ストーカー
「ひろちゃん、あのね……お願いがあるの」
何だろう、このフレーズ。
ちょっと前にも同じことがあった気がする。これって、もしかしてデジャヴ?
あの時は確か新聞部の女子がどうのだったか。あれの所為でカメラマンと相原さんとの一件があって大変だった。出来れば雪の女友達や写真関連は御免だ。
「どうした、雪」
「あのね、雪、最近変な人に後ろつけられてるの」
「えっ!?」
予想外の言葉に俺は耳を疑った。
確かに雪は可愛い。それは認める。誰だ、俺の可愛い妹に手を出す輩は。そんな奴は絶対に許さない。
「まさか、ストーカー?」
「んー、電車が満員電車のことが多くて、いつも同じ車両にくる男の人がいるんだけど……」
「うん」
痴漢か。現場見つけて車掌に言いつけてやるしかない。
「その人がね、雪にち○ち○をこすりつけているんだって」
──
可愛い妹の口から出来るだけ聞きたくない言葉が飛び出してきた。
「でもね、雪、知らなくて! 隣のクラスのメグちゃんが教えてくれたの。雪ちゃん、ち○ち○擦られてるよって!」
「わ、わかった、わかったからリピートしなくていいから……」
想像以上にダメージが大きい。たかがち○このことだけで俺がダメージ受けているようなら、雪が彼氏を連れてきた時に耐えられるのか?
「それでね、メグちゃんからすぐひろちゃんに言いなさいって言われたんだけど」
「どうしてそういう事を早く言わないんだ」
俺は雪の天然にがくりと頭を垂れた。
普通、あんなもの擦られて、しかもちょっと固いものが当たったらオカシイと思うだろう。よほどサイズが小さかったのか、それとも雪はとんでもないくらい鈍感なのか、男に対して何とも思っていないのか分からない。
「それでね、ひろちゃんが今度大学お休みの時に雪と一緒に電車に乗ってほしいの」
「そんなの明日でも明後日でも、いつでも付き合ってやるよ。俺の方が講義遅いから学校まで送ってやるよ」
「やったあ」
朝の講義に間に合うかギリギリではあるけど、最悪坂田に代返頼めばそれくらい簡単だ。
可愛い妹の為に出来ることがあるならいくらでも人肌脱いでやろう。
「なんかね、その人変なの。なんで雪にだけ来るのかわかんなくって」
「それはストーカーっていうんだよ。雪は変態に付きまとわれてるってこと。だから俺が明日から学校まで送るから。いいな?」
早く犯人をとっちめて警察に突き出してやりたい。いつもなら雪が「嬉しい!」と抱き着いて来るのに、今日はマゴマゴしていた。
「車じゃないの?」
「電車じゃないとストーカーが分からないだろう。車に乗りたいならもう少し俺の腕が上達したらな?」
「そうじゃなくって……その……」
「なんだよ」
珍しく雪の歯切れ悪い言い方に、少しだけむっとした。電車にいるストーカーを突き出さないと意味がないのに、車で送ってくれと言うのは意味がないだろう。
「ひろちゃんが、カッコいいから。嫌なの」
「はい?」
一瞬だけ時が止まる。何だその理由は。もう一度聞き返してみると雪は頬を膨らませながら本気で怒ってきた。
「もぅ! ひろちゃんがカッコいいから、皆に見せたくないの! マイちゃんがひろちゃんのことカッコいいって言っちゃってから、皆がうちに来たいって言うし!」
「いや……嬉しいけど、それとこれとは話が全く違うだろ。俺だって、可愛い雪が変態にストーカーされてる姿なんて見たく無いよ」
ぴくりと雪の動きが止まった。
あれ、まさか俺はまたあいつのスイッチを押してしまったのか?
「ひろちゃん……今、雪のこと可愛いって言った! 言ったね?」
「あ、あぁ……」
こういうテンションの時の雪音は大体嫌な予感しかしない。
「つまり、雪と満員電車に乗って、腕組んで彼氏です的なアピールをして、変態が寄りつかなくなるようにしてほしいと?」
「うんっ!」
どのタイミングでその変態が雪に悪さをしているのか分からないが、恋人同士のフリで雪音が満足するならそれでもいいか。
翌日から俺は雪と一緒に電車に乗り、女学校まで腕を組んで校門まで見送った。
校門前でも雪が名残惜しそうに俺に抱き着き、俺はいつものように雪の頭を撫でる。恋人同士のような二人を見た他の生徒達が顔を赤らめながら学校の中に入っていく。
恋人同士のフリを一週間続けたお陰で、雪にストーカーは近づかなくなったらしい。変態野郎を警察に突き出せなかったのが残念だ。
代わりに、雪音の通う女学校内では「あのイケメン誰?」と俺の話で持ちきりとなったらしい。
よく考えてみたら、妹を学校の校門前まで彼氏のフリをして送るなんて無いよな。
俺達はやはり変わった兄妹なのだろう。でも、このままだと、雪音に彼氏が出来ないのではないかと正直不安だ。




