The alian army
絵を切り取ったかのような雲一つない蒼天。
汚染されていない、澄み渡った清々しい空気。
虹色の小鳥が囀り、奇妙な植物は名も無き恒星の発する光を全身に浴びている。藤原京の朱雀大路に勝るとも劣らない幅広い道には、四足歩行の動物に荷台を引かせている農民や行商人が行き交っていた。
ホウライ大陸の支配者である、煌帝国の栄華を表すような道。
夢や映画にでも出てくるような、ふんわりとした幻想的な光景。
しかしその日には、この世界にとっても民衆にとっても、異質なものが紛れ込んでいた。
聞きなれない音。その方向を向いた道行く者が目を見開き、注視する。
農作物を都市で売り捌いた農夫、交渉に失敗してとぼとぼ港町に帰る商人、籠を背負って家に向かう少年、全てが例外なく足を止め、異形を驚嘆と畏怖の念を以って観察していた。これらの正体が何なのかは、今は彼らには知る由もない。ただ彼らは、幻想的な風景と相反するものーー機械文明の象徴である鋼鉄の群れが東に向かって進んでゆくのを見ていることしか出来なかった。
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「桂ァ、今何キロ?」
「うん、多分100キロは進んだんじゃない。」
「なら、もうちょっとやな。」
「うん。ここの国の都市、楽しみだね。教科書に載ってそうな感じ。」
「ああ、この国、秦とか漢とか、昔の中国みたいだよな。」
「けっこう違いはあるけど、ね。」
中砲牽引車に乗り込んでいる2人の自衛官は、この先の中継地点である都市をネタに談笑していた。彼らは、初のーーそれも異世界での海外派遣に興奮を隠せていない。その右腕には、緑色の布地に黒い桜星と2本の谷線を持つ略章があった。
「にしても――」
助手席に座る片方の自衛官が窓を開け、前後の近い車列を見渡す。彼の目に映ったのは、自分が乗る車両と同種のものが、何十台も連なっている光景だった。それらは全て榴弾砲であるFH70を牽引しながらゆっくりと走行していた。
「大分偏ってんな、編成。」
「それ思った。」
戦略を知らない兵卒の身でも分かるほどの、偏った編成。
日本国より派遣された部隊は、特科1個連隊を基幹とした異例の戦闘団であった。
基本の構成単位である普通科や、戦場の花形である機甲科の存在感は影を潜め、これでもかと言わんばかりの遠距離攻撃と制圧火力に特化した部隊が東部の戦線に進撃していた。
(まあ、地球基準で考えるとなんだが)
この派遣は、煌への支援のみならず、新兵器の実験や編成の最適解を求めるという目的もあった。いや、むしろそちらの方が主な目的であると言ってもいい。1年前の戦闘に苦渋を舐めさせられた後、日本は異世界に適応するということが一つの目標になっていたのだ。
住民の様々な視線を集めながら道なりに進むこと更に30分、遂に煌派遣特科戦闘団は中継地点である都市に辿り着いた。周囲を高い城壁に取り囲まれた広大な都市は、かの隊員の言う通り、古代中国の雰囲気を醸し出しながら、それとはまた違った情緒的で幻想的な街並みを有していた。
「あー痛たたたた、よっこらせっ。」
「末期だね。その年で老化現象は末期だ。」
「うっせ。体力検定4級舐めーーん?」
「ん? ーーああ。」
都市には既に連絡が入っており、先遣隊によって町の一角に中規模な拠点が構築されていた。駐車区域に寸分違わずぴったりと牽引車を止めた2人は、車内に押し込められ固まった体をほぐしながら、数分後に始まるであろう点呼に向かおうとした。
その時、彼らは近くの物陰からこっそりと自分たちを見ている子供達に気が付く。
桂は、友好であることをを示すように、子供たちに向かって手を振った。
彼らは顔をパッと輝かせ、桂達のもとに駆け寄り、わちゃわちゃと質問攻めにする。
――とても、微笑ましい光景だった。
「あの、その・・・こんにちは。」
「ねえ、にーちゃん達何処から来たの?」
「あのおっきい乗り物何ー?」
「もしかして東に戦いに行くの?」
生憎、聖徳太子のような耳を持ち合わせていない桂らはあまり質問を聞き取る事が出来なかったが、何となく子供たちが知りたいことは把握していたし、答えるべきことも分かっていた。
だから、こう答えた。
「こんにちは、そして初めまして。僕たちは日本って国から来たんだ。煌のずうっと北にある国からね。此処に来た理由は、煌と僕たちの国が一緒に戦おうって約束をしたからだね。今から僕たちは東へ向かうんだ。できれば、応援してくれると嬉しい。」
当たり障りのない内容。余計なことは言わない。簡単な事だ。
質問の一部をわざとスルーして。
「そうなんだー!」
「・・・頑張ってね。」
「ねえねえ!あの長い筒って何なのー?」
聞かれた場合には徹底的な秘匿を行う。
例えそれが名も知らぬ子どもであっても。
「ははは、それはヒミツだ。」
「ケチー!」
次第に、点呼の時間が近づく。
同僚の隊員が焦りながら桂達を呼びに来た。
「桂一士、歩一士。そろそろ点呼です。急いで!」
「――おっと、了解。・・・じゃあ、僕たちは行くよ。じゃあね。」
彼らは子供たちの声を背に、OD色の天幕の方へ駆けていった。




