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31.隠し部屋

 ピンク色のアンデッドモンスターと、そいつらが落とすピンク系のゴミ魔法具マギアたち……。

 ちょっと普通とは違う異質な《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》の中で、俺たちの快進撃は続いていく。というより、リリスとモードレッドの組み合わせが最強すぎた。


「こんなゴミばかり相手してても時間の無駄だから、サクサク先に進むよ! モードレッド、やっておしまい!」

「はい、マスター」


 まず、リリスが情報端末タブレットを使って索敵し、モンスターたちの不意を衝く。そこにモードレッドが左右の腕を武器化してあらゆる敵を屠っていく。相手がスケルトンだろうがゴーストだろうがおかまいなしで粉砕だ。


 はっきり言って強い、強すぎる。

 なるほど、たった二人でダンジョンを制覇したというのはこういうことだったのかと理解する。


 二人が通り過ぎた後には、放置されたアイテムカードが残されるのみ。その中から俺は金目になりそうなものだけ拾っていく。ぶっちゃけただの小間使いだ。


 ──ピンコーン! ラティリアーナのレベルが上がりました!


 しばらくして、頭の中に『システムの声』が響き渡る。なんだこれは?


「どうやらレベルがあがったみたいだね。おめでとうラティ」


 そういえば以前リリスに見せてもらった個人情報ステータスに″レベル″って項目があったけど……一体何なんだろうか。


「レベルってのはね、ボクが調べた感じだと──『どれだけモンスターを倒したかってことを示す勲章』だね」


 勲章? それこそイマイチよく分からないなぁ。モンスターを倒した数だけレベルが上がるってのか?


「うん、概ねそうだよ。普通のゲームだとレベルが上がれば能力値がどんどん上がっていくんだけど……この世界ではそんなことは起こらなかった。ただ単にレベルという数値が上がるだけだね」


 レベルが上がれば能力値が上がるっていうのもよく分からないけど……その数値って何か意味があるのか?


「ボクが見た限り、どんなに高い人でもレベル20台だったから、まぁ相手の強さをはかる指標くらいにはなると思ってたらいいんじゃないかな?」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。たしかにたくさんモンスターを倒してるやつは強いだろうな。


「あと、これはボクの推測なんだけど……いずれ《 英霊の宴 》に招待されるための″条件″になるんじゃないかなって思ってるんだ」


 ふぅん……たとえばレベルが50以上になれば《 英霊の宴 》に招待されるってか? でもそれこそ何匹倒せばレベルが上がるのかも、何レベルまで上げたらいいかも分からないから、イマイチ微妙なもんだよなぁ。


「ま、そんな話はどうでもいいや。とりあえずモードレッドに試してもらったけど、この辺りのモンスターは大したことないみたいだから、ここからはラティが敵を倒していってね?」


 おっ! いよいよ俺の出番ですかい!

 いやー、あまりに出る幕がなさ過ぎて退屈してるところだったよ。どーら、ダンジョンのモンスターとやらがどれくらいの強さなのか、いっちょ試させてもらうとするかね。




 ◇◆




 その日、Eランク冒険者チーム《 大地の夜明け 》の3人は、初めて挑んだ《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》で苦戦を強いられていた。


 事前に情報屋から仕入れた情報では、このダンジョンの難易度は『低』。敵はピンク色をした奇妙なアンデッドばかりだけど大して強くは無く、イシュタル王家が管理人であることから『入場料』も無料。そのかわり、得られるドロップはほぼ無価値のアイテムばかり。

 とはいえ王都ヴァーミリアからもほど近いことから、冒険者デビューしたばかりのEランクかけだしの自分たちにとっては、実にとっかかりやすいダンジョンだった。


 だから彼らも気軽な気持ちでチャレンジしたのだか──現在はその浅はかな考えを後悔することになっていた。


「やばい! 調子に乗って奥まで来すぎたぞ!」


 チームのリーダーを務める剣士のシャックが、目の前のピンクスケルトンを斬りつけながら大声を上げる。


「だから言っただろう! 無理しすぎんなってよ!」

「ローイ! 後ろ後ろ!」

「あんだよチェンバー……げぇっ!? ピンクゾンビスライム!」


 シャック、ローイ、チェンバーの三人は、いまや完全に周りをピンクスケルトンやピンクマミー、それにピンクスライムたちに囲まれていた。その数──およそ数十体。


「やばい……俺たちもう終わりなのか?」

「うそ……まだ死にたくないよぅ」

「くっそー、こんなのどうしろって言うんだよ!」


 逃げ場もなく左右からアンデッドたちに詰め寄られ、もはや自分たちの命は風前の灯火だと思われた、そのとき。

 ──目の前に、一陣の”紫色の風”が吹き抜けた。


「なっ?!」


 シャックたちが思わず声を上げた瞬間、周りを取り囲んでいたピンク色のアンデッドたちが粉々に砕け散った。光の粒子が舞い散り、次々とモンスターたちがカード化していく。


「ま、まじか……」

「あわわ……」

「た、助かったの?」


 気が付くと、周りを囲んでいたモンスターたちは全滅していた。代わりに立っていたのは、紫色の瞳を持つ一人の少女だった。

 紫色の風の正体は、この少女から放たれた強烈な剣撃であった。彼女はあっという間に彼らを取り囲んでいたモンスターたちを打ち倒していたのだ。


「あ、あの……もしかして助けてくれたんですか?」

「……あなたたち、身の程はわきまえることね」


 少女は剣を腰に戻しながら、凛とした声で三人に言い放つ。三人はなにも言葉を発することが出来ずにいた。少女のあまりの美しさに、言葉を失っていたのだ。


 紫水晶のように輝く、大きな瞳。薄暗いダンジョンの中でもうっすらと浮かび出る、白い手足。軽装からでも判別可能な、均整の取れたボディ。


「わたくしの言うことがわかったのかしら?」

「は、はいっ! ひ、引き揚げようと思いますっ!」

「……そう。ならいいわ」

「あの! お、お名前を、教えてもらえませんかっ!?」


 最後に食い下がるシャックの言葉を無視して、少女は歩き出す。どこから出てきたのか、場違いなまでのワンピースを着たピンク髪の少女と、メイド服の美女が現れ、紫の美少女のあとを追いかけてゆく。最後にピンク髪の少女がバイバイと手を振ると、そのまま立ち去ってしまった。


「……あれは何だったんだ?」

「わからない。だが俺たちを助けてくれたことは間違いないみたいだな」

「……″ダンジョンの女神″様だな」

「ああ、そうだな! きっと彼女はダンジョンに現れた女神様なんだろう!」



 その日、《 キューティー・アンデッド・ダンジョン 》では、彼らと同様に″紫色の瞳を持つ美少女冒険者″に助けられた冒険者たちが複数発生した。

 彼らは口を揃えてこう言った。


「ダンジョンの女神に、助けられたんだ!」


 と。



 ◇◆



「たった1日で第三層まで来れたね。まぁ上々ってところかな?」


 リリスがなにやらほざいてるけど、無視してダンジョンの一角に腰を下ろしていた。今日はいったい何体のモンスターを撃破しただろうか……疲れたぁ。

 気がつくとレベルは10に到達していた。もっともモンスターはことごとく弱かったので大したことはない。これなら山の中にいる熊魔獣や虎魔獣のほうがよっぽど強かったと思う。


「サブマスター、キャンプの用意をしましたのでこちらでお寛ぎください」

「ええ、わかったわ……えっ?」


 目の前には、立派なテントと火の点った焚き火、さらにはイスまで用意された立派なキャンプベースがいつのまにか設置されていた。これ、どこから出したんだ?


「マスター所有の″お泊まりセット″です。居心地はいかがでしょうか」

「……なかなか悪くなくてよ」

「そうですか。それでは夕食の用意を続けます」


 モードレッドが用意した夕食は、肉入りのシチューに焼きたてのパン、それにチーズという素晴らしく美味なものだった。しかも量がハンパない。軽く10人前はあるんじゃないか?


「大丈夫だよ。全部モードレッドが食べるから」

「はい、全て私の動力に変換されます」

「モードレッドは有能な分、燃費が悪いんだよねぇ」


 燃費の意味はよく分からないが、実際モードレッドの食べっぷりは凄かった。俺たちも負けじと料理を食す。それにしても不思議なのは、なんでこのパンは焼きたてなんだ?


「マスターの″空間魔法″の中では時間がほとんど進みません」


 いや、それヤバすぎでしょ。だったらいつでも作りたての料理が食べれるってこと?


「さすがに調理済みのシチューとかは溢れたら掃除が大変からあんまり保存しないよ?」


 掃除が大変とか……空間魔法の先はどうなってるんだろうか?




 翌朝。

 リリスの『警戒魔法』と『結界魔法』、それにモードレッドが寝ずの番をしてくれたおかげで、極めて快適な朝を迎えることができた。起きた瞬間は家にいるのかと錯覚したくらいだ。

 テントには湯船はないもののシャワーまでついてて、こんなに楽な野宿は経験したことがなかった。モードレッドのシャワー中に間違って乱入してしまうというハプニングがあって、リリスから「ラティってむっつりだよね」と嫌味を言われたり、モードレッドからは「私は問題ありませんので、気にしないでくださいサブマスター」と慰められたりしたけど、それ以外に大きな問題は起こらなかった。

 たしかにこれだけ楽なら、ダンジョン内でいくらでも連泊できそうだよね。


「おはようございます、サブマスター。こちらコーヒーです。朝食の準備をしますので少しお待ちください」

「……わかったわ」


 テキパキと働きながら調理をするモードレッド。この子、優秀すぎだろ。半ば尊敬の眼差しでコーヒーを口にすると、目が醒めるほど苦くて旨かった。


「ふわわ……おはようラティ、朝早いね?」


 寝巻きに変な三角帽子まで被ったリリスが、大あくびをしながら起きてきた。お前はちょっと寛ぎすぎだろ。


「今日はどこまで行きますの?」

「行ける限り……かな? でもね、実は一個下のフロアに気になる場所があるんだよね」

「気になる場所?」

「うん。たぶん──隠し部屋だ」



 ◇



 モンスターたちとの戦闘を極力回避しながら辿り着いたのは、第五層にある完全に行き止まりとなった場所だった。


「この奥が怪しいんだ。マッピングしたときに、明らかに小部屋分のスペースが空いている。ほら、見てみて?」


 リリスの情報板タブレットを見せてもらうと、なるほど10メートル四方くらいの暗い空間が映し出されていた。


「たぶん隠し部屋だと思う。でもボクの【 感知魔法 】の前ではどんな仕掛けもお見通しさ──。ほぉら、こんなところにスイッチがあるよ」


 リリスが壁の一角を強く押すと、ガコンッという音がして奥へと凹む。続けて地響きのような音とともに、壁がゆっくりと上に上がっていく。


「ビンゴ! 隠し部屋を発見だ!」

「敵意は確認されません。警戒モードを解除します」

「……なかなかやりますわね」


 カビ臭い部屋の中にあったのは、一体のリアルな石像だった。まるで生きているような姿は、石化してしまった元の俺の体を連想させる。


「……離れて! ゴーレムだよ!」


 石像を調べていたリリスが、鋭く警告をする。途端に石像が台座の上で動き始めた。


「──【 ドリル・クラッシャー 】」


 だけど警戒する間もなく、モードレッドが左手のドリルで粉々にしてしまう。まともに動き出す前に無残にも瓦礫の山と化してしまう哀れなゴーレム……ってかモードレッド、強すぎだろ!


「ゴーレム相手ならば決して遅れは取りません」

「モードレッドはモンスターの中でも最強クラスだからね。ダンジョンだとほぼ敵なしなんだ」


 いやはや、改めて思い知りましたよ。


「……おや、どうやら何かドロップしたみたいだね。隠し部屋にいたことといい、ここのダンジョンの敵の傾向とも違うことといい、もしかしたら良い魔法具マギアかもよ?」


 リリスの言う通り、ゴーレムの残骸の中に一本の小剣が埋まっていた。これまでモンスターがドロップしていたものは全て『カード』の形状だったから、こうして実体のある形でドロップするのは初めて見る。


「早速調べてみるね。どれどれ──おっ、これは当たりだ! 『魔剣』だよ!」


 嬉しそうにリリスは剣を拾うものの、重かったのかバランスよくを崩してモードレッドに支えられる。危なっかしいったらありゃしない。

 すぐにモードレッドが剣を手に取って俺に渡してくれた。《 紅き魔導書スカーレット・グリモア 》に拒絶されるかと思ったけど、幸いにも電気が走ることはなかった。


 ──それは、とても美しい剣だった。

 細身の刀身はゆるやかに反り返り、刃にはまるで波のような波紋が浮かび上がっている。鍔は無く、代わりに紫色の水晶のような宝石がついていて、花の刺繍がなされた柄とマッチして華やかな印象を与えている。ただ《 紅き魔導書スカーレット・グリモア 》が受け入れているから、おそらくはランクD以下なんだろうが……それにしても魅入られる剣だ。


「……まるで″脇差し″か″小太刀″みたいだね」

「わきざし? こだち?」

「うん。前世の世界にあった護身用の剣みたいなものだよ」


 長さは現在使っている″断魔の剣″よりも少し短い。だけど同じように軽量化の効果が付いているのか、とても軽い。

 試しに振ってみると、風の刃が発生してリリスのすぐ横の壁を穿った。うわっ! 危なっ!


「あ、危ないなぁもう! むやみやたらに振り回すのはやめてよね!」

「ふん、あなたが鈍臭いのが悪いんですわ」

「むっきー! 頭下げながら偉そうにするの、斬新!」


 リリスに解析結果を見せてもらうと、魔剣の情報はこんな感じだった



 ──


 名称:『 ─ 紫陽花あじさい ─ 』

 種類:小太刀

 ランク:A

 効果:『不壊』、『軽量化(大)』、『魔力伝導(大)』、『風切の刃』

 固有効果:『スティンガー』


 風切の刃:かまいたちを発生させる

 スティンガー:防御や身体強化無視で敵を貫く


 ──


 うぉぉぉぉおおぉぉ!

 Aランクの魔法具マギアじゃないか! すっげー! これ一つで孫の代まで豪遊できると言われるような超貴重なやつ、手に入れちゃったよ! しかも《 紅き魔導書スカーレット・グリモア 》に拒絶されない高ランク魔法具マギアって、″断魔の剣″以来じゃないかな?


「なんか当たりっぽいね! ボクは武器補正が効かないから″軽量化″の恩恵に授かれないし、モードレッドはそもそも武器不要だから、ラティが使っていいよ」


 え? マジ?

 こんなすごい武器、俺が使っていいの?


「《 紅き魔導書スカーレット・グリモア 》が受け入れてるくらいだから、きっとラティの運命の武器なんだよ」

「そ、そこまで言うのなら貰ってあげてもよろしくてよ?」


 試しに振ってみると……なんだろう、″断魔の剣″よりもしっくりくる感じがする。たぶんリーチの問題とか体型の関係とかもあると思うんだけど、今の俺の身体にはこっちの方が合ってるみたいだ。


「……わたくしの存在に負けない程度には悪くないですわね」

「気に入ったってこと? よーし、だったらラティが新しい武器に慣れるように、少し戦闘しながら進んでみようかね!」

「はい、マスター。哨戒はお任せください」

「お、さっそくモンスターの群れを発見したよ」

「おーっほっほ! お任せなさい! このわたくしがモンスターなど殲滅して差し上げますわっ!」




 ◆◇




 魔刀″紫陽花あじさい″と出会い、ラティリアーナが高笑いしながらモンスターの群れへと突っ込んでいた頃。イシュタル王国の王都ヴァーミリアにある冒険者ギルドに、ひとつの衝撃的なニュースが飛び込んできていた。


 それは──『アーダベルト率いる冒険者チーム《 自由への旅団フリーダム・ブリゲード 》が、ルクセマリア王女らと共同戦線を張り、《 キューティ・アンデッド・ダンジョン 》をクリアした』──というものだった。



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