死の池へと続く道 Ⅱ
ー所属未定の土地:現地名「死の池」:とある3等陸曹ー
身を包んでいるボディアーマー3型がいつになく軽く感じる。
上空を飛行する何機もの汎用ヘリ、UH-1Jの発する音もほぼ気にならない。
相変わらず地面はぬかるんでいて歩きにくいことこの上ないが、体力の消耗を帳消しにする興奮と高揚感が隊全体を包み込んでいた。手にした私物の軍用双眼鏡で進行方向をちらりと見ると、クウェート/ブルガン油田の如く地表を粘性の黒い液体が覆い、巨大な池を形成しているのが見て取れた。それが幾つも連なり、終わりが見えないほどに続いている禍々しく壮大な光景は、イラク軍に放火された油田の写真を教科書でしか見たことがない隊員達を圧倒するには十分だった。
「・・・すげえ。」
「・・・ああ、--すげえな。」
語彙力に欠けた言葉が口をついて出てしまう。
それは仲間も同じだったが、まあ、誰だってそうなる。
俺達が上陸したところから少しーーといっても数キロはあるがーー進んだ所にその油田は見つかった。現地の人は「死の池」などと呼んで近付きもしないらしいが、日本にとっては「生命の泉」と呼んでも差支えが無い程の宝の山だった。
特に油田開発に長年携わって来た技術者や、民間車両と比べるなどおこがましい位燃費が劣悪な装甲車両を運用している陸自隊員からすると、その価値は何物にも代え難かった。
(もし、この世界に石油が無かったらーー数年後には江戸時代だな。)
そう縁起でも無い事を思索しながら進んでいると、遂に目と鼻の先まで「生命の泉」ー俺が心の中で命名したーに俺達は接近した。そして予定通り、各隊員は行動を始める。
「分析班、行動始め!」
隊長が個人用防護装備を装着した化学科の分隊に開始を伝える。
それと時を同じくして、俺達大多数の隊員は小銃から弾を抜き、銃剣を装備した状態で、無防備になった彼らを政府指定特殊災害生物、現地名称「魔物」から守る為に周囲に展開した。
幸いにもこの土地は装軌式の装甲車が通行できる程には木々の間は開けており、遠隔攻撃手段を魔物が有していてもAAV7や軽装甲機動車など、遮蔽物には困らない。そしていざとなれば装甲車の重量でひき潰せる。だがこんなものは最早現代の軍事組織ではない。
そう、火器の使用禁止。
ーー俺達はこの作戦に於いて火器などの発火装備は使えない。それは何故か?
・・・この作戦には一つ、重大な懸念点があった。
「気化した原油成分に引火する可能性」
35度前後から、一般的に「ガソリン」とされる物質は気化を始める。
例え比較的涼しい今であっても、多少なりとも気化しているのは確かだ。
事実、油田により近い所に展開した俺はそんなに嗅覚が鋭くないにも関わらず、セルフのガソリンスタンドで軽自動車にガソリンを入れるときに嗅ぐ”あの匂い”がした。
こんな状況で発砲すればどうなるか、ましてや流れ弾が油田に着弾すればどうなるのかは見識に浅い俺でも分かってしまう。
運が悪ければ気化爆発が起こり部隊は壊滅。
辺り一面火の海で石油はパアだ。
想像したくもない。・・・身の毛がよだつ。
よって俺達に発砲は許されていない。
そして装甲車両や装備品などにもエンジンフィルターやコーティングなど急遽対策がなされ、少なくとも引火が起こるという事態は限りなく0に近くなった。
そして大規模襲撃が発生した場合、隊員が負傷する確率は限りなく100に近付いた。
案内人コトンによると、奴らは少しばかりの知能があり、「昼は一人かつ相手が弱そうな時にしか襲い掛かって来ない」らしいので、威嚇の為にヘリを飛ばしているのだが、正直どう転ぶのか分からない。
海自の時みたいに知能が無い、案内人の知らない奴が襲い掛かって来るのか、それともカラスみたいにずる賢い奴等で近付いて来ないのか。
ただ一つ分かるのはーー
俺はこれから任務に全集中しなければならないという事だ。
陸自の最精鋭たる水陸機動団の名にかけて、任務を成功させなければならない。
俺は首に掛けた双眼鏡を手にし、設定を低倍率へと調整した。
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作戦名:石油成分調査及び後続隊の安全を確保する為の作戦行動
作戦地域:カルラ王国最南端の国境より約20㎞南の無主の土地
備考:移動を繰り返しながら森で生活する先住民族が存在している
参加部隊:水陸機動団、及びおおすみ型輸送艦、その他小型艦艇
結果:成功
負傷者:24名
戦死者:0名
消費弾薬:無し
軽質油を発見。
政府は更に防衛の為、増援戦闘・施設部隊を派遣する予定。
周囲に防衛線を敷き、蟻一匹通さない体制を確立し、安全を確保する。
この場合、石油気化地帯を避ける為かなり防衛線は広大になる。
また、港及び採掘施設等、インフラの早期建設が望まれる。
補給体制を万全にし、有する国力を総動員すべし。




