夜明けの刻 Ⅱ
【作戦経過】
1.敵拠点の位置割り出し【完了】
2.敵拠点の無人・有人偵察、監視【完了】
備考:狙撃班5名、第四偵察分隊10名にて監視を続行中。
衛生部隊は監視部隊の後方にて待機。
”シエラ”、”タンゴ”は増援に備え、敵拠点の近場で待機中。
3.急襲部隊による人質奪還【実行中】
備考:急襲を行う第一特務小隊は3分隊(各10名)に分割される。
これは”G"との戦闘経験があり、かつ最も練度の高い人員で構成される。
”ロメオ”は敵拠点に接近し、突入班とカバー班に各5名で分かれる。
”シエラ”、”タンゴ”は増援要請・迎撃に備え待機を行う。
4.敵の掃討【未完了】
ARDB待機部隊によって残敵の掃討を実施する。
全 兵 装 使 用 自 由
■ 装備及び編成
ロメオ:分隊長・副分隊長各1名、SAW手2名、小銃手6名
副武装として拳銃を携行し、暗視装置と消音器を使用する。
閃光手榴弾、発煙手榴弾、9㎜拳銃、89式小銃、M249 MINIMI、アーミーナイフ(私物装備)
シエラ・タンゴ、第四偵察分隊:分隊長・副分隊長各1名、SAW手1名、小銃手6名
破片手榴弾、89式小銃、M249 MINIMI、89式多用途銃剣
狙撃班:班長1名、狙撃手4名
対人狙撃銃( M24A2 SWS )
ー 0630:エリアDE-α洞窟内部:第一分隊 ー
ーー内部でゴブリンと遭遇してから数分、より慎重になったロメオ隊はじりじりと前進を続けていた。奇襲作戦が失敗しかけた恐怖感と、責任の重大さを再認識したことによる緊張感が彼らを無意識の内にそうさせたのだ。しかし幾ら大きな音を立てないよう気を付けても、先のようなケースは存在しうる。そして何よりも、時間が経過すればする程再びゴブリンと遭遇する確率は高まり、人質の生存率は下がるという事実は厳然として立ちはだかっていた。よって、隊列の先頭を進むロメオリーダーは前進速度を引き上げる事を決意し、その足を速めた。
『前進、GO、GO、GO』
『ーー了解』
彼が隊員らにサインを送ると彼らも速度が落ちていたのに気が付いたのか、ハッとした様子で1拍の間を置いて返答を行い、縦隊を保ちながら先程よりも速く前進を続ける。
やがて分隊は洞窟が左側に曲がっている地点に到達し、手前で再び動きを止めた。
『止まれ、想定ケースBだ、偵察する。ロメオ5は前に』
ゴブリンのしゃがれた鳴き声と攫われた者の悲鳴が鮮明に聞こえてくるのだ。
これまでも微かに聞こえていたそれは、この先が発生源であるように思われる。
ゴブリンは夜目が利くと言う。もし不用意に身を乗り出せばたちまち発見され、奇襲という最も有効な作戦遂行手段とアドバンテージを失うだろう。
それを防ぐ為、ロメオ5が背負っていた細長い円筒状の機材を展開し、半ばで直角に折り曲げ、その先端をゆっくりと曲がり角の先へと指向した。
内部に組み込まれた暗視装置が作動し、角の先の様子を正確に隊員に伝える。
緑がかったその画面には開けた巨大な空洞が映されており、幸いにも第一分隊からほど近い場所に人質が存在してーー
(ーーああ、クソ! なんてこった!)
しかしその希望は打ち砕かれた。
人質は拘束されている、それは当然だ。しかしその拘束手段が問題だった。
植物を編んで作った縄程度なら、持ち込んだナイフで切断可能だろう。
しかし不運なことに、明らかに人の手が加えられたであろう空洞の一角で、彼女らは壁面に設置された青銅の鎖と手錠で繋がれていたのだ。
そして嘲笑うように数十匹のゴブリンが群がり、乱暴に凌辱を繰り返していた。
あの様子ではとても走ることなどできないだろう。
ーー拘束具切断不可、救出困難、障害の排除不可、誤射の危険性。
そして更に最悪だったのは、敵の数はそれら数十匹だけではなかった事だ。
やや離れた場所に何倍ものゴブリンがたむろし、村から強奪したであろう食料を貪り食っているその光景は隊員に強い嫌悪感を抱かせ、それを上回る恐怖感を与えた。
ーー数的戦力における劣勢。
結論ーー現有戦力では対処不可能。
SAW手のロメオ3は、M249 MINIMIのグリップを持つ自分の手がこわばっているのに気が付いた。ミニミの性能を熟知している彼は、装弾数200発、毎分725発の発射速度を誇る軽機関銃をもってしてもこの距離で数百体を捌き切るのは不可能であると考えていたのだ。
どちらにせよーーこの状態では救出はできない。
ロメオ3がその考えに至ると同時に、ロメオリーダーも同じ事を感じたのだろう。彼は胸部に装着された小型の電信機のボタンをカチカチと押し、予め決められた符丁によって作戦の変更を告げた。
『通達、救出不可、プランA、ヨリ、プランD、変更、送レ』
『・・・了、迎撃、準備、開始、終ワリ』
通信が終了し、彼は部下に伝達する。
その顔は、幾らか済まなさそうにしているように見えた。
『 A から D に変更、フラッシュバン用意、合図で投擲、突入 』
『 A から D に変更了解 』
先頭の2人が重量350gの閃光発音筒を手に取る。
班の全員が手に持つ銃の薬室に初弾を送り込む。
そしてロメオ隊は暗闇と冷気の中、絶え間ない拒絶の悲鳴を耐えながら、シエラ隊とタンゴ隊の完了報告を待った。
ーー永遠のように長く感じた数分間が経過した後、遂にロメオリーダーは迎撃準備完了を知らせる通信を受け取る。
『こちら待機部隊、迎撃準備完了、送レ』
『了解、これより陽動を仕掛ける・・・終ワリ』
ロメオ隊を死地に誘い込む無慈悲な合図は、彼等を指揮する隊長によって発された。
『投擲カウント5ーーーーー投擲!』
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ー ゴブリンの巣 ー
それは、この世で最も邪悪で、忌み嫌われるべき生物。
しかしそれらは最も数が多く、最も愚鈍な生物でもある。
その生物は人が記録を取り始めた古き時代から邪悪な魔物の代表格とされ、古今東西、ありとあらゆる書物の中に記録されている。
その生物の名は”ゴブリン”と言う。
誰が命名したのかは、最早定かではない。
・・・それら吐き気を催す邪悪が住まう場所はどのような所か?
エルフ、ホビット、ヒューマン、ドワーフ、竜人、獣人ーー
どのような種族であろうと皆、口を揃えてこう言う。
「老人と男は切り刻まれ、女は慰み者にされる、地獄のような場所」・・・と。
そして当然、その言葉は事実であった。
比喩などではない、本当の地獄だった。
「ーーあぎぃっ!?」
「い”た”っッ、痛い! 止め”て! 止めーーアぐ”!?」
「ひっ・・・あぅ・・・」
野蛮な暴力性と、留まるところを知らぬ獣欲を持つゴブリンは、近くに存在していたホビットの集落を襲い、次第に数を増やしていった。
世界に溢れ、奪い、犯し、破壊の限りを尽くすゴブリンはまさに邪悪であった。そして悲しいことに、このような惨劇も世界に溢れてしまっていた。
以前は軍が定期的に巡回をして魔物を討伐していたが、劣勢が長引き、後方に位置する国も出兵が重なり兵力に余裕が無くなっているのだ。
何時しか巡回の回数は減らされ、無主の土地には兵士が来なくなった。
そしてその地は魔物の楽園になった。
「・・・・・・ぁ」
何日も前に捕えられた別の集落の少女は既に反抗する気力すらなくなり、襲い来る暴力にもなすがままになっていた。彼女を犯し、その反応を愉しんでいたゴブリンは直ぐに飽き、腹を蹴り飛ばして次の不運な犠牲者へと興味を移した。
拒絶の悲鳴が上がる。
このような場合、ほぼ助けは来ない。
人の支配が及ばない場所ならば尚更だ。
「嫌っ、嫌アぁあああ”あ”!?」
「アハ、アーー」
逃げる事の出来ない生き地獄。
目を瞑っても覚めない悪夢。
気を失いそうな空腹と痛み。
ーー彼女の心が完全に壊れようとした時、それは起こった。
突如として発生した光の奔流が閉じかけていた視界を埋め、
鼓膜が破れる程の轟音が洞窟に反響し、あらゆる生物の鼓膜を揺さぶった。
「突入! 総員突入! ゴゥ! ゴゥ! 各個射撃開始!」
空気が震える中、確かに彼女は、その声を聞いた。
夜明けの刻は訪れる。
【作戦進行中ーー】




