夜明けの刻 Ⅲ
決して屈するな。
決して、決して、決して!
- ウィンストン・チャーチル : 1874~1965 -
「射撃開始! 射撃開始ーッ!」
隊長の発した号令と同時に、ロメオ3はMINIMIの引き金を引いた。
撃針が雷管を叩き、雷管内部の起爆薬が燃焼する。
そして火花と高温のガスが伝火孔を通過し、装薬に引火して急激に燃焼した。
発生したガスは銅合金で被覆された鉛の弾頭を押し出し、ライフリングが施された465 mmの銃身を毎秒940mもの超高初速でつき進ませる。
ガス圧を利用した自動装填装置は黒ずんだ薬莢を吐き出し、弾帯から新たな5.56㎜弾を給弾し続け、毎秒十数発という余りにも早すぎる発射速度は連続した1つの音を発していた。
「GYA!?!?」
曳光弾の火線が密集していたゴブリンの集団に伸び、一瞬のうちに命を刈り取った。閃光手榴弾の光と爆音を間近で受けいきなり目と耳を潰されたゴブリンは混乱の極みにあり、状況すら理解できず自らの赤黒い血に沈みゆく。
「ーーGAGAAA!」
フルオートの制圧射撃ーー数十匹程度ならばこの奇襲で全ては終わっていただろうが、しかし不運なことに、この巨大な空洞にはそれを遥かに凌駕する数のゴブリンがたむろしていた。更に、巨大である故に広く分布しており、行動不能に陥ったゴブリンは入口の近くの範囲に限定されていたのだ。
数秒前の爆音が未だ洞窟に反響するなか、影響範囲外に背を向けて座っていた比較的賢いゴブリンはいち早く混乱から脱し、今すべきことを小さな回らない頭で考えた。
「GAGAGAGAG・・・」
『敵襲』
おそらく、そう叫んだのであろう。
脅威度の高い最優先目標に認定され、隊員に直ぐに小銃で撃ち倒されたが、時は既に遅かった。全ての敵性存在の視線が空洞の入口へと集中する。
こうなることは隊員たちは分かっていたが、それでも本能から来る恐怖は心に動揺を生み、滑らかな動きを妨げる。
「ロメオ4、再装填ッ!」
「装填了解ーーカバーだ!」
「ネガティブ! ロメオ3残弾少、残弾少!」
隊員の持つ弾が切れ始める。
89式小銃の30連マガジンは素早く交換できるものの、MINIMIはそうもいかない。
頃合いを見計らったロメオリーダーは、遂に後退の判断を下した。
「撃ち方止め! 後退する! スモーク! ピン抜け!」
そして遂にMINIMIの射撃が止まる。
銃口に付けられたサプレッサーは200発の連射ーー想定外の使用方法ーーによって赤熱化し、これ以上の連続しての発砲は装備の破損をもたらすだろう。それは即ち抑止火力が消滅することと同義であり、隊員たちには後退の道しか残されていなかった。
「今ッ! ーー後退! 後退だ!」
発煙手榴弾の安全ピンが抜かれ、周囲に投擲されると同時に、隊員たちは全速力で後退を始めた。数秒後、白煙が洞窟内に立ち込め始める。
効果があるのかは疑問だが、時間稼ぎにはなるだろう。
それで十分だった。
奇襲から立ち直り、怒り狂って追ってくるゴブリンの群れから少しでも距離を置かなければ、「迎撃」に巻き込まれるのだから。
「GUAAAAAAAAAAAA!!!」
「走れ走れ走れエエエッ!!」
遠く背後から死の気配が迫りくる。
重い装備を身に着けながら、それから逃れようと必死に地を蹴る。
幾ら銃を持っていようと、近距離で数の暴力に晒されれば勝ち目はない。
ーーなら、こちらも銃口の数で対抗するだけだった。
遠くに光明が差し込んでいるのが見える。
それは洞窟の出口であり、ロメオ隊の希望でもあり、ゴブリンにとっては不可視の致死罠であった。
彼らの走る速度が更に速くなる。
作戦成功まであと30m。
≪シエラ、シエラ! こちらロメオリーダー! あと少しで脱出する! 撃つな!≫
≪シエラ了解≫
作戦成功まであと10m。
≪シエラリーダーより各員へ告ぐ、ロメオが出てくる、発砲待て≫
ーーゼロ。
眩い光が視界に広がる。
ロメオ隊は一人も欠けることなく外に脱出したのだ。
ーー怒り狂った百数十ものゴブリンの集団を引き連れて。
そのまま速度を緩めることなく、キルゾーンを駆け抜け終わる。
そして隊員の誰もが疲労で地に倒れこみ、無防備な背中を晒すと同時に、ゴブリンの群れの先頭が洞窟から姿を現す。
本来なら危機的な状況であるが、しかし今はそうではない。
既に、夜明けの刻は訪れている。
≪起爆しろ! 各員発砲を許可する!≫
「発破ァ!」
入口に設置されたクレイモア指向性対人地雷が遠隔操作によって起爆される。
内臓されていた数百個の鋼鉄製ベアリングボールが銃弾と同等の速さで飛来し、肉をズタズタに引き裂かれ、先頭集団は一瞬で壊滅した。
「撃て! 撃ちまくれ!」
鋼鉄の弾芯に鉛の弾頭、銅合金の被覆をもつ89式5.56mm普通弾は粗悪な革の鎧や木製の盾をいとも簡単に貫通し、運動エネルギーが損なわれていないひしゃげた弾頭は、むしろゴブリンの受ける苦痛を増しただけだった。
ある個体は幾つもの穴を体に開け、ある個体は頭の半分が吹き飛んだ。
一方的な死は連鎖し、聞くに堪えない悲鳴はその後も続いたが、何時しかピタリと止み、森には静寂が取り戻された。
ーーまるで、物語の一部が終わったかのように。
≪迎撃完了! 衛生部隊とシエラ隊は突入! 死亡確認は怠るな!≫
≪シエラ了解≫
≪通信は司令部に伝達、作戦はフェイズ4に移行ーー≫
≪HQ、HQ、こちら急襲部隊、作戦はフェイズ4にーー≫
END




