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家族・1

「父上、王妃様に御子ができたと伺いました」

「男の子なら、父上の跡を継ぐ御子ですね」

「僕たち……お役にたてるでしょうか?」


 王宮に住んでいる三人の庶出の王子のうちハンスとヨハンは十八歳、クルトは十七歳だ。守り役のペーターは三人を公平に扱い、まずまずの結果を出したとロベルトは感じている。三人の誰かを貴族たちが王太子にしようと画策するのを厳しく禁じ、彼らの監視を常に怠らなかったおかげで相変わらず三人の仲は良い。アンヌ・テレーゼとこの三人の息子たちの現在の関係がよそよそしいのが残念ではあるが、互いに良識と礼節を持って接し、愚劣な継子いじめなどは無縁であったのだから、まずまずと言わなければならないのかもしれない。


「三人ともそれぞれよく学び、鍛錬にはげみ、立派に育ってくれた。非常に頼もしく思うよ。そうだなあ。アンヌ・テレーゼが王子を産めば王太子となるが、王女の場合が微妙だな」

「他国の王子をお迎えして女王となられるのでしょうか?」


 確かに、この国の王位の継承では王との血縁の近さが重視されても来たが、「王家の嫡出子」である事が性別に優先して重視されて来た。ハンスが言うように女王という手も無いわけではないが、かつての女王の場合、嫡出の健康な男の王族が存在しなかったのでやむなくという事情で即位した。だが今は、先王の同母弟である叔父の嫡出の息子である十五歳のピオと十四歳のレオは至って健康だ。


「ですが、他にも王位を継ぐ資格のある方がお二人おられますから、こうした場合、どうなりますか?」

「国が平和な時なら叔父上のお子達の中で年の順か本人の希望も取り入れるか、微妙な所だな」


 ピオもレオも平和な時代の王としてなら十分やってはいけそうな資質だ。三人の息子の方が資質的には優れているが、嫡出子が王位を継承するという建国以来の法を覆す気はロベルトには無い。このハンスは庶子であるため、いかに優れていても王にはなれない。庶子とはいえ長子であるハンスの立場で王位継承に関する発言をすること自体、微妙で厄介だが、目配りの細やかなこの子は弟と自分しかいない場所でしか、そのような話をしないのも確かなので、好きなように話をさせている。


「年の順からいうとピオ殿でしょうが、学問の道を進みたいとお考えのようですね。レオ殿は王妃様の御子が無事にお生まれになって、晴れて窮屈な立場から解放される日を待っておいでだそうですし……僕らは最初から臣下である事が明確ですから気が楽ですが、ピオ殿とレオ殿はいわば微妙な宙ぶらりんなお立場ですから、大変ですね」


 そんな事を言うハンスを「次代の王に」と望む廷臣も実は多い。だが、ロベルトはハンスには常に王としてではなく、王を支える者としていかにあるべきかという視点で、教育を施してきた。ハンス本人におかしな野望を持たせるような事が無いように目配りしたつもりではあるが、情勢次第で周囲の思惑も本人の感情も揺れ動くだろう。少なくともロベルトが言い聞かせているほどには、未来は鮮明ではない。

 賢いハンスは王位に対して野望を持てば国を大いに乱すとわかっているだろう……そんな風にロベルトは考えたいが、甘いのだろうか? 少なくともアンヌ・テレーゼが王子を産めば、ハンスもおかしな考えに振り回されずに済むはずだ。だから……王家と国の安定と平和のためにも王子が生まれてほしいところだが、こればかりはなるようにしかならないだろう。だからロベルトは、そのような事はアンヌ・テレーゼの前ではおくびにも出さないようにしているのだ。生まれる子は男女いずれであっても健やかであればそれで十分なのだと……そう言っている。父親として夫としての素直な気持ちでもあるのだから、嘘でもない。ただそれが王としての立場とかみ合わない事があるだけで……それ以上でも以下でもない。すべては成り行きを待つしか無い。


「ですけれど王妃様の御子が男の子なら、将来の王となる方であるのは確定ですから、僕らも心せねば」


 ハンスより半年ほど後に生まれたヨハンは勉強熱心で誠実で裏表が無い。無さすぎて、政治家にはいささか向いていない。本人が言うように学者か研究者向きだろう。

 ヨハンが言うにはピオかレオが即位すれば、自分たちは傍流扱いとなり、王の実子であるから食いはぐれずに済むだろうから、人の迷惑にならない範囲で気楽に生きていけばいいのだと思うが、アンヌ・テレーゼが世継ぎとなる王子を産めば、庶兄である自分たちは嫡出の弟を十分に支えて行かねばならないので、責任が重いというのだ。


「どうせなら可愛い妹が美しい女王陛下になった方が、うれしいなあ……あ、でもまあ、弟でも可愛いでしょうが」


 三人の中では一番年下の所為か、クルトの言うことが一番能天気だ。そして一番遠慮がないのもクルトだ。


「王妃様が御懐妊なさってから、父上はずっと御機嫌が好いので、僕らとしてはありがたいです。この分なら、二人三人と立て続けに弟やら妹やら、産んでいただけないかなあ……ね。大丈夫ですよね? 父上。父上も十二分にお若いと思うし」

 するとハンスとヨハンが、表情を硬くして袖を引く。

「クルト、ぶしつけにもほどがあるぞ」

「そうだよ、ハンスの言うとおりだ。クルトももう少し考えてから物を言えよ」

 この若い息子らにそのように気遣いをさせるほど、自分の表情はこのところ崩れがちであったらしい。


「ハンス、ヨハン、ここにはこの四人以外いないのだから、まあ、よい。クルトに悪気はないのだから。確かにぶしつけといえば、ぶしつけだがな」

 するとクルトは小声で「申し訳ありません」と言い、兄たちは「それみろ」「言っていいことと悪いことがある」などと言っている。


「だが、公の立場をたまには忘れて、遠慮なく接してくれたほうが、私はうれしいよ。それはそうと、お前たち、女性との付き合いはどうなっているのだ?」


 すると何か身に覚えがあるようで、三人とも顔を赤らめる。

 思い返せばロベルト自身が初めて女性と交わったのは十代の半ばで、どうやら父である先王の意を受けたらしい美しい女官に手ほどきを受けたという感じであったのだが、この息子たちの場合はどうなのだろうか? ロベルトは彼らの好きにさせるつもりではいるのだが……


「まあ良い。そのうちにふさわしい良い出会いも有るだろう」


 息子たちは王太子と違ってもっと気軽に身分を意識せず相手の女性を選ぶ事ができるのだし、今の時勢は昔ほど家柄にこだわらない。別に駆け落ちなどしなくても、ロベルトは息子たちが意中の相手と結婚する事を素直に認めてやりたいと考えている。


「本気で好きな相手なら駆け落ちなど考えず、私に相談してくれ。これでもお前たちの父親なのだからな」

「平民を妻に迎えても構いませんよね」

 ハンスは真剣だ。意中の相手がいるのだろう。

「構わんよ。ハンスには将来妻に迎えたい相手がいるのだな?」

「はい。母方の従妹です」

 ハンスの生母は再婚してそれなりに幸せなようだ。たくさんいる弟や妹たちも皆所帯を持ったように聞いているので、母方の従妹がいても当然なのだ。

「そうか。お前の母上ともよく相談して、うまくやれよ……その、別の男にとられて後悔するなどということの無いようにな」

「はい。頑張ります」


 別れ際にハンスの肩を軽くたたいて激励すると、ハンスは赤くなり、いつもよりやけに堅苦しい挨拶をして、部屋を退出した。弟二人も兄に続く。


「さて、我が愛しの妃の機嫌はどうかな?」

 軽いものだがつわりが始まり、食が細りがちのアンヌ・テレーゼだが、ロベルトが付き添って共に庭を散策すると、気分良く昼食をとる事ができるようだ。

 ふと目の前の鏡を見ると、確かにだらけきった顔をしたロベルト自身が映っている。


「確かに、機嫌は良いが……」


 いささか口元が緩みすぎているとロベルトは思い、意識して表情を引き締めてみるのだった。

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