The red sun rises in the north
【 西暦2024年 1月17日 日本標準時 午前4時27分 アスター群島 】
アスター群島に居住する先住民――彼らの朝は想像を絶するほどに早い。
日が落ちれば早々に眠りにつき、太陽が姿を現す前に身支度を終わらせるのだ。
無為に灯を維持する余裕は無い。油も乾燥した薪も貴重である。
加えて彼らは農耕を知らぬ。飢えは特段珍しいことでもない。女子供は自然の幸を採り、男は闇夜に紛れ獲物を狩り、当面の食料を工面せねばならぬ。
例え幼子であろうと何らかの役割を与えられる。簡単な言葉を解し、少々の体力か物を掴める手先の器用さがあるならば、それは最早大人に等しい。
故にこの日、ほぼ全ての島民が日の出を見た。
幻覚の如き奇怪で不気味な日の出だ。
何をか言わんや。彼らの中にあの現象を解する者など居るはずもなかった。
唯一知っているのは、太陽は東から昇るという経験則だけなのだから。
濃緑の木々の中、植物を編んで自作した籠を持った母子は木の実の採取をしていた。彼女らが取る石のように固い木の実は、大きな土器で丹念に煮られた後に、集落の皆の食事として提供される。
そのままではとても食べられたものではないが、数刻ほど煮れば食用になる。
少々前に行われた集落の移動の後に、奇特な者が見つけた新しい植物だった。
「――これが食べられるなんて、今でも信じられないわ。」
「かあちゃん、地面のは全部拾い終わったよ!」
「お疲れ様、ナグ。あと少しで終わるから、ちょっと待ってなさいね。」
下からの元気な返事を聞きながら、若い母親は樹上で作業を続ける。
我が子は採取に参加できる年齢になったとはいえ、大人の背3、4人分の高さを持つ木を登らせるのは酷であろう。幸いにも、熟して重くなった実はぽろぽろと地面に落ちている。
「うん、このくらいかしら。」
彼女は大きな籠を半分ほど埋め、器用に枝と幹を伝いながら地に降りた。
後は娘と共に集落に帰り、皆が採って帰った実と合わせて土器に入れるだけだ。
「かあちゃん、あれ、もっと採りたい。」
「ダメ。今のは実をつけるのが早いけど、それでも必要な分だけ取らないとすぐに無くなるの。それに、今日は多分余っちゃう。」
「もしかして、ごちそうの日?」
「そう、久しぶりに獲物が罠に掛かったらしいの。今日は満腹よ!」
「やったぁ!ナグ楽しみ!」
珍しくも、この日は大きな獲物が罠に掛かった。
定期的に行われる狩りとは別の、いわば臨時収入。
採取を繰り返す変わらぬ日常に彩を与える花だ。
親子は期待に胸を膨らませながら、月の光を頼りに帰路に就こうとした――
「かあちゃん、日の出だ!」
「あら、ゆっくりし過ぎたかしら、急がないと・・・皆に――?」
「・・・かあちゃん?」
「ねえナグ、太陽って、いつもは向こうから昇ってたの。そうよね?」
「うん。いつもは向こうなのに、変なおひさまだね!」
北から昇るソレは本当に太陽か?
彼らは太陽以外に莫大な光を発するものを知らぬ。故にソレは太陽だ。
彼らは経験則以外の天文の知識を有さぬ。故にソレは太陽に違いない。
彼らは「太陽」が禍々しき雲を纏い、悪魔の如き姿に成り果てようと、それは太陽であるとしか結論付けることが出来ぬ。
故に――光を失い消えつつあるソレは確かに太陽だ。
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【N作戦――第三段階】
<旧太平洋海域における熱核爆弾を用いた核技術実証実験>
計画主体:日本国防衛省、在日米軍
開始時間:西暦2024年 1月17日 日本標準時 午前4時25分
使用航空機:B-52、P-1
核出力計画値:0,9Mt
核出力推定値:1.3Mt
備考:減速パラシュートを用いること。
投下候補空域以南126km海域にアスター諸島が存在する。
ブラボー実験に鑑み、危険水域は十分に余裕をもって設定すること。
追記:資料の写真は以北30km空域にてP-1哨戒機が撮影したもの。
アスター諸島にて断続的測定を行った結果、一時的に放射線量の増加
(0.05→0.6μSv/h)が認められた。
島民の健康に直ちに影響は無いと判断された。




