学園祭その3(S女編)
『エントリーナンバー11、2年生櫻田雪音ちゃんです〜!』
司会者の紹介の後、雪は慣れないパンプスでトコトコ歩き会場の人に手を振っていた。
俺は見つからないように下を向いていたが、佐野がカメラを回しているせいで気づかれてしまい、それで動揺したのか雪は思い切り壇上で転んだ。
『だ、大丈夫ですか!?』
「いたた……っああ〜! 雪のおっぱいが……!」
転んだ痛みよりも左側にしこんでいた銀色の丸いボウルが悲しそうに体育館を転がっていく。
明らかに左側だけボリュームを失った雪は右側を死守しようと両手で押さえた。
そのあまりにも必死に乳を守ろうとする姿が良かったのか、会場がどっと笑いに包まれる。
俺はこの時に初めてスクール水着の使い方を知った。多分、あれを中に着込んでボウルを押さえていたのだろう。
雪はまな板なのでブラジャーを使わないから他に胸(?)を引き締めて押さえるものは持っていない。
「弘樹の妹さん可愛いな、中学生なんだから漫画みたいな巨乳なんて作らなくてもいいのにな〜」
「あいつの友達がみんな胸デカイらしくて、最近は必死によく分からない体操してるよ……」
「ふぅん、それってお兄ちゃんが巨乳好きだとか、そういう風に思ってんじゃねえの?」
俺は雪に巨乳好きとは一言も言っていない。ただ、貧乳が好きかと言われたら別にどうでもいい。思い当たる節はひとつ……
「磯崎のせいだな……」
俺はかつて1度だけ人生の汚点で失敗したアダルトビデオを思い出した。
あれを雪に見つかったせいで、多分誤解したんだろう。雪は1度思い込んだらそこから出てこない。
グラビアアイドルはそりゃあ漫画の世界みたいな八頭身のボンキュッボンなグラマー美人さんだったと思う。雪が見ている事が衝撃的過ぎて俺は殆ど内容すら覚えていないのに。
「まっ、いつか乳なんて大きくなるだろうし、あまり背伸びしないのが1番だと思うがね〜」
「佐野はいいよな、他人事だから……俺は定期的におっぱい大きくしたいって言われるから困るよ」
「揉んでやりゃいいだろ、お前が」
さも当たり前のように言うこいつが非常に憎たらしい。雪は彼女ではない、妹だ。それの乳を揉んだらただの家庭内犯罪だろう。
「俺に犯罪者になれって言うのかよ……」
「まぁまぁ、そういうのは本人達の同意じゃねーの?」
「同意があろうと無かろうと事実として残ったらやっぱり犯罪だろ……」
「弘樹チャンはお堅いねぇ〜。お、次の子出るぞ」
雪の転倒事件で俺は頭が真っ白になっていたが、その後も何事もなくミスコンは進み、2時間後の結果発表まで1度解散となった。
俺は再度佐野と別れて雪が転んだので怪我をしていないか確認の為に雪と接触出来る麻衣ちゃんを探した。
入れる場所は全て探したもののどこにも居ない。──多分雪と一緒に3階に居るのだろうと諦めた。
「へー、ミスコンに一般投票も出来るみたいだな」
目ざとい佐野が体育館の脇にあるボードに気づく。家族票になってしまうので、自分の血縁者が出ているチケットでは誰にも投票出来ない。
俺はボードに添えられた15人の参加者のポスターを順に眺め、アイドルの会場に来た気分になっていた。
結果発表が近づくとあれほど雪にミスコンへは参加しないよう言ったにも関わらず、俺はソワソワしていた。佐野は記念すべき1回目のミスコンを残すべく既に黙々とカメラを回している。
『まずは、努力賞! エントリーナンバー10、1年生の渡辺くるみちゃん!』
いくつミスコンで賞が用意されているのか分からなかったが、何人かが司会者に呼ばれていく。
全く賞が貰えないのならその程度のレベルとして仕方ないのだが、雪も珍しく気合いを入れて参加したのだろうから、俺が審査員だったらせめて参加賞くらいはあげたいと思う。
『さぁて、記念すべき第1回ミスコン!優勝者はモデルのジェシカ=マキノから発表します!』
ここでジェシカちゃんが出てくるのかと俺は正直驚いた。元々、今回から初めて開催されたミスコンはジェシカちゃんの発案らしい。
新しく変わった校長はかなり柔軟な考え方であり、ジェシカを含め海外からの生徒を留学させてS女と海外の姉妹校と交流を図る目的もあるらしい。
今回のような学園祭という生徒が主導で行うイベントを取り入れたのも今年が初めてとの事だ。
『ハイ、今日は皆さん、ミスコンに来て下さりありがとうね!』
「うひょ〜! 生ジェシカだぜ、最高」
テンション上がる佐野はまるでカメラマンのように色々なアングルでジェシカを収めていた。
『今年から色々な企画を用意してます! 皆さん、これからもS女の発展の為、どうぞ来てくださいね!』
ごく普通の体育館が声援で大盛り上がりした。トークしているのがモデルのジェシカちゃんなので、ミスコンと言うよりも完全にアイドル会場の空気だ。
端で事の成り行きを見守っていた校長先生らしき人がジェシカちゃんのスピーチを聞いてニコニコ頷いていた。懐が深い。
『さぁて、皆さんの気になる今年のミスコンは──!』
壇上に残っているのは雪を含めて8人程。参加賞でもいいから貰えたらいいのにと俺は再度願い両手を合わせた。
『エントリーナンバー12! 3年生、鈴原愛実莉ちゃんです!』
一瞬だけ雪にスポットライトの端が当たったのでまさかと驚いたが、結果は文句なしの抜群のスタイルを持つ3年生が選ばれた。
────
「ミスコン、残念だったな雪。でもまあ、今年初めての開催だし来年もあるだろ」
「うん……」
珍しく雪の元気が全くない。いくら周りから可愛い、可愛いとちやほやされても、ミスコンになれなかったのがそんなに悔しいのだろうか。
「S女は全体的に女子のレベルが高いって佐野が言ってたからな。あのたった15人の場所に選ばれただけでも立派だと思うぞ」
「うん……」
ヤバい。こういう時にどう声をかけたら雪が元気になるのか分からない。
女性経験の豊富な磯崎に女性の手ほどきをそろそろ習わないといけないのか?
「あのねひろちゃん」
「お、おぅ。どうした?」
やっと雪が口を開いた。少しだけほっとする。
「雪ね、おっぱい小さいから負けたの」
「……はい?」
またこれは嫌な予感しかしない。寒くないはずなのに背中がザワついた。
「雪以外みんなBカップ以上なの。なんでみんなおっぱい大きいんだろう? 雪には牛さんなんて来ないよ」
「……」
「優勝した先輩はCカップで、男の人がちょうど手のひらに収めるのにいいサイズだって何かに書いてたもん。雪もあれくらいになりたい」
「……」
これは、この流れは……またも返答に困る。
確かに胸のサイズは人それぞれだろうし、デカけりゃいいってものでもないし、かと言って無いとそりゃあ雪みたいに気にする人もいる。
俺はそれ以上雪に何も告げずに俺は風呂場へ逃げようとした。
「ひろちゃんが雪のおっぱいいつになっても大きくしてくれないから、ミスコンで優勝出来なかった……」
何でこの子は佐野と同じような事を言うんだろう!?
お互いの意思があろうと無かろうと兄妹で乳の揉み合いなんてやった日にゃ犯罪者決定だ。
しかも母さんは看護師。
犯罪者の家族なんてなったらもう目も当てられない。
「あのな、雪。俺は雪の胸を大きくしてやる事は出来ない。むしろ無理なんだ」
はぐらかしても無理な所まで来ているので、俺は渋々真面目に回答した。
「女の子の胸はホルモンで成長するから俺が例え揉んだとしても大きくはならない。それに俺と雪は家族だから、そういうイケナイ事をすると母さんに迷惑がかかる」
「……分かってるもん。ひろちゃんが雪の事好きじゃないって事くらい」
マリアちゃんがいつも俺に付きまとう姿を見ているせいか、雪は前よりも俺にベタベタしなくなっていた。
それがやっとブラコンから脱却してくれたのかと勝手に勘違いしていたが、そうでも無いらしい。
「いや、雪の事が嫌いな訳じゃなくて、家族だからそういうな……ダメなんだよ」
「ひろちゃん、雪の事嫌いじゃないの?」
「当たり前だろ、大事な」
妹なんだから。
そう言おうとしたんだけど、あまりにも雪が悲しそうな顔をしていたので、結局それ以上何も言えなかった。
何で、そんな泣きそうな顔すんだよ……。
俺は珍しくしおらしい雪の一面に戸惑い、頭を撫でてやる事しか出来なかった。




