The brave has not the brave heart
「召喚された者が元の世界に帰還した例は無かった。我々が最後の犠牲者となることを祈る。」
――五十嵐総理の手記
ー ゲンブ樹海深層:第一特務小銃小隊:隊長 ー
天が塞がれた濃緑の樹海に、煌の兵士の勝鬨が響き渡る。
鎧を纏った数万の軍勢が上げる喜びの声は、彼の鼓膜を震わせた。
恐らく「最上位種」とやらの排除に成功したのであろう、次第に周囲を覆う「瘴気」が晴れ、樹木に纏わりついた気味の悪い蔦が目に見えて枯れてゆく。魔物の残党は既に統制を失い、散り散りになったところを次々と討伐されてゆく。
ついに、樹海は汚染される前の美しい姿を取り戻したのだ。
「…終わったか」
彼は構えていた双眼鏡を下ろし、僅かに震えた声でそう呟いた。普通ならばその声には安堵が込められている筈であるが、彼が感じているのは戦慄であった。地球の生物と比べ物にならない程の凶暴性と醜悪さを持つモンスターに、ではない。最早そんなものはどうでもいい。
それらをいとも簡単に、常人を遥かに凌駕した身体能力で纏めて薙ぎ払う煌の兵士に、彼は戦慄を覚えていた。
実にフザけている。
仮にあれが近代的装備を纏った兵士ならば、超人的体力を持ち、数十㎏の背嚢を難なく背負い、ATMを担いで自動小銃を同時に装備し戦場を駆け――それが数万、数十万人。加えて魔法という不確定要素が追加される。成程成程、味方であるならばこれ程心強いものは無い。
ところで、日本がこの世界の人類と敵対しないという保証は何処にあるのか?
もし敵となるなら脅威以外の何物でもない。今の装備であれと戦うなど御免被る。
奴らとの戦闘に勝利するには最小の出血で最大の損害を与えなければならずその為には機甲部隊と連携し遠距離から圧倒的な砲火力を奴等に叩きこみ回転翼機による空中機動を行い或いは戦闘機による近接航空支援を要請し――
「――長、隊長!」
「ン、何だッ」
「勇者らしき人物を発見しました!」
部下の報告によって思考の底から引き戻された彼は、再び双眼鏡を構えた。
「何処にいるッ」
「2時の方向のあそこに――丁度小高くなっている所の、人だかりの中心です。明らかに容貌が周囲と違いますッ」
「ン、あそこか。よし、お前も一緒に――こっち見てるぞ」
「いや、こちらに走ってきます」
彼は出来ればひっそりと接触したいと考えていたが、それは叶わなかった。
しかし、勇者の行動は考えてみれば至極当然の事であった。
神を冒涜するかのような言動をする「神」から巫山戯た説明を受けた後に単身平原に放り出され、状況を理解できないまま無理矢理に醜悪なモンスターと戦わされ、出される食事は例外なく楽しさの欠片も無い只の栄養補給でしかなく――藁にも縋る気持ちであらゆる文献を精査した結果、二度と祖国の地を踏むことは無いと絶望したのだ。
いつものように量産型モンスター映画に出てきそうな敵をぶち転がし、「英雄」だの「勇者」だの聞き飽きた言葉を使って自分を誉めそやすお偉いさんに作り笑いを返す毎日――と思っていた矢先に、小さく視界に映り込んだ人影。
――迷彩戦闘服に自動小銃、ガスマスクに双眼鏡を携えた現代陸軍歩兵が複数人。
この世界に在り得る筈の無い高度科学文明の、地球の技術の結晶を身に纏った者。
確信は無い。もしかすると――遂に精神に異常をきたしたのかもしれない。
だが、懐かしき地球の面影が確かにそこにあった。
そして、召喚された「勇者」の彼は、幻覚を見ているかのように駆けだした。
「仮に魔物とやらが滅んで本当に平和になるのだろうか?」
「政府の判断を支持する。地球人類の情報の対外的隠蔽は為されるべきだ。」
「人間同士で戦争したことないってマジ?」
「どうやら制圧面積当たりの費用は核兵器が最も効率が良いらしい。」
「熱核兵器をやつらの中枢に叩きこめばええねん。三原則なんかクソくらえや。」
「人間に使わないんだったら別によくね?」
――掲示板への書き込み




