波乱の修学旅行その2
「結局、清水寺に向かうルートは外せないんだよな」
「当たり前でしょ! 映画の舞台にもなってるんだし。2階から下を見下ろしたい〜女優になった気分になれるわきっと」
田畑は頑なに金閣寺ルートを推していたが、今回はあくまで研修。歴史上大切な場所を巡る事になっており、女子3人は銀閣寺と学問の道ルートに行きたがっていた。
ただ、清水寺は改修工事が入っており見られる場所が制限されているので部分的に混んでいそうな感じではあったが、それでも後から研修の発表会の為に工事している写真でも残しておけばいい資料になるだろう。
相澤さんはいつも通り俺に接してくれたので少しほっとしていた。
それでも周囲にギクシャクしているのがバレたくないのか、俺の事は未だに弘樹と呼んでくる。
俺も相澤さんの事を由紀ちゃんと呼べば丸く収まるのだろうか、とは言え今更呼び方を変えるのも何となく難しい。
男友達であれば別に何も考えなくてもいいのだが、女の子は呼び方ひとつで機嫌を損ねるのでどうしたらいいかいちいち悩む。
「弘樹はどこ行きたい?」
「そうだなあ……俺も学問の道は行きたいかな。京都らしい景色を肌で感じたいってのもあるし。銀閣寺ルートなら比叡山延暦寺も行けるかな?」
「時間足りるかなあ……結構バス移動っぽいのよね」
「なーなー、やっぱ金閣寺でいいんじゃね?こっちだと二条城もあるぞ」
「見るところ多すぎるんだよね〜1日じゃ無理!もっと見たい〜」
なかなか纏まらないルートだが、俺は清水寺が見れたら正直後は何処でも時間のある限り歴史に触れられたらいいやという考えだった。
結局夕飯ギリギリまでプランを考えたところで、俺達は食堂に行った。席が決まっている訳ではないので、俺は田畑と磯崎の隣に座った。
「ちょっと、田畑。弘樹の隣空けてよ」
「はぃ、相澤サマ」
田畑は秒で俺の隣から退けて磯崎の横に移動していた。追い出されたと磯崎に泣きついている。
……いや、別に移動しなくても良かったのに、昔羽球部で一緒だった分、相澤さんに逆らえないのだろうか。
相澤さんは満足そうに俺の隣に座ると少しだけ上機嫌だった。
「は〜、良かったねプラン決まって」
「そうだな、やっぱり6人で意見出し合うとそりゃ纏まらないよ。でも最後は須藤さんが取りまとめてくれたルートが時間配分も上手く行きそうだし、良かったよ」
突然話を振られた須藤さんは俺の丁度真向かいに座っていたが、ビクッと肩を動かし頬を赤らめていた。
「なっちゃんは几帳面で凄く頭いいからね、ホントうちのチームに入ってくれて助かるわ〜」
「そ、そんな事……無いです。私も、由紀ちゃんと一緒のお陰で、ひとりぼっちにならなくて済んだし……」
須藤さんは大人しい人でいつも教室の席で勉強をしている子だった。誰かと親しくしている様子もなく、影が薄いと言えばかなり薄い。
彼女がうちのチームに入ったのは班分けの時に何処のチームにも入れなくて困っていたから俺が誘ったんだけど。
俺の勘繰り過ぎかも知れないけど、まさか相澤さんが今俺の隣に座ったのは俺の彼女ですアピールなんだろうか?
何となく相澤さんが俺に話しかける距離も近い気がする。磯崎と田畑がニヤニヤこっちを見てるから出来ればやめて欲しい。
「あの……雨宮さんにお願いがあるんですけど……」
「俺で出来ることならやるけど、何?」
「私、写真部で、清水寺と学問の道に行った時に相澤さんと雨宮さんのツーショット撮らせて欲しいんですけど、いいですか……?」
「別に俺じゃなくてもいいと思うけど……俺で良ければ」
「なっちゃんありがと〜! 撮ったら写真回してね」
「は、はい……」
須藤さんは相澤さんに後押しされて嬉しそうに微笑んでいた。まあ、写真くらいならいいんだけど、それのせいで別の火種にならなければ……ツーショットじゃなくて、田畑と磯崎にも入ってもらおう。そうしないと後が怖い!
──翌日。
京都研修は生憎の長雨となり、俺達は急遽プランを変更した。行きやすい場所で固め、祇園近辺を散策を追加した。天気の悪い時に学問の道へ行っても得るものが無いので代わりに田畑が推していた方が優先されたのだ。
「舞妓さんだわ、やっぱり綺麗」
雨の日でも関係なく舞妓さんはお仕事をされていた。真っ白く塗った顔にピンと整った背筋、歩く動きや手の動作ひとつひとつが洗練されている。
「和ってやっぱりエロいな」
「どんな感想だよ……」
しみじみと田畑が舞妓さんを見つめて妄想に耽っているので俺は苦笑いしか無かった。雨の中でも磯崎と須藤さんは周囲の写真をカメラに収めている。
「ほら、首筋がこう……なんか興奮するよな」
「やだ田畑〜。これだから男子はエロい事ばっかり考えてさあ」
「んだと!? 弘樹だってこう見えて三股かけるくらいエロいんだぞ!」
「おい、何で俺が出てくる。しかも何だよ三股って!」
「えー、そうなの弘樹。ちょっとその話詳しく聞きたいな」
訳の分からない修羅場にしか見えない。俺は頭を抑えて嘆いていると、また見知った声が聞こえてきた。
「ヒロキ? お久しぶりデス!」
「弘樹、舞妓さんまで口説いたのかよ!? お前何やってんだ、勉強しろよ」
「知らねえよ! 誰だよあの舞妓さん……」
「この髪型だと分からないね、ジェシカ。ユキチャンのFriend」
モデルの撮影か何かだったのかも知れない。いつも金髪で家に来ていたジェシカちゃんは黒髪のウィッグをつけて綺麗に舞妓さんメイクをされていた。髪の毛が黒でも瞳は青いので少し違和感がある。
確か外人さんはそのままの髪をアップにしてメイクしたりするらしいけど、ジェシカちゃんは敢えて完全和にしたかったのだろうか。
「モデルのジェシカ=マキノじゃない!? 何でこんな所に! しかも弘樹と知り合い!?」
「これは……シャッターチャンスです」
驚く相澤さんとは別に須藤さんと磯崎が嬉々として俺とジェシカちゃんを撮影していた。
この写真を訳の分からない週刊誌とかに横流しされたら非常に困る。俺は両親にだけは迷惑かけたくない。
しかし何故ジェシカちゃんは有名人なのにこうも無防備なのだろうか。
まあ、スキャンダルになりそうな事は何一つ出てこないから、多分ネタにもならないだろうけど。
俺は安易に考えていたが、この後さらに面倒くさい事に巻き込まれるなんて──思ってもいなかった。




