非情な現実 Ⅰ
ー日本海:”元”朝鮮半島上空10000フィートー
さんさんと輝く太陽の光に灰色のレーダー波吸収塗料を塗りたくられた体を照らされながら、ずんぐりむっくりとした機体がその外観に合わない速度で空を飛んでいた。
その灰色の機体が通り過ぎた後には白い軌跡が描かれ、地球では滅多に見られないような雲一つない異世界の青空を少しだけ、こっそりと塗り替えた。
”F-35B”
アメリカ合衆国の航空機メーカー、ロッキード・マーティン社が中心となって開発された第五世代の統合打撃戦闘機は、本来であればその高性能さと万能さを存分に生かし、西側諸国の切り札としてその役目を果たすーー筈だったのだ。
もしこの無機質な鳥に感情があったなら、今頃彼等は驚愕のあまりに背中に乗っているご主人様をベイルアウトさせ、数時間もの間寒中水泳をさせることになっただろう。
だが現実にそんなことはある筈がなく、日本が異世界に召喚されようと、コックピットにすっぽりと収まったパイロット達がもう飲めなくなった好きなコーヒーの話題で盛り上がろうと、彼らはただ機械的に超音速巡航を行い、ヘッドマウントディスプレイシステムのバイザーに必要な情報を投影するのみだった。
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≪あーーこちらスカルリーダー、スカル2応答せよ≫
≪こちらスカル2、どうしました、隊長?≫
≪暇だ。≫
≪はい?≫
≪実に暇だ! 一体何だってんだこの任務は!≫
≪しかし隊長、そうは言ってもーー≫
≪こちらスカル3、それは無いだろう隊長。ここはジャパニーズアニメの世界かもしれないんだぞ?≫
≪ならとっととドラゴンでもヨウカイでも出てくればいいんだ!≫
≪・・・確かに見かけないな。俺たちにビビッて出てこないのか? なら最高だ。≫
≪隊長、そういうのを日本じゃフラグって言うんですよ。≫
≪・・・・・・≫
≪オーケーオーケー、この話は終わりだ。うん。≫
静かな異世界の空で騒々しく会話する3人の容姿は、明らかに日本人ではない。
しかし、もしこの航空無線を日本人ーーそれも英語が苦手な者ーーが傍受出来たら、その会話の内容を理解できる筈だ。
・・・いや、理解できるというのには少し語弊がある。
まず、その日本人は、この無線会話が航空自衛隊のものだと考える。
次に、会話の内容が非常にフレンドリーな事に違和感を覚える。
そして、「ジャパニーズアニメ」という単語で彼の脳は混乱に陥る。
・・・何故英語が苦手な者でも理解できるのかーー
それは英語が「日本語に聞こえる」からだ。
当人達はその自覚はなく、任務に集中しながらもアメリカ英語を使って談笑している。
傍から見れば楽しそうだが、彼らの笑いはとても酷く錆び付き、今にも剥がれ落ちそうな危ういものだった。
≪ああ、喉が渇いた。コーヒーが飲みたい。≫
≪あのクソ不味い基地のヤツか? 俺は御免だね。≫
≪あの苦さがいいんだろう、俺はいつもミルクを半分と砂糖を3杯入れて飲んでるぞ。≫
≪隊長、それはコーヒーを飲んでるとは言わない。 実質スイートミルクだろう。≫
≪まあもう飲めなくなっちまったモンを言っても仕方ない・・・か。≫
≪よしてくれ、飲みたくなっちゃったじゃないか。≫
≪こうなったら日本でコーヒー豆を栽培するようにーー≫
≪無理だろうな。今の日本に嗜好品を栽培するほどの余裕は無い・・・ああ、あと気候的にも無理だ。≫
≪Sh〇t! なんてこった!≫
≪何か代用品は・・・あ、そうだ、お勧めのヤツがあります。≫
≪スカル2、言ってみろ。≫
≪キョウトのジャパニーズグリーンティーです。砂糖を入れたらすごく美味くてーー≫
≪よし、次の休暇に行ってみよう。お前らも行くか?≫
≪美味いんだったら俺も行くぞ。・・・休暇があればの話だがな。≫
≪アハハ・・・≫
≪しかしだ。この任務にーー意味はあるのか?≫
≪来る日も来る日も偵察、偵察だ・・・一体上は何を考えている?≫
≪司令部にでも問い合わせてみますか?≫
≪止めとけ止めとけ、どうせロクな答えは返ってこないだろうさ。上も混乱してるんだ。≫
≪だろうな。--で、今日も俺達は燃料を無駄に消費してアメリカに帰るのか?≫
≪そいつは不味いな・・・ゴジラでも泳いでるといいが・・・。≫
≪エイリアンなら尚いい。≫
≪ーーん? 隊長、あの海域・・・黒くなってません?≫
≪ああ黒いな。地底から原油でも流出したか?≫
≪ならいいんだがな。そうだったなら皆ハッピーになれる。≫
≪これもフラグってヤツか?・・・原油に缶ジュース≫
≪同じく原油にジュース一本≫
≪うーん・・・デカい海溝にスナック一袋≫
そうパイロット達は秘密の約束をし、黒く見える海域に音を置き去りにしながら向かった。
もし、この黒いモノの正体が原油だったならーー
パイロット達は狂喜乱舞し、日本という八咫烏は不死鳥の如く立ち直っただろう。
もし、この黒いモノの正体が巨大海溝だったならーー
パイロット達は落胆し、光の見えない偵察を明日も続けるだろう。
だが現実は非情である。
この黒いモノは希望でなく、なんの変哲もない只の地形でもない。
そこには絶望があった。
どうしようもなく黒い絶望の集団がそこには浮かんでいた。
≪なあ、お前ら・・・この世界はクソッタレだ。 違うか?≫
ー続くー




