花まつりの国
◇コミカライズ1巻の記念SSです!あとがきにお知らせあります◇
※本編の41話と42話の間の話になります。リンデール王国を出国し、アマリア公国で滞在後の一幕です。プロポーズ(逆さ鱗を渡す)の少し前の話です。
ステラとリーンハルトはアマリア公国を出て、最初に花と緑の国を訪れていた。ちょうどふたりが入国したとき、街ではお祭りが行われていた。
メインストリートには道を縁取るように花が咲く鉢植えが並べられ、お店の入り口には花びらが詰め込まれたハンギングバスケットが飾られていた。風が吹くたびにバスケットが揺れ、花びらが舞っていた。
「きれい……」
事前に聞いていたものの、実物は想像を超えて華やかだった。
呆けて景色に見惚れているステラの様子に、リーンハルトは顔を緩ませた。
「ちょうど良い季節に連れてこれて良かった。気に入ってくれたようだな」
「うん」
「実はこの祭りにはイベントがあるんだ。街のどこかにリボンのついたリースが隠されているんだ。リボンの色によって上がる運気の種類が変わり、広場にある女神像に供えると良いらしい」
「楽しそう! やってみたい!」
ステラにとって祭りに足を運ぶことはこれが人生初めてだった。完全に浮かれている彼女に参加しない理由はなかった。
地元の人が言うには、お祭りも後半に入っているため残りのリースはいくつもないんだとか。
「じゃあ早く探さなきゃなくなっちゃう。ハル行こう!」
「こらこら、焦って迷子になるなよ」
ステラはリーンハルトの手を引っ張るように、街の中心へと繰り出した。
そして一時間も経たず、あっさりとリースは見つかった。街灯の明かりがつけられる部分の傘に引っ掛けられたそれは、飛び跳ねても届かないほどはるか高く、一般人が取るには難易度も高い。
目立つにもかかわらず残っていることから、みな諦めて放置しているのだろう。
「俺がとってあげるよ。《旋風》」
リーンハルトが小さな旋風でリースを浮かせ、引っかかっているところを外した。リースはポトリとステラの手に落ちてきた。
リースは円を描きながら、細い蔓のような木とリボンが絡まり合うように編まれていた。結び目もつなぎ目もないのにしっかりとした造りで、職人の技量の高さがうかがえる。
「ハルありがとう! 青色のリボンだね。なんの運気の色なのかな」
「青は確か――」
「健康だよ!」
リーンハルトがポケットに入れていたパンフレットを確認する前に、背後から答えを言われてしまった。
声のする方を見ると、長い竿を持った男の子が立っていた。
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
ステラがニッコリと微笑んでお礼を言うが、男の子はどうしてか泣き出しそうな表情をしていた。そして視線はステラの手にあるリースに注がれていた。
聞かずとも男の子の気持ちが伝わるほど、瞳には渇望の色が濃く映しだされていた。
「欲しいの? あげようか?」
「あ、いや……その……!」
男の子はハッとしたように慌てだす。無意識に見つめていたようだ。
ステラはリーンハルトをチラリと見上げた。
「ステラが良いなら俺はかまわない」
「でも僕が見つけたわけじゃないから、祈っても女神様が聞いてくれるかどうか……」
「少年、こうやって譲ってくれる人に遭遇できたのも運だ。奪ったわけじゃないから、女神も耳を傾けてくれるだろう」
リーンハルトがそう言うと男の子はパァッと表情を明るくした。
素直な反応が可愛くて、ステラはクスリと微笑みながら渡した。
「どうぞ。あなたのお願いが叶いますように」
「ありがとう! お姉ちゃんにお兄ちゃん。もうすぐ弟か妹が生まれるんだけど、お母さんが体弱くって心配だったんだ。じゃあね!」
男の子は大切そうにリースを腕に抱き、満面の笑みを浮かべて広場のある方へと走っていった。
「良いお兄ちゃんになりそうだね」
「そうだな。レイさんも妹思いだし……あんな兄なら下の子も頼りがいがあるだろうな」
リーンハルトは穏やかな表情でステラの義兄レイモンドを評価したが、声色には少しだけ寂しさが混ざっていた。
彼が弟アレクサンダー王よりも後に生まれたことは、運命のいたずらで、どうにかできるものではなかった。
けれども兄としても生まれた以上、『頼られる兄』という憧れは残っていたらしい。
「私はハルの妹じゃないけれど、一番に頼りにしてるよ。ユルルクでも、ダンジョンでも、旅だってハルがいなかったら私は何もできないだろうから」
「あぁ、頼ってくれ。ステラにならいくらでも」
リーンハルトの表情が綻んだ。
彼にはこれ以上ないほどに頼って、甘えている。それを全て受け止めてくれていることに、ステラは幸せを感じて仕方ない。少しでも良いから、幸せを返していきたいと思ってしまう。
「ふふ。あ! もちろん、私にできることなら頼ってね! あなたの女神ステラが叶えてみせましょう」
ステラが照れを隠すように冗談めいて大口を叩く。
「じゃあ……ひとつ願いごとでもしようかな。待ってて」
「え、ハル!?」
リーンハルトは少しばかり考えた後、人の垣根を超えて露店のある方へと行ってしまった。
(調子に乗ってしまった……願いごとってなんだろう。ハルなら変なこと言わないよね)
ポツンと残されてしまったステラだったが、リーンハルトの人となりを信じ、改めて景色を見渡した。
露店からは快活な声、街の人たちの笑顔が咲き、風で舞い上がる花びらは紙吹雪のように舞い上がり、街全体でステラの来訪を祝福しているかのようだ。
「なんか夢の世界みたい」
今までステラが身をおいていた悪しき欲やしがらみの世界から、まるで切り離されたような明るい世界。みんなが祭りを好きになる理由が分かった。
「ステラ、お待たせ」
数分もしないうちにリーンハルトは戻ってきた。彼の手には白いリースがあった。
バラやマーガレットなど様々な白い花が寄り合い、茎の端をまとめるリボンも純白だ。
それがふわりとステラの頭に乗せられた。リースだと思っていたものは花冠にもなるようだ。
「俺の女神様、ステラが俺との時間を楽しんでくれるようお願いします」
そう言うリーンハルトは耳の端を少しだけ赤く染め、はにかむように微笑んだ。
ステラの胸の奥からは陽だまりよりも暖かな気持ちが溢れる。目をつむって胸を張り、得意げに返事をした。
「そなたの願い、叶えてみせましょう。すでにステラは楽しんでおる。安心なされよ」
「はっ! ありがたきお言葉」
リーンハルトはステラのおふざけにしっかり便乗してくれた。
そしてしばし無言のあと、耐えきれなくなったふたりは見合って吹き出した。
「くくくっ、さぁもう昼時だ。ごはん屋でも探しに行こうか」
「ふふっ、そうだね。ここは何が有名なのかなぁ?」
ふたりは自然と手を握り合い歩き出した。
今までリース探しに夢中で気が付かなかったが、ステラ以外にも花冠をしている女性がちらほらいた。様々な色があるけれど同じ純白の花冠を頭に乗せている女性の傍らには、必ず男性がいた。
どうしてみんな白色なのだろうかとステラは思ったが、「何が食べたい?」というリーンハルトの問いかけで疑問は霧散した。
白いバラの花言葉は『深い尊敬』や『相思相愛』、マーガレットは『心に秘めた愛』――リーンハルトが白い花冠を選んだ真意を知るのは、この数日後のことだった。
◆2021年7月15日『わたし、聖女じゃありませんから』コミカライズ第1巻が、双葉社モンスターコミックスf様より発売!作画はさとうしらたま先生です。
◆2021年秋頃〜小説版の第2巻の発売が決定!完全書き下ろしの1冊です。続報は告知解禁され次第お知らせいたします!
どうぞ、宜しくお願いします。





