後編
なーにーを、言ってるんだ俺は!!!
と、後悔しても、時既に遅し。
口から出た言葉は引っ込められない。
「・・・はあ」
ほら見ろ!
彼女、困ってるじゃないか!!
「す、すみません、いきなり変なことを!」
「はあ」
「あの、その、何か悩んでるようだったので、思わず・・・」
「・・・え?」
彼女が目を丸くした。
こんな表情の彼女は初めて見る。
・・・美しい。
「私・・・そんな風に見えましたか?」
「・・・はい。いつもはもっと、シャンとした感じなのに・・・」
「え?」
しまった。
これじゃ、毎日あなたを見てるんです、って言ってるようなもんじゃないか。
ストーカー一歩手前だ。
でも、彼女は何か他の事を考えてるみたいだった。
「そう、ですか」
「・・・はい」
彼女はしばらく俯いていたけど、やがてハッとしたように顔を上げた。
「あ。すみません。お気持ちは嬉しいんですが・・・」
「・・・ですよね」
そりゃ俺だって「実は私もあなたのことが好きだったんです」なんて言葉は期待してなかった。
むしろ、こう言われて当然だ。
でも、やっぱ凹むな。
「でも、本当にありがとうございます。ちょっと元気が出ました」
「え?」
彼女は寂しげに微笑んだ。
「私、失恋しちゃって・・・それで少し落ち込んでいたんです」
「失恋?」
こんな人が?
一体、どこのどいつが振ったんだ!
信じられない!
こんな時に、気の効いた言葉の一つでも言えれば俺ももう少しモテるだろうが、
あいにくそういうスキルは持ち合わせていない。
「そうですか・・・それは、お気の毒に」
なんだ、お気の毒って。
他にもうちょっと言い方があるだろ!?
「失恋ですかー。じゃあ、僕と一緒ですね」
「ええ?」
彼女がビックリして俺を見る。
「一緒って・・・ふふふ、そうですね」
「あははは」
俺は背中に冷や汗を掻きながら、なんとか笑顔を作った。
翌日。
前日に続き、俺は激しく後悔することになった。
少し離れたところで、彼女が軽く会釈する。
俺もつられて頭を下げる。
俺、なんでこの電車乗ってるんだ。
ここ数ヶ月の癖で、いつものあの各停に乗ってしまったのだ。
もう振られたんだし、自分の為にも彼女の為にも、もうこの電車に乗るべきではなかった。
せめて、車両を変えるべきだ。
それなのに、俺ときたら・・・
なんたる無神経。
俺は心の中で彼女に詫びた。
気まずい思いさせて、ごめん。
明日から、もうこの電車には乗らないから。
せめても、と思い、俺は彼女から顔を逸らし別の方向を向いた。
関西弁で元気におしゃべりする女子高生たち。
髪には、シュシュとか言うゴムをつけている。
流行は東京もこっちも同じだ。
彼女も数年前まではこんな感じだったのかもしれない。
・・・あれ?そういえば、彼女、関西弁じゃなかったよな?
「すみません」
「はい」
「ここ、座ってもいいですか?」
「はあ、どうぞ」
こんだけ空いてるのに、なんでわざわざ俺の隣に座るんだ?
そう思って振り向くと、なんとそこには彼女がいた。
「あっ、お、おはようございます」
「おはようございます」
彼女はストンと腰を降ろした。
その姿はまさに「座れば牡丹」だ。
俺と反対側に鞄を持ち、大切そうに抱える。
「・・・あの、すみません。気まずい思いをさせて・・・明日から他の電車に乗りますから」
「え?気まずいなんて思ってませんよ?思ってたら、ここに座ったりしません」
それもそうだ。
「もしかして、私に会うために毎日この電車に乗ってくれてたんですか?」
「・・・はい。すみません、ストーカーみたいで」
「え?ストーカー?・・・ふふふ、そうですね」
「はあ。すみません」
「謝ってばかりですね」
「そうですね、すみません・・・あ」
「ふふ」
彼女は楽しそうに笑った。
心なしか、昨日より元気に見える。
俺はなんとなく、素直に疑問を口にした。
「関西弁じゃないんですね」
「ええ。私、この4月に東京から引越してきたばかりなんです」
「え?そうなんですか?僕もです」
「あら。偶然ですね」
彼女はニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、僕達関西初心者ですね」
「そうですね。関西弁って難しいですよね」
「そうそう。課長に『この書類、ほって』って言われて、僕、『え?掘るんですか?』って聞いたんです。
『ほって』って『捨てて』って意味なんですね」
「ふふふ」
「後で散々バカにされました」
俺、なんで彼女とこんな普通に話してるんだろう。
昨日、振られたはずなのに。
それ以前に、昨日まで一言も話したことすらなかったのに。
「地理もさっぱりですよね」
「僕、いつも京都タワーを目印に動いてます」
「・・・迷いません?」
「迷います。ダメですね、あれは。どこからでも見えるから、目印にならない」
彼女はまたひとしきり笑った。
「ふふふ、そういえば、私、まだ京都タワーって上ったことないなあ」
「僕もです。でも、東京タワーも1度しか行ったことないんですよね」
「私も!小学校の遠足で行ったっきりです」
「そんなもんですよね。この分じゃ、京都タワーに上るのもいつになることやら」
「案外、遠くの通天閣の方に先に上ったりして」
「あああ。あり得る」
「ふふ」
友達同士のような普通の会話。
まるでずっと前から知り合っていたみたいだ。
いや、少なくとも俺は知っていた。
この4ヶ月、彼女だけを見ていたんだ。
それでだろうか。
俺は、自分が振られたのも忘れて、思わずこんなことを言った。
「よかったら、一緒に京都タワーに行きませんか?」
「え?」
とたんに彼女が驚いた顔になる。
まただ!
また、何を言ってるんだ、俺は!!!
だけど、今度は彼女の表情がすぐに穏やかな物に変わった。
・・・笑顔だ。
って、なんで?
「はい」
「そうですよね。こんなこと言われても・・・え?今、はいって言いました?」
「言いました」
「・・・」
「ダメですか?」
「い、いえ!是非!!」
俺は思わず立ち上がって、気をつけをした。
周りの人が、クスクスと笑っている。
彼女も一緒になって笑っている。
ええ?
えええ?
俺が呆然としてると、今度は彼女が勢い良く立ち上がった。
「あ!」
「!どうしました!?」
彼女は唖然として外を見た。
「・・・乗り過ごしちゃった」
それから俺達は、電車の中で立ったまま、笑い合った。
――― 「電車の中の恋」 完 ―――
短いお話ですが、読んで頂きありがとうございました。
本編の「あの子の恋愛事情!」(R18)の方も、
よろしければご覧ください。




