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15.Sランク冒険者

 ──Sランク冒険者。別名、プラチナランク。

 特別英雄的な実績を上げた冒険者だけが与えられる、最高ランクの称号だ。


 過去の歴史を紐解いても、Sランク冒険者となったものたちはそうそうたるメンバーだった。

 一国を滅ぼした魔龍の討伐。大陸に巣食う巨大迷宮の踏破。30年戦争の終結。そして──魔王の撃破。

 求められる要求も高いことから、Sランク冒険者が生まれる頻度は10年に1組程度だ。ゆえに、Sランク冒険者といえば国家の最賓客としてもてなされるレベルである。


 現存するSランク冒険者チームで俺が知ってるのは、屈強な戦士たちの集団【 竜殺者戦士隊ドラゴンスレイヤーズ 】、正教会によって選ばれた聖戦士たちのチーム【 聖十字団クルセイド 】、″獣王″の二つ名で知られる超強い獣人が率いるチーム、それと──″愚者の王″の名で知られる青年剣士に率いられ、″八魔迷宮都市″ オクトケイオスの八つのダンジョンのうち四つを制覇した新進気鋭の冒険者チーム【 愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ 】。

 うん、どれを取ってもとんでもない奴らばかりだ。


 ただ、今回の来訪者の名前の中で、ウタルダスという名前に聞き覚えはない。だけど、別の場所では聞いたことがある。


「……これはどういうことですの?」


 俺は舞夢マイムに着替えの準備をさせながら、従者のモードレッドに抱えられてカタカタ震えるリリスに問いかける。こいつ、呼びつけたはいいんだけど、さっきからずっとこの調子だ。

 今回マンダリン侯爵はすでにお勤めで王宮に出ているので、この場は令嬢であるラティリアーナが応対することになっている。一応念のため例の肌着は着用したけど、これは何かを予期しているというより、非常時の備えみたいなものだ。


「ウソでしょ……あいつら、こんなとこまで追いかけてくるなんて……」

「意味不明なことを言っても分かりませんわ! 昨日わたくしに説明したことはウソですの!?」


 昨夜、リリスは自身の未来が「別の主人公──ウタルダス・レスターシュミットのパーティメンバー」だと言っていた。だったらなぜこんなに恐れている? そもそも、シナリオとやらはまだ始まってなかったんじゃないのか?


「ウソじゃない、ウソじゃ……うぅぅ」

「リリス!」

「お待ちください、サブマスター。これには深い訳があるのです」


 モードレッドが意味ありげなことを言ってきたので、ひとまず追求を止める。にしてもラティリアーナ節だとやりにくいな!


舞夢マイム。お前や美虎ミトラ、アーダベルト様で先にSランク冒険者殿たちのお相手をしてなさい」

「は、はいですワン!」


 よし、これでひとまず安心だ。リリスのポケットからふんだくるようにメガネを奪ってすぐにかける。


「なんだよその深い訳ってのは!? ウタルダスってのはリリスのパーティメンバーになる予定の″主人公″なんだろ?そいつがなんでこんなところまで来るんだよ?」

「で、出来心だったんだ!」

「……出来心?」


 胸ぐらを掴んで問い詰めてると、リリスの口から出てきたのは思いがけない単語。代わりに説明をしてくれたのはモードレッドだった。


「マスターは、好奇心からかなり早い段階でウタルダスに接触したのです」


 モードレッドの淡々とした事務的な説明によると、なんでもリリスは、本来であれば半年くらい先に最初の接触をするはずだったウタルダスに、先んじて会ってしまったんだとか。


「それの、何が問題なんだ?」

「そのときのボクはあんまり″前世の記憶″が戻ってなかった。だからすっかり大事な事実をひとつ忘れてたんだよ」

「大事な事実?」

「そう。ウタルダスのパーティにおいてボクは、ボクの立ち位置は──」


 ぶるぶる。リリスが全身を激しく震わせる。なんだろうこれは──恐怖? 彼女は今から話そうとすることに怯えていたんだ。

 なんだ、いったいどんな事実がリリスをここまで恐れさせているんだ?


「お、おい。大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ。あのねラティリアーナ、ボクはね……あのゲームの世界ではウ、ウタルダスの……ハーレム要員なんだ・・・・・・・・・よ!!」



 ………………は?




 ◇



「えーっと、リリス。すまないがもう一度言ってくれないか? どうやら聞き間違えたみたいなんだが」

「だーかーら、ボクはウタルダスに一方的に惚れてしまうハーレム要員なんだよぉぉぉぉ!!」


 しくしくと泣きながら力なく崩れ落ちるリリス。

 使い物にならない彼女に変わってモードレッドが説明してくれたところによると、今から数ヶ月ほど前に調子に乗ってウタルダスに接触したリリスは、つい本気を出して色々と魔法具マギアの能力を見せてしまったらしい。そうしたら、便利で万能なリリスの能力をいたく気に入ったウタルダスが、熱烈にパーティへの参加をアプローチしてきたのだそうな。


「そのときなんだ。ボクの脳裏に閃光のように記憶が蘇ったのは……」

「それは、どんな記憶なんだ?」

「ゲームの中で、ウタルダスにベタ惚れしてイチャコラするアマリリス・・・・・のスチール写真だよっ!!」


 なんでも、ゲームの中のリリス──すなわちアマリリスは、一方的にウタルダスに片思いをしていて、とにかくベタベタとくっついていたらしい。ちなみにパーティメンバーの女の子は全員ウタルダスに惚れていたから、ハーレムのような状況になるのだとか。あとシナリオによっては、ウタルダスと恋人になるようなのもあるらしい。


「男に片思いして、挙句イチャコラする未来なんて、元々男だったボクに耐えられる訳ないだろう!? ボクはね、ボクは……巨乳が好きなんだよっ!!」

「マスター、そのカミングアウトは今は関係ないかと思いますが」

「うるさーい! こんなときくらい好きなこと言わせてよ!」

「……承知しました、マスター」

「だからボクは、記憶を取り戻してからすぐにウタルダスから離れて、名前もリリスと名乗るようにしたんだ。もちろん、男にフォーリンラブする未来から逃れるためにねっ!」


 堪え切れなくなったのか、大粒の涙がリリスの大きな瞳から零れ落ちる。俺にはその涙が、偽りのものには到底思えなかった。


「ラティリアーナの扱いも可愛そうだと思うよ? アーダベルトの敵役の悪役令嬢だもんね! だけどね、それでもボクよりはマシさ。ボクはあんな、イケメン主人公のハーレムメンバーの一員なんかには、なりたくないんだよぉぉぉ! うわぁぁぁぁん!!」


 ついには、大声を上げて泣き始めるリリス。

 そんな彼女を、堪えられなくなった俺は──優しく抱きしめたんだ。


「ふぇぇ……ラティリアーナ?」

「リリス、お前の気持ちはよーくわかる」


 わかる、わかるぞ同士よ。

 お前の気持ち、お前の苦痛、痛いほど分かるぞ!

 俺だって、イケメン男のハーレム要員なんてまっぴらごめんだ! なにより、男とイチャコラしなきゃいけない未来なんて、とてもじゃないけど耐えられない! 想像しただけで吐き気がするわっ!


「世界中の誰が理解できなかったとしても、俺は──俺だけは、リリスと同じ気持ちだよ」

「ふぇぇ、ぐすっ……」

「分かったよ。リリスのことは、この俺が──″悪役令嬢″ラティリアーナが守ってみせるよ」

「うぅぅぅ、ラティリアーナぁぁ!!」


 熱く抱擁する俺たち二人。

 世界でたった二人だけの、同じ苦しみを共にする同士。

 この空気を邪魔することができるやつは、他にいるだろうか。いや、いない。


 ──この瞬間、俺たちは真の意味で唯一無二の「仲間」になったんだ。


「……サブマスターも、マスターの同類なのですね」

「「うるさーい!!」」



 ◇◇



 ようやくリリスも落ち着いたので、俺たちはS級冒険者たちを待たせているはずの応接室に向かう。お嬢様モードで接するために、名残惜しいけどリバースグラスはリリスに返した。

 さぁこれで相手してやる! と意気込んで応接室に突入したものの、どこにも姿は見受けられない。

 代わりに、庭の方でキンカンと金属音が聞こえてくる。


「なんの音かしら?」

「なんだろうね?」

「マスター。私の耳には、金属と金属を打ち合う音が聞こえます」


 モードレッドの言葉に慌てて庭に出てみると、そこではアーダベルトと美虎ミトラが、見たことない剣士二人と打ち合いをしていた。さらには見たこともない女の人が二人、彼らの模擬戦を眺めている。

 た、確かに相手をしといてとは言ったけど、まさかマジで剣の相手をしてるとは……これだから脳筋どもは。


「アーダベルトと戦ってるのがウタルダスだよ」


 リリスの説明に確認してみると、なるほど彼がもう一人の主人公だというのが分かるくらい目立つイケメンだった。

 アーダベルトの金髪とは対照的に黒髪の男は、垂れ下がった優しげな目元に高い鼻、ナイフのように尖った鋭い顎を持つ。いかにも冒険者らしく鍛え上げられた肉体は、貴族の子息として英才教育を受けたであろうアーダベルトとはまた違った筋肉の美しさを持っている。筋肉フェチの俺からすると、実戦で鍛えられたウタルダスの筋肉のほうが実用的で好みだ。


「ははっ、さすがは″麒麟児″。素晴らしい槍さばきだ」

「″愚者の王キング″にお褒めに預かり、光栄です!」


 言葉では軽く挨拶を交わしてはいるものの、戦闘力の差はかなり際立っていた。明らかにウタルダスは軽く流しているのに対し、アーダベルトは必死になって槍を繰り出している。


「うわぁ、二人の主人公がこんなところで会合してるよ。なんか眩しい……」


 リリスのやつはなんか勝手に一人で盛り上がってる。なんなんだか。

 一方、すぐ隣では、細身で薄い黄色の髪を後ろで縛った青年剣士と美虎ミトラが剣を打ち合わせている。

 いくら病み上がりとはいえ、軽々とシルバーランクの美虎ミトラをあしらっているから、こっちの剣士も相当強そうだ。


「彼はキュリオ。″愚者の王″ウタルダスと双璧をなす『愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ』を代表する剣士です」


 モードレッドが解説した通り、彼は細身の剣を操り美虎ミトラを手加減しながら翻弄していた。単独でシルバーランクまでのし上がった美虎ミトラをこれだけ圧倒してるってだけで桁違いの実力は明らかだ。吊り目で性格悪そうに見えるのに、美虎ミトラを相手する様は優しげだ。


 ウタルダスたちを生暖かい目で眺めているのは、二人の美女だ。一人は肩口くらいの栗色の髪に短パンから艶めかしい素足を覗かせる10代後半くらいの健康的な美少女。もう一人は、茶髪をポニーテールにしたスカート姿の女性。


「あちらにいるのが『愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ』のメンバーで、ウタルダスの幼馴染であるアトリーと、女魔導師のシモーネです。いずれもかなりの実力者です」


 モードレッドの詳しい説明のおかげで、『愚者の鼓笛隊フールズ・オーケストラ』の全メンバーを知ることが出来た。この4人が、難攻不落と言われた八魔迷宮都市のダンジョンの半分をクリアしたというのだから驚きだ。


 ぎゅっと、誰かが手を握る。リリスはかなり怯えているみたいだ。大丈夫、俺が守ってみせるよ。俺はそっと彼女の頭を撫でた。


 リリスを引き連れてゆっくりと歩み寄っていくと、最初にウタルダスがこちらに気づいた。すぐに模擬戦の手を止めて向き直る。アーダベルトは肩で息をしてるってのに、汗ひとつかいてない。


「お待ちしてましたよ、アマリリス。それに──″悪役令嬢″ラティリアーナ様」

「えっ!?」


 驚きの声を上げたのはリリスだった。震えが激しくなり、支えてあげないと立てなくなっている。

 どうしたってんだ? 別に俺は悪役令嬢なんて言われても気にしないけど?


「なんで……なんで(・・・)知ってる(・・・・)?」

「何をですの?」

「なんでウタルダスが、″悪役令嬢″の呼び名を(・・・・)知ってる(・・・・)んだよ……」


 リリスが驚いていることの意味がわからない。なんでラティリアーナが悪役令嬢と呼ばれることがおかしいんだろうか?

 俺の怪訝な表情に気づいてか、リリスが耳打ちしてくる。


「これはとんでもないことだよ。ウタルダスがキミのことを″オーク令嬢″と呼ぶならまだ分かる。だけど──こちらの世界の人間がラティリアーナのことを悪役令嬢と・・・・・呼ぶはずない・・・・・・んだ」

「それは、どうしてですの?」

「分からないかな? ″悪役令嬢″って呼び名はね、悪い役の令嬢って意味なんだ。そんな名称は、外から見た人物しか付けられない。つまり……」


 リリスが、鋭い目つきでウタルダスを睨む。


「ボクと同じ異世界から来た人しか、ラティリアーナのことを″悪役令嬢″って呼ばないはずなんだよ」


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