降りてきなさい!? 無駄口叩けないように舌引っこ抜いてやるんだから!」


「カレン、落ち着いてください。舌を引っこ抜いてしまったら話を聞けなくなってしまいます」


 ギャーギャー騒ぐ少女を、エルフの女性が宥める。その様子を見て、カムイは「相変わらずだなぁ」と思うのだった。


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